X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです

オープンユアルーム

全体公開 2 1 16008文字
2022-06-01 23:24:55

あずあら 2019年5月25日投稿

Posted by @saeki_f

 プライベート空間に東春秋が居る。それは荒船にとって奇妙な感覚だった。


「荒船、ルームシェアしないか?」
「はあ」

 大学の合格発表から数日、本部で他の隊員を待っていた荒船に東はそう持ち掛けた。
 東の言い分はこうだ。契約が終わって引越しを考え始め、大学近くでボーダー本部へのアクセスも良く駐車場付きのマンションを見つけた。しかし二人用の部屋しか空きがなく、家賃も一人で負担するには少々高い。これ以上に理想の条件が揃っている物件を探すよりもルームシェア相手を見つける方が早いと考え、本部所属のボーダー隊員かつこれから家探しを始めそうな同じ大学の新入生を探していたのだった。
 簡潔で分かりやすい説明に感心してから、荒船は少し考える。悪い話ではなさそうだ。ちょうど家探しを始めたところだった。

「まあ確かにそこならすげえ便利ですけど……なんで俺なんですか?」
「俺が、荒船だったら上手くやっていけそうだと思ったから」

 さらりと、いつもの涼しい顔で東は言う。たぶん東が最初に声をかけたのは荒船なのだろう。

「別に俺の面倒を見てくれってわけじゃない。お互いの生活リズムには干渉せず、たまに一緒にメシ食うくらいの感覚でいい」

 断る理由は特に思いつかなかった。荒船も東とならば上手くやれそうな気はする。自分の部屋もあるなら、”自分一人の家”と引き換えにしても悪い条件ではない。一人暮らしをしようとはしていたが、探すのは正にこれからというところだったので面倒がなくて良いのではないか。荒船の考えはそちらに傾き始めていた。

 実際に見てみないかと誘われ、次の日には内見へ。東が推すだけあって大学も本部も格段にアクセスが良くなるし、建物は築浅で綺麗な上に広い。一部屋はリビングと繋がっていて引き戸で仕切れるようになっており、もう一部屋は玄関から廊下を通って入れる。

「実際見ると良いなって思いますね」
「良い部屋だろ? これを手放すのは惜しくて。俺はリビング側の部屋でいいよ」
「もうそこまで決めてるんですか」

 東は既に色々とイメージ済みで、荒船もつい苦笑する。だが実際、イメージができるのは重要なことだ。家電の配置を考える東の背中を見て荒船も想像してみた。

 家賃を折半するなら元々考えていた予算よりも安く済み、本部で東と一緒に帰る時は車に乗せてもらえるらしい。所属している団体が同じなので互いの生活に理解もある。それに家に東が居るということは、いつでも質問ができるということ。入学したての大学一年生にとっては至れり尽くせりの環境だ。

「これはずるいぜ、東さん」

 どこを取っても得が多い。ルームシェアはリスクがあると言う人もいるが、東も荒船もさりげなく人を気遣うことができる性格であるし、人となりもよく知っている。歳が離れている分距離感も適度に取れるだろう。そこまで想定した上で声をかけたのだから、東は最初から荒船が断らないと分かっていたのではないか。

「お、決めてくれる?」
「はい。よろしくお願いします」

 その場で不動産屋の契約資料を書き込んで、詳細はまた後日。残る高校のイベントは卒業式くらいで登校日もそう多くない。二人は暇のある内に本部で相談し、引越しの日程や業者が決まっていく。
 荒船は新たに家具を買う必要があるので、荷物を運び入れる前に何度か採寸のために部屋を見に行った。その度に実感が増し、いよいよ東との共同生活が始まるのだという気分になる。

(家に東さんが居るのはなんか緊張するけど、まあその内慣れるだろ)



 かくして準備は着々と進み、春休みに入って遂に引越しの日を迎えた。荒船の両親が挨拶と手伝いに来たお陰で、夕方には二人分の荷解きがほぼ終わった。
 といっても荒船の荷物は少ない。家電は一人暮らしの東の家からほぼ全てを持ち込んだし、食器や調理器具など少ないながらも二人分はカバーできる程度はある。荒船が持ち込んだのは少量の服と本、身の周りの日用品、それとお気に入りのDVDくらいだった。
 ベッドとデスクと椅子は家具屋から搬入してもらった。それを置くだけで随分と部屋らしくなる。東が私物を片付ける間に家具を組み立てて、ここに荒船の城が出来上がった。

 大量の段ボールを畳み終えて荒船の両親は帰宅した。二人も東をしっかりした大人と認識したらしく、すっかり安心した表情である。

 小さな卓袱台しかない殺風景なリビングで、コーヒーを淹れて二人で一息ついた。東の私物はまだ片付かないが、残りは徐々にというつもりらしい。
 春の訪れはまだ先で、物が少ない部屋は寒い。荒船はこれほど何もないリビングを見ること自体が初めてだったが、ふと違和感に気付く。

「そういえば、テレビがないですね」

 冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ等は配置して既に働き始めているが、テレビはそもそもない。荒船にとっては一大事である。

「ああ、あんまり見る時間なくて人にあげちゃったんだよな」
「モニターでもいいんですけど、ちょっと大きめの買ってもいいですか? あとプレーヤーも」

 荒船が持ち込んだお気に入りの映画も画面が無ければ意味がない。隊室への持ち込みは程々にしておかなければならないし、やはり家で寛ぎながら映画を観る時間は重要なのである。
 この二人用の部屋ならば大きな画面で映画が見られそうで、荒船の期待が高まる。

「そうだな、テレビ……と台も買うか。あとソファも置きたいな。明日見に行こう」
「一緒に、ですか?」

 今更ながら、共同生活をしているのだと感じてどこかむず痒い。一緒にソファを選ぶなんて、まるで新婚夫婦である。決して口には出さないが。

「画面にもソファの座り心地にもこだわりがなければ俺が勝手に選ぶけど」
「俺も行きます。つーか、金も出しますから」
「はっはっは」

 しかし躊躇っている場合ではなかった。液晶はじっくり選びたいし、東に任せきりにしておけばお金を払わせてもらえない可能性が極めて高いことに気付いたのだ。収入が違うとはいえそこはきっちりしておきたいのが荒船である。

「今日は疲れただろ。明日買い物するなら朝早いぞ」
「そうですね。あ、風呂入れてきます」

 コーヒーを置いて立ち上がる。東が止める隙もなく俊敏に動けるあたりに歳の差を感じた。
 三分ほどぼんやりしていると、キッチンの給湯器からお湯を入れ始めるメッセージが流れる。この家はボタンひとつで風呂ができて便利だ。東の前の家は自動で水が止まらなかったので、何かに集中しているとすぐに溢れさせてしまった。そもそも湯船に浸かること自体が少なかったが、この家ではその機会も増えそうな予感がしている。


 交互に風呂に入り、髪を乾かして歯を磨く。毎日ただ繰り返していることが、一緒に居る人と場所が違うだけで新鮮に感じた。

「想像はしてましたけど、東さんと住んでると思うとなんか変な感じですね」
「はは、すぐに慣れるよ。ずっと家に居るわけでもないし」

 洗面所だけは二人並ぶにはやや狭い。東は髪を乾かす時間が長いことを、荒船は初めて知った。

「俺も家族以外と同じ家に住むのは初めてだから。気になることがあったら何でも言えよ」

 ドライヤーを置いた東の手が、少し湿気の残る茶髪を撫でた。荒船に兄弟はいないが、兄がいたらこんな感じだったのだろうか。いや、他人なのだから初めから同じ家に住む兄弟とは違うはずだ。
 何にせよ、家族ではなくても居心地の良い距離を取れる相手は貴重だ。そういう人間だから荒船もこのルームシェアの話を受けた。これから本当に上手くいきそうな気がして、肩の力が抜ける。

「じゃあ明日は9時に家出るからな。おやすみ、荒船」

 疲れているのだろう、欠伸をひとつしてから東は部屋に引き上げた。

「おやすみなさい」

 足音が遠のいて引き戸が閉まる音がした。荒船もかなり眠い。首から下げていたタオルを洗濯機に放り込んで洗面所の電気を消した。
 自分の部屋に入ってベッドに倒れ込む。新しい部屋に新しい布団。とても快適な空間だ。横になると一気に体が重くなったが、気力だけでなんとかアラームはセットする。よし、と思った次の瞬間には意識が遠くなり始めていた。

 ルームシェア初日。朝から働き通しの二人は、新生活に緊張する暇もなく熟睡していた。



 翌朝、先に目覚めたのは荒船だった。
 アラームを止め、見慣れない天井を見て、ああ引っ越したのだと思い出す。ゆっくりと起き上がって部屋を確認した。部屋の中は静かで、東はまだ起きていないようだ。

(8時か……そろそろ起きねえと)

 実家暮らしならば、ありがたいことに準備された朝食が机の上に乗っている時間だ。しかし今日からは全て自分で用意しなければ。
 とりあえず顔を洗って歯を磨いてリビングへ。荒船が多少歩き回っても洗面所を使っても、引き戸の向こうはまだ静かだ。

「東さん、起きてます?」

 控えめな声で聞いてみるが返事はない。朝食を用意してあげるべきか、寝かせてあげるべきか。悩みどころである。
 と、扉越しにアラームが鳴り始めた。この時間には起きるつもりだったらしい。しかし。

(止まった……けど、起きてこねえ)

 二度寝してしまったのかもしれない。とはいえ9時に家を出ると言ったのは東だ。時間の決まった予定ではないが、あまり遅くなるのも困る。荒船は意を決して引き戸をそっと開いた。
 布団から覗く黒髪。携帯を握ったままの状態で寝ている。いつもボーダーでのちゃんとした姿ばかり見ていたものだから、これは新鮮だ。荒船としては、そもそも東が睡眠をとる生き物だという認識も薄かった。意外とよく眠っている。

「東さん、パン焼きますけど食べますか」
「んん……、っ!?」

 そんなに大きな声を出したつもりはない。が、薄目を開けた東は荒船に焦点を合わせた瞬間いきなり飛び起きた。驚いた荒船も思わず一歩下がる。

「すみません。アラーム鳴ってたのに起きないから入っちまいました」
「いや、俺の方こそすまん。もうこんな時間か。起こしてくれて助かったよ」

 顔にかかった髪をかき上げて時間を確認した。8時15分。もう少し早く起きるつもりだったのだが。

「で、パン食べます?」
「頼む。ありがとう」

 朝食の準備を後輩に任せて東も顔を洗いに立ち上がる。二日目からさっそく情けないところを見られてしまって頭を掻いた。


 東が車を出して大型の家電量販店へ。家具類は流石に配送するが、テレビとプレイヤーは持って帰るつもりだ。
 サイズは大体測って決めてきた。メーカーにこだわりはないので店員にお薦めを聞いてみる。映画をよく観るなら前方にスピーカーが付いているタイプが良いと言われ、その中から選ぶことにした。

「これ録画も再生もできるんですね。プレイヤー別で買おうと思ってたけど、これなら場所も取らねえな……
「そうなんですが……実はこちら、ディスクの読み込みに時間がかかるというデメリットもございまして。そういうのが気になる方は結局後からプレイヤーを別で買ったりなさるんですよ」
「あー、それは気になります」

 荒船が店員と盛り上がる一方、東はふらりとテレビ売り場にあるモデルルームへ立ち寄っていた。家具も扱っている店なので、テレビ台やローテーブル、ソファも買うことができる。東は適当にソファへ座ってみた。二人用だが、横に荒船が座るとなると少々狭いだろうか。持ってきたメジャーでモデル家具の高さを測っては座り、座っては測りを繰り返す。

「ここに居たんですか」
「ソファはどれくらいの大きさがいいかなと思って。テレビは決まった?」
「はい。やっぱりプレイヤー別で買います」

 商品の注文札を持った荒船が横に座った。荒船もソファは気になるのだろう。東と同じように、テレビの高さやテーブルとの距離感を確認している。

……ちょっと狭いっすね。東さんでけえから」
「荒船だって成長期だろ」

 責任の押し付け合いはそれくらいにして、二人は同時に立ち上がった。プレイヤーとテレビ台とソファ。選ばなければいけないものがまだまだたくさんある。

 三月なだけあって、周りは新生活を始める大学生や新社会人らしき客が多い。一人客や家族連ればかりで、東と荒船のような組み合わせは少数派だ。
 つい一ヶ月ほど前までは少し接点の多い先輩と後輩くらいの関係だったのが、昨日から一緒に暮らしているのだから人生は分からない。東の横顔を眺めながら、荒船はプレイヤー売り場を目指すのだった。



 生活が落ち着いた頃には四月が始まった。ボーダー内でも新生活を始めた隊員は多く、登録情報の変更手続きで事務は特に忙しそうだ。
 単純に学年が上がっただけの者も居れば、進学を機にボーダーを辞めた者も居る。春の本部には、どこか新しい風が吹き込んできたような空気が広がっていた。


「荒船」

 荒船が廊下を歩いていると東に呼び止められた。任務を終えたところらしく、奥寺と小荒井が「お先に」と言って隊室の方へ歩いていく。

「今朝聞き忘れてたけど、今日は夕飯いる? 早く帰れるから俺が作るよ」
「家で食べます。七時までには帰るんで」
「分かった」

 短いやり取りをして東も二人を追う。
 東が荒船よりも先に帰る日など珍しい。ルームシェアを始めてから、東が夕食を作るのは初めてではないだろうか。今まで一人暮らしをしていたのだから大丈夫だとは思うが、どんなものが出てくるのか今から気になる。
 と、急に荒船の肩へ何かがぶつかってきた。

「荒船、今の何!?」

 正体はどこからかダッシュしてきた犬飼だった。今の東と荒船の会話を見ていたのだろう。何が起こっているのか分からないという顔をしている。
 そういえば、荒船は同級生たちにこのことを話したのだったか。

「言ってなかったか? 俺、東さんとルームシェア始めたんだよ」
……聞いてないわ~……

 面白そうだから詳しく聞かせろということになり、二人はラウンジの空いた席に座った。
 新学期が始まったばかりだからか、学生の多いボーダー内はそわそわとした空気が漂っていて、どんな話をしていても雑踏にかき消されてしまいそうだ。

「えっ、じゃあ広くて綺麗な東さん付きの家に住んでるってこと? 最高じゃん!」
「東さん付きってお前……まあ今のところ不便はしてねえよ」
「あー、でもなあ」
「? 何だよ」

 犬飼が言葉を濁した。やっぱり自分なら遠慮するとでも言いたげな顔だ。宣言通り全く干渉されないし、家事も適度に分担できている。あの好条件を捨てるだけのデメリットなど荒船には思いつかないが。

「いやあ、荒船って彼女作る気ないのかなって」

 ちゃんと理解するまで数秒かかった。犬飼の言う「彼女」とはつまり、そういうことなのだろう。
 この一年間は受験生でありながらボーダーでの活動を続けてきたので、荒船の中では恋愛の優先度が低かった。大学生になってもその優先度は依然変わらず。

……そこまで思い至らなかった」
「逆に言えば東さんもそのつもりないってことだよね」
「そうか? ……そうか」

 東春秋に恋人。想像するのは少し難しい。集合体を大事にする東は自分のこととなると何かとおざなりで、そこまで手が回らないようなイメージがあった。そもそもそんな相手が居るのならば最初からその人と同棲したはず。
 それは置いておくとしても、確かにルームシェアをしていては東も恋人など作っていられないだろう。向こうから持ち掛けられた話ではあるが、荒船としては少しすまないと思わないでもない。忙しい彼をサポートできる人が居れば少しは楽になるだろうに。

「東さんが荒船の恋人になればちょうど良いね!」
「何言ってんだ馬鹿」

 名案と言わんばかりの犬飼の表情に荒船は呆れかえった。何をどうしたらそんな発想になるのか。真面目に考えていたのが馬鹿みたいで、溜息を吐かずにはいられない。


 とは言ったものの。東と一緒に住んでみてから、荒船は誰かと結婚したらこんな感じなのかと思うことがあった。先ほど想像したようなサポートをするタイプではないが、一緒に食事をして、互いに大学と仕事に行って、時々は一緒に帰る。遊びに行くこともあるかもしれない。
 仮に東が兄だったらもう少し距離感が違うはずだ。家族ならもっと言いたい放題で遠慮もしないだろう。全ては想像に過ぎないことだが。


……ってことがあったんですよね」
「ははは、俺が荒船の恋人か」

 その日の夕食の最中、荒船は犬飼との会話を思い出した。東は驚くでもなく楽しげに話を聞いている。

「でもまあ実際、ルームシェアしてると彼女とか作りにくいですよね。オレは別にいいんですけど、東さんはいいんですか?」
「俺もいいよ。そんなこと考えてたら最初からお前に声かけてない」
「ですよね」

 荒船は近々バイトを始めるつもりで、今はあまり遊ぶ余裕もない。やはり荒船の中で恋愛の優先度は変わらないし、それは東も同じだ。
 そういうことなら申し訳なく思う必要もないかと、この時点の荒船は思っていた。



 そして一ヶ月ほど。東と荒船は既にお互いが生活の一部になり始めていた。夕飯の要不要を連絡し合ったり、消耗品を買ってくるよう頼んだり、共同生活らしくなってきた。特に東は今までならば本部に泊まっていたような場面でも、何事かない限りはちゃんと家に帰るようになった。ただしこれは荒船が気付かない変化であるが。
 それでも東が外泊する日が全く無くなるわけではない。

 講義の合間、東から荒船にメッセージが届いた。

[今日は麻雀]

 シフトを確認すると、東、諏訪、太刀川が夜間任務に就いていた。どうせ冬島もずっと本部だ。彼らが麻雀を始めると長いことはよく知っている。夜間任務ということは夕食不要で、それが終わったら麻雀をするから朝帰りかそのまま大学へ行くことになる。この短いメッセージはそういう意味だ。

[了解です]

 それだけ返して荒船は次の講義へ向かった。


 講義が終わったら友達と喋りながら明日までの課題を進める。そのまま夕食を学食で済ませ、適当なところで切り上げて家に帰った。一人で風呂を沸かすのは面倒でシャワーを浴びる。英語の講義に使うニュースのリサーチをして、少しテレビを見てからベッドに入った。
 時間は遅くなることが多いが、ほぼ毎日帰ってくる相手が今日は居ない。家の中は静かだ。一人暮らしをしていたら毎日こんな感じだったのだろう。実家には両親か祖父が常に居たから、まだあまり慣れない感覚だった。
 荒船は一人っ子で実家は騒がしい方ではなかったが、それでも自分以外の人間が家に居るのと居ないのでは大違いだ。自分の音しかしない真夜中は物寂しい。
 荒船は静寂に包まれながらゆっくりと眠りについた。



 インターホンで無理矢理に夢の中から引きずり出される。今は何時か分からないが、まだ真っ暗だから深夜だということは分かった。部屋の前のインターホンの音だから、これを鳴らしているのは東に違いない。しかし。

(帰ってくるんだったのか……?)

 荒船は眠い目を擦りながら玄関へ向かい、念のため覗き穴から確認して内鍵を外す。外から入る明かりが眩しくて目を細めた。

「おかえりなさい……
「ごめんな、寝てただろ」

 荒船のぼやけた視界に、東のほっとしたような顔が映る。酒と煙草の匂いがした。

「今日は帰って来ないのかと思ってました」
「そのつもりだったんだけど、家に荒船が居るから」
「?」

 東はそれ以上何も言わず、リビングに荷物を投げて浴室へ向かった。控えめなシャワーの音が聞こえるようになる頃には、荒船は再びベッドに潜っていた。
 荒船が本部で見かける彼らは、トリオン体なのをいいことにいつも朝まで雀卓と向き合っていた。時計を見るとまだ二時半になろうという時間だ。今日は何か早く切り上げなければならない事情でもあったのだろうか。
 酒を飲んでいては車に乗れないし、電車は動いていない。たぶんタクシーで帰ってきたのだ。それくらいならもう本部に泊まった方が絶対に楽なのに、そこまでして家に帰る理由とは。
 荒船は眠気に負けて、それ以上のことを考え続けられなかった。


 翌朝、荒船が家を出ようとしているところに東が起きてきた。まだ眠いのだろう。ぐったりとしているが、それでも言っておきたいことがあるようだ。

「昨夜はごめんな。なんか無性に帰りたくなって」
「いや、俺は大丈夫です。すぐ寝たし。今度から内鍵開けときますね」
「悪いな、助かる」

 弱々しく笑って、ふらふらと自室に戻っていった。これから二度寝するつもりだ。

 荒船は東を完璧な大人だと思っていたが、一緒に暮らしてみるとそれがたまに綻びを見せることがある。大人といっても二十代で、職はあるがまだ一般的に言う社会人でもない。意外と無精なところもあるのだと知った。



 そして梅雨が明ける頃、事件は起きる。

 荒船は東を探していた。緊急というほどでもない用事だった。携帯で連絡すれば良かったと気付いたのは、随分後になってからだ。
 屋上で東の背中を見つけて声をかけようとしたが、そのすぐ傍に冬島の背中が見えて思い止まる。大事な話なら邪魔をしたら悪い。真面目な雰囲気だったら出直そうと決め、確認のためにもう少し近付いた。
 二人は荒船に気付いていない。和やかな笑い声が聞こえたのでおそらくただの雑談だろう。今なら声をかけても大丈夫そうだと思った、その瞬間。

「あず……
「そういや、どうよ? 好きな子との念願のルームシェアは?」

 喉まで出かかった声を飲み込んで、荒船は思わず壁に隠れた。冬島の言葉は半分程度しか理解できなかったが、聞いてはいけない話を聞いてしまったことだけは分かる。

「どうって……別に何もありませんよ」
「話を取り付けた時はあんなに嬉しそうだったのに?」
「は?」

 最後の言葉は東のものでも冬島のものでもない。荒船は反射的に声を出していて、二人もようやくその存在に気付いた。

「あ、らふね」

 三人とも青ざめている。秘密をばらされた者、秘密を口に出してしまった者、秘密を聞いてしまった者。三者三様に「やばい」と思っている。
 東が沈黙を破ろうとした瞬間、館内放送のチャイムが鳴った。荒船に呼びかける小さな声など上書きされるほどの音量で。

『冬島隊長、東隊長、至急司令室までお越しください』

 なんというタイミングの悪さ。いや、冬島にとっては救いだったかもしれない。とにかく「至急」と言われたからにはすぐ向かわなければならないのだが、このまま荒船を置いて行くのはまずい。東にはそれが分かっているのに、何も言葉が出てこない。
 結局、冬島に引き摺られるようにして二人はその場を離れた。東が最後に見たのは魂が抜けたような荒船の顔。「すまん、後で説明する」と言った声は、果たして荒船に届いたのだろうか。

 その日から、荒船は家に帰って来なくなった。

 東は大学でもボーダーでも避けられた。今の荒船は狙撃手ではないために、合同訓練も無ければC級の指導で会うこともない。おまけに任務も当分被らない予定である。隊室にさえあまり長時間は居ないようだ。
 当然、ちらりと姿を見かける程度のことはあった。だがそれは東が解説を務めるランク戦であったり、隊長会議であったり、私的な話をする隙が全く無いタイミングだけだ。それが終われば煙のように消えてしまう。
 荒船の同級生に居場所を聞いても「分からない」としか返ってこない。最初は根回しをされているのか本当に知らないのか分からなかった。しかし犬飼に荒船がどこで寝泊まりしているのか聞いた際に「知らない」と返された時点で、東は根回しを確信する。協力者がどこまで広いかは掴みかねたが、隊長会議が終わると必ず後輩を連れた当真が扉の横に待ち構えているので、その二人は確定だ。

 もちろんメッセージも毎日欠かさず送っている。初めの内は返事こそなくても既読マークはついたのだが、四日目を過ぎた頃からそれもつかなくなった。
 東の追跡を逃れるなど並大抵のことではない。それだけ荒船も本気で捕まりたくないのだろう。好きな相手から避けられ続けて、東のメンタルは限界を迎えていた。

(心臓が潰れそうだ)

 それでも東は諦めず追い続ける。こればかりは諦めてはいけないのだ。



 そして一週間後、東は遂に荒船を捕獲した。荒船隊の隊室の中で待ち伏せするという最終手段に出たのだ。一緒に入ってきた穂刈の制止も聞かず外に連れ出す。穂刈は追って来なかった。

「よし、生身だな」
……トリオン体だったら俺が緊急脱出するとでも?」
「しかねない」

 荒船は普段通りに見えるが、声は冷ややかで東と目を合わせようとしない。その態度がまた東を傷めつける。

「あの、荒船」
「はい」
「メッセージも送ったんですけど、話がしたいので帰ってきてくれませんか」
……

 東が緊張していることは、ガチガチの敬語からも、荒船の腕を痛いほど掴む右手からも伝わっていた。あの東が、焦っている。
 人通りはゼロではない。二人の光景を見た通行人は、怪訝な顔をしつつも何か只事ではない雰囲気を感じて足早に去っていく。

「そもそも、今どこで生活してるんだ?」
「週末から三日くらいは実家。あとは犬飼と穂刈の家と鈴鳴」

 ネットカフェなんかを使っていたら大人として小言のひとつでも言えたものを、安全な場所ばかりで文句のつけようがない。その辺りも流石である。

「とにかく、一度家に……
「俺は、どうしたら良いのか分からないんですよ。東さん」

 そこで初めて荒船は東の方を向いた。紫色の瞳は見たこともないような困惑の色を湛えている。どんな言葉よりも、その視線が東には一番堪えた。好きな相手をこんなに困らせて、胸がひどく痛む。

「今の本心を教えてくれ。そうしたら帰る」

 敬語が消えていた。今この瞬間、荒船は東と対等でいようとしている。
 あのハプニング以来、荒船は東の気持ちを聞かないまま今日まで過ごしてきた。その場で東の弁明を聞けていたらここまで拗れることはなかったかもしれないが、過去は変えられない。今まで隠していた分、誠実に向き合うべきなのだ。

……好きな相手に嫌な思いをさせた罪悪感と、家に一人で居る孤独感に耐えきれない」

 ここまで想いを包み隠さずぶつけるのはいつ以来だったか、東自身も覚えていない。思えば本音を隠すのがいつの間にか上手くなっていた。
 謝りたい。そして帰ってきてほしい。一人で居る時間はむしろ好きな方だったのに、家に帰れば好きな相手に会える幸福を知ってしまったから。

……分かりました」


 荒船は驚くほどすんなりと家に帰ってきた。何も言わなくても支度を済ませて東の居る場所に戻ってきた上、抵抗せず東の車に乗った。交わす言葉は無かったが、とにかく逃げられる心配だけは無さそうで東も一度胸を撫で下ろす。

 部屋のドアを開けた時、荒船は小さく「ただいま」と呟いた。
 一週間ぶりの家は何も変わっていない。荒船が脱いでベッドの上に投げたスウェットまで一週間前のままだ。多分、何も触れなかったのだろう。それを感じ取った荒船は少し胸が痛む。
 向けられた好意を知って逃げ出した。具体的に何が駄目だったのかは荒船自身にも分からない。ただ、東の近くに居られないと思った。
 同級生たちには家出の具体的な理由を話していない。東のことを考えてというのもあったが、話し合いもしていないのに自分の意見だけを第三者に伝えるのはどうかと思ったからだ。

 東が自分用のコーヒーと荒船用の緑茶を淹れてローテーブルに置く。二人ともソファではなく床に座って向き合った。

「それじゃ、どこから話そうか」
「東さんが俺のこと好きなのは分かりました。でも、どういうつもりでルームシェアを持ち掛けたんですか?」
「うん、そうなるよな」

 ルームシェアを持ち掛けた時点で東が荒船に好意を抱いていたことはバレている。誤魔化すのは逆効果だ。
 色んなものを隠しながら喋るのは得意なのに、なんでも率直に曝け出すことに慣れていないせいで、むしろよく考えてから発言する必要があった。

「正直に言うと下心はあったよ。お前以外に打診するつもりもなかった。ただ、メリットがあるからやろうと思ったのも確かだよ。この生活はお互い結構楽だっただろ?」

 そこは荒船も頷く。この共同生活には一人暮らしのような気楽さと、他人と暮らす協力体制の両方があった。あの一件さえ無ければ今も上手くやっていたはずだ。

「まあ、俺の最大のメリットは隠してたわけだが……

 問題はたった一つ。それだけ大きな問題だったから東も事前に伝えることができなかった。

 荒船は東を見て、今この男が精一杯正直な態度を示そうとしているのだと感じる。
 東の好意に全く気付かなかったのは、彼が生活の中でも親愛の情しか見せなかったからだ。それは荒船への気遣いでもあったし、荒船自身も理解している。急に表面化したからこそ驚きも大きかったのだ。東は色々と隠し過ぎてきた。

「いつか、その……告白するつもりはあったんですか」
「難しい質問だな。それは荒船次第だったんだ。お前が応えてくれそうだったら告白して、そうじゃないなら黙ってるつもりだった」
「ずるい大人ですね」
「好きな子に避けられたくなかったんだ。弱い大人だよ」

 弱々しく笑う東の姿など荒船は初めて見た。大人というのはもっと強くて、子供とは違う生き物だと思っていた。だがそうではない。大人は子供の延長線上にしか存在していなくて、急に変わるものではないのだ。そして人間には誰しも弱点がある。それを隠すのが上手いか下手か、それだけの違い。

「それで、東さんはどう判断したんです?」
「まだ時期が早い。本当は一年くらい様子見する予定だったからな」

 ルームシェアを始めてまだ四ヶ月ほど。本人のせいではないにせよ、こんなに早くボロが出るとは東も思わなかったのだろう。

 そこまで聞くと荒船は黙った。今聞こうとしていたことはこれで全部だったようだ。もっと細かく厳しい追及を受けるかと思っていただけに、東は物足りないような、しかし少しほっとしたような気分だった。

「じゃあ俺から質問させてくれ。荒船はこれからどうしたい? ここに残るか、出ていくか」
「俺は……

 一度は逃げたが、話を聞く姿勢を見せたということは東のことを完全に拒絶するつもりでもないらしい。
 当然、東は残ってほしいと思っている。出ていくと言われたら立ち直れそうにないし、当分は引きずるだろう。それでも。

「よく考えろよ。ここに残るってことは、俺の告白を受けることとほぼ同義だ」

 選択肢を与えて自分の意見は押し付けない。それが東のやり方だ。

「三日、待ってください。すぐには答えられません」
「うん、待つよ。でも心配になるから、その間はここに帰ってきてもらえないか?」
「分かりました」

 荒船の返事に迷いは無かった。東はむしろ心配になる。執行猶予期間とはいえ、告白されたも同然の相手と再び同じ部屋で暮らすことをこうもあっさり受け入れるとは。信頼されているのか危機感がないのか。荒船のことだからおそらく前者なのだろうが。

……先にちゃんと理解してほしいから、驚くなよ」
「?」

 東が腰を上げた。右手で荒船の口を覆って顔を近付ける。そのまま東は自分の右手にキスをした。
 その間ずっと、荒船は瞬きもせずに固まっていた。

「俺はお前にこういうことをしたいと思ってる。それは知っておいてくれ。後悔はさせたくないんだ」



「え!? 本当に東さんが恋人になる!?」
「そうと決まったわけじゃねえ!」

 次の日、犬飼からの執拗な追及を受けて遂に荒船が折れた。まだ他の隊員が来ないからという理由で荒船隊の隊室に連行し、誰かに広めたら期末のテストは一人で戦えと釘を刺して。洗いざらいというわけではないが、事の次第は大方話してしまった。そうしなければあることないこと大学でもボーダーでも吹聴されそうだったのだ。

「なんかめちゃくちゃ東さんっぽいなー」
「どの辺が?」
「こういう道がありますよって提示しておいて、選択は任せるところ。ほんとロボットみたい」
「ロボット……

 少なくとも昨日の東はロボットからは程遠かったように思う。穏やかではあったが、緊張と動揺が隠しきれていなかった。
 しかし選択を荒船に委ねる辺りは確かにと納得した。表明こそされたが、今回の件において東の意思は二の次ということになる。東はそれで良いのだろうか。

 荒船を尊重して、傷つかないように注意を払って。下心はあったにせよ、あの優しさは確かだ。どちらに転んでも、荒船の悪いようにはならないだろう。

「でも本当にどうすんの? あと二日なんでしょ」
「まだ考えてる」
「へえ……

 そこで加賀美が隊室へ入ってきた。タイムアップだ。犬飼は先ほどまでの話題など一瞬で忘れたかのように表情を切り替えて、適当な理由をつけて部屋を出ていく。犬飼のそういうところが底知れず、荒船は寒気を覚えた。

 二宮隊の隊室へ向かいながら、犬飼は荒船との会話に考えを巡らせる。

(考える余地がある時点で東さんに軍配じゃないかな~)

 直接言えばムキになる可能性が高いと考えて言わなかったが、もう勝負は見えたも同然だと思っていた。拒絶するタイプの人間は、好意がバレた時点か話し合いをした時点で即座に断るものだ。



「あ」
「当真。と、冬島さん」

 二日目、荒船が帰ろうとしたところで冬島隊の二人に出くわした。当真はともかく、荒船と冬島が顔を合わせるのはあれ以来である。あからさまに気まずそうな顔をする冬島の脇腹を当真がつついた。

「隊長~、荒船にごめんなさいは~?」

 荒船は当真に相談こそしていないが、家出したことは同級生たちに知れ渡っていたので、大方冬島から顛末を聞き出したのだろう。悪い顔をしている。

「荒船、その、先週は悪かった。お前が居ないと思っていらんことを言った」

 申し訳なさそうに頭を下げた。一体東から何を聞いたのか。
 しかし、そもそも荒船は冬島に腹を立ててなどいない。秘密の話をするならもう少し気を付けろとは言いたいが、元はといえば原因は全て東にあるのだから。

「俺は別に……ていうか、冬島さんは悪くないでしょう」
「でも家出してたって……いや、すまん。これも東から聞いたんだが。あいつ、死刑宣告待ちみたいな顔してたから」

 どんな顔だ、と荒船は思った。二日前の東はそんな顔はしていなかった。ずっと無理をして平静を保とうとしていた。
 荒船のことを好きだと言っておいて、肝心なところは見せようとしない。

「東さん、冬島さん相手なら何でも話すんですね」
「まー、東さんはアレだろ。カッコつけたいんだろ」
「そりゃ分かるんだけどよ……

 そうだ。荒船は東のほんの一部しか知らない。それが面白くない。荒船は次第に自分が何を求めているのかが見えてきた。

(やっぱりあんたずるいぜ、東さん)



 三日目、荒船は講義を終えたらすぐに家へ向かった。今日は任務も入っていないしランク戦もない。落ち着かない気持ちを紛らわせるために個人ランク戦に参加することも考えたが、集中できないのが目に見えていたので止めておいた。
 今日、東に結論を伝える。今は本人が帰ってくるのを静かに待つしかない。東も緊急の会議でもない限りは本部から真っ直ぐ帰ってくるだろう。


「ただいま」

 案の定、東は日が高い内に帰宅した。額の汗が強い日差しの中を急いで帰ってきたことを物語っていた。実は本部を出る前に奈良坂と古寺に捕まりそうになったのを振り切ってきたのだが、そんなことはおくびにも出さず。

「おかえりなさい。三日経ちました」
「うん。返事を聞こうと思って早く帰ってきた」

 東は内心穏やかでいられない。彼の未来は今、荒船の手の中にあるのだ。


 三日前と同じようにコーヒーと緑茶を目の前に置いて、一呼吸おいてから荒船が話し始めた。

「俺、ここに残ります」
「それは……
「あっ、早合点しないでください。まだ続きがあります」

 東は目に見えてシュンとした。その姿があからさま過ぎて吹き出しそうになってしまうが、今は笑う場面ではない。

「俺は恋人が欲しいと思ったことはないし、今もそうです。でも東さんと暮らすのは居心地よかったし、なんつーか……誰かと結婚したらこんな感じなのかなって考えたことはあるんですよ」

 今度は嬉しそうな顔が隠しきれていない。あの影浦にさえ感情を読み取らせない東春秋はどこへ行ってしまったのだろう。
 結婚とはまた随分と飛躍した考えに見えるが、その発想は東にも分からなくはない。人生の中で血縁のない相手と一緒に生活する機会など限られているからだ。そこに自分が当てはめられていたのは完全に想定外だったが。

「そう考えたら東さんと付き合うのも悪くないかって……なんですけど、たぶん俺の気持ちはまだ東さんほど強くないと思うんです」

 荒船は恋人を求めていないわけで、そこにたまたま居心地の良い相手が立候補してきたという構図。残念ながら荒船が東を選んだのではない。だが、荒船は東を受け入れることを選んだ。今はその事実だけが重要なのだ。

「だから様子見なんかせずに俺を落としてください。隠し事無しの全力で」
……はあ~、そうきたか」

 荒船の答えは東の想像より遥かに良いものだった。一度逃げられた経験からではネガティブにしか考えられなかったし、万一ここに残る場合でも「お友達から」コースだと思っていた。現時点ではそれとほぼ変わらないのだが、付き合った状態からスタートできるのは大きく違う。
 東は天を仰いだ。今この瞬間なら、神に感謝したいという気持ちも理解できそうだ。

「俺はお前が怖いよ荒船」
「えっ、なんで」
「いやでも、そういうところに惚れたんだよなあ」
「!!」

 東は見たこともないような照れ笑いを見せた。たぶんそれは、荒船が求めていたものの一つ。
 荒船の中には東に対する好意があった。それは親愛であり恋愛感情ではなかったが、今それが成長し変容しようとしている。
 逃げた時、荒船は東の知らない部分が単純に怖かったのだ。一緒に住んでみて分かることも多かったが、それでも東が何を考えているのか分からなかった。急に好意を持たれていると知って一層混乱した。だから知りたいと思うのだ。荒船に対する好意も、弱い部分も、隠しているものを全部出してほしいと。

「分かった。これからは全力でいかせてもらうから、覚悟しなさいね」


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.