X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです

インザシアター

全体公開 3553文字
2022-06-01 23:34:06

蔵水 2019年11月17日投稿
吾が手20無配

Posted by @saeki_f

「水上、映画を観に行かないか?」
「え、俺?」
 日曜日の本部の食堂。たまたま一人で昼食を食べていた水上に声をかけたのは蔵内だった。
 何の脈絡もない誘いを疑問に思う水上に、蔵内が順を追って説明する。

 先週のことだ。蔵内の席に荒船が現れ、映画の券を二枚置いた。
「会長就任祝いだ」
「え? あ、ありがとう……?」
 急に渡されたものを前にぽかんとする蔵内。会長に就任したのは二ヶ月も前のことである。
「綾辻と行けば?」
 生徒会の選挙後しばらく噂になった副会長の名前を出され、蔵内は眉尻を下げた。荒船はそういった噂に興味が無いと思っていたのだが。
「いや、彼女とはそういうのじゃ」
「チッ、引っかからねえか」
「えぇ……
「冗談だ」
 荒船はにやりと笑った。からかわれていたと分かって脱力する。とはいえチケットは本当に蔵内にあげるために持ってきたそうで。
「チケットは必要ないからくれたらしい」
 蔵内は持っていたチケットの一枚を水上に渡す。最近テレビでよく宣伝されている洋画だ。
「へえ、でもアイツ映画好きやんな?」
「だからだよ。何かのアンケートに答えて当選したらしいんだが、もう前売り券を買ってあったから持て余していたって」
「そら確かに勿体ないな」
 荒船は同じ映画を何回か観ることもあるが、これはそういうタイプのものではないらしい。荒船隊の隊員を誘ってみたが振られてしまったので、蔵内に譲ることを思いついたのだった。
「コレちょうど観たいと思ててん。でもええの? 王子とか誘わんで」
 荒船が自隊の隊員を誘ってみようとしたように、真っ先に声をかけるものだと水上は思っていた。蔵内と王子は学校こそ違えど隊を組むほど仲が良いのだし、プライベートでもよく遊んでいる。なぜ真っ直ぐ水上のところへ来たのだろうか。
 蔵内は少し困ったように笑う。
……映画に関しては、ちょっと」
(なんや? 歯切れ悪いなあ)
 昨日も王子隊の隊員が揃って歩いているのを見たので、喧嘩をしたとかそういうことではないのだろう。水上も、この時はまだその理由について深く考えていなかった。
 約束の日、映画館の前で待ち合わせをする。水上が時間の五分前に来ると既に蔵内が待っていた。
「流石やなあ、蔵っち」
「何がだ?」
「十分前行動」
 イメージ通り過ぎて逆にすごいわと水上が言うと、なんだそれと蔵内が笑う。
 席は取ってあるが、入場券の発券が必要だ。列に並びながらつらつらと話をする。別に悪い仲ではないが、特別良いわけでもない。学校も違う。今のところ一緒に出掛ける仲というよりは、ランク戦で点を獲り合う仲である。水上は、なぜ蔵内がよりにもよって自分に声をかけたのかずっと分からないでいた。
「うちの隊で待ち合わせするとだいたい隠岐がギリギリで海が時間ぴったりに駅に着くんや。それで五分前に来るのが染みついてもうた」
「普通じゃないか? 俺は今日たまたま一本早い電車に乗れただけだよ」
「いや~、あいつらに聞かせてやりたいわ」
 と、そこで順番が来た。券を引き替えたら後はシアターに向かうだけだが、開場までまだ五分ほど時間がある。
「飲み物でも買っていくか。結構長いんだろう?」
「二時間ちょいやな。俺も何か買お」
 売店はそこそこ混んでいて、キャラメルポップコーンの匂いがする。蔵内はアイスティー、水上はコーラを買って入場口に向かった。ちょうど開場したところのようだ。
「前情報を何も入れてないんだが、楽しめるだろうか」
「大丈夫やろ。もし必要やったら荒船先生から怒涛の予習が入るはずや」
「確かに」
 荒船と映画に行ったことがある人は知っている。彼は映画を最大限に楽しんでもらうために、必要な前情報を頭に入れさせてから劇場に行くことがあるのだ。それは予告編だけで済むこともあれば、続き物の映画一本を丸々見せられることもある。今回はそれが無いので、特に気にする必要はないのだろう。実に頼りになる友達だ。

 劇場が暗くなり、映画が始まる。蔵内が何を考えているかは分からないが、今はそちらに集中することにした。




 エンドロールまで終わり、座席のライトが点いた。観客が次々に立ち上がってぞろぞろと出ていく。さて自分達も出るかと水上が横を見ると、目に入った光景に目を疑った。
 蔵内が号泣している。
「えっ、ちょっ」
「う、すまない水上……少し、時間をくれないか……
「お、おう……
 上げかけた腰を下ろし、蔵内が落ち着くまで待つことにした。そういえば上映中にも少し蔵内が動いている気配があったような気がする。
(いや、そんな泣くとこあったか!?)
 水上は必死で映画の内容を巻き戻す。前半は主人公が謎を追いながら敵から逃げていた。途中で相棒となる女性と出会い、反発し合いながらも協力して敵を倒していく。二人は次第に惹かれ合うが、女性は敵の親玉と刺し違える形で亡くなってしまった。
(あ、もしかしてそこ!?)
 何度考えても泣き所はそこしか考えられない。よくあるといえばよくある話の流れだが、確かにクライマックスに相応しい演出の盛り上げ方だった。それにしても蔵内は泣き過ぎであるが。

 少し待てば涙は止まったが、まだ目がかなり赤い。追い出されるギリギリまで涼しいこの部屋で休んでいこうと水上が提案した。
「王子と行くといつもからかわれるんだ。カシオには格好悪い所を見せられないし」
(このレベルやとカシオも知っとるんちゃうか……?)
 そう思っても口には出さない。それくらいの優しさは持っている。
「って、俺はええんかい」
「水上はなんだかんだ言っても適度に距離を取ってくれそうだから」
 むず痒い。この妙な信頼感はなんなのだろう。
 しかし蔵内がわざわざ水上に声をかけた理由はこれで判明した。確かに水上は、号泣する姿を見て驚きはしたものの笑ったりはしなかった。それが蔵内には心地良い距離感なのだろう。
「そもそも一人で観ればええんとちゃう?」
「それはそれで怪しいじゃないか。チケットも二枚あったし」
 水上は想像してみた。今日のように、終わった後で泣いている客は蔵内だけ。男子高校生が泣き腫らした目で、一人で映画館を出るわけだ。何事かあったのかと思われても不思議ではない。
……ごもっともや)
 このレベルで泣いてしまうのなら、大半の映画で泣くのだろう。王子がからかう気持ちも分かる。蔵内はあまりに涙もろすぎる。クールな彼にこんな一面があるとは知らなかった。
「それに、水上と出かけてみたかったし」
「んん?」
 意味を掴みかねて水上は首を捻る。
「ランク戦ではよく会うけど、学校も違うしスカウト組だからな。ゆっくり話がしたかった」
(あ、そういう)
 水上は余計な想像をしてしまったことを心中で謝った。

 蔵内はすっかり落ち着き、映画館のスタッフが片付けと次の上映の準備に入ってきた。そろそろ出なければ。水上は立ち上がって蔵内に声をかける。
「ほな行こか」
「?」
 どこに、という顔である。まだ赤い目で見上げる蔵内を、水上は可愛いと思ってしまった。不意打ちだ。いつもは澄ました顔をしているくせに。
 そんなことは悟られないよう、伸びをする振りで誤魔化した。
「泣いたらハラ減らん? ちょうど昼時やし、何か食べ行こーや」
「! ああ」
 この後の予定は何も決めていなかった。映画を終えたら解散かもしれないと思っていたが、ゆっくり話してみたかったと言われてはすぐ帰る選択肢など無いだろう。水上も蔵内に興味が湧いた。想像よりもずっと話しやすい相手のようだ。

「駅前のマクドでええか」
 映画館から外に出ながら相談する。外は暑く、太陽が眩しい。すぐにシアターの中が恋しくなった。
 あまり歩きたくないなどと考えている水上を他所に、蔵内が笑う。
「ふふ、〝マクド〟か」
「なんや! 大阪行ったら〝マック〟の方が珍しがられんねんぞ!」
 今朝集合した時からは考えられないほど自然に笑いながら、二人は並んで歩いていく。

 進学校の生徒会長というとお堅いイメージがあり、ゆるりと柔軟に生きる水上には少し近寄りがたい存在だった。だがいざ近付いてみれば感動屋だし意外とよく笑う。それに何より、思ったよりも水上のことをちゃんと見ていた。親近感も好感度もうなぎ上りである。
 蔵内もまた、水上に声をかけて正解だと思っていた。まだ少し距離は感じるが、号泣する自分を見て揶揄わないだけの思慮深さがあるし、飄々としているようで優しいところもある。

 まだ付き合いは浅いが、水上と蔵内は互いに良い関係を作れそうな予感がしていた。


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.