@saeki_f
「……何やってんだ? お前ら」
「おっ、いいところに来た。荒船もやらない?」
「は?」
大きな本屋から出たところで、荒船は知り合いの顔を見つけた。犬飼と蔵内、そして辻󠄀。犬飼を中心に集まったのは想像に容易いが、三人での組み合わせは少し珍しい。三人とも店の前に設置されたガチャガチャの前でしゃがみこんでいる。
「辻󠄀ちゃんがやりたいって言うから付き合ってたんだけど、なんか楽しくなってきちゃって」
そう言う犬飼の膝の上はカプセルで塞がっていた。話を聞けば、辻󠄀が恐竜の人形のガチャガチャをやりたいと言い出したのだが、出てくるものに偏りがあったために白熱して三人がかりで回す羽目になったという訳らしい。
「会長まで……」
「いや……あまりやったことがなかったから、つい」
蔵内は二人ほどではないにせよ、膝の上に三個ほどカプセルを乗せている。これは珍しい光景だ。
「あと一種類でコンプリートなんです」
「何が出てないんだ?」
「このシークレットです。中身は分からないですけど、黒のカプセルに入ってるらしいので出たらすぐ分かります」
「へえ、ちょっとやってみるか」
辻󠄀は縋るような目でお願いしますと頼んだ。荒船にも気持ちが分からないでもない。誰が回しても同じだろうが、こういうのは躍起になればなるほど自分では出せないような気がしてくるのだ。
ガチャガチャは一回二百円。荒船の財布には先ほど本のお釣りで貰った百円玉が四枚入っている。とりあえず二回遊んでみるつもりで荒船はレバーに手をかけた。
結局二回では出ず、他の三人と同じようについ白熱して千円札を両替し、五回目で遂にシークレットを引き当てた。四人でこれだけ引いたのだから当然だ。辻󠄀も満足そうで、ようやくここから引き上げられる。
「ガチャガチャって楽しいけど、このカプセルが困るんだよね。ここ専用のごみ箱無いから持って帰らないと」
「二人ともかなり回してたからな」
色とりどりのカプセルは嵩張る。容量のある学生鞄とはいえ、持ち帰って捨てるだけのもので膨らんでしまった。
たくさんのカラフルな球体。それらを見て、荒船はふとあることを思いつく。
「じゃあ俺がお前らのカプセル貰ってもいいか?」
「いいけど、どうすんの?」
「ちょっと使い道を思いついた」
にやりと笑う荒船に、それならば大歓迎だと三人分のカプセルが集まる。今日は荷物が少なくて良かった。ほぼ満杯になった鞄を肩にかけ、荒船は意気揚々と帰路に就いた。
数日後の日曜日。荒船は前日から東の家に泊まりに来ていた。午前中に任務へ向かう東を送り出し、荒船も昼から隊で集まる予定がある。東は昼過ぎに帰ってきて、荒船の帰りは夕方頃。ほとんどすれ違いだ。こんな週末は大抵泊まりになど来ないのだが、荒船は計画があってここへ来た。
東が帰ってくるまでに下準備を済ませ、自分も本部へ向かう。合鍵があるので施錠は問題ない。帰ってきた時、東がどんな顔をするか楽しみにしていた。
東が家に戻ると荒船は出かけた後だった。用事が終われば戻るから夕飯は一緒に食べようと約束している。任務の後、予定外に冬島に捕まったので遅くなってしまった。これならしばらく本部で時間を潰して荒船と一緒に帰っても良かったくらいだ。
部屋のドアを開け、東は違和感を覚える。食卓に使っている卓袱台の上に見慣れないものが置いてあった。
ガチャガチャのカプセルと、その横に書置き。東はひとまず書置きの方を読んでみた。
『これから東さんにはエッグハントをしてもらいます。
部屋の中に十個のカプセルを隠しました。中には食材が書かれたメモが入ってます。見つけられた材料で今日の夕飯が決まるので、頑張って探してください。
制限時間は俺が帰るまでです。まずは隣のカプセルを開けてください。これは十個の内には入りません。
※カプセルは全部きれいに洗ってあります』
指示の通りカプセルを開いてみると、中にメモ用紙が折り畳んであった。そこには「カレールー」の文字が。
(いや、カレー作る気満々じゃないか……)
調べてみれば、確かに今日はイースターだ。予定があるのに荒船がわざわざ今日を選んで泊まりに来たのはこのためだったのだろう。どんなきっかけがあったか東は知らないが、一人イベントを企画して東が出た後に準備していたのだと思うと東に自然と笑みが浮かぶ。
と、時計を見ると荒船が帰ってくるまであと三十分ほどしかないことに気付いた。さして広くはないが物が多い部屋である。急がなければ具なしカレーを食べることになる危機を感じ、東は慌ててエッグハントに取り掛かった。
まずカーテンレールの上に置いてあるのはすぐに見つけた。なんなら部屋に入った時から視界の端にあったくらいだ。これはサービスだろう。中身は「じゃがいも」で、とりあえず具なしは回避する。
次に探したのは食器棚の中。茶碗の奥に一つ隠れていた。「玉ねぎ」を手に入れ、最低限のカレーの体裁は保てそうだ。続いて冷蔵庫の中、卵入れの空いたスペースにも置いてあった。中身は「卵」。
(そのままじゃないか……)
細かい遊び心に噴き出しつつ一度キッチンを見回す。コンロ下の棚をくまなく探したが何もなかったし、これ以上物を隠せそうな場所は残っていないだろう。
次に洗面所に移動して探索を始める。が、鏡の裏の棚や洗面台下の棚を探っても何も出てこない。ここには隠していないのかと思ったが、ふとタオルの棚が目に入った。もし自分が隠す側なら、棚の中のような分かりやすく隠せる場所よりもこういう場所を選ぶ。キッチンはおそらく入門編で、ここからが真剣勝負なのだろう。タオルの層に手を突っ込んで感触を確かめる、フェイスタオルの中には何も無かったが、バスタオルを上から順に確認していると硬く丸い物の感触があった。一枚下のタオルの中に入った赤いカプセルを発見する。
中身は「肉」だった。漠然としているが、見つけた材料によって何の肉かが変わるのかもしれない。ちなみに東がカレーを作る時は高確率で豚肉である。
まあまあ見つけにくい場所に重要な食材が置いてあったことはさておき、風呂場にも洗濯機にも隠されていないようだったのでまた部屋を移動する。
次はリビングに戻る。東の最新の記憶よりも部屋が若干片付いているような気がするのは、おそらくカプセルを隠すにあたって荒船がやってくれたのだろう。
隠し場所といえばやはりベッドの下が定番だ。床に寝そべって覗いてみると、案の定カプセルらしき影が一番奥の方に見つかった。ベッド下の収納を一度退けて潜り込む。埃っぽく、近い内に掃除しなければと思わされたが、これも荒船の策略なのだろうか。苦労して取り出した白いカプセルの中には「米」と書かれていた。
(これ見つけられなかったらルーだけか……)
米はデフォルトで用意されるものだと思っていただけに冷や汗が流れる。見つけられたから良かったものの、なかなかシビアな戦いだ。
他にあるのはデスク、テレビ台、書置きがあった卓袱台、本棚とクローゼットくらいである。デスクは触れないと判断したのか物が散乱したままだ。置いてあるのはパソコンと本と文房具くらいで、カプセルを隠せる場所も無いのでここは簡単な確認で済ませた。
気になったのは本棚だ。一見何も変わっていないように見えるのだが、床に放置していたはずの本が戻されている気がした。全ての段をよく観察してみると、一番上の段だけ本が手前に出ている。何冊か取り出せば思った通り銀のカプセルが現れた。上の段ほど小さく軽い本しか入れていないので、手前に出ているのが分かりやすい。
これはイレギュラーだったようで、中身は「好きな材料」だった。文字通り好きな食材を一つ追加できるし、足りない材料があれば救済措置としても使える。これは良いカードを手に入れた。
さて、これで六個は見つかった。手持ちの材料だけでも立派なカレーが出来上がると思うのだが、あと四種類も入れるものがあるのだろうか。
(いや、米もカウントされたくらいだから油断はできない)
先ほど見つけたばかりの銀色のカプセルのようなパターンもまだあるかもしれない。気を引き締めて探索を再開した。荒船の帰宅予定時間まであと十五分ほど。恋人の前で格好つけたい東としては、全て見つけて勝利宣言をしたいところだ。
が、ここからが難所だった。クローゼットの上段やテレビ台の中、卓袱台の裏などアタリを付けた場所が悉く外れたのだ。やはりデスクかもしれないと片付けながら探してみたり、見落としがあったかもしれないと洗面所や風呂場をもう一度確認したりしている内に時間は過ぎていく。時間制限のあるゲームはこれが厄介だ。シューズボックスの靴の中や傘立ての中まで確認したが見つからない。荒船が家主よりも隠し場所を把握しているのは何故なのだろう。
焦りながらもテレビの後ろにテープで張られたオレンジ色のカプセルを回収し、それとほぼ同時に荒船が帰ってきた。
「おかえり……」
ここは荒船の家ではないが、昼にここを出て戻ってきたのだから「おかえり」と東は言う。勝負に負けてしまった気分で、手放しで荒船の帰宅を喜べない。そんな東を見て荒船は楽しそうに笑った。東の様子から全部は見つけられなかったと察しているだろう。
「さて、いくつ見つけられました?」
荒船は部屋に入って荷物を置くと早速カプセルを確認した。ルーも含めて八種類の材料が机に並んでいる。
「あと三個か。丁度いい感じの難易度だったでしょう」
「もう少し時間があれば全部見つけられたと思う」
「試合終了してからゴール決めても意味無いですよ」
手厳しい意見に東はぐうの音も出ない。残りの隠し場所が気になるので、買い物に行く前に答え合わせだ。
一つはクローゼットの中、東のコートのポケットに入っていた。
「クローゼットは調べたんだがなあ……甘かったか」
「まあ、これは一番見つけにくかったんじゃないですかね。見つけなくても困らないやつですけど」
カプセルの中身は「牛肉」だった。肉自体は手に入れたが、これを見つけていれば肉がグレードアップしたらしい。なかなか手が込んでいる。
もう一つは、東が今日持ち出していた鞄の中から出てきた。これだけは真っ黒なカプセルに入っている。
「え⁉ いつ入れたんだ」
「今朝、東さんが寝てる間に」
「全然気付かなかった……今日は財布とパソコンくらいしか使わなかったし」
「マジすか。これは絶対分かると思ったんだけど」
中身は「東」と書いてあった。具材にされてしまうのかと慄いたが、そうではないと荒船は首を振った。これを見つけると東が調理に参加することになっていたらしい。
「俺に作らせる気満々だったってこと?」
「まあ、そういうことですね」
残念ながら目論見は外れてしまったので、今日の料理は荒船一人で作る。黒いカプセルに入っていたのはこれがハズレだからだろう。全部見つけるのが完全勝利かと思いきや、とんだトラップである。
「あれ、これ見つけられなかったんですか」
最後の一個は空のヤカンの中から出てきた。食器棚やコンロ下の戸棚はくまなく探したが、思えばコンロの上のヤカンには触りもしなかった。少しでも持ち上げれば音で分かっただけに悔しい。
「そういえば調べなかったな……」
「これも難易度低いと思って大事な材料入れといたのに」
「えっ」
既にカレーとしては十分成立するだけの材料が揃ったと思っていたのに、まだ何かあったようだ。東がメモを開いてみると、そこには「水」と書いてあった。
「水ってお前……」
蛇口を捻れば出てくるのだからそれくらいはカウントから外してくれていてもいいのではないか。しかしルールはルール。難易度を下げてあったのに見つけられなかった東が悪い。
「どうします? 好きな食材カードで水入れますか?」
「なんかそれってすごく勿体なくない?」
こんなことで救済措置を使うのはどうも癪である。少し考えた後、東は一つ閃いた。
「よし、分かった。ドライカレーにしよう」
要するに水を使わないでどうにか完成させられれば良い。誰もスタンダードタイプのカレーを作らなければならないとは言っていないのだ。荒船もそれを聞いて、正解だとでも言うようににやりと笑った。
「じゃ、買い物行きましょうか」