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好きだと言ったら

全体公開 1 4879文字
2022-06-02 08:53:36

蔵水 2020年4月19日投稿
吾が手23無配

Posted by @saeki_f

 何の前触れもなく、その瞬間は訪れた。
……?)
 意識してしまうとそこから結論に辿り着くまでは一瞬だ。戦闘中にもかかわらず、その瞬間から水上の意識は半分ほど蔵内に向けられていた。
 今日もまた生駒隊と王子隊が対戦することになり、水上は南沢のサポートをしている。向こうは王子と蔵内が揃い、決して油断などできる状態ではないのだが。
(アカン、集中せなと思うと逆に見てまう)
 幸いなことに、顔に出すほどの余裕は無かった。気は散りながらも戦闘はしっかりこなし、いつも通りの自分を演じる。無意識に手加減するタイプではなかったのが幸いした。視線を奪われる以外、特に変わった点は無いはず。
 水上は、蔵内のことが好きだと自覚してしまった。


 その翌朝、水上は登校するや否や後ろから王子に呼び止められた。
「昨日、蔵内のことガン見してたね」
 ランク戦中の話だということはすぐに分かった。昨日の状況から考えて、水上が蔵内を見つめていれば自然と王子の視界にも入る。至極当たり前のことだ。
 昨日は目立ったミスこそなかったが、普段よりほんの僅かにガードが甘くなっていた自覚はある。隠岐のサポートが入らなければ危ないところだった。
「どうしてかな?」
 面倒な奴が来たと水上は眉根を寄せた。確かに分かりやすく蔵内を意識してしまっていたと思う。僅かな集中力の乱れも見抜かれていたのかもしれない。だが王子にわざわざ口を挿まれるようなことだろうか。
「さあ、どうしてやろなあ」
 好きだと認識してしまったから目が勝手に追っていました、なんて王子隊の隊長に言えるわけがない。これは個人の問題だ。
 あからさまに逃げたりしたものだから、王子は笑みを薄めて短く溜息を吐いた。
「蔵内がね、何か怒られるようなことをしただろうかってしょんぼりしてたよ。もし誤解なら早めに解いてやってほしいな」
 穏やかにそう言う王子は隊長の顔をしていた。じゃあね、と手を振って自分の教室に戻っていく。もうすぐチャイムが鳴る時間だ。
……そない怖い顔しとったやろか)
 それは申し訳ないことをした。なるほど、蔵内本人でなく王子に声をかけられたのも頷ける。そんな風に思われていたら直接は聞きづらいだろう。蔵内とは学校も違うので王子が橋渡しをしてくれてちょうど良かった。

 睨みつけるような顔はしていなかったと思うのだが、そもそも戦闘中であったのだから平常時よりは力が入っていたかもしれない。勘違いさせたままにするわけにはいかないが、さてどう説明したものか。正直に言えば引かれるだろうし、かといって適当な誤魔化しが通用するタイプでもない。
 次に本部に行くのは明後日。それまで水上は最良の答えを探し続けた。


「俺、蔵っちのこと好きみたいやねん」
「は……あ、ありがとう……?」
 結局水上は、正直に言っておくのが一番だと結論付けた。本部で蔵内を捕まえて人の居ない場所まで引っ張り、思い切って告白する。一度こうなってしまった以上は蔵内を目で追ってしまうだろうし、今後の付き合いも考えるとここで嘘を吐くメリットは無い。
 ただ、水上のスタンスも表明しておく必要がある。よく考えて整理した言葉で淡々と伝えたかったのだが、実際に本人を前にすると少し淀みが出てしまう。
「でも別に付き合うとかそういうんやなくて……なんやろな、どうこうしたいわけやないねん。ただこう、蔵っちを見ると心臓きゅーっとなって、好きやなあて思うんや」
……そうか」
 蔵内は驚いたようだったが、冷静に喋る水上の言葉を静かに聞いていた。水上の想像よりもずっと大人しい反応で、その点についてはどこかほっとする。
「ほな、そんだけ」
「えっ」
「えっ」
 言うだけ言って去ろうとする水上を蔵内が慌てて捕まえた。告白よりもその行動の方がよほど驚かせたようだ。
「それだけなのか……?」
 一般的に、告白という行動には常に別の何かが付随することが多い。付き合いを申し込むのがその最たる例だろう。しかし水上は告白だけを投げつけたのだ。怪訝な様子の蔵内を見て、流石に言葉が少なすぎたかと水上も少し反省した。
「あー、その、蔵っちが俺を怒らせたんやないかって困っとるて王子から聞いてん。その誤解を解きに来ただけで」
「そ、そうか……付き合いたいとかでもなく……
 怒らせたわけではないと分かって安心する一方、水上の言動にまだ戸惑っていた。ひとまず蔵内は水上の肩に置いた手を下ろす。
「言うたやろ。どうこうしたいわけやないねんて」
 蔵内を好きだという気持ちはあるが、それと付き合うかどうかは水上の中で切り離せる問題だと割り切っている。誤解を解くだけなら伝えるだけで十分だ。
 しかしそれがむしろ蔵内の興味を引いたらしい。納得して引き下がるどころか、一歩深追いしてきた。
……聞かないのか」
「何を?」
「俺がどう思ったか」
 痛いところを突かれて水上は苦笑いした。告白だけでもかなり勇気が必要だったのに、まさかそんなことを。そもそも水上が早々に話を終えようとしたのは蔵内の反応が怖かったからだ。
「そないなこと聞く度胸が俺にあると思うん?」
「ああ」
「買い被られたもんやで……でも聞かんよ。蔵っちがどう思おうと俺の気持ちは変わらへんし」
 これは告白する前から考えていた。もし引かれても、あるいは嫌われても、水上が蔵内を好きな気持ちは揺らがない。実際のところ引かれも嫌われもしていないようだし、水上は満足だ。これ以上は望まない。
……そうだろうか」
「?」
 ここで蔵内が食い下がる意味を、水上はよく理解していなかった。
「もし俺が水上と付き合いたいと言っても、お前の気持ちは変わらないか?」
 そんな可能性は考えていない。水上はネガティブとまではいかないものの、常に悪いパターンを考えて対策を練る方に時間をかけるタイプだ。蔵内が告白に好意的な態度を示すなんて楽天的な考えはそもそも考慮されない。
 だから水上は、その可能性について今この場で考えなければならないのだ。この場合、変わらないか問われているのは「付き合う意思が無い」という点である。
「それがホンマやったらそらまあ……嬉しい……かもしれんな」
 悪い気などするはずがない。蔵内からの好意であれば水上は手放しで歓迎する。両想いならそのまま付き合えばいいのだ。
「じゃあ、決まりだな」
「えっ、何が?」
「付き合おう、水上」
 どんな相手も思わず頷かせる優しい微笑みを浮かべ、蔵内は確かにそう言った。水上も危うく首を縦に振りそうになったが、その直前で判断力を取り戻す。
「急にどしたん!?」
「どうしたも何も、告白してきたのは水上の方だろう?」
「せやけど……
 蔵内が何を考えているのか分からない。これが他の人間ならからかわれているのかとも考えるが、蔵内に限ってそれはないだろう。ならば言葉の通りに受け取るのが正しいはずだが。
「大体、付き合うってなんや!?」
「一緒に出掛けたりとか……
「それはたまにやるやんか。何が変わるん?」
「うーん」
 珍しく水上はパニックになっていた。蔵内との関係が変わることに焦りを感じている、と解釈するのが一番近いだろうか。こんなことになるとは思っていなかった。これではまるで水上が蔵内に告白されたみたいだ。
「距離、かな?」
 少し考えた後、蔵内は水上の手を取った。思えば手を握るのは初めてのことだ。水上は思わずそれを引っ込めようとしたが、意外としっかり握られていてそれは叶わなかった。
(うわ、キレーな顔しよる)
 水上を見つめる瞳は濁りがなく真っ直ぐだ。蔵内のこういうところに惚れた身としては非常にぐらりとくる。
 顔も好きだななどと思っていたら、その顔が水上に近付いてきた。いや違う、水上が蔵内に引き寄せられているのだ。それに気付いた時には既に遅く、頬に温かく柔らかいものが触れる。
「は……?」
「あ、すまない。嫌だったか?」
 水上は確かめるようにキスされた頬を触った。口ではないあたりに蔵内の気遣いを感じる。
「なに、なん……何なん!? 蔵っち俺のこと好きやったんか!? すんなり受け入れすぎやろ!」
 告白したのは水上の方だったはずなのに、手を繋いだりキスをしたりと蔵内はやたら積極的だ。付き合おうと言われたということは好意があったのだろうが、それにしても急な接近にただただ慌てる。
「付き合ってみたいと思う程度には」
 さらりと言われ、水上は遂に崩れ落ちた。伝え方やその他諸々で悩みに悩んだ時間は一体何だったのかという脱力感と、好きな人から好きだと言われて嬉しい気持ちがぐるぐると混ざって、とても正面から蔵内の顔を見られそうにない。
「俺ばっか考えすぎてアホみたいやん……
「そんなことないぞ」
 しゃがみ込む水上を、蔵内は繋いだままの手で引き上げた。悪意のない目で覗き込んでくるのは逆に性質が悪いと水上は思う。
「その様子だと、好きになったのは俺の方が大分先みたいだからな」
 水上は思わず蔵内の方を見返した。変わらず涼しい顔で微笑んでいるが、なんだかそれがとても嬉しそうだということに気付く。
「え、マジで?」
「まさか水上の方から告白してくれるとは思わなかったけど、結構前から好きだったよ。言っても困らせるだろうから言わなかっただけで」
 水上の中にふと疑問が浮かぶ。蔵内の好意は、本当に「付き合ってみたいと思う程度」だったのだろうか。聞けば聞くほど感情の大きさを感じる。しかもそれを以前から抱えていたのなら、結構な重みになっていてもおかしくはない。影浦なら気付けたかもしれないが、蔵内からそんな感情を向けられているとは全く分からなかった。大したポーカーフェイスだ。
「だからこの前、真顔でじっと見られてすごく緊張した。嫌われていたらどうしようかと思って」
「アレは……すまん。この前急に好きやって自覚してん」
「えっ、そんな最近だったのか」
 考えてみれば水上は好きだと自覚して約三日ほどで蔵内と付き合うことになってしまった。急展開にも程がある。
「でも、そうか。なら王子に感謝しないとな」
 王子に言われなければ蔵内が悩んでいることも知らず、水上が告白することもなかった。素直に感謝するのはどこか癪な気もしたが、功績は功績であるので一応心の中でだけ感謝しておく。
「そういや、王子は知っとるんか? その……
「ああ、知らないんじゃないかな。話したことはないよ」
 面倒な予感がするので知られたくはないが、どだい無理な話だろう。他の同級生らにもいつ知られることやら。
(まあ、ええか)
 バレたところでしばらく冷やかされるだけで、じきに収まる。二人の関係が知られれば蔵内に言い寄る人間を他の誰かが未然に追い払ってくれるかもしれない。学校が異なるので、水上はそこだけが心配だった。
「蔵っちは変わりもんやなあ」
「えっ」
「進学校の生徒会長なんてさぞモテるやろうに、こんな普通の男好きになるとは思わへんで」
 頭が良く、性格も良く、見た目は華やか。それでいて涙もろいというギャップもあり、これで落ちない女性が居るなら知りたいくらいだ。比べて水上は、自分のことを平々凡々な人間だと思っている。特に嫌われることもないが、モテることもない。
「そうだろうか。水上のことを知ったら誰だって好きになると思うが」
「そういうとこやぞ!」
 それでいてわざわざ水上を選んでくれるところも蔵内らしいと言うべきか。どれだけ好きにならせるつもりなのだろう。水上は既にもう一度蹲ってしまいたい気持ちでいっぱいだ。
「でも、水上もその変人を好きになってくれたんだろう?」
 ならおあいこだと蔵内が微笑んだ。どこまでもずるい男である。水上はこの先この男と一緒に居て心臓が耐えられるのだろうか。

 繋がれた手はまだ離してもらえそうになかった。


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