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素直になれよ

全体公開 5849文字
2022-06-02 09:19:18

蔵水 2021年1月25日投稿
吾が手24無配

Posted by @saeki_f

「水上は賢いから、もう気付いているかもしれないんだが」
 本部を出る際に一緒になり、帰り路を二人だけで歩いていた。急に蔵内が立ち止まって黙ったので水上が振り向き、出てきたのがそんな言葉だ。何を言われるのかと待っていると、蔵内は意を決したように口を開く。
「俺は水上が好きだ。よければ付き合ってほしいと思っている」
 周りの音が全て消えてしまったような感覚だった。横を通り過ぎる車の音も、遠くで騒ぐ子供の声も、耳には届いているが頭には響かない。今の水上に聞こえるのは蔵内の声だけだ。
(マジかー……
 水上にとって蔵内は、少し特別な存在だった。
 もともと蔵内とは同級生の中でも仲が良い方だった。学校は違うが同級生で同じポジション。ただのお堅いタイプかと思いきや意外と柔らかい一面もあり、水上との相性は良かったのだ。
 気付いているかもしれないと言われたが、そんな好意には今になるまで全く気付いていなかった。大事な相手ほど見落としてしまうこともある。
「好きやて言うてもらえるんは嬉しい。けど……
 水上は視線を落とした。これを伝えるのはとても心苦しい。理由を話したところで理解は得られないかもしれない。蔵内のことはとても大切に思っているが、水上には水上の考えがある。
「ごめん。蔵っちとは付き合えへん」
……そうか」
 蔵内はそう言うと眉尻を下げ、振り返ってまた歩き始める。それを追う資格は、今の水上には無さそうだった。



 翌日、水上は生駒隊の部屋でぼんやりと天井を見つめていた。
「はー……
「どないしました? アンニュイな溜息ついて」
 後ろから飛んできた声で水上は己の迂闊さを悔いる。部屋にまだ隠岐が残っていたことを忘れていたのだ。昨日の一件は思った以上に水上の精神を揺さぶっている。
「いや、お前には関係あらへん」
「そんなん百も承知ですわ。おれが首突っ込みたいだけやし」
「野次馬かいな」
「まあまあ、暇つぶしとでも思って」
 隠岐は楽しそうに笑いながら水上の正面に座った。腰を据えて話を聞きますよというポーズである。どちらかというと暇を潰したいのは隠岐の方に見えるが、この際それは置いておく。
……好きな人から告白されてん」
「へえ、蔵内先輩から」
 そのまま話を続けようとしたが、水上は思わず隠岐を凝視した。水上の好きな人が蔵内であるとは誰にも言ったことがなかったはずである。
「は⁉ なんでお前が知ってんねん!」
「先輩、そういうの隠すんは下手ですよね」
 隠岐はカマをかけたわけではなく、水上の言動から好意を悟っていた。態度を表に出さないよう注意していたはずなのだが、傍から見ても分かりやすかったらしい。
「まあそれはともかく、良かったやないですか。それならなんで溜息なんか……
「断ってん」
「え、何を?」
「告白を」
 しばし二人の間に沈黙が流れる。隠岐は水上が言ったことをすぐには理解できていないようだ。
「いや~、先輩それはおもんないっすわ~」
「冗談やない。俺かてめっちゃ気ぃ重かったわ」
 冗談だと捉えられてしまうのは日頃の行いのせいだろうか。そうだったらまだ良かったのにと、水上はまた溜息を吐いた。
「え、でも先輩は蔵内先輩のこと好きなんですよね?」
 隠岐は全く理解できないという顔をしている。その通りだから水上も悩んでいるのだ。
「せやけど、両想いでもボーダーの中で恋人作るとなにかと面倒やんか。周りの目もあるし」
 問題はただ一つ。水上も蔵内もボーダー所属であるという点だ。生駒隊のメンバーはほとんどがボーダーのスカウトによって三門市にやって来た。もちろん通常の学生生活は送っているものの、遊ぶために来たわけではない。水上はガチガチの使命感を持って活動している方ではないが、ボーダーの活動に人命が懸かっている以上は持ち込むべきでないものもあると考えているのだ。
「そんな理由で好きな人諦めるとか、ホンマに好きなんですか? せっかく両想いなのに」
「やかましい」
 隠岐も水上の考えている方向は分からないでもない。団体に所属しているのだから自律は必要だ。しかし別に禁止されているわけでもないのにせっかくの機会を断るという行動は、少なくとも隠岐には疑問である。
「なんて断ったんですか?」
「なんてってなんや」
「いや、色々あるやないですか。正直に言うなり、他に好きな人が居るとか嘘つくなり」
「ああ……別に理由は言うてへん。俺がごめん言うてその場は終わり」
「マジで言うてます⁉」
 隠岐は思わず前のめりになった。蔵内がどんな反応をしたのかも気になっていたが、まさかそんな簡素なやりとりしか行われなかったとは思わなかったのだ。
「まあ、蔵っちもそれで引き下がったからなあ」
「はあ~、そこで引き下がる蔵内先輩も理解できませんわ」
 隠岐は椅子にもたれかかって天井を見た。隊を組んでそれなりの時間を過ごし、水上を理解していると思っていたが、まだまだ分からないことは多いようだ。
……ていうか、なんで俺は隠岐に恋愛相談なんかしとるんや」
「今更ですわ~」
 喋る予定のなかったことまで喋ってしまった気がして水上が我に返った。
 後で周りから何と言われようと告白を断った事実は変わらないし、それは水上が自分で出した結論だ。蔵内との関係は、これから時間をかけて折り合いをつけていくしかないのだろう。


 翌週、水上はラウンジで学校の課題をしていた。何人かと個人ランク戦の約束をしているのだが、早く着きすぎてしまったのだ。生駒隊の部屋に寄らず直接来たので、暇つぶしには丁度良い。
「水上」
 一問解き終わったタイミングで水上に声を掛けたのは、どこか申し訳なさそうな顔をした蔵内だった。あの日以来、二人はまともに会話をしていない。とは言っても避け合ったりしているわけではないのだ。学校も隊も違うのだから、わざわざ会おうとしなければ会う頻度などこんなもの。
「先月借りた本、やっと読み終わったから返そうと思って」
 蔵内の手には、水上が貸した時に入れていた本屋の袋がそのまま握られている。几帳面な彼らしい。
「ああ、忘れとった。おおきに」
 この本を貸した時には二人の間にこんな空気が流れるなんて思ってもいなかった。
 蔵内は少し迷ってから、水上の隣に腰を下ろす。
……駄目だな」
「え、何が?」
「ごめん、まだ水上のことが諦めきれなくて」
 蔵内は周りに聞こえない静かな声でそう零した。二人の会話を気にしている人は居ないようだ。
 どうして蔵内はそんなに水上の心に刺さる言葉選びができるのだろうか。水上だってまだ蔵内が好きだ。
「俺の勘違いだったら悪いんだけど、水上も俺のことは嫌いじゃないと思ってたんだ。しばらく引きずりそうだから気にしないでほしい」
 そして、そんな気持ちも見透かされている。
……勘違いやないで」
「え?」
 伝えたところでどうなるわけでもないと思っているのに、水上は伝えずにはいられなかった。
「俺も蔵っちが好きや」
 それでも告白は緊張するもので、水上は声のボリュームを上手く調節できたか判別できない。
「そ、そうなのか?」
 もしかしたら声が小さすぎたかもしれないと思ったが、蔵内にはちゃんと届いたようだ。
「でもボーダー内で付き合うんは色々大変やんか。仲間やけどライバルでもあるし、一応命がけの活動しとるし、普通の同級生とはちゃうやろ」
「うーん、まあ、そうだな」
「せやから、ボーダーの人とは付き合えへんと思っとる。もちろん好きでおってくれるんは嬉しいで。でも俺はそれだけで十分なんや」
 嘘は得意だ。自分の気持ちであっても、言葉にして出せばいつか騙しきれる。
 ボーダー隊員でさえなければ小難しいことは考えずに付き合えたが、ボーダーに入らなければ出会えなかった。せめて出会って想いを伝えられただけでも幸運だと思っておかなければ。
「そうか。水上がそう言うなら無理は言わない。俺も気持ちを教えてもらえて嬉しかった」
 蔵内は水上を責めたりせず、優しく笑う。なんて物分かりの良い十八歳なのだろう。そういう優しさに甘えてばかりだ。
 そこで会話が途切れそうになったのだが。
「「いやいやいやなんでやねん‼」」
 急に両脇から強めの突っ込みが入ってきた。何事かと思い確認すると、隠岐となぜか生駒の姿もある。
「うわっ、どこから湧いてきたんです⁉」
「すぐ後ろの席や。話は聞かせてもらったで!」
 隠岐が連れて来たのか、それとも単なる偶然か。いずれにせよ熱い男にバレてしまった。
「恋心とボーダーは関係あれへんと思いますよ。ていうかそんなん言うんやったらそもそもボーダーの奴なんか好きになったらあかんのとちゃいます?」
「好きな人と両想いなんてそうそうあることやないで! それをボーダーがあるからってお前ら……
 言いたいことが多すぎて言葉に詰まり、生駒は天を仰いだ。当人らが納得したというのに、本人以外の方が必死に引き留めているのもおかしな話だ。どさくさに紛れて隠岐はやけに辛辣な言葉をぶつけてくる。
「そもそもなんでイコさんまでおるんや」
「先輩らの言動が意味分からんかったんで連れて来ました。セカンドオピニオンてやつですわ」
 水上と蔵内が居るのを見て呼んだのだろう。それほど二人のことが納得いかなかったのか。
「では、イコさんからのありがたい意見をどうぞ」
 隠岐がそう言うと、生駒はわざとらしく咳払いをした。
「水上の言いたいことも分かるで。こういう場所に恋愛を持ち込むんはデメリット多いしな」
「イコさん、自分は持ち込んだことないくせに~」
「黙らっしゃい! ……でもせっかく出会えて仲良うなった上に、両想いになってんねんで? こんなん奇跡やぞ? それを無駄にするなんてお前……ボーダー隊員やからって人生の大事なことまで我慢せんでええんや!」
 全て言い切って、生駒は水上のリアクション待ちである。が、水上はしばらく考え込んでしまった。
(我慢なあ……
 隊長の言葉というのは不思議なもので、確かに説得力を感じた。隠岐の狙いはこれだったのかもしれない。普段あれこれと突っ込みを入れていても、結局のところ水上は生駒のことを信頼も尊敬もしている。
 生駒の言う「奇跡」というのも強ち言い過ぎではないのだろう。蔵内からの好意を知らなければ、水上は想いを伝えようともしなかったはずだ。それほど望みの薄い恋だと思っていた。
 何かと自分を抑える方だという自覚はある。必要な我慢なら耐えられる。しかし隊長が我慢しなくていいと言うのだ。必要以上に自分を縛り付けてはいなかっただろうか。
 そもそも隠岐の言う通り、そんな風に考えるくらいならボーダーの人間を好きになるべきではなかった。気持ちを無かったことにできていない時点で水上の負けだったのだろう。
「隠岐」
「はい」
 余計な首を突っ込んできたお節介な後輩だが、今回は感謝しなければならない。隠岐が動かなければ何も変わらなかったと思う。
「効いたわ、セカンドオピニオン」
 それだけ言うと、水上は蔵内の方に向き直った。ここがラウンジであることは理解しているが、今伝えなければならないことだ。それに、この会話に興味を持っているのはこの四人だけのようだった。まさかこのオープンな場所でこんな会話が繰り広げられているとは思わないだろう。
「蔵っち」
「なんだ?」
「この前の返事、撤回させてもらえんやろか」
 色々と恥ずかしくて、水上は蔵内の顔を真っ直ぐ見られない。前言撤回もそうだが、付き合いたいという気持ちが乗るだけでなぜこんなにも気恥ずかしくなるのだろう。ただ好きだと言うだけとは全く違う。
 同時に水上の心には罪悪感と焦りが湧き上がってくる。告白にはこんなに勇気が必要なのにあっさりと断った上、やっぱり付き合いたいだなんて言える立場だろうか。蔵内は先ほど水上のことを諦めきれないと言ってはいたが、この体たらくを見ては幻滅されても不思議ではない。
 水上は恐る恐る蔵内の言葉を待った。
「ああ。俺も、もう一度水上に告白しようと思っていた」
 そう言う蔵内はとても嬉しそうで、水上は安心のあまり机に突っ伏した。
「ど、どうした?」
「よかった……ホンマよかった……
 振られるのが怖かったというよりも、ここで蔵内に幻滅されていたら立ち直れなかったと思う。とても大事な相手だ。これからは傷付けないようにしなければ。
「俺も、諦められなくてよかった」
 蔵内が本を返そうとしていたのは事実だが、それ自体はいつでも良かった。関係にヒビが入ろうとしていたこのタイミングで、水上に話しかけるための口実に過ぎない。
 水上は起き上がって、照れた顔を隠すように頭を抱えた。
「たぶん俺、付き合うたら付き合うたで面倒なこと言うと思うねん。いつか蔵っちも嫌気が差すかもしれん」
 水上は自分の性格をよく理解している。素直になれない部分も、悪いことが起きると予測して動くところも、おそらくそう簡単には直らないだろう。
「嫌気が差すことは無いと思うが……でも、そうだな。もしかしたら俺も、自分の意思を押し殺すことがあるかもしれない。だから思うことがあったら共有していこう。恋人だろう?」
……せやな」
 ボーダーや私生活で、これから先に何が起こるかはまだ分からない。水上が想像していたような事態になるかもしれない。だがちゃんと伝え合っていくことが重要なのだと知ることはできた。こうして周りの力を借りる経験もした。先のリスクばかりではなく、まずは目の前にあるものを見落とさないことも大事なのだ。
 この先にどんな結果が待っていたとしても、きっと二人は後悔しない選択をしていけるだろう。

 生駒と隠岐は少し離れてその様子を観察していた。
「ええなあ、青春やなあ」
「ホンマややこしいですよね~。好き同士なら最初から素直になればええのに」
「水上はすーぐ小難しいこと考えるからなあ。もうアレは一種の職業病やろ」
 普段は比較的しっかり者の参謀として立ち回ることが多い水上だからこそ、こうして世話を焼くのが楽しいようだ。
 上手くまとまりそうな雰囲気を感じ取り、二人は満足してラウンジを後にした。


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