TWLで連句が【しりとりほどではないけれどそこそこ知名度のある、イマジネーションと言葉の扱いを鍛えられるということで魔法士見習いや魔法士にとってはまあまあ親しみ深い遊び】になっていて、2年生メンツがなんやかんや遊んでくれていたらな~という妄想の後日談です。
本編
@Dr_gaap
連句用の2年生LINEが久しぶりに動いた翌日の昼休み、ラギーはジャックとエペルと一緒に食堂を目指して歩いていた。一つ前の錬金術が一緒だったので、ついでに昼食もと誘われたのだ。
「コバンザメちゃん見~つけたぁ」
不意に声をかけられて、ラギーは視線を隣のエペルから正面へ向ける。昼休みにざわつく廊下の真ん中を、オクタヴィネルの三人が揃ってこちらへやってくるところだった。
「オレになんか用ッスか?」
「そーそー。昨日の連句の〈生き延びて〉のとこ唱えてよ」
「え?」
フロイドが口にした“用”がまったく思いがけなくてラギーは目を白黒させる。言葉の意味は分かる。昨日LINEで遊んだ連句の、ちょうどジェイドとアズールの間にラギーが付けた部分のことだ。けれどそれを口に出すというのは、しかも後輩の前でというのは恥ずかしいし、何よりフロイドがそうしろと迫る理由が分からないのが怖い。
「ねーコバンザメちゃん聞いてんの? それとも昨日のことなのにもう忘れちゃった?」
「いや、忘れてはないッスけど、唱える?」
「うん。ほら早く」
全力で抵抗するほどではないけれど話が見えなさすぎて不安なんだよなぁ~!と視線を彷徨わせたラギーに、フロイドの後ろで立ちっぱなしになっていたジェイドがにっこり笑った。
「〈海の卵はなべて小さし〉」
薄く整った唇が紡いだのはちょうどラギーの〈生き延びて〉の手前の部分で、ラギーは(ですよねー!!)と心の中で叫んだ。予定調和が嫌いで楽しいこと面白いことが大好き。片割れのどんな破天荒も「おやおや」の一言で受け止め楽しみさらに引っ掻き回しにかかるジェイド・リーチが、ここでラギーの味方をするわけがないのだ。 だってそんなの面白くない。
(これ以上抵抗しても面倒なことになるだけ。恥ずかしさで話が収まるなら安いモン! と思っとく……!)
腹を括ったラギーが「〈生き延びてそれぞれここにある体〉」と唱え終わると同時、にんまりと弧を描いたフロイドの唇が「〈靴はとりどり廊下を渡る〉」と紡いだ。
フロイドの詠唱――そう、それは詠唱だった――フロイドの詠唱が終わると同時、何らかの魔法が自分にかかったことをラギーは感じ取った。痛いとか暑いとか寒いとか心地よいとかは感じない。何の魔法かは分からないけれど、それが魔法であり、またフロイドの詠唱によるものであることだけははっきり分かった。
いきなりの出来事に目を白黒させるラギーに、正面のフロイドは満足そうに笑みを深めると「歩いてみなよ」と顎をしゃくってみせる。
「歩く? ここで?」
「もーさっきからノリ悪すぎ。普通に歩けばいいだけなのにさあ」
「いやノリも何もさっきから突然のことばっかで何が何だか……」
まず間違いなくさっきの魔法と関係しての指示だとは分かるのだが、意図がまるで分らないのが怖い。そうでなくても相手はフロイドなのだ。その指示に喜んで従うなどよほどの馬鹿かプッツン来ている心酔者かフロイドとよくよく「お話し」した結果それしかできない体にされた奴かのどれかだろう。そしてラギーはそのどれでもなかった。
「ホラ!」
ぐい、とフロイドに手を引っ張られたラギーの身体が傾く。咄嗟にジャックが手を差し出したが、フロイドはラギーと手をつないだままくるりと踊るようにそれを避ける。そのはずみで視線が下を向いて、ラギーはフロイドに支えられたまま驚きの声を上げた。
「えっなんスかこれ!」
「アハッ、ようやく気づいたじゃん。でもそっちはオマケ」
つんのめって下を向いたラギーの視線の先、その足を包むスニーカーがまるで夏の空みたいに鮮やかな青に染まっていたのだ。
靴の色が変わっているのはラギーだけではなく、フロイドは黄色、ジェイドはピンク、アズールは緑、ジャックは赤、エペルはオレンジと、それぞれ目が覚めるようなド派手で鮮やかな色に塗り替えられていた。
「オマケって……じゃあメインディッシュは?」
「だから歩いてって言ってんじゃん。ほら、まだ分かんねぇ?」
フロイドはラギーの手を離すと、長い脚の長いストロークで飛ぶように歩きだす。数歩先から振り返ったフロイドに手招きされたラギーは、ままよ!と歩き出してすぐに気づいた。
「めっちゃ体が軽い……」
「そ。あと疲れにくくなってる」
「イタズラじゃなくてありがたいっすけど、なんでそんな急に」
害のあるものではなくて何よりだと息を吐きつつ、相変わらず意図がつかめないのが落ち着かなくてラギーはフロイドを見上げる。フロイドはきょとんとラギーを見返すと「急じゃねーし。ただコバンザメちゃんにこれあげるってだけ」となんでもなさそうに言った。
「これ?」
「この魔法。コバンザメちゃんも使っていーよ」
「えっ!? 使い勝手は良さそうッスけど……使えるかな……」
「お手本見せてやったじゃん。まあ使えるようになんなくてもいいけど」
「えー……」
あげると言いながら使えるようにならなくてもいいと言うフロイドの思考がいよいよ分からなくて、ラギーの声はつい不満の滲むものになる。
「昨日さあ、コバンザメちゃんとアズールのやつ見て、ずっとぐるぐるしてて。で、それコバンザメちゃんに返したかったっていうか」
カラフルな足元を見下ろしながら「ここまで来たんだからこっからもって」と呟くフロイドに、ラギーは急に分かったような気がした。理解できたとは思えないけれど、なんにも分かっていないような気すらするけれど、でもフロイドの言葉にラギーは確かに納得したのだった。
フロイドは「ここから」を分けに、というか、「ここからだってさ」と伝えるべくラギーに魔法をかけに来たのだ。ラギーはアズールの付けを「ここ」の話だとばかり思っていたけれど、フロイドは違う景色を見ていたらしい。
「そんだけ」と、今度はきっぱり言い切るようにしたフロイドが、アズールたちの方へぶらぶら戻っていく。ラギーもジャックたちを置いてきてしまったことを思い出して振り返ると、ちょうど二人揃ってこちらへやってくるところだった。
二人とも飛ぶような身軽さであっという間にラギーのところまで来ると「今の魔法、呪文はラギーサンが作ったって聞きました! ラギーサンの言葉が良かったからフロイドサンが感動して魔法に仕立てたんだって、アズールサンとジェイドサンが!」「あの、フロイド先輩の気持ち、俺も少し分かる気がします。ラギー先輩が嫌じゃなかったら、他のところも読ませてもらえませんか」「僕も! お願いします!」と、二人並んで口々にラギーへ言葉を投げかける。
(も〜アズールくんもジェイドくんも適当言ってくれちゃってまあ)
100%嘘というわけでもないのだろうけれど、だからこそ厄介だというのがラギーの本音だった。恥ずかしさがぶり返して頬が熱くなるのを感じながら、ラギーは「あっ!」とわざとらしく声を上げる。
「急がねえと昼飯が売り切れちまう! 二人とも急ぐッスよ! 腹減らせたレオナさんが暴れたら困るッス!」
「ラギー先輩、廊下はダッシュ禁止っす!」
「たげはええ……ジャッククン、追いかけよう!」
こっ恥ずかしいけど嫌じゃないのが困るんすよねぇと声に出さずに呟いて、ラギーは飛ぶような足取りで廊下を駆けてゆく。追いかけてくる二つの足音をくすぐったいような気持ちで聞きながら、いっそう軽々と。