@DSSmafia
メチャアッツ・マウンテンは、ガトー・アイランドの南西に位置する活火山だ。
週に一度のペースで大量の噴煙とマグマを噴き上げ、抗争が起こる以前は島の観光名所として知られていた。
そのメチャアッツ・マウンテンの火口付近に、一人の男が立っていた。
火山を調査しに来た地質学者だろうか? いや、それは違うと断言できる。
なぜなら、その男は股間を隠すためのタオル以外には何も着ていなかったからだ。
周囲の気温がゆうに300度を超える灼熱の中、男は口笛を吹きながら裸足で火口内に飛び込んだ。
なんと男は泡立つマグマを意に介さずに歩を進め、タオルを丁寧に折り畳むと、熱源の一番近くにある大きめの岩に腰を下ろした。
「んー、今日はイマイチやな……。あんまり熱くないわ」
がっかりしたように呟くと、男は上を向いて目を閉じた。
この男こそ、ガトー・アイランドの巨大犯罪組織、バンブー・チルドレンの構成員「煮室整(にむろ・ととのう)」である。
煮室は生粋のサウナ狂であり、日に一度は高熱の環境に身を置かなければ体調が悪くなるという。
そのため、メチャアッツ・マウンテンの火口付近に居を構え、毎日こうしてサウナ行為を楽しんでいるのだ。
煮室が暫しサウナを堪能していると、椅子代わりに使用している岩の傍に備え付けられた耐超高熱ラジオがノイズを吐き出し始めた。
「ピーッ、ガガガ……。ニムロ、ミッションだ」
組織上層部からの仕事の要請である。
「ニムロ、『ホワイトロリータ』の老いぼれがくたばったのは知ってるな? あそこのイカレ娘がウチに素敵なメッセージを寄越しやがった。
糞ったれの『マッシュ』をたくさん殺せば隠し財産とお宝を譲るらしい。詳しいことは追って説明するから、とりあえずこっちに来てくれや」
要件だけを告げると、ラジオは返事も待たずに切断された。
「あー、くそッ! なんでやねん!」
至福の時間を邪魔された煮室は不機嫌な顔で岩から立ち上がり、山を降りるために火口をよじ登り始めた。
下山途中。白樺の枝葉を束ねた「ヴィヒタ」と呼ばれるサウナ用品を片手に、煮室はタオル一丁でぶらぶら歩いていた。
すると、道すがら登山者の格好をした若い二人組の男とすれ違った。煮室が会釈をすると二人は会釈を返し、そのまま山を登っていく。
抗争が盛んなこの時期に登山とは奇特な人たちもいるもんやなあ、と思いつつ煮室はそのまま下山を続けようとした。
いや、ちょっと待てよ、と煮室は思い直した。先程の二人組、何か決定的におかしな点があったような……。
――刹那、強烈な殺気が煮室の身体を射抜く。
腰のタオルがはだけるのも構わず、煮室はバックステップで回避を決めた。
よく見ると、先程まで煮室が立っていた岩場が斬鉄剣でも振り回したかのように刃傷まみれになっている。
「チッ、よく気づいたなァ~。大抵のヤツらはこのまま訳も分からずお陀仏だってのに」
十数メートル程離れた場所で、二人組の登山者が殺意を剥き出しにこちらを見ていた。
「今から殺すけど一応自己紹介しとくぜ~。オレはピス。こっちは兄貴のトルだ。先週『マッシュ』に雇われて、そっちのメンバーを5人も殺ったぜ」
低血圧気味な喋り方で、「ピス」と名乗った弟の方はよいしょ、と腰を持ち上げた。
そこで煮室はやっと違和感の正体に気づいた。二人とも下半身に何も履いていなかったのだ。いつも自分自身が裸だから気づくのに遅れてしまった。
ピスは自分の陰茎を手で持ち上げると、狙いを澄ませて立ちションをした。
股間から放たれた黄金色の液体は、しかしてウォーターカッターのような凄まじい勢いを以て、煮室の近くの岩を貫通した。
これがピスの魔人能力『小便小僧(マヌカン・ピス)』である。
「フン、いくら勢いばっかり強くてもただのシッコや。攻撃の正体さえ分かれば、どうということはないわッ!」
煮室は体温を操る魔人能力『ムスペルヘイム』を発動する。
すぐさま煮室と周囲の温度は急上昇し、ピスの小便は煮室に当たる直前で完全に蒸発した。
「……うぐっ!?」
だが、どうしたことだろう。攻撃を退けたはずの煮室が顔を押さえてもがき苦しんでいるではないか。
「ぶぁ~か! オレのオシッコはアンモニアがたっぷりだぜ? そんなことしたら気化するに決まってんだろ。
ここに来る前に酒をしこたま飲んできたから、あと半日は出続けるぜ~」
そう、尿に含まれるアンモニアは蒸発すると鼻をつんざかんばかりの悪臭を発するのだ。
「シッコ垂れ小僧が生意気にワシの能力に対して対策を打ってきたみたいやな……。せやけどコレは知らんやろ!」
煮室は右手に持っていたヴィヒタを空に向かって力強く振り回した。一見、乱雑な動きだが、これらは全て緻密に計算された一連の動作である。
すると周囲に吹き荒れていた熱風がヴィヒタによって制御され、上昇気流となったため、急に雨が降り始めたではないか。
中国の歴史書「魏志蒸人伝」にも記されているが、古来よりサウナーはヴィヒタを空に向かって振ることによって雨乞いの儀式を行っていたのだ。
普段であれば五、六人がかりで行う雨乞いの儀式であるが、熟達したサウナーの煮室は完璧なヴィヒタ捌きによって完全に気流をコントロールしていた。
「ク、クソッ……! 雨が降ったせいで水蒸気が大量発生して視界が――」
僅かなスキを見逃す煮室ではない。そのままピスの土手っ腹にサウナブーストのかかった強烈な一撃を放ち、彼を昏倒させた。
「さて、そっちの兄貴はどうするんや? 大人しく弟を連れて帰ったら見逃してやってもええけど」
嘘である。サウナでの禁忌をまとめた「蒸風呂禁忌録」にも記されているが、サウナ内に他人がいる状況で部屋を出た人間は背中を刺されても仕方ないと書かれているからだ。
ここは普通の人間からすれば山の中腹でありサウナではなかったが、煮室はこの宇宙に存在する全ての空間をサウナだと認識していた。だから当然ここもサウナになるわけである。
「…………」
兄の「トル」は黙ったまま、まるでぎょう虫検査の時に子供がやるようなポーズで尻をこちらに向けた。相当使い込まれているのか、かなり黒ずんでいる。
次の瞬間、トルの黒ずんだ肛門がくわっと開門するなり、周囲のものを全て吸い込んでしまうかのような吸引力が発生したではないか。
これが、肛門から物を排出するのではなく、吸引するというトルの魔人能力『黒穴(トル・ノワール)』だ。
「はあ、しょうもな……。弟のほうがだいぶマシやったで」
煮室は熱した手の平で思いっきりトルのお尻をバチーンと叩いた。トルは声にならない悲鳴を上げ、あっけなく気絶した。
こうして『マッシュ』に雇われた兄弟の殺し屋「ピストルブラザーズ」は無事倒されたのであった。
「よーく覚えとけよ、ルーキー。『サウナは先に入室したヤツが偉いんやない。長い時間おったヤツが偉いんや』」
そして、微妙によく分かるような分からないような格言を残し、煮室は兄弟を残してそのまま去っていった。
「さて、仕事の時間や。いっちょやったるで!」
全身から高熱を放ったままの裸の男は、仕事への誇りを胸に意気揚々と街へ繰り出した。
その後、無事に下山した煮室は腰のタオルを山に置いてきたことに気づき、直後に露出狂として通報されるのだが、それはまた別のお話。