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ハニー プロローグSS

全体公開 プロフィール・プロローグ 4797文字
2022-06-11 21:32:25
Posted by @DSSmafia

ドーナッツの穴から男の生首が生えていた。

よく見れば生首だけではない。
同じようにドーナッツから生えた男の左手と両足が彩り鮮やかでマーブルなドーナッツの山に埋められ、ひとつのトレイに載せられ運ばれている。
運ぶのは長い金髪をポニーテールでまとめた婦警だ。
ときおり何も生えていないドーナッツをつまみつつ、鼻唄混じりに靴音を響かせガトー・アイランド警察署の薄暗い廊下を進んで行く。
上機嫌な婦警とは反対に、トレイに転がされた猿轡をつけられた男の生首は苦悶の表情を浮かべている。

(どうしてこうなった――)

そして、数分前の己の失態について思い返すのだった。





ほんの数十分前のことだ。
生首の男ことシィル・ソバは反マフィアのレジスタンス『ヤムチャ』のメンバーである。

――どんなに悪が栄えようとも、正義の灯は決して消えることはない――

その志を胸に刻みつけたヤムチャのメンバーは、この島では絶滅危惧種に等しい善魔人のみで構成されている。
彼らは徒党を組み、マッシュやバンブー・チルドレン、その他有象無象のマフィア達に対しささやかな抵抗を続け、この島に平穏とカタギを取り戻すべく日夜戦っていた。
シィルは擬態能力を持つ魔人だ。
その能力を使って様々な組織に潜り込み、そのひとつひとつを内部から壊滅させてきた。
今回も適当に捕まえ処分した警官に成り変わり警察署にスパイとして潜入、情報収集しつつ隙あらば内部を掌握する――それが彼に課せられた任務だった。

ガトー・アイランド警察はロクな仕事をしていない。
市中警邏と言いつつ仕事は基本的に毎日サボタージュ、大物にはヘコヘコと頭を下げ賄賂をせびり立場の弱い人間には恐喝と暴行三昧だ。
腐りきった内情にシィルは辟易していた。
しかし、スパイとして潜り込むにはこれ以上やりやすい場所も無いだろう。
案外これまでのどの組織よりも簡単に乗っ取ることが出きるのでは――
事務仕事をこなすフリをしつつヤムチャへの報告書を作成している傍ら、そんな舐めきった考えが脳裏に浮かび始めた。
そんな頃合いのことだった。

「こんにちは、侵入者くん」

ガチャリ、と右手に手錠がかけられた。

気配はまるで感じなかった。
慌てて立ち上がり振り向けば、背後に一人の婦警が立っていた。
背は高く、長い金髪を一つに結わえ片手に手錠を、もう片方には紙袋を抱えている。

「駄目じゃないそんなに油断してちゃ。 確かにここはゆるーい職場たけどさ」

「誰だ!?」

陰険な笑みを浮かべる女の手から手錠を振りほどきつつシィルは壁際まで後ずさる。

「はじめまして、 私はハニー。 対魔人治安維持部隊のハニーだよ」

「治安維持部隊……

それはこの警察署の中に置いて例外的に警戒しなければならない相手。
警察が権力を維持するため、必要な場合のみ動員される暴力装置。
普段は一般署員に紛れ存在を秘匿されているため実在すら疑われている謎の部隊。
その隊員が現れた、と言うことは。

(露見バレちまったか、ミッション失敗……いや、まだ!!)

このハニーとか言う女を消せば良い。 そうすれば何も起きなかった事にして任務に戻れる。
弱いやつが人知れず消えるのはこの島では日常茶飯事で、たかが婦警1人消えたところで何の問題も無いだろう。
反撃のため腰のガンホルダーに手を伸ばし、そこでようやく気付く。

……あれ、俺の手、」

伸ばした指は堅い銃を掴めず、柔らかい何かに包まれて動かせない。
よく見れば、手錠をかけられた手首より先の部分がぽっかりと消えている。

「君の手ってこれでしょ?」

ハニーはそう言いながら紙袋を漁り、禍々しい色の輪っか――各種麻薬がブレンドされた薬物ドーナッツをつまみ出す。
目の前に掲げられゆらりと揺らされるその輪の中心には、

「なッ!?」

消えたシィルの手首から先が生えていた。

取調拷問官が君とお話したいってさ。 だから大人しく連行されて――

と、言い切る前に。
予想外の事態に動揺したシィルがハニーに飛び掛かる。

「返せッ!! 俺の手ッ!!」

「うわぁダメだよそんな乱暴しちゃ――あっ」

捕まれた肩が強く揺らされ、その衝撃でハニーの手からドーナッツが滑り落ちた。
わざと落としたようにも見えた。

床に叩きつけられたドーナッツは脆く崩れ、その丸い輪郭はぐしゃりと潰れる。
同時にハニーの能力『蜂蜜の輪を潜りましょうドーナッツ・ホール』が解除された。

「いっ……あ"あッ!!!!」

手錠とドーナッツを繋いでいたワームホールが消える。
ホールの中をを通っていたシィルの右手は元に戻ることなく、そのまま空間と共にぶつりと切断され、シィルの右手は赤い血を撒きながら床に転がっていった。
痛みに呻きうずくまるシィルの様子を見て、ハニーは死にかけの虫を面白がるような表情を浮かべクスクスと笑う。

「ほらね、暴れるから痛い目見ちゃうのよ? それに駄目じゃない、魔人が手のひとつふたつこの程度で泣いてちゃさぁ」

小馬鹿にした様子を隠しもせずハニーはシィルのシャツを適当に引きちぎり猿轡にする。
紙袋の中のドーナッツを棚から取り出したトレイの上にひっくり返し、左手と両足に手錠をかけ海老反りの体制にして部屋の隅に転がす。
最後に紙袋をシィルの頭に被せれば、トレイの上にはカラフルドーナッツとシィルの手足生首の山盛りが完成する。

「それじゃ、取調室拷問部屋へ同行お願いしますね」

ハニーはひょいとトレイを持ち上げ、そのまま取調室へと足取り軽く歩き始める。
こうして、シィル・ソバの命運はつきたのであった。





――ッ!?」

「どうして侵入者ってわかったかって? そりゃ、君だけ市民を恐喝しないし賄賂も受け取らないじゃない。 そんな警官いるわけないし……とても怪しかったのよ?」

……!?――ッ!!――!!」

「そんなに怒られてもねぇ。 警察ってそんなものでしょう」

そんな雑談をしつつ署内を進む二人は、やがて『取調室』と書かれた部屋にたどり着く。
ノックをすれば中からどうぞ、と返事が聞こえてくる。

「お待たせ、クルーラーさん。 ご注文の侵入者、お届けに……あれ?」

扉を開け室内に入ると、尋問室には目付きの悪い若い警官と恰幅のよい髭の大男の二人組が机を挟んで座っていた。

「お疲れさん。 別に待っちゃいねぇしむしろ早いぐらいだ」

クルーラーと呼ばれた男はガトー・アイランドに所属する取調拷問専任の警察官だ。
彼は立ち上がりハニーからシィルの首が乗ったトレイを受けとる。ドーナッツの山を掻き分けながら中身を確認していく。

……おい、手が一個たりねぇぞ」

「ごめーん、うっかり落としちゃった」

「五体満足で持ってこいって言っただろうが。 それに胴体はどうした?」

「だからごめんってば。 体のほうはチュロとディップ部下2人が檻の中に運んでるよ。 ……それよりさ、何故署長がここに?」

検品しながら舌打ちするクルーラーを横にハニーは恰幅の良い男――ガトー・アイランド警察署長、Mr.デ・ポンへと視線を移す。
デ・ポンはコーヒーを片手に持ち、気にしなくて良いという風に首を降る。
どうやら二人のやり取りが終わるのを待ってくれるらしい。

「次の任務だってよ。 相変わらずお忙しい事で」

「ヒマよりは全然マシ。 クルーラーさんだって好きでしょ? そのお仕事」

「否定はしねぇな」

一通りシィルの状態を確認した後、クルーラーは取調室さらに奥にある重い鉄の扉の部屋へと向かう。

「じゃ、次の任務も適当に頑張れよ」

「ありがと、クルーラーさんもね」

そう言い合い、手を軽く降った後クルーラーはシィルと共に奥の部屋へと消えていった。
その後のシィルの行方を知る者は誰もいない。

クルーラーがいなくなった事を確認し、ハニーは署長へ向き直り敬礼する。

「お待たせしました、署長」

「気にしなくて良いとも。 仕事熱心な若手の姿は肌艶に良いからなァ……まぁ楽にしたまえよ」

促され、ハニーは敬礼を解く。

「休む間もなく仕事ばかりですまんね」

「いいえ、ここでのお仕事は私の生き甲斐ですから」

「頼もしい限りだ。 ……さて、次の任務についてだが」

デ・ポンは立ち上がり、部屋の窓へと向かう。 窓の外を一瞥すれば、そこからはガトー・アイランドの街 警察の庭が一望できた。

――レディ・ルマンド件は知っているな?」

「勿論」

アルフォート・ルマンドのビデオレター。
それはガトー・アイランドの二台巨頭や警察署内に留まらず、島に存在する全ての組織へと広がり彼等を沸騰させた謎のメッセージ。
島内でその噂話が聞こえない日は無く、当然ハニーの耳にも届いている。

「我々は憂慮しているのだよ……あの小娘の真意は読めんし、事態がどう転ぶのかもわからん」

デ・ポンは目を伏せ、厄介極まりないと呟きながら目を伏せ口髭をなでる。

「この島の現状は大きく変わるだろう」

仮に二台巨頭の一角が崩れ、マッシュかバンブーどちらかの一強時代が始まるとするのなら。
戦いの末に両組織が共倒れし、全く別の組織が勝ち上がり成り上がる可能性もある。
あるいは勝者など生まれず、よりタガの外れた暴力による混沌が広がるだけのケースもあり得る。
いずれにせよ、この一件で否応無く島のパワーバランスは崩れ、新たな秩序が生まれる。 多くの島民は予見している。
そしてその時、ガトー・アイランド警察の立場を保証出来るものは何もない。

「だがこれは大きなチャンスでもあるのだよ」

わかるだろう?とデ・ポンは口角をあげる。

そう、これは誰もが参加でき、誰もが勝ちを掴みうる戦いなのだ。

「ハニーくん。 君の仕事はただ一つ、いつも通りのことだ。 ……治安の維持に励んでくれたまえ」

言外に含まれた意味を汲み取ったハニーもニヤリと笑みを浮かべ、改めて敬礼を返す。

「了解、ご期待に応えて見せましょう」

「良い返事だ」

デ・ポンは満足げに頷く。

「バックアップは任せたまえ。 署の総力を持って治安維持部隊を支援してやろうではないか」

よろしく頼んだと言い残し、デ・ポンはノシノシと音を立てながら取調室を去っていった。

残されたハニーは1人笑う。

「さぁて、次のお仕事も頑張りましょうか!」





どこかから、誰かが叫ぶ声が聞こえた。
とても癪に触る、嫌な響きだ。
苛々しながらドーナッツを一口齧る。
そうすれば黄金色の甘ったるい波が口から脳へと通り抜け、血液を通じ体中に染み渡る。
多幸感の海へと全身を浸してしまえば――
ほら、何も聞こえないじゃない。


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