@DSSmafia
南の島前奏曲~ガトーアイランド・プレリュード~
蒼い透き通るような美しい空。船着き場には活気溢れる怒声が響く。太陽が激しく照り付ける南の島―ガトーアイランド。実に観光地向けなであるはずのこの島…しかし観光客らしき人の姿は一切ない。それもそのはず、この島は現在泣く子も黙る凶悪なマフィアたちが、金と魔石を巡った争いを繰り広げる場所だからだ。
そんなこの島で、朝日を浴びながらぐっと体を起こす青年が1人。黒い髪に少し日に焼けたような浅黒い肌、黒いタンクトップから伸びる腕はよく鍛えられている。しかし荒くれものだらけのこの町で生きていけるのかと心配になるほど、青年の見た目は人畜無害そのものだった。
「起きなきゃだ」
大きく欠伸をして立ち上がる青年の名はペンサー・グリッドレイ。最近この町に越してきた、新人警察官である。
一通りの支度を済ませたペンサーは、まだ新しい制服に袖を通した。きっちり着こなされた制服姿は、法無きこの島の正義を代行する者として相応しい貫禄を備えていた。…まあ実際のところ、この島の正義の代行者たちは皆その役目をはたしていない。金を積めば大半のことを見逃す警察が正義の代行者なわけがないのだ。
さて出勤の時間である。太陽照り付ける道路は陽炎に満ち、揺らめく視界の片端には賭博に燃える男たちが映る。熱くなりすぎて喧嘩沙汰になっているが、特に気にしない。もう片端にはお薬でハイになった後の残骸が。どちらもこの町の実情を表す素晴らしいサンプルである。
「ようあんちゃん、今日も真面目にお仕事かい?昼はウチで食ってってくれよ」
喧嘩している男たちの隣を通り過ぎようとしたところで、食い物屋の店主が彼を呼び止めた。スキンヘッドの巨漢というだけで威圧感満載なのだが、店主は当然の如くカタギではない。この島を支配する2大マフィアを潰さんともくろむ泡沫組織の1員なのだ。
「そうだ。そういえば今日は朝から店を開けてるのか?いつもは昼から開店なのに珍しいな」
「そらな。夜の営業があんまりできなくなっちまったからよ」
「それは―アレか。アンタの組織も参加してるんだな。実際どんな感じなんだ?アンタ、戦うの得意だったりするのか?」
「まあ、魔人じゃなきゃ1人殺る自身はあるけどよ…今んとこ俺は戦果ゼロだ」
この島には魔人が多いし、仕方ないことだ。
「あんちゃん、あんまり夜は出歩くなよ?どっから流れ弾が飛んでくるか分かんねえからな」
「そうだな。まあ、それはあんたも同じだろ。戦いに参加してるっつってもさ」
「心配してくれんのか?ありがとよ…呼び止めて悪かったな」
そういって店主は喧嘩してる男たちをひっつかんで喧嘩を止めていた。その光景に僅かな笑みを浮かべ、ペンサーは歩き出した。
警察署内部に入り、指定された席へ向かう。新人であるペンサーにすら席が配布されているのは、この組織が2大マフィアに買収され金銭的な余裕が大きいからだろう。しかしその代償に、この組織はあらゆる正義を失った。だが、この町で正義なんてものが機能するわけがない以上それは大した問題ではない。
荷物を置き終えたペンサーは、誰も座っていない席の前に液体の入ったコップを置いていく。それは珈琲であったり紅茶であったり酒であったり、とにかく多種多様であった。最後の一杯を淹れ終えたところで、勤務員用の扉が開きぞろぞろと人が入ってきた。皆揃いの制服姿の警察官たちだ。
「おはようございます」
「うわーっ、出遅れた!もう先に挨拶しないからっていびる手は使えないかー…」
「お、もう全員分の茶淹れ終わったのか。仕事が早いな。…これ白茶か。俺の好みを押さえてやがる」
思い思いの言葉を口にしながら、それぞれの席についていく警察官たち。彼らは皆、ペンサーの上司に当たる。やはりいつの時代も何処であろうとお茶出しは新人の仕事になってしまうようだ。
正義の代行者であった者たちが集うガトー・アイランド警察署始末課。ここが、ペンサーの職場だ。ガトー・アイランド警察署の一部であり、なんだかんだと押し付けられる汚れ仕事をこなすのがこの課の業務である。勿論普通の警察としての役目、形程度の巡回や取り締まりも行っている。
「時間内に出すのは大前提として、問題は味よ」
威圧感マシマシの態度で1人の女性が席に座り、目の前に置かれたティーカップに口をつける。その様子を、ペンサーは特に何の感傷も抱かず眺めていた。
「…温度、茶葉の蒸らし具合、使っている水の種類。新人にしては分かってるわね。及第点をあげる」
「恐縮です」
一切の感情の起伏を見せないペンサーの応答に、女性はため息をこぼした。
「雇ったときから思っていたけれど、面白みのない男だね。…今日のパターンも反応なしとなると、お前は何が好きなんだ?」
「課長、さすがにお嬢様の真似する年じゃないっしょ」
「五月蠅いぞ…」
課長…ヒルダ・ヴェネット。遠い北国で大規模な犯罪を犯し、彼女を慕う部下とともにこの島まで逃げてきた女傑。美貌と力、そして知識を兼ね備えていた魔人である。
かつてはその力で鬼神の如く荒ぶっていたが、現在はそのなりを潜め美貌と知識を残し始末課のトップとして君臨している。
「ああそうだペンサー、昨日の資料にはもう目を通したか?」
「はい。後処理も済ませましたので、報告書をそちらのパソコンに送らせていただきました」
「仕事が早いねえ…今日やってもらおうかと思ってたが、これじゃ今日は自由行動でよさそうだな。…いや待て、お前1人でこの数の脱走者を処理したのか?徹夜でやったのか?」
「…いえ、知り合いにちょうどよく精肉工場を持っている人間がいたので、そちらで一息にすり潰させていただきました」
嘘である。ペンサーに精肉工場を持っている知り合いなどいない。
「お前にそんな知り合いがいたとはな…まあ、楽に済んだのならそれでいい。よし、それでは―」
「課長、少しよろしいですか?」
恐る恐るといった感じで、警察官の1人が手を挙げた。片手には受話器が握り締められており、何やらその向こうから怒声が聞こえる。それは奇しくも朝方聞いていた怒号に似ているような…
「どうした、イワタニ」
「それが…海に大量にドラム缶が捨ててあって、底引き網に引っかかって破れちゃったらしいんです。で、その中身が…その…食い散らかされててあまり判別できないみたいなんですが人間っぽい…とのことで処理をお願いしたい、と…」
「………ペンサー?」
じっとりとした視線を向けられ、はてと首を傾けるペンサー。しかし、すぐに思い出したようで、ぽんと手を叩いた。
「ああ、すみません。骨は砕けなかったので、肉と一緒にドラム缶に詰めて廃棄させていただきました」
ペンサーの何でもないようなその一言で、署内の空気が完全に凍り付いた。わなわなと震えるヒルダ、その真正面で何が何だかといった様子できょとんとしているペンサー。直後、署内に大地を震わせるような凄まじい音が響き渡った。
ヒルダ怒りの鉄拳の余波で少しぐったりしているペンサー。パソコンに始末書とドラム缶引き取り要求書の文面を打ち込む指は、いつもと比べて格段に緩慢になっていた。第一線を退いたとはいえヒルダは怪力乱神と恐れられたほどの人材、その力をまともに受けて弱るなというほうが無茶な話である。しかし、そんなペンサーとは逆にほかの警察官たちはイキイキしていた。何せ面倒な死体処理の仕事が格段に減ったのだ。血生臭い上汚れる仕事をしなくてもよくなったその開放感は相当なものなのだろう。
「今日の朝は災難だったなーペンサー!ま、自業自得だけどよー」
「あれは見事な一撃でしたねー。ペンサーくん大丈夫でしたか?内臓潰れてたりしません?」
「以外と恐れ知らずだよなお前…だけどその潔さ嫌いじゃないぜ!」
1人書類作成に奮闘するペンサーの周囲には大量の警察官が群がっていた。
「あの、皆さんお仕事は…」
「お前がなくしてくれたんだろこのやろー!ありがとなー!」
「正直死体処理ってかなり力使うから嫌なんですよねー。ペンサーくん全部やってくれるなんて優しいなー」
「よーし午後は空いたことだし昼飯食ったら必死こいてるバカどもからいろいろ巻き上げに行こうぜー」
必死こいてるバカどもとは島内カースト下位に位置する集団たちである。そんな彼らからものを巻き上げるというのは中々にクズの極みだが、それを咎める法はこの島にない。
書類作成を何とか終わらせ、ペンサーは昼休憩をとっていた。朝に約束した通り、スキンヘッドの店主がいる店で昼食をとる。明らかにインスタントな麺をすすりながら、ペンサーは店主の言っていた例のことに思考を巡らせていた。金と魔石をめぐった争い…今後はさらに仕事が増えることになるだろう。憂鬱な気分にさいなまれながら、ペンサーは付け合わせの鶏肉を齧った。
「これは手作りだな」
◇◇◇
ペンサーが警察署内に戻ると、さっきまではあんなにも騒がしかった署内は閑散としていた。どうやら本当に下位カーストの組織を煽り散らかしに行ったようである。
「…いっつ」
今朝がた殴られた腹をさすりながらペンサーはぼやいた。痛い、といってももうすでにほとんど消えかかっているからちょっとした退屈しのぎに呟いた程度であったが。
「退屈そうだな、ペンサー」
そんな呟きに答える者が1人。煙草の紫煙をくゆらせながら男が笑う。
「ああいえ…退屈ではないですよ」
「嘘が下手だなお前は…すぐに露呈する嘘はつくもんじゃないぞ。あーそうそう、白茶美味かった。またいれてくれや」
見透かされている気がしてペンサーは言葉に詰まった。男…テューリング・グラフはそれを見ながらくくっと引き笑いのような声を漏らす。
「なあ、ペンサー。お前、殺しに自信は?」
「…分かりませんね」
「ははっ、嘘が下手だって言ってるだろ。毎度毎度嘘つくときだけは即答しないんだお前は。ま、自信はあるんだろうな」
「何が目的ですか?」
「そう警戒するなって…俺は…いや、俺と姉御で考えてたんだ。今、金と魔石をめぐって殺し合いが勃発してる。そしたら最後に残る奴が当然いるわけで、消耗したとこをちょいちょいっと掠め取れたらさぞ旨かろうなってさ」
彼の言う姉御、というのはヒルダのことだ。つまりこれはヒルダの意志でもある、ということになる。
「でだ、俺ぁもう戦えるような体じゃねえ。姉御も第一線を退いて久しい。署内でマトモに戦えそうな奴って言ったらお前が目についたわけよ。なあ、ペンサー」
すっと自然な動きでペンサーに近づくテューリング。ぽんとペンサーの肩に手が置かれた。
「俺らで、この島の秩序をかき乱してみるのも楽しいんじゃねえか?」
耳元で囁かれた言葉は、ペンサーの思考をまるで蜜のように蕩かしていく。久しく忘れていた衝動。内に秘めたモノが溢れ出る。ペンサーは自分の口元が歪んでいることに気付いた。
「殺しは、自由なんですよね?」
「ああ。殺し合いに参加してる奴と出会ったら、片っ端から潰していいと思うぜ。武器は潤沢にある。自由に使って構わないが…できるのか?」
「善処しますよ」
その言葉に、テューリングは何を返すのでもなくその口角を吊り上げた。
◇◇◇
業務をすべて終え、ペンサーは帰路についていた。これからはいつどこで襲われるかもわからない。負ければ当然殺されるだろう。
だが、もとよりあってないような自分の命だ。惜しむ必要などない。なんの因果でこの島に来たのかは分からないが、きっとこのために流れ着いたのだろう。ここで朽ち果てるのもまた一興というものだ。
「―ん?」
視界の端、路地裏のほうに何やら異様なものが映った。それは人であった。スキンヘッドの巨漢が血にまみれ倒れている。それは紛れもなく、あの食い物屋の店主であった。背中には大量の刺し傷があり、恐らくもう息はないだろう。そんな店主の身体が、ずるずると路地裏の奥へ引きずられていった。
「成程な」
彼はこの争いに参加していると言っていたし、殺されたのだ。そして、首級として持ち去られた。敗者となった以上免れられないのだろう。自分もまた、無様に屍を晒すことになるのだろうか?ペンサーはそこまで考え、すぐに思考放棄した。
考えても仕方のないことだ。オレは与えられた役割を遂行するだけ――
ペンサーは帽子を目深にかぶり、くくっと引き笑いをこぼした。
To be continued…