@DSSmafia
樫木桜華:プロローグ 世の中はいつだって諸行無常
「ん~ぅ、いい天気。今日はどうしよっかな~っと」
午後の勉強を終え、今日も今日とて樫木桜華は牧場に足を運ぶ。
「おや、桜華お嬢様。よくぞお出でなさいました」
牧場管理人の皇 春秋が出迎えに来る。
「ん、今日もよろしくね。更衣室使わせてもらうね」
「はいはい、ご随意に」
彼は若くしてこの牧場の管理を任されている。というのも、彼は馬の心を読むことが出来る魔人だからである。
心を読めるとは言っても何がしたいか等が大まかに分かる程度ではあるが。
「なにかして欲しいこと、ある?」
「そうですね……。イクリプスがお嬢様と競走したがってましたね」
「わかったわ」
しばし後、ターフの上に若き栗毛の馬と一人の少女が並んで立っていた。
「よーし、行くよー」
馬と生身の人間が併走したところで勝ち目はない。普通ならば。
だが、樫木桜華は魔人である。それも、走ることに特化した能力の。
「よーい、ドン!」
ターフの上を並んで駆ける馬と人。
サラブレッドは人一人ぶんの重量を背負った状態で、時速50km以上の速度で数分間走り続ける能力を持つという。
だが少女は馬と並んで疾走している。これが彼女の能力『日月喰らいて並ぶ者無し』。
競り合いながら両者はターフを駆け抜けていく。
「はふ~。やっぱり思いっきり走るのって気持ちいいわね」
ひとしきり走ったあと、柵に腰掛けながら春秋から渡された水を飲んでいると、脳内にピン、と来るものがあった。
「あら、姉さまの念話……?」
彼女の姉、秋華もまた魔人である。彼女の魔人能力、『馬心伝心』は彼女が同じ群れと認識している相手、すなわちカシノキファーム構成員に念話を送る事ができる。
また、彼女に接触している者も彼女が許可するならば同様に念話を送ることが出来る。そして今しがた送られてきた念話は秋華の、そして桜華の父、菊蔵からのものであった。
『皆の者、聞こえるか。樫木菊蔵だ。時間がない。手短に伝える。儂らは襲撃を受けた。儂はもう長くは持たん。
だが、カシノキファームはその程度では滅びん。次の長は秋華だ。皆の者、娘たちに力を貸してやってくれ。さぁ行け、秋華!』
突然の父からの通信に、桜華はしばし茫然となった。
心を落ち着け、言っていることの意味を考え直す。
「襲撃された、ってことは……父さまも、姉さまも危ないってことじゃない!」
軽く助走をつけ、先程一緒にかけっこした馬、カシノキイクリプスの背に飛び乗る。
「姉さまの位置は、わかる?」
イクリプスは彼女の言葉にいななくと、颯爽と駆け出し始めた。
『馬心伝心』は人だけでなく、馬にも念話が伝わるらしく、しかも発生源――すなわち秋華の居場所もわかる、らしい。
「私が乗ってるから、蹄とか気にせず、遠慮なく走っちゃって!」
パカラ、パカラと疾駆する愛馬に振り落とされないように、桜華はぎゅぅ、と掴まる。
「桜華お嬢様!? ちょ、待っ、無茶を、あぁもう!」
「ごめんね、ちょっと借りてくから!」
「借りてくも何も樫木家のものですが、ってそうじゃなくて!」
春秋の制止も振り切り、掛け声とともに柵を越え、仮初めの平和たる牧場から銃声飛び交う危険極まりない街へ一人と一頭は飛び込んだのだった。
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「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
半ば父親から突き飛ばされるように街を駆ける秋華。
その父、樫木菊蔵もまた、魔人である。問題は、彼の魔人能力が「植物の成長を加速させる」というものであることだった。
使いようによっては戦闘にも役立つのであろうが、あれだけの数を相手に生き残れると思うほど彼女は楽観的ではなかった。
急いで拠点へ戻り、体制を立て直す。そんな事を考えながら走っていた秋華は、路地から飛び出す腕に気づくのが遅れてしまった。
「おっと、捕まえたぜ」
彼女を捕まえたのは、一回り、いやふた回りは大きい巨漢。
「くっ、この、離しなさい!」
「無駄だ。この万力極めの前では抜け出すこと能わぬよ」
魔人なら常人より力があるはずだが、暴れても抜け出せない。つまりは相手も魔人ということだ。
「大人しくしてれば……いや仮にもマフィアの娘が大人しくするはずもないな。オラッ」
「ぐあっ!」
骨の折れる音。右の腕、続けて左の脛を折られた。
「これでもう逃げられまい。このまま殺してもいいのだが……せっかくいい肉があるというのに味わわないというのももったいない話だからな」
「ヘヘッ、さすが兄貴はわかってるぅ~!」
舎弟らしき男が下卑た笑みを浮かべる。
(くっ……『馬心伝心』で呼びかけようにも位置がわかるのは馬だけだし、父さんは私を逃して死地に赴いてしまったし、
妹に呼びかけても心配するだけだろうし、他の皆にしても間に合わないだろうし……あぁ、もう!)
「さて、お楽しみタイムだ」
秋華を捕らえている男が彼女の服に手をかけたその時、街中には場違いな嘶きが響いた。
少女を乗せた馬が、路地裏目掛けて突っ込んでくる!
「この……ッ! 姉さまに、手を、出すなァァァァァァッ!!」
舎弟らしき男が反応する間もなく地面に転がされ、そのまま蹄に踏み抜かれる。骨の砕ける音。
「何だァ!?」
「桜華!?」
路地の奥まで駆けたかと思うと器用に反転する。いや、器用ではない。勢いのまま壁を破壊しつつ反転、そのまま再度突進。
「姉さま、手を!」
「て、てめぇ、こいつがどうなっ」
もう一人の男が秋華を抱えナイフを突きつけようとするも、その時にはもう桜華の手が秋華の左手を掴んでいた。
秋華と男はそのまま引きずられていく。
「姉さまから、その汚い手を離せー!!」
「があああああああああああああ!!」
ザリザリと目の粗いおろし器でおろされるわさびの如くコンクリートに擦られていく男。秋華も似たような状態のはずだがこちらは擦られた事による痛みはない。
ゴシャリという音とともに男は電柱に叩きつけられ、力を失った。
「うんっ、しょっ!」
ぽんぽん、とイクリプスの首筋を優しく叩いて速度を落とし、桜華は姉を引っ張り上げる。魔人としての力が無かったら姉妹ともども地面に転げ落ちていたことだろう。
「姉さま、大丈夫……?」
「利き腕と、片脚は、折られたけど……たぶん、だいじょう、ぶ……」
「大丈夫じゃないよ! リズ先生に診てもらうからそれまで耐えて!」
牧場に戻ると、そこにはリズ先生ことエリザベス・ヴィクトリアが待っていた。
「リズ先生、急患です!」
「はいはい、秋華お嬢様、いや園長から話は聞いてるわ。念話で」
手早くストレッチャーに移され、農奴たちの協力のもと運ばれていく。
「申し訳ないけど、治療、お願いするわ……」
「あなたが馬だったら一週間しないうちに治せるんだけど。馬になってもらえる?」
「無茶言わないで……」
お得意のジョークをかましながら後に続くリズ先生を見送る桜華。
「……父さま……姉さま……」
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後日、カシノキファーム某所にて幹部会議が開かれた。
議題は今後の方針について。
「此度の襲撃、明らかに様子が違った。利権とかよりも父や私の首そのものを目的としてたわ」
「えぇ。今回襲撃に関わった組織、『マッシュ』傘下と『バンブー・チルドレン』傘下の両方が絡んでます。犬猿の仲が手を組むなんて……」
秋華を襲った組織は会計担当の安田笑美が調べ上げている。
「それにしても末端組織とは言え両者が手を組んでまで中立不可侵を破るなんて……」
「その理由、そして我らが園長、あなた方のお父上を殺めた黒幕、それはこれを見てもらえれば」
春秋が取り出した2つのディスク。その片方をデッキに入れて再生する。
「――『マッシュ』の皆さま。私の祖父は……我ら『ホワイトロリータ』は、『バンブー・チルドレン』のカビの生えたしがらみにより、いわれなき汚名を着せられ……」
映るは先日滅んだマフィア『ホワイトロリータ』の孫娘、アルフォート・ルマンド。
「汚名? 『白ロリ』が先日のレースでルールを破って『タケノコ』の馬に攻撃を仕掛けたのは事実だったと思うけど……」
「一つ訂正を。『キノコ』の方にも攻撃を仕掛けております。流石に18着に降着しましたが。ではもう一つの方を」
秋華のつぶやきに春秋がすかさず補足を入れる。
「――『バンブー・チルドレン』の皆さま。私の祖父は……我ら『ホワイトロリータ』は、『マッシュ』という新参が歴史を土足で踏みにじる傲慢により、いわれなき汚名を着せられ……」
先ほどと同じような内容。宛先とターゲットが反転していることを別にすれば。
「中立は敵、と見なして良いみたいな事も言われてましたからね……。双方にとって格好の獲物でしょう」
「つまり、父さまは実質あの子に……」
「そうね。おそらく私も、そして桜華、あなたも狙われる」
「え、えぇっ?」
姉の指摘にちょっと戸惑う桜華。ぺちぺちと頬を叩いて気を取り直す。
「……そうよね。私も父さまの娘だもんね」
「そうそう。私はこの通り骨を折られて動けないけど……だからって一家まるごと泣き寝入りは勘弁ね」
カシノキファームは痛手を負った。頭を失い、その後継ぎも重傷。
だが、腐ってもマフィアである。ナメられっぱなしでは立つ瀬がない。
「父さまの仇……!」
桜華は画面の向こうの少女を睨みつける。
「仇を討つためにはおそらく潜伏しているであろうアルフォートを表に引きずり出す必要があるわけですが……この戦い、桜華お嬢様がカギです」
「春秋、なんで?」
「それは……秋華お嬢様、いや園長というべきでしょうか……ともかく幹部の中で攻めに使える能力をお持ちなのは桜華お嬢様だけなので」
姉の秋華は念話、牧場管理者の春秋は馬限定の読心、医者のエリザベスは馬限定の治療、
ジョッキーのC・C如月は自分の身を守るのがせいぜいだし、会計の安田笑美はそもそも魔人ですらない。
「つまり、私がこの戦いを引っ掻き回して、勝者として対面する……ってコト!?」
「そう。それに私はこの通り動けないし。私達もできる限りバックアップするから、よろしく頼むわよ」
こうして桜華は、マフィア達の仁義なき戦いに身を投じる事になったのであった……。