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エクセレンス・リンツ プロローグSS

全体公開 プロフィール・プロローグ 5050文字
2022-06-11 22:26:07
Posted by @DSSmafia

 その屋敷は燃えていた。
 四十の部屋を持つ五階層に分かれた巨大な白塗りの屋敷が、噴煙に飲み込まれ黒炭へと還っていた。
 時刻は深夜零時。だが、その周辺だけは真昼を思わせるほどに明るい。
 ごうごうと猛る炎は勢いを増し続け、乱暴に破られた窓からは黒煙が立ち昇る。
 島内における二大勢力の利害が一致による強襲。更に便乗した泡沫・下部組織が引き起こした暴力の氾濫。
 かつては大国を腐らせ、白銀の栄華を築いた国際的マフィア『ホワイトロリータ』は蹂躙され、その栄華は溶け落ちていた。


*


「遺言は」

 照明が破壊され、月明かりさえも黒煙に阻まれた暗室の中、二人の人影が相対していた。
 先に声を上げた者は暗がりの中、姿はおろか口を覆う防塵マスクによってその声色すらも読み取れない。
 わかることは、その身に強く血の匂いが染み付いていたことだけだ。

 ──風が吹いた。
 黒煙が道を開き、月光が差し込む。相対している口元から血を零す男の姿が露わになる。
 それは、”老首領”ショコラ・ルマンド。屋敷の主であり『ホワイトロリータ』の頂点に立つ者。
 彼はマフィアが支配するこの『ガトー・アイランド』の均衡を保つ”栓”だった。
 その実力は二大巨頭「マッシュ」と「バンブー・チルドレン」の双方を睨む抑止力として機能していた。
 そして、それでいてなお虎視眈々とその首筋を狙う獰猛な害獣であった。
 ──だが、今の彼にその影はない。膝を付き、仰臥位に倒れ込むのは年相応の老人だ。

……テメェにはねェ」
「そう」

 短い会話が終わる。
 不要な句を取り除き、止めを刺そうと手を挙げた瞬間

 バァン!!

 鍵の掛かっていた扉が蹴破られ、ドアの破片が室内に散乱する。
 血を纏う影は飛来する破片を躱し、炎を背景にした少年を視界に映す。
 その身に纏うは黒衣の正装。人ならざる獣の耳と尾を持つ少年の名は、エクセレンス・リンツ。
 『ホワイトロリータ』の最高幹部が一人。

義親父(オヤジ)!」

 部屋に飛び込んできたエクセレンスは怒声を上げる。
 そして、身を支配する憤怒の感情を異能──魔人能力の出力に変換。
 メキメキと音を立ててその身の体積を怒張させ、人間の三倍をゆうに超える巨大な狼へと変貌させる。

 『禍化狼・60%(カカオ・クロスツェント)

 硬質なる体毛は漆黒の鎌鼬。万物の命を裂く殺意の崩刃。
 強靭なる四肢は大樹の面様。彼我の間を奪う掌握の末脚。
 鋭敏なる嗅覚は真偽の証明。常夜の仇を暴く胡乱の顕在。

 ────アオオオオオオン!!!!!!!!!!!

 大狼は咆哮し、部屋の隅で蠢く血濡れの悪意を探知。
 視界不良の影響は無い。それほどに血の匂いは濃く纏わりつく。
 彼は即座に踏み込み、前足を振り上げ横に薙ぐ。
 爪が肉を刳り、そのまま力任せに振り切る。
 “それ”は宙に浮き、床を転がり────窓を突き破って落ちていった。

「グルルルルル!」

 大狼が遠のく匂いを追撃せんと窓に向かって駆け出す、その時だった。

……エクスよ」

 譫言のようなか細い声が激昂する彼の耳に触れる。
 如何なる状態であろうと、その声を聞き分けぬことは無い。
 大狼は勢いを殺し、部屋の中央を向く。横たわるショコラの下へと駆け出す。

「クゥウ……
「子犬のような情けない声を上げるんじゃねぇ……お前は狼だろうが……
「グゥ……
「ガハッ、ゴボッ……はあ、はあ……よく聞け、エクセレンス」

 ショコラは身体を表に向ける。その身を起こすだけの生命は最早残っていなかった。
 ただ、彼は最期の景色を暗闇にすることを拒んだだけだ。
 大狼は視点の定まらないその瞳をじっと見つめ、振り絞られる声に耳を傾けている。

……『ホワイトロリータ』はここで終わる……俺の生命と共に……
……
……お前はよくやってくれた……あとは好きにしろ……
義親父(オヤジ)……!」
「報いはこの景色だけで十分……

 大狼は徐々に人に戻っていた。
 濁流の感情が二つの眼から大粒の涙を零し、声が滑り落ちる。

……だから……これは俺の願い……アルフォートを……────」

 灯火はいつか消える。最期の言葉を遺せず、志半ばで潰えることも少なくない。
 死は平等だ。生命の価値や権利は不公平だが、その行き着く先は等しい。
 いつかの日にショコラ・ルマンドが送った言葉。エクセレンスはそれを胸に刻んでいた。

「──その願いは、元より俺の本懐です」

 その思いはより強固になった。
 エクセレンスは涙を拭い、部屋を後にする。もう、何も失わないために。

 ごうごうと燃える炎だけが、最後まで寄り添っていた。


*


 アルフォートは既に屋敷を脱していた。魔石を有する囮として。
 エクスが自らの役割に選んだのは殿。逃げ切る時間を作ること。
 屋敷内を駆けまわる彼の脳裏に流れていたのは、遠い昔の記憶。
 その憧憬は滅んだ理想郷であり、いつの日か目指すべき終着駅。

 ──それはのどかに白詰草が咲き広がる野原の丘。
 十年前にエクセレンスとアルフォートがよく二人で遊んでいた、秘密の花園。
 黒いジャケットを着たエクセレンスは膝をついて花を摘み、いそいそと指先を細かく動かしている。
 白いワンピースを着たアルフォートは彼の腰に手を回し、少し高い平熱を感じている。
 彼らにとって、そこは悪逆と謀略が蔓延るこの街を忘れられる、数少ない不可侵領域(オアシス)だった。

「エクス」アルフォートはエクセレンスに自分だけの愛称を付けていた。
「なあに、アルト」エクセレンスはアルフォートに言われた通りに愛称で呼んでいた。
……
「手、もう少し窄められる? お花に届かなく────!?」

 ふわり。アルフォートは手の輪を締め、勢い良く立ち上がってエクセレンスの身体が浮かび上げる。
 彼女はそのまま重心を後部に持っていき、見事なバックドロップをお見舞いした。
 エクセレンスの視界ぼやけ、ぱちぱちとまばたきを繰り返す。
 数度目の暗転の後、不貞腐れた幼馴染が自分を見下ろして頬を膨らませているのがわかった。

「退屈なのよ!」

 エクセレンスはそれを横暴だと思った。
 唯一の救いは、彼女は首領の孫娘だから権力を盾に乱暴を働くのではなく、ずっとこのお転婆な性格だということだ。
 それは彼にとっての救いだった。彼女だけは、初対面の時から獣の耳と尾を生やした彼と対等であってくれたからだ。

「組手をしましょう。私、この前、ブシドーからカラテを習ったのよ!」
「嫌だよ。戦うのは嫌いだ」
「またそれ? 勿体ない、エクスは誰よりも才能があるのに」

 エクセレンスは生まれた時から魔人能力を宿していた。
 彼は世界を改変するために堕ちた禍津星である。

「ホワイトロリータ──オヤジに拾って貰えたのは幸運だった。俺も恩に報いたいとは思ってる」
「だけど?」
「本当は、こうして花を送りたい」

 エクスは立ち上がり、アルトの頭に花冠を載せる。
 白詰草で編まれた未完成のそれは、彼女の風体と合っていて。

「アルト、お姫様みたいだ」
……っ」

 朗らかに笑う幼馴染の表情を、私はほんの少し目線を上げて見ていた。
 ついこの前までは同じくらいの背丈になっていたから、朝の牛乳の量を増やしたのに。
 人形のような私の腰回りと違って、さっき抱えたその身体はとても硬く大きく思えた。

「大丈夫だよ。俺はアルトを置いていかない」

 それを聞いた私は言葉を失ってしまった。
 彼はいつもそうだ。私の気持ちを勝手に推測して、足りないピースを埋めてしまう。

「俺は勝手に消えたりしない。ずっとアルトの傍にいるよ」
「なら、約束してよ」
「ああ。俺はアルトを護る盾になる」

 私は彼のこういうところが嫌いだ。護るなんて言いながら、自分を勘定に入れていない。
 だから、私はずっと考えていた。どうやったらその在り方を定められるのかを。

……いや」
「いや?」
「盾は嫌よ。どれほど堅牢な盾も最後は壊れてしまうもの」
「そうか」
「だから、貴方は剣になりなさい」

 エクスは目を丸くする。
 そして、片膝を付いてアルトの手に優しく触れた。

「私に降りかかる火の粉を払い、獣を穿つ銀の弾丸になるのよ。エクセレンス・リンツ」
「うん、仰せのままに。アルフォート・ルマンド」
「磨き上げなさい。どんな悪意にも負けず、切り拓くために」

 太陽の下、幼き日の二人は誓いを交わした。
 数多の死線を超え、それは今も続いている。

「──わかった。君の願いは俺が叶えるよ」


*


 悪徳と愚行の地、『ガトー・アイランド』。
 その地を支配するのは、不倶戴天でありながら、絶妙な力関係によって均衡を保っていた二つの犯罪組織。
 そして、次点であった第三席『ホワイトロリータ』は、その二匹の獣に食いつぶされた。
 だが、その意志は潰えていなかった。
 スラム街の一角、小さな小さなオンボロホテルの新たな拠点には、二つの火種が導火線の上で踊っている。

「──さあ、喰らいあいなさい。獣らしく。醜く。小賢しく」
 首領が孫娘にして直系の生き残り、アルフォート・ルマンド。
 彼女は笑う。
 それは、間違いなく、この島で牙剥く、第三の獣に足る獰猛さを備えていた。

「──この戦争の報酬は、義親父(オヤジ)の仇討ち。そして二大組織への落とし前をつけること」
 その右腕である獰猛なる黒狼、エクセレンス・リンツ。
 彼の表情は変わらない。
 これは、願いではなく、宣言。この島を転覆させる獣の牙としての決意である。

 二人は交互に宣言する。
 そして、ゆっくりと背に立っていた執事へと顔を向ける。

「ああ、とても立派になられた。わたくし、安心して逝けそうでございます」

 執事の姿が薄まっていく。彼の魔人能力『死して荷になることなかれ』は、死後七十二時間のみ現世に魂を残す能力。
 例え、その肉体が滅びようとも、決して主人の足を引っ張ることのないように。
 そして、遺志が託された姿を先に地獄で待つ主人に伝えるために、執事は留まっていた。

「上手くできていたかしら」
「問題ありません。お嬢様はよく御主人様に似ておられます」
「ありがとう。そして、すまない。間に合わなくて」
「いいえ、わたくしの人生に悔いはございません。おっと、既に死んでましたな」

 執事はその足元から徐々に光の粒子となり、世界に解けて消えていく。
 彼はこれから先の二人に、数多の苦難が待ち受けることを案じていた。
 だが、その表情はとても穏やかだ。それは信頼を賜ったことへの返事。

 ──さようなら、お嬢様。エクセレンス様。これからの日々に幸運を。

 音の減った部屋の中、エクセレンスはアルフォートに視線を向ける。
 自分よりも頭二つ分低い華奢な少女、君の願いたる復讐を叶えよう。

「アルト」

 最も大切な名前を呼び、その存在を胸に刻み込む。
 銘を彼女の剣した時から、違わずに事を成すため。
 例えそれが、それ以外の幸福の上に作られようと。
 例えそれが、この世界との対立を意味しようとも。

「俺と君で一緒に叶えよう」

 エクセレンス・リンツ。
 穢れを纏う黒き忌み子は、白き少女と共に果てへ。


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