@DSSmafia
冷たい雨の降る晩だった。
ガトー・アイランドの外れ。
商業施設が立つことに“なっていた”エリア。
中でもひときわ大きい施設に、とある集団がいた。
集団の名は月餅会。
戦争の話を聞きつけ、これ幸いと参戦した中華系マフィアである。
しかし、中にはごく普通の中年や老婆や少女まで混ざっていた。
彼らは、集団の中心で輝く妙齢の女性の私兵であった。
女性の名はミス・杏仁。月餅会の幹部としてガトー・アイランド侵攻を任された大物である。
兵隊や武器を大々的に持ち込もうとすれば捕捉され潰されかねない。そう考え兵力も武器も最小限にし、労働力は彼女を崇拝する私兵で賄ったのだ。
この島に少ない戦力で乗り込むなど、無謀なやり口だ。
しかし彼女に関して言えば的確な作戦。
──何故なら、ミス・杏仁は現地で戦力を増やせるのだから。
「皆様~。善は急げです~」
ミス・杏仁の穏やかな声が響く。
「猿共を殺してください~」
その穏やかさとは相反する物騒な内容。
施設には、適当に拉致された住人13人が転がっていた。
彼女の指示を受け、部下たちは住人の命を絶つ。
月餅会の構成員だけでなく、私兵の少女も笑顔で無関係の住人を殺した。
その様を見て、ミス・杏仁は本気で感動していた。
人間が清く美しくあるために、猿の駆除を率先して行う献身が、彼女の心を強く打ったのだ。
死体を満足げに眺めたミス・杏仁は、つるりとした頭蓋骨を取り出した。
「ここからは私の仕事ですね~」
取り出した頭蓋骨こそ、“拳聖”、“清廉たる武人”と呼ばれた達人、ラオの遺骨。
今から彼女は魔人能力を用いる。蘇生能力という、神か悪魔のごとき所業。
「…本当に、“あの”ラオが蘇るのか?」
そんなミス・杏仁に話しかける、警護のために雇われた用心棒。
短い金髪と大きめのピアスが軽薄な印象を与える。
彼は鍛錬の足りない一流半の武道家であったが、そんな彼でもラオの名は敬意をもって口にする。
「…それなら、俺はいなくても一緒じゃねえか?」
「貴方は絶対必要ですよ~!」
その瞬間、用心棒の体が痙攣し地に倒れた。
事前に飲まされていた茶に、薬物が盛られていたのだ。
「…貴方がいなければ、誰が彼の器になるんです~?」
泡を吹く用心棒を彼女は冷たく見下ろす。
「貴方、他の組織にも良い顔しようとしていましたね~?バレバレですよ~?脇は甘いけど肉体は上質。良い素体です~」
弁明しようとする用心棒を無視し、ミス・杏仁は能力を発動した。
「『猿共の墓場』」
ミス・杏仁は片手をかざす。
すると、死体の口から黒い霧のようなものが吐き出された。
それらは集まり、巨大な黒い芋虫となり蠢いた。
その虫に彼女は頭蓋骨を放り投げた。
頭蓋骨は噛み砕かれ、虫の中に溶けた。
黒い虫は更に生き生きと動きはじめ、用心棒の口の中に飛び込んだ。
「おぁ…アガ…!!」
ぎゅぼぎゅぼと粘ついた音と共に虫が用心棒に入った直後、白い泥のようなものが用心棒の目、鼻、耳、口から流れた。今まさに、用心棒の中身は羽化を待つ蛹のごとく、ドロドロと作り替えられているのだ。
少しの静寂ののち、地に伏す用心棒の目が見開かれた。
背筋は真っすぐに伸び、湯気のような闘志が全身から立ち上っている。
用心棒は右手を拳に、左手を掌にして胸の前で合わせた。
抱拳礼。中国拳法における挨拶。
ただの挨拶が、あまりにも美しく、静謐であった。
「儂の名はラオ。ただのラオで十分じゃ」
用心棒…否、拳聖ラオは、深々と頭を下げ告げた。
「主よ。儂の拳、存分に利用してくだされ」
ミス・杏仁はこの戦争の勝利を確信した。
■■■
蘇生者は、現在の状況を知識としてインストールされる。
しかしラオは深き理解を求めたのか、質問を次々に投げかけた。
二大組織の特性。
島の特徴。地理。
揃っている月餅会の戦力…。
的確で鋭い質問ばかりだった。
「…儂が不意打ちされそうになり、主がそれに気が付いた時、命令で攻撃を躱させる…などは出来ますかのう?」
「可能ですよ~~」
「儂が聞かないと意味はない?」
「私の命令は、言霊として出ればいいので、聞いてなくても問題ないです~」
ふむ、とラオは続けた。
「では、命令を…思考のみで行使出来ますかのう?命令が敵に漏れる可能性は無い方がいいのじゃが」
「繰り返しますが命令は言霊です。口にしないと効力を発揮しません~」
「なるほど…となると、主は遠方からドローンなどで儂の動きを確認。命令で援護…などが得策…」
ラオは呟きながら策を練る。
「もう一つ、…マフィア狩りの殺生を、顕現延長の殺生に流用できるかのう?殺しは少ないに越したことはない…」
「能力はもう完成してます~。ラオさんが誰かを殺せば、自動的に魂が取り込まれて顕現期間が延長されますよ~」
「…安心したわい…。儂が現世にとどまるために、わざわざ主の前で血生臭いものを見せるなどは避けたかったからのう…」
ラオの言動に、ミス・杏仁の部下たちは歓喜した。
伝説の拳聖が、勝ち抜くために真剣に能力の運用を考えてくれている。
主に嫌なものを見せぬように気遣い、敬意を示してくれている。
「他に、知りたいことはありますか~?」
「いやいや、もう十分じゃのう」
そう言った直後、ゆるりと、ラオの拳がミス・杏仁の喉元に突き付けられた。
拳が初めからそこに在ることが運命づけられているかのような、静かで、穏やかな動きであった。
クチャリ
ミス・杏仁の喉から嫌な音がした。
カナブン程度の大きさの虫を踏み潰すかのような音。
ラオの拳はミス・杏仁の喉をぐちゃぐちゃにした。
──二度と言葉など発することの出来ないように──
「…これで、主は儂に命令が出来ないってわけじゃのう?」
「…??!?…アギュ…コヒュ~…??」
ミス・杏仁の喉からは、濁った音しか出なかった。
何が起きたのか。ミス・杏仁の部下たちは何も理解できなかった。
ミス・杏仁だけは、【最悪の事態】を察し、舌を噛み切ろうとした。
「遅いのぉ~。何もかもが遅いわ」
ラオの手の甲がミス・杏仁の顎に叩き込まれた。
ゴボリと音が響き、顎が外れ、酷く間抜けな長い顔を晒した。
激痛に叫ぶより先に、ラオが拳を見舞う。
両肩と両膝に一発ずつ計四発。
同時に放たれたとしか思えぬ拳は、彼女の肩と膝の関節を外した。
糸の切られた繰り人形のように地に倒れる。
「ア…ガ…」
虫のように這いずる様を、“拳聖”、“清廉たる武人”と呼ばれた男は笑顔で見下ろしていた。
「…これで、自殺も出来ない…もう、儂、止められないぞ?」
【最悪の事態】
蘇生者の離反が起きていると、部下たちはようやく気が付いた。
■■■
「杏仁様によくも!」
大男が青龍刀を全力で振り下ろした。
常人であれば両断されたであろう斬撃を、ラオは片手で掴んだ。
「話にならんわ。構えもまるでなっとらん」
そういうが早いか、ラオは捻るような掌底を大男の顔面に叩き込んだ。
後頭部がバクリと開き、脳漿がゴロリと飛び出た。
「捻転虎月掌…一度も使わなかった技じゃが…思ったより綺麗に脳味噌出るのう!」
恐怖交じりの悲鳴と共に、部下の一人が拳銃の引き金を引いた。
ラオは構えから射線を読み射撃を躱すと、あろうことか空中の銃弾を横からつまんだ。
銃弾はラオの指先でシュルシュルと音を立て回転していたが、やがて止まった。
施設全体に静寂が満ちる。
誰かの振るえる歯の音が奇妙に響いた。
「──なんじゃ、この程度の大道芸で…。儂を呼んでおいて、これっぽっちに驚くのか?…そりゃあ、拳法を甘く見過ぎじゃろ」
殺気を光らせたラオに対し、それでも何人かは勇気を振り絞り飛びかかった。
その勇気を嘲笑うかの如く、ラオの拳が叩き込まれる。
「金剛羅刹突き」
乾いた音と共にあばら骨が観音開きになった部下がいた。
「四肢粉塵拳」
両手足が吹き飛び達磨になった部下がいた。
「鉄山虞砲撃」
文字通り壁の染みになった部下がいた。
「紺碧鷹爪斬」
正中線から両断された部下がいた。
時間にして僅か三十秒程度。立ち向かった部下たちは骸と化した。
「呵々呵々!!やはり、儂、天才じゃのう!慣れない体、初めての技でもこの通り!」
残ったものは、戦闘が不得手な部下と私兵たち。
「言っておくが、儂、逃がす気ないぞう?全員、ぶち殺して顕現期間延長じゃあ」
その言葉の通り、容赦のない殺戮は部下たちに降り注いだ。
あっという間にミス・杏仁の部下たちは命を散らした。
──散らした、などと言う表現は綺麗な物言いだった。
命がぶち撒けられたという方が正しい表現であっただろう。
綺麗に死ねた者など一人もいない。
脳漿が、臓物が、眼球が、血が、肉が、無残に飛び散り、床を、壁を、天井を朱に染めた。
天井から臓物がぶら下がる様は、いっそ現実感が薄く、現代アートのようにすら見えた。
ミス・杏仁以外で生き残っているのは少女だけであった。
少女は震えながら、「何故」と呟く。
ミス・杏仁も全く同じ気持ちだった。
痛みに顔を歪めるミス・杏仁を、笑顔で見下ろしながら、ラオは語り始めた。
「主、テレビゲームとかやるかのう?」
その唐突な内容に、少女もミス・杏仁も上手く反応が出来ない。
反応がないことは織り込み済みであったか、ラオはそのまま続ける。
「儂、特に王道RPGが好きでなあ…勇者としての物語を心掛けたものよ」
「立ち寄った村で、娘を助けてくださいと乞われれば助けに向かった」
「悪党に、見逃してくれと金を積まれても頷かなかった」
「世界の半分をやろうと魔王に言われても一顧だにせず立ち向かった」
何か酒にでも酔っているかのような空気感。
「そして迎える大団円!──儂の人生は、そんなRPGのようじゃった。大満足じゃ。悔いはどこにもない…」
かつての日々に浸るような穏やかな顔をラオは見せていた。
しかしその顔は、瞬時に残酷な笑顔に変わる。
「──だけど儂、“二周目”だったら、世界の半分、貰っちゃうのう」
ラオのたとえ話の意味を理解し、ミス・杏仁は心底から絶望した。
「あの日、娘を助けなかったら?金に転んで悪党を見逃したら? “二周目”なら、そんな選択肢を楽しみたくなるじゃろ?」
結局のところ、ミス・杏仁は人間を愛していながら、人間を舐めていた。
そのツケは、今まさに最悪のタイミングで払う事となった。
「ちなみにじゃが…今のところ“二周目”…想像以上に楽しいわい!」
ラオの拳が煌めき、少女の四肢を砕いた。
「常に新しいことを!一周目とは違うルートを満喫じゃあ!」
酷く上機嫌なラオの足元で少女が痙攣する。
「お願い…私、上手だから…綺麗にしゃぶれますから!…なんでもしていいから…!殺さないでよぉぉ…」
少女は必死に媚び、地に伏したまま下半身をヘコヘコと前後させた。
「楽しそうじゃけど、体の調整が優先じゃね。…そういえば、素人相手に全力で発勁放ったらどうなるんじゃろ?」
ラオは媚びる少女を蹴り上げて浮かし、全力で発勁を叩き込んだ。
「喊!」
少女の体は爆散し、断末魔の一つも残せなかった。
頭の一部が施設の天井まで吹き飛び、血でべちゃりと張り付いた。
「儂、基本的に魔人や武道家にしか拳振るわなかったけど…あいつらは結構頑丈じゃったなあ…」
少女を肉片に変え、血の雨を浴びながら“拳聖”は嘯く。
その様をミス・杏仁は骨の髄から震えながら見ていた。
そして、これから自身に待ち受ける暗澹たる未来を想い涙した。
爆散した少女の綺麗な眼球が二つ、ラオの足先に転がった。
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「…にしても、『魔石エリーゼ』…そいつをこの女に縫い付ければ、“これ以上”傷つくことはない?」
ラオは、箱に詰めたミス・杏仁を冷たい目で見る。
彼女の死亡が自身の消滅につながる以上、彼女だけは守りぬかなくてはならない。
ならば常に持ち歩くのが一番と、ラオはミス・杏仁の舌を引き抜き、四肢を切断し、命令と自殺が出来ない状態にして箱詰めにしていた。
「『魔石エリーゼ』をつければコイツの管理は金で雇った誰かに任せられる…マフィアを殺せば儂の顕現期間は伸びる…強い奴らに技も試せる!!」
呵々呵々とよく通る笑い声が響いた。
ラオは楽しそうに、ミス・杏仁の入った箱を背負って街へと飛び出た。
「滾る!滾るぞお!まずは!一石三鳥のマフィア狩りじゃあ!!!」
──箱の中のミス・杏仁の絶望の嗚咽は、ラオの歓喜の笑い声で塗りつぶされた。