@DSSmafia
マフィアなんて、中途半端な生き物だよ。
正義を騙るには血生臭いし…悪を気取るには、脆過ぎる。
☆ ☆ ☆
「…確かに、興味深い情報だぜ」
「HAHAHA、売れそうか?自分ではどうだよ」
「投資なんてサッパリさ」
「何でもいいけど。なぁローリィ、そろそろいいんじゃないか?なぁ、イイだろう?」
ローリィはティーカップに口を付けた。
吐息が一つ、風に紛れて消えていく。
海岸沿いの雑木林に、電柱のような人影があった。
昼前の心地よい風に、運び込んだ白いテーブル。
並べたティーカップには褐色の液体が満ち、皿の上にはサンドイッチが山盛りに置かれている。
その光景を、男が待ちきれない様子で見つめていた。
「おっと悪い。じゃぁ"いただきます"――さ、食べとくれスティーブ。お前さんの好きなキュウリ・サンドもあるぞ」
彼女がそう声をかけると、スティーブと呼ばれた男は早速カップに口を付けた。
口腔に広がる香りを楽しむと、次いでサンドイッチに顔を突っ込む。行儀が悪いと言えばあまりにも酷い"犬食い"だが、彼女は何も言わなかった。
何せ、彼は魂だけなのだ。
皿も机もサンドイッチさえ、彼の顔にめり込むようにして重なっている。
程なく顔を上げたスティーブは、白い歯を輝かせて満面の笑みを浮かべていた。
「AA~…最高だ、生き返ったぜぇ!」
「そりゃ良かった。また税金を納められる」
「勘弁よ、死ぬほど払ったんだぜ!?もう定年だよ!」
「ちょっ、あは、あはははははっ!」
彼が指さしたのは、腹部に空いた大穴。思わず吹き出してしまう。
「あはは!それなら丁度、ターキーの奴も定年だな。今朝の新聞に載ってたよ」
「マジならここ最近でマジ一番のニュースだ」
「詳しく知りたいかい?」
「待ってくれ、当ててやる。あー…"ご自慢のボロ屋を修理中に、屋根から転がり落ちた"?」
「ぶー。"スポーツカーをレイプ中に後続車両が来た"」
「Oh!」
拳を叩きつけるジェスチャー。その手はテーブルをすり抜けた。
両腿を抑えながら痛がるフリをするまでがスティーブの持ちネタであるが、今それを披露するつもりは無いらしい。
「おいおいおいマジかよ!?」
「マジもマジ、記事持ってきたぜ」
「Wow…他所様の?」
「他所様の」
「Fuckin,だからあいつ修理工場に住んでたのかよ、クソッ!」
「そう怒るなよ、タダで直してもらった事もあるんだろ?」
「だから怒ってんだよ!あいつまさか俺のシンシアも」
「あははははは!」
細長い影が椅子から転がり落ちた。
かろうじてカップは置いてこれたものの、上等なスーツに砂がかかる。
それでもローリィの肺は、ヒィヒィと痙攣を続けた。
永遠と思える時間を喘ぎ通し、何とか呼吸を整えて立ち上がる。
椅子を立て直すと、スティーブはまだ笑っている。
「バカな野郎だよ」
「とんでもないアホだな」
「あいつ、ベンツに乗るのが夢だって言ってさぁ」
「どっちの意味だかねぇ?」
「金なんて、言えば貸したのに」
「あぁ」
「花代パクるなんて、本当にバカな真似を」
「あぁ」
男の双眸から、涙の粒が零れた。
ローリィは近くに生えているヤシの木を見る。その根元に、スティーブの骨は埋まっていたのだ。
彼女と死者との交流会に、スティーブが加わったのは去年の夏頃だった。
腐臭と怨嗟の声による出会い。彼の陽気な一面は、ここ数か月でようやく知った。
涙を拭うと、男は呟く。
「もう恨んではいないさ。ただ、変わっちまったのが悲しいだけだ」
その言葉に何かを返す事は無い。その必要も無い。
風が木々を揺らし、木漏れ日が顔に当たる。
二人がティーカップを掲げるのは同時だった。
「間抜けな徴税人に」
「最高の道化師に」
カップに口を付ける。フルーツに似た芳醇な香り。
今回も、ウイスキーは良い出来だ。
ただ、今日のサンドイッチは少し塩気がきつかったかもしれない。
☆ ☆ ☆
「早く帰らないと」
夕暮れ近いガトーは、哀愁よりも恐怖が勝る。
盗賊共が目を覚ます頃合いだからだ。
ローリィもまた愛車を走らせている。
速度を少し上げたのは、スティーブの情報が気にかかるからでもあるが。
土が露出した道の先に、二階建ての木造家屋が見えてきた。
古い柵に囲まれ、ペンキで彩られた怪しい店。
ローリィ・ナイトバードの城、『ローリィズ』。
最早その隣の駐車場に、客の車が停まっているなんて期待は抱かない。
しかしその日は違った。新品のベンツだ。
酒の注文は全て電話で受け付けているため、店に用事が無ければここに停める者はいない。
ローリィの心臓が跳ね上がった。
まさか、まさか?
ガラスの嵌め込まれたドアを内側に開く。
店内はまだ日が差している。ドアに繋がれた鈴の音が響いた。
「よぉ、ローリィ。今日はドライブだったか」
「ボス」
壮年の男が振り返る。ドン・ポルチーニ、ローリィの属する二大組織が一、マッシュの総帥である。
突如現れた闇の世界の帝王を見て、彼女は大きく肩を落とした。
「客かと思った」
「本気で残念がるんじゃねぇよ。流石の俺でも傷付いちまうぜ」
「じゃぁ何か買ってよ。袖口にレースでも付けようか」
「あぁ、お願いするよ」
ローリィは軽口を鼻で笑ったが――彼のスーツに、不格好な穴が開いているのが目に入る。
胸元に二つ、腹部に一つ。血の跡は窺えない。
「…パッチワークの方がいいかな?」
「二十二口径で三発だ。ここに来る途中でガキ共にやられた」
「そいつは災難だったね」
「せめて三十八口径なら許してやったんだがなぁ」
きな臭い匂い。
目的はすぐに分かった。
「召集令状だ、ローリィ。このリストに載っている連中を消して来い」
渡されたのは複数の紙。
白黒やカラーの荒い画像の横に、名前と簡単な特徴などが書き添えてある。
「ちょっ、待ってくれよボス!私はただの酒屋…じゃねぇけど、そんな仕事」
抗議するようなローリィの視線を、ドン・ポルチーニの眼光が潰す。
体格的には彼女の圧勝だ。だが鋭さという意味では――磨き上げられているのは、この男の方であった。
「口答えは許さん。命令は絶対だ」
「で、でも戦った事なんて!」
「俺は別にボケちゃいないぞ。お前はどうだ、ローリィ。『ガトー・ハルマゲドン』の時を覚えているか?あの日は島中が大騒ぎだったが、特にスラムだ、あの薄汚い裏路地に、三大組織の手下が集まってよぅ」
聞かれるまでもなく、覚えている。
腐ったごみの臭い。
ひび割れたアスファルトに溜まった雨水。
茶色い、不快な汚れが染みついた壁。
そして、無数の。
無数の、大きな大きな――影の群れ。
冷たい雨の降る夜だった。
「俺の兵隊。クソババァの近衛騎士。じじぃ傘下の探偵共。これから積年のあれやこれやを片付けようってぇそン時によ、全員がだ、何者に殴り殺されちまったよなぁ?」
覚えている。
血の味、怒号、鉄の匂い。
開いた口に溜まった雨水。
空を向いた目。
踏みにじられた襤褸切れのハンカチ。
「別に怒っちゃいねぇさ。強い者が勝ち、弱い者は死ぬのは定め。お前の"お友達"の件も、謝るつもりはねぇ」
無骨な男の手が、ローリィのネクタイを掴む。
眼光が更に間近へ迫る。
「だがな。俺が何のために、こんな店を開くための土地をくれてやったと思う。ショバ代を取らないでやってると思う。お前は知らないが、クソババアを取りなす為に色々と支払ったんだ。本来はお前の血で贖うべき物をな。忘れるなよ、」
「お前は、俺の子供だ。俺の兵士だ。俺のために働け」
☆ ☆ ☆
「お前ならやってくれると信じてるぜ」
車に乗り込む直前、ボスはまた当初の笑顔を貼りつけて言った。
「そんな顔をするなよ。あんまりボインなもんで、ちぃとドギマギしちまったのさ」
開けた窓越しに、ワハハと笑いながらローリィの胸を軽く叩いた。
シャツ越しに感じる感触――札束だ。いくらあるか知らないが、これで準備をしろという意味だろう。
ボスがシートベルトを締める。
「気になる情報があればここに電話しろ、直通だ」
シフトレバーを動かす。
「武器なら"ゴールドラッシュ"ディーコンの所へ、お前なら長物でも扱える。薬はマダム・グッチに頼め。医者も知ってるが金はかかる」
ミラーが閉じた。
「ボス、スマートキーは反対側」
「おぉそうか。…何だっけ?そうそう、今言ったのは中立の連中だ。マッシュは勿論、バンブーも利用する。行く時は最新の注意を払っていけ」
「仲間も信じるなって事ね」
「そうだ、ウチに来る時も裏口から来い。それとさっき『こんな店』って言ったのは悪かった。――留守中に見たが、中々作りがしっかりしているじゃないか。今回どかんと儲けてよ、パソコン買え。通販なら買い手が付くぞ」
早口で捲し立てるとウィンクをして、急発進して走り去った。
その影を見送り、ローリィは大きく息を継いだ。
何だか、久しぶりに呼吸をしたような気さえする。
だが気が休まる事はない。
先程からずっと、ドン・ポルチーニの悪口を連呼している声のせいだ。
「べ~~っだ、暴力じじぃのバァーカ!」
「なによ、イバっちゃってさ。花代を取らないなんて当たり前じゃない」
「バンブーの手下を殺したの、自分のくせに!」
「こっちが何も知らないと思っているのね」
「ねぇローリィ、そのお金いくらあるの?一万はある?」
「でもいっこだけイイこと言ったわ。海外展開は盲点よ!」
「いいわね、逃げちゃおっかローリィ!」
ローリィは眉を顰めて首を振り、ふわふわと浮かぶその一人ひとりを指さして窘める。
「へいへい、お嬢さん方。少し考えをまとめるから静かにしてくれよ」
はぁ~い、と揃った声。
ローリィの視界には、フリルやレースの付いた色とりどりの衣装を着た七人の"お嬢さん方"が映っている。
柵に腰かけ、ローリィに抱き着き、ふわふわと浮かぶ白昼の妖精たち。
だがその顔に、胸に、腹に、赤黒い血の色が染みついていた。
一緒に露店を開き、あの日あの路地裏で殺された、ストリートチルドレンたちの霊である。
彼女たちは今も共にあり、最後の生者であるローリィの周りでやかましくさえずるのであった。
「ねぇローリィ、まさかあんなヤツの言うこと聞くの?」
店に入り、ローリィは頷く。ざわめきが一層濃くなるが、構わず話す。
「スティーブから聞いた話あるだろ。あれだよ」
「えーっとぉ、"とうし"の情報よね?」
「海辺で投資家が喋っているのを聞いたんだっけ?」
「ものが値上がりしまーす、小麦に原油に何かの虫に、それからぁ…」
「マフィアニウム」
最後の名前を、ローリィが応えた。
近年注目を浴びる、非常に希少価値の高い物質である。
グラム単位の価格は、既に金の数千倍以上を記録しているらしい。
カウンターを漁るローリィの後ろで、お嬢さん方が顔を寄せて囁き合う。
「まふぃあにうむ?」
「イヤな名前ね」
「色はキレイよ」
「でもどこかで聞いたような?」
「そうそう、あたしも聞いたわ」
「昔どこかで」
「あれは確か」
――マフィアなんて、中途半端な生き物だよ。
――正義を騙るには血生臭いし…悪を気取るには、脆過ぎる。
――ただ、これは美しいけれどね。
そう言いながら、その大きな結晶を見せてくれたのは誰だったか。
少し前まで、唯二人の生者だったヒト。
スラム街の孤児にも平等に接し、フリルの縫い方を教えてくれたヒト。
ローリィの友達。皆のリーダー。
「あ~~~~~っ!!!!!!!」
「アルフォートが、生きている。恐らく、今もどこかで――これは、あの子の石を巡る戦いよ」
再び立ち上がった時、彼女の手には護身用の銃が握られていた。
銃身とストックを切り詰めた、水平二連散弾銃。様々な国で違法とされる、敵を惨たらしく殺害する為の銃。
だがその禍々しさよりも皆、ローリィのその表情に釘付けとなっていた。
少し悪戯っぽい笑みを浮かべ、瞳に輝きを湛えて。今ならドン・ポルチーニの眼光をも跳ね返せるだろう。
「アルフォート、アルフォートよ皆。久しぶりですわ、会いたいわぁ!」
「じゃぁ…お金は貰って?」
「アルフォートだけは渡さない!」
「勿論、あの石もね」
「でもそれは危険な旅じゃない?」
「あの男の目的はエリーゼよ」
「Ms.バンブーも要注意!」
ローリィは、穏やかに声を張り上げた。
輝く瞳で、それでも少し緊張したように。
「作戦を立てましょう。私たちのお友達を、お迎えする計画を!」
クスクスと微笑みながら、その計画を組み立てていく。
いつの間にか、悪戯っぽい表情は皆の物になっていった。