@DSSmafia
オレには許せんことが二つある。
「そういう訳で、来週から2か月間、ガトー・アイランドに滞在してマフィア同士の殺し合い体験ロケに参加してもらうから」
一つ、芸人の体当たり企画。
芸人なら芸で笑いを取れ。思考停止で体張られてもなんもオモロくないねん。
「イヤです」
一つ、芸人が文化人気取りで書いた自分語り本。
芸人が自分の思想を舞台以外にぶつけてどうすんねん。それ自分の芸を信用してない逃げやないんか?
「わかりました」
一つ、電車の優先席。
もし社会が、本当に弱者を労わる気持ちであれを取り付けとるんなら、電車の座席は全部優先席にしないといかないんちゃうか?
目立つ席を目立つ人にだけ譲るような意識やから、この国の福祉はいつまでも向上しないねん。
もちろん、譲る側の人はそれを誇れ。
アカン、三つになってもうた。
そして今「わかりました」って聞こえんかったか?
オレが隣を向くと、そこには紛れもなくオレの相方、ビリー北川が座っていた。
いつになく真剣な面持ちで。
「どうしたのよ、ビリー」
オレはこいつが、いつでもなんでも真剣に考えていて、せやからちょっと変なことを言うんだとよく知っているが、それと同じくらいに“こういう顔をしている時”のこいつがやんごとなき何かを決心していることも知っていた。
コンビ名を決めた時と同じ顔。
「大丈夫、荷造りは済んでる」
「そういう心配しとらんわ」
イイ振りかますからうっかりツッこんでもうたやんけ。
意外といつも通りのペースなんか?
そういう新しいボケなんか?
「今回の企画はビリーちゃんのからの要望で組まれたんだよ」
「……マジか」
社長の言葉に、流石にオレも事態への認識を変えていく。
自分から筋道を立てた。荷造りも終えた。
「それはガチやん」
オレの相方は、やんごとなき理由でやんごとなき企画へ飛び込もうとしている。
流石にオレは心配になった。
「ビリー、ヤケになるのはまだ早いて。レギュラー降りてもまだW1があるやん。むしろオレらの本番はそこやん。今年こそリベンジしたろうや」
ビリーは、あの騒動の責任を重く捉えすぎとるんではないか、と。
自暴自棄でこんな仕事を取り付けたんではないかと。
あんなん、お前はあんまり叩かれずに済んだからええやんか。
オレは炎上したけど。
「伊藤くん、ありがとう」
見透かされたらしい。ビリーは柔らかい笑顔でそう言った。
こいつはちょっとズレとるけど、そのことを自分できっちり自覚して考えとるから、逆に「自分以外の人が考えそうなこと」を分析するんがうまいんよな。
「けどこれは、そういうんじゃないんだ」
顔はやさしくなったけど、その目の力強さは変わっとらんかった。
「僕が行きたいんだ」
「どうしてやねん……」
立ち上がって前のめりに詰め寄っていたオレは、ヘナヘナと座り込む。
そんなオレに説明を始めてくれたのは、ビリーではなく社長だった。
「伊藤ちゃんは、最近SNSで密かに話題の『ホワイトロリータ』の話は知ってる?」
「……ガトー・アイランドで戦争始めようとしとる小娘の話やろ」
「おっ、結構詳しく知ってるね」
オレはエゴサめっちゃするからな。
「その話を知っとるから、一生懸命相方を説得しようとしとるんでしょ」
「ことの発端は、その組織のボスが死んだことでバランスが崩れたから、って話は?」
「知ってますけど、それとこれとにどう関係が……」
「父さんなんだ、その人」
苛立ちを隠せなくなってきたオレの頭に、隣の相方の言葉がガツンとぶつかってくる。
「……なんやて?」
ぶつかったボールが固すぎて、頭から血がサッと降りていく。
「僕の母名義の口座に、30年間ずっとお金が振り込まれ続けてる話はしたことあるよね」
「そんなうらやましい話忘れるわけないからな」
「ボクは今初めて聞いたんだけど」
社長を無視して、オレはビリーに続きを促す。
「それが先月で止まったんだ。30年間で初めて」
「いや、それだけじゃ流石に……」
「わかるんだよ、僕には。なんとなくだけど」
オレの言葉をさえぎって、ビリーが言い切る。
ビリーには珍しい、理屈のない言葉やった。
それだけに、筋の通った言葉より重く、それはオレに届いた。
「例の動画に映ってる女の子を見た時もやっぱり思ったんだ、なんとなく似てるなって」
その言葉に、オレはハッとさせられる。
オレも同じことを思ったから。
「この娘、うちの相方に似とるな」って。
切っても切れない血のつながり。
そのつながりが、ビリーに何かを感じさせたんやろか。
そのつながりを持つ者にしか感じられへん、何かを。
「まあ、何となく話はわかってきたわ」
オレも冷静さを取り戻して、一旦話を飲み込む。
問題は、オレが問題にしたいのはそこやないから。
「それで、なんで行きたいんや?」
理由。行く理由。
陰からずっと自分を支えてくれとった父が死んだ、その死の地へ。
その死をきっかけに、これから更に死が溢れようとしとる、その死地へ。
「僕は、お墓参りに行きたいんだ」
はっきりと芯のある声で、相方はそう言った。
「ありがとうございました、こんなに大きくなりましたって」
「……そうか」
その言葉を、オレはニヤニヤしながら聞いていた。
バカにして笑ってたんやないで。
それが「生きるための理由」やなかったからや。
出会った頃のこいつなら絶対に選ばなかったやろうこと。
「生きるためにやらなきゃいけないこと」やないこと。
けれど、人生を豊かにすること。
こいつがそれを選んだのが、嬉しくて。
「オモロイやんけ」
そんな思いを込めて、オレはそう答えた。
「そんなオモロイ現場なら、オレも行かないわけにはいかんやないか」
墓参りなんてなんにもオモロくないイベントや。
子供が退屈するイベントベスト3と言ってもええやろう。
「カメラはオレが持たせてもらうで。他のスタッフなんか連れて行かん。リハビリーズの独占ロケや」
このままやとせっかくの相方の花道が全然オモロない絵になってまうかもしれへんからな。
「オレの前で撮れ高にならん画にしたら承知せんからな」
殺したり殺されたりなんかもってのほかや。
「かめはめ波を撃つのはやめてね、放送しにくくなっちゃうから」
「今さら放送倫理の側に立つのは無理やろ社長」
古傷をエグらんでください。
そんでそもそも撃てないですよそれ。
……撃てないよね?
「それと伊藤ちゃんには、断下論社さんから自伝のオファーが来てたんだけど、今回の取材レポ本に変えてもらうつもりだから、しっかり現地の事を取材して帰ってきてよね」
「アンタちょっとノリノリ過ぎんか?」
なんちゅうことや、許せないタブーを二つも破ってしまうことになりそうや。
まあ、相方の為やからな。
自分のこだわりなんて安いもんや。
「伊藤くんが来てくれたら安心だ」
心底頼もしそうに、ビリーは微笑む。
「なんでも面白くしちゃうもんね」
アホ、お前が面白すぎるだけや。