@DSSmafia
――ぞぶり。
木目模様の魔爪が、黒い獣の心臓を穿つ。
獣の発する断末魔の咆哮が天を劈く。仕留めたのは、輝く赫い眼を持った、老吸血鬼であった。
吸血鬼は獣の放った耳朶を打つ叫びなど意にも介さず、その魔爪を引き抜くと、獣の破れた心臓から血の華が咲いた。
獣は二、三歩たたらを踏むが、地響きを立てながら沈むように倒れ込み、それきり動かなくなる。骸と成り果てた獣の胸部から、じわじわと赤黒い血溜まりが広がってゆく。
大量の獣の血を浴びた魔爪は、渇いた喉を潤すようにそれを吸収していく。すると、吸血鬼の老体に活力が漲ってきた。赫い眼が、より一層の輝きを増す。
「さて、バカ共の相手をしてやるか……」
――吸血鬼の名は、バルロ・ウルヴァ。マフィアの楽園『ガトー・アイランド』最大勢力の一つ、『バンブー・チルドレン』の重鎮である。
*
それから数十分ののち、バルロは複数の男女達に囲まれ、銃を突きつけられていた。とある岩壁の突端、崖上から海面までおよそ3〜40メートル。ゴツゴツとした岩礁が荒れた海面から顔を覗かせる。間違って落ちれば如何な魔人でも死は免れぬ高さだ。
「てめぇら、気を付けろ。絶対にジジイの間合いに入るんじゃねーぞ」
「分かってますよ。バルロ爺の出鱈目さは身に染みてるっスから」
彼らは、バルロの一挙手一投足に注意を払う。少しでも不穏な動きを見せれば彼らの銃口が即座に火を噴くだろう。しかしバルロは不遜な態度を崩さぬまま、男女達に問いかける。
「よぉ、間抜け共。気は確かか? 誕生日のサプライズパーティーとしちゃまだ早いし、そもそもスベり散らかしてンぞコレ」
「正気だよクソジジイ。あんたにゃここで死んでもらう」
「おいおい、それはMs.バンブーの命令か? 確かにこの前、勝手にルイ13世を空けたのは悪りぃと思ってるよ。だからってよ」
「Ms.バンブーは関係ねえ。俺らが判断したんだ。あんたはもはや組織にとっての癌なんだよ。おじいちゃん」
集団の一人、ガルダは、バルロの実孫であった。しかし、祖父を亡き者にすることに一切の躊躇はない。吸血鬼殺しの銀弾を装填した散弾銃が、彼の強い殺意を物語る。
「だったら尚更笑えねーな。俺にそれを向ける意味、分かってやってるンだろうな?」
「黙れクズ。兄貴はてめぇのせいで死んだんだ。その落とし前は付けさせてもらうぜ!」
「はぁ!? あれはどう見たってマッシュのガキどものせいじゃねーか! たかが酔っ払いの喧嘩にM11ぶっ放して来やがったンだぞ!!」
「兄貴を盾にして突撃かましたのはてめぇだろーがッ!!」
このジジイは酒場で酔っぱらって揉め事を起こし、あろうことか実の孫を身代わりにして生き延びたのだ。要らぬ揉め事で命を落とした者が兄貴を含めて3人。この吸血鬼狩りの犠牲者が2人。計5人、このクソジジイのせいで無駄に死んでいる。生きているだけで災いを振りまくこの老いぼれを、もうこれ以上生かしておくわけにはいかない。
「俺のダチも、このジジイに捨て駒にされたんだ!!」
「許せない……ニックスの仇は、取らせてもらうわ……!」
「バンブー・チルドレンの血の制裁の怖さ、たっぷりと教え込んでやるぜ……。クソジジイ」
バルロに銃口を向ける者は皆、彼によって大事なものを奪われた者たちだった。無論『バンブー・チルドレン』の幹部である彼に牙をむけば、Ms.バンブーの粛清は免れない。だが、既に不退転の覚悟は決まっている。ここでこの老害を始末せねば、彼の犠牲者はますます増えるだろう。だがバルロは、そんな彼らをあざ笑うかのような余裕の態度を見せている。
「ああ分かった。てめぇら仲良しごっこがしたかったのか? そりゃ傑作だ。確かにうちは絆を重んじる組織だ。けれどそりゃ、慣れ合いをしろって意味じゃねェンだよ」
「何だとぉ……?」
「バンブーの絆は、言わば相手にこちらの怖さを思い知らせる手段なンだよ。一人が舐められたら、全員で殺す。一人が殺されれば、組織ごと潰す。例えどんな犠牲を払ってでも、徹底的にやり遂げる。それを体現するのが、バンブーの絆なンだよ。分かったか、スパルナ」
「それは兄貴の名前だッ! 孫の名前も忘れちまうような奴が絆を語るなあッ!」
ガルダは散弾銃を構え、引き金を引こうとする。だが突如バルロが、何かに気付いたように頭を上げ、ガルダの後ろの男を指さした。
「おう、AKS74U持ちのお前。そこにいると死ぬぞ?」
バルロの視線は男の後方に向けられている。すぐに男は嫌な予感を感じる。心なしか、後ろで『何か』の息遣いを感じる。思わず後ろを振り向くと――
――ざくり。
男のこめかみに、巨大な爪が深々と突き刺さる。『何か』はそのまま力任せに男の頭の前半分を、脳みそごと引き裂いた。男は何が起こったのか認識する間もなく絶命する。
「クロウが殺られた!?」
「何だあれは!? デカいぞ!!」
「やべぇっ!! こいつは、ぐりずりー君じゃねーか!!」
突然の闖入者の正体はガトー・アイランド最大の害獣、原生動物の帝王と称される巨大グリズリー、ぐりずりー君。人の肉の味を覚えた凶悪な猛獣で、年間数十人単位の被害者が出ている人食い熊だ。
ぐりずりー君は掌にこびり付いた、男の頭の肉片をくちゃくちゃと咀嚼する。よく見ると、ぐりずりー君の左胸に、抉られたような大穴が開いていた。本来ならば死に至る致命傷を負いながらも、ぐりずりー君は元気に動き、次の獲物を見定めている。
「どういう事だよ、こいつぁ!?」
「この傷は、まさか……!」
「ジジイてめぇ、ぐりずりー君を『眷属』にしやがったのか?」
「寄ってたかって老人虐待をするような奴らにゃ、いい薬だろ?」
バルロの魔人能力、『生き血を啜りて鬼と成る』は、得物の鉤爪に血を吸わせることで、自らを吸血鬼に変化させる能力。その吸血鬼特有の付帯能力として、殺害した者を自前の『眷属』として使役するという特殊技能があるのだ。いまやぐりずりー君は、バルロに付き従う生ける屍。彼の障害となる者を排除する忠実な兵士である。
「クソがっ! 死ねぇッ!」
混乱の中、集団の一人がぐりずりー君に発砲する。銃弾は胴に命中し、一瞬血煙が上がるが、全く通用した気配がない。既に死を超越したぐりずりー君を止めるならば、その脳を完全に破壊するしかないのである。そして――
「え?」
発砲した男の胸部から、木目模様の魔爪が生える。ぐりずりー君に気を取られ、隙を見せた間抜けをバルロは見逃さない。背中から爪で串刺しにされた男は、ゴボゴボと血の泡を吹きながら膝から崩れ落ちる。
「クカカカ! 油断してるとおじいちゃんも暴れちゃうぞ、ってな!」
断崖の突端までバルロを追い詰めたのが裏目に出た。いや、むしろバルロは最初から挟撃の形を作るためにあえて追い詰められたふりをしていたのだ。もはや彼らに逃げ場はない。ガルダ達は絶望と怒りの中、闇雲に銃を発砲する。だがそんな捨て鉢な攻撃が吸血鬼化したバルロに通用するはずもなく……。
後は凄惨な処刑の時間だった。それは文字通り阿鼻叫喚の光景。決死の覚悟でバルロに挑んだ者達も、そのあまりの惨たらしさに戦意を喪失し、命乞いを始める。
「悪かった! もう復讐なんてバカなことは考えなががが!」
「嫌あぁぁぁ助けてぇ!! 食べられてる! アタシの足ぃ!! アタシ食べられてるうぅぅう!!」
「何でだよ! 仲間を殺された俺らが何でこんな目にぎゃああああああ!!」
ある者は獣に貪られ、またある者は吸血鬼になます切りにされた。恐怖のあまり自ら崖下へ身を投げる者もいた。原形を留めぬ死体が散乱し、岩壁を赤く染めた。無残に四肢を千切られたガルダが、今際に呪いを吐く。
「クソジジイ……、こんなことを繰り返せば……いずれMs.バンブーにも、見限られるぜ……」
「てめぇ如きがMs.バンブーを語るんじゃねぇ。さっさと死ね」
「せいぜい……地獄から、高みの見物……させてもらうぜ。てめぇの無残な……死に様をな……ッ」
最期まで祖父を憎み続けた孫が事切れる。しかしバルロの心には何の感慨も湧かない。
これでも組織の重鎮としてそれなりの暮らしを子供達には分け与えてきた。無論この島を出る選択肢も彼らにはあったのだ。にも関わらず、彼らは自分と同じマフィアに身を落とした。それでも見どころがあれば、目を掛けてやらんでもなかった。しかし、彼らは『悪人』にはなれても、『極悪人』になれる素質が無かった。中途半端なクズに掛ける言葉など何もないし、既に家族とも思ってはいない。組織の駒として、都合よく使い潰すだけだ。
「ったくよう、いつからこんなぬるい組織になっちまったンだか……」
Ms.バンブーがその名を継いで、はや数十年。かつての『バンブー・チルドレン』は、もっと刺激的だった。
群雄割拠の時代、生き残りを図るために過激な手段を用いて敵対組織を潰していった。バンブーを舐めた連中に恐怖を植え付け、忠誠を誓わせ、徐々に勢力を拡大していった。
しかし今は、基盤の安定化を図るあまり、新興勢力のマッシュに島の半分を掌握されてしまっている。その果てにどちらの組織も共倒れを恐れ、分割統治のシステムが徐々に完成されて来てしまっている。
Ms.バンブーもあの頃とは変わってしまった。いや、変わらざるを得なかったというのが正しいか。組織が大きくなるにつれ、次第に彼女は大博打を打てなくなっていった。
今回の『ホワイトロリータ』騒動に関してだってそうだ。彼女はルマンドの隠し財産よりも、『全ての災厄を払う石』の方にご執心だ。
だが俺に言わせりゃそんなものはクソ喰らえだ。『極悪人』になる資格があるのは、理不尽なドンパチで野垂れ死にする覚悟のある奴だけだろ。こんな石ころで『保身』を考えるなんざ、焼きが回った証拠なんだよ。
いいだろう。腐れ縁のよしみだ。あの女の目の前で、『全ての災厄を払う石』を粉々に打ち砕いて、目を覚まさせてやるよ。
更なる勢力拡大を目指すなら、ぬるい家族ごっこはやめて、かつての牙を取り戻すしか手はねぇってな。
それにいい機会でもある。『ホワイトロリータ』のお嬢の目論見通り、この島が全面戦争になっちまえば、現在の勢力図は大きく変わる。つまり俺の働き次第で、この島の全てを奪うことも不可能ではないってわけだ。
「クカカカ! 楽しくなって来たぜ。俺がもうチョイ若けりゃ、興奮でオッ勃っちまってるところだな!!」
禿頭の吸血鬼が高らかに嗤う。血で血を洗う闘争の先触れに身体が震え立つ。老いてなお、バルロの赫い瞳の輝きはあの頃のままだった。例えこの先にどんな地獄が待ち受けようとも、彼は微塵も恐れない。それが、彼の『極悪人』としての矜持だった。
*
――吸血鬼の名は、バルロ・ウルヴァ。マフィアの楽園『ガトー・アイランド』でも数少ない『極悪人』の一人である。