不思議パワーで部屋にカビは生えません。
@hirop573
蒸気が部屋を満たす。動くたびに水音が響き、下手をすれば呼吸する息の音ですら聞こえそうなほど。
「………」
ノートンは何度目か分からない浴槽に浸かって小さく溜息を零した。否、自ら浸かっているのではなく、浸からされている。それが何度かあるのだ。
『………』
隣でこちらを見つめているハスターに。初めこそ湯加減はどうだと度々尋ねられてきたためにノートンはうんざりしていたが、昔の仕事上シャワーしか経験の無かった者としては初体験は感動したものだ、と今になって思い返す。
「毎度思うんだけど、暇なら出て行って貰ってもいいんだよ。ちゃんと入ってるじゃないか」
『そなたは烏の行水になるだろうからな。治癒の効果も碌に得られぬであろう』
ああ言えばこう言い返される。これも風呂の際の恒例となりつつあった。
そもそも、部屋に浴槽が設置されたのにはこの邪神が原因で。
普段、試合が終われば受けた傷は即座に回復されるもの。しかしノートンはこのハスターと交わってしまったために、試合後の治癒の効果を得られない場合があったのだ。これにはナイチンゲールも頭を抱える始末であった。
全く回復しない訳ではなく、僅かに擦り傷や打撲痕が残る軽度のものなのが幸いで、そうなればとハスターも乗り気になった。それがこの浴槽。
人一人にしては隙間が多く、ハンターが入ればちょうど良い、ハンターとサバイバーなら少し窮屈ぐらいな大きさの、図ったような浴槽が事件の翌日に届いたのだ。
ハスターはノートンが服を脱ぎ、浴槽に浸かるまでその視線を逸らす事はない。初めこそ羞恥で躊躇ったが、何を今更というハスターに激昂してからは然程気にならなくなった。…気にならない訳ではないが。
「いつになったら治るの、これ」
『そなた次第だ。人間は個人差というものがあろう。自然治癒より早いとはいえ、要は其の者の体内組織の問題よ』
浴槽の縁に頭を預け、じとりとハスターを睨む。組織だ細胞だなどとノートンは興味がない。
ただそんな小難しい言葉を並べるハスターが嫌に癪に触るだけだ。最近の読書のお陰で節々が分かるようになったのも癪だとノートンは思う。
ただ。
『ノートンよ』
「…なに」
『よいか』
尋ねてくるようになったのはいつからだったろうか。伸びてきた触手が返事を待つように纏わり付く。そんな反応が見られるようになったのがなんだか可笑しくて、吹き出すのを誤魔化すように触手をつねってみる。
「いいよ。病人なんだから優しくしてよね」
『…フ、どこが病人なのだそなた』