前提となる体験入学編はこちら→ https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=17239359
万丈目雷(ライ)、エドウィナ・フェニックス、十六夜翠(アキラ)
イラスト:Special thanks!!
@fu_re_re_ra

※入学式
降り立った校舎を前に、アストラルは、腕を組んだいつもの姿勢で、ひどく感慨深そうに校舎の門を見上げた。
「デュエルアカデミア。世界的大企業、海馬コーポレーションが創設した、全寮制デュエル専門養成校。そして数ある分校の中でも、ここ、デュエルアカデミア本校は、世界で最初に創設された、歴史ある学舎だ。プロデュエリストの登竜門として名高いだけでなく、世界各地のアカデミア分校の成績優秀者に与えられる留学権利の先としても人気が高い。国際デュエル交流が最も盛んな、まさしく世界のデュエリスト養成校の最先端と言えるだろう」
アストラルがそらんじた知識は、遊馬がアカデミアを受験する過程で手にしたパンフレットや学校案内などを含めた、あらゆる媒体から得たものだ。
他にもテレビの特集や、九十九家で春が広げる紙の新聞、加えて、「デュエルデュエル」とそれしか頭に無い遊馬に頭を抱えたシャークが、あれこれ集めてきてアストラルに言い聞かせた内容も含まれている。
受験までは叩き込まれた公式や数字で頭がいっぱいで、合格してからは入学後に待っているデュエル三昧の毎日のことで頭がいっぱいな遊馬にあれこれ苦言を呈するより、そばにいるアストラルに言い聞かせた方がよほど有意義で話が早いと判断したらしい。シャークのおかげで、予備知識は充分だった。
家族も住み慣れた街も離れた全寮制だ。明里や小鳥に次いで、シャークは気を揉んでいた。
完全にノーマークだったベクターの同伴を知って空港で泡を吹いて倒れていたが、大丈夫だろうか。それはアストラルの預かり知らぬところだ。
「最新鋭の設備に最高の人材、海馬コーポレーションを始めとした協賛企業やリーグからの豊富なスカウト。明るい将来が約束されている反面、競争も激しく退学者も多い。最初の目標は、勝利より『挫折しないこと』と言い換えることもできるだろう。だが……」
アストラルは、ふよふよと浮かびながら、斜め下をチラリと見遣った。
そこには、頬を高揚させ、期待に胸を膨らませた、遊馬のキラキラした目が輝いていた。
アストラルの言葉など全く耳に入らない様子の遊馬に、アストラルはフッと笑った。
「まあ、挫折などキミには無縁の話だったな。そうだ、第二資料館で伝説の初代デュエルキング、武藤遊戯のレプリカデッキの特別展示があるらしいが」
「……えっ!? マジで!?」
目玉を見開いて、ギュンッ、と首だけ振り返った遊馬に、アストラルはあまりにも予想通りでふふっと唇に指を置いた。
まるで上の空だった遊馬も、さすがに今のセリフは聴こえたらしい。
勢いよくたたらを踏んだ遊馬が顔から転んで「あだっ!」と短く悲鳴を上げた。
「いってぇ〜」
「伝説の史上最強の決闘者、武藤遊戯か。なるほど、トンマではなく、彼に取り憑いていたら、私も今ほど苦労することはなかっただろうな」
「なにおー!?」
ムキー!とわかりやすくジタバタして腕を振り上げた遊馬に、アストラルは目を優しく細めて微笑んだ。
「冗談だ。どれほど強い決闘者でも、どれほど優れた決闘者でも、私にとってキミ以上の者などいない」
投げかけられた言葉の真摯さに、遊馬は中途半端に腕を振り上げたまま、ぽかんと口を開けて固まった。
アストラルは続けた。
「私は、たとえ再び記憶がナンバーズとなって飛び散ろうと、全てを忘れてもキミと再び出会いたい。どれほど苦労することになろうが、キミ以外など考えられない。今日という日を迎えたキミを誇らしく思っているのは、シャークや明里たちだけではない」
感慨深げなアストラルの声に、遊馬は目を丸くして、じわじわと照れくさげに頬を掻いて、誤魔化しに失敗したように「……く、苦労は確定かよぉ」と笑うので、アストラルも「無論、当然だろう」と軽快に応じた。
「キミのかっとビングが、この先どんな未来を呼び寄せるのか、いつも見守っている。この先どんなことが待ち受けていようと、私が見届けたいデュエルは、キミらしい笑顔のデュエルだ。それを、忘れないでくれ」
「……おう! 見てろよアストラル!」
晴れやかな遊馬の応 えは、誓いの言葉だ。
笑顔を、すべてを取り戻した遊馬の横顔には、青空のような希望があふれていた。
「オレ、このデュエルアカデミアで、ぜってー最高のデュエルをする! 新しい学校で、新しい仲間と一緒に、夢を叶えてみせる! 見ててくれよな、アストラル!」
晴れやかで力強い、遊馬の笑みと、向けられた拳に、アストラルはフッと微笑んで、同じものを、返した。
触れない拳はしばし交わって、触れ合わないまま離れた。だが、その熱さを、遊馬もアストラルも感じていた。
「……で!? デッキってどこで見れるんだ!?」
「デュエルアカデミアの資料館は生徒に解放されている。入学式を終えて荷物を置いてからでも間に合うだろう。それより、家族席にいる明里たちを待たせると後が怖いのではないか?」
「あっ、やっべ!!」
猛然と駆け出した遊馬を追って、アストラルは滑らかに宙を滑った。
「うおおおおおお」と駆け抜ける遊馬に続いて、アストラルは周囲を見渡した。
周囲にいる学生たちは様々だった。ワクワクと高揚する者、震えて緊張する者、野心をむき出しにする者、いずれも決闘者特有の鋭さにあふれている。やがて競い、生活を共にするであろう多くの生徒たちを、アストラルは目に焼き付けた。
アストラルは目にしたものは忘れない。入学を目前にむき出しになっている表情が、彼らの本質だろう。
閉鎖的な環境に三年も在籍することになる。ここには遊馬を支えてきた仲間も家族もいない。予期せずベクターが一緒になったとはいえ、それが遊馬に益をもたらすとは限らない以上、今までシャークやカイトが行ってきた悪意の選別を、アストラルがやらねばならない。
シャークから口酸っぱく言われたことでもあるが、アストラル自身も否は無かった。
再び共に生きることを選んだのだ、遊馬の輝きが曇らないよう、アストラルもできる限り手助けしてやりたいと思っている。
ナンバーズを巡る戦いの中、かつて遊馬が、アストラルにそうしてくれたように。
『最初の授業は二階の南校舎で』
『なぁ、クラスどこになった?』
『ラーイエローの宿舎は北の』
『……丈目グループの御曹司が……』
『緊張してきたぁ……』
『代表挨拶は右の階段から…』
ひしめき合う雑踏の中で、アストラルはふと目を止めた。
親族と教師陣の間に立つ少年は、どうやら代表挨拶をする最優秀成績者のようだ。
(ふむ、彼が首席か。記憶しておこう)
彼の背格好をアストラルが目に焼き付ける数秒、少年が振り返った。
少年は、眉間に皺を寄せて、遊馬を────いや、アストラルを。睨んだように、見えた。
(なんだ?)
それは一瞬のことで、少年の姿は、雑踏の大人たちに紛れて分からなくなった。
◇ ◇ ◇
《体験入学制度について》
・クロノス先生が校長に就任して、最初に行ったのが、この「体験入学」の導入。
・この制度は、学校側、生徒側、双方にとって利点が多く、外部からも内部からも、非常に評価された。
・学校側のメリットは、才能を発掘でき、受験前に受験生の素の姿を観察できること。体験入学に選ばれた50名の2泊3日の過ごし方を、教師たちは受験の参考資料にする。筆記と実技のみだった入学制度に、この一種の面接制度が増えたことで、デュエルアカデミアは、未熟ながら意欲的な隠れた才能を発掘するチャンスに恵まれ、同時に、デュエルへの姿勢や人間性に極端に問題のある生徒を炙り出しやすくなった。おかげで内部の風紀は改善し、デュエルアカデミアの留年率、中退率は、体験入学制度が施行されてから低下した。
・生徒側のメリットは、何といっても受験前にデュエルアカデミアを間近に体験できること。体験入学は中学二年生時に行われるため、本気でデュエルアカデミアに憧れた生徒たちは、成績が中学三年生までに急上昇する。体験入学応募時の成績が低く、しかし受験時の成績との差が激しい生徒は、入学後も中退率が低く、狭き門であるプロ制度の突破者も多い。DA卒業生は基本的に高卒なので、昔はDAは、進学実績を増やしたい中学校側にとってメリットの乏しい進路だったが、体験入学制度が導入されてから、DAの合格者も不合格者も、どちらも体験入学後に成績が急上昇する傾向が強いので、中学校側も積極的に推薦状を書くようになった。
・生徒の意欲を刺激し、全国の中学生の成績向上に繋がる。これは、クロノス先生が、デュエルアカデミアという存在が、社会の中でより広く受け入れられていくように尽力した結果だ。
《デュエル工学技術コースの新設について》
・クロノス先生が校長に相応しいと運営元のKCから認められた業績のひとつが、この【デュエル工学技術コース】の新設である。
・これは、プロ決闘者の養成に特化した普通科と違い、デュエルに関連したあらゆる技術者を養成する少人数選択コースだ。大学進学を視野に入れた指導も行なっている。
・クロノス先生は、I2社に入社してカードデザイナーになった前田隼人を鮮明に覚えている。留年に苦しんだ隼人は努力を重ね、成長し、クロノス先生に心から認められ、I2社入社という栄誉ある中退を果たした。クロノス先生は、隼人のような才能をもっと早く発掘できたのではないか、他の中退者にも、同じように彼らに合った栄光ある進路があったのではないか、という思いを持っていた。
・かつてDAはKC、そしてサイバー流師範の鮫島校長が運営する、激しい競争学校だった。DAを優秀な成績で卒業できるのはアスリートとして才能にあふれるということであり、成績上位者は数多くのオファーを受けることができたが、進級デュエルに勝利できなければ進級が認められない、という厳しい進級条件から、多くの中退者を出していた。
・しかし、I2社のカードデザイナーとなった隼人、新設リーグの創始者となった丸藤兄弟のように、アスリートの道から外れて多くの業績を残した生徒たちもいる。クロノス先生は、そういった生徒の未来を切り開くコースの新設を目指して試行錯誤を繰り返した。デュエルディスク開発、リーグ運営、カードデザイナーなど、目指す職種は多岐にわたり、指導に来る人材の多くはOBだ。そしてこのコースの最初の授業は、特別講師として毎年呼ばれる隼人が担当している。
・クロノス先生はこのコースの新設にあたり、自らI2社に何度も足を運び、隼人に自分の経験を生徒たちへ話してほしいと頼んだ。同じように多くのOBがこのコースには特別講師としてやってくる。才能ある人材は、そのままヘッドハンティングされて進路を決めることも多い。こうしてDAの人脈は、プロ決闘者に限らず多くの業界に及び、それがアカデミア全体の社会的地位向上に役立った。それが、クロノス先生が正式に校長に指名された理由の一つだ。ここに、毎年隼人が講演する内容の一部を抜粋する。
「オレはデュエルアカデミアの一年生を二回やって、二年生に上がる前にI2社に新人で入ったんダナ。だから卒業もできなかったし、進級もできなかった落ちこぼれなんだな。十代(ともだち)や万丈目みたいに凄いデュエルもできなかったし、翔みたいに凄い制度(もの)も作れなかったし、明日香みたいに優秀な成績で卒業することもできなかったんダナ。けど、クロノス先生はオレに言ってくれたんダナ。『アナターがいたかーら、デュエル工学技術コースはできたノーネ。留年して辛い思いをしたアナタだからこーそ、同じ悩みを持つ子供たちに寄り添えるはずナノーネ。可能性を見せてくれたアナターに、今の子供たちを導いて欲しいノーネ』。クロノス先生は本当に良い先生なんダナ。クロノス先生は、オレの留年にも中退にも、全部に意味があったって言ってくれたんだな。オレはデュエルアカデミアを卒業できなかったんだな。でも、それがあったから今、カードデザイナーとして大好きなデュエルに関わって仕事ができてるんダナ。やっぱりオレはデュエルが大好きなんだな。オレがデザインしたカードを使ってる、あの頃の同級生を思い出すと、勇気が湧いてくるんだな。それが、オレがデュエルに関わり続ける理由なんだな。オレはデュエルはハッキリ言って下手な部類なんだな、けどオレもたくさんのデュエリストを支える歯車の一つなんだな。デュエルが大好きなら、プロになるだけが道じゃないって、今のオレは心から言えるんだな」
・現在も、この「デュエル工学技術コース」を選択した生徒以外は、進級に厳しい審査を通らなければならない。アカデミア1年生進級試験は、長らくデュエルアカデミアで最も中退者を出す鬼門であり続けている。ここで脱落し、中退する生徒は変わらず存在する。だが、隼人の講演を受けて、中退せず進路を変更した者、本当に目指したかった道を見つけて巣立っていった者は多く、そんな生徒たちを、クロノス先生は誇りをもって世に送り出し続けている。
・「デュエル工学技術コース」は、進級時の厳しい昇級試験が免除される代わりに、普通科への再編入はできない。
・そのため、開設当初は「落ちこぼれコース」と揶揄されたが、クロノス先生は
「思い上がるんじゃないノーネッ!デュエルは、一人でするものじゃないノーネ!!」
と嘲笑した生徒たちを厳しく叱咤した。
「一流プロデュエリストも、多くのファンやスポンサー、デュエルに関わるあらゆる人に囲まれて、デュエルしていくものナノーネ!真のプロデュエリストーは、このコースに通うような生徒にこーそ、人生をかけて応援されるようなデュエルができなくてはならないノーネ!尊敬されるどころーか、彼らを嘲笑うようでーは、決して本当の意味で人々を魅了するデュエルはできないノーネッ!!」
・クロノス先生の叱責は、当時まだアスリート色の強かった教師陣にも強く響いた。現在のクロノス先生は、生徒、教師陣双方から最も信頼を集める教師であり続けている。
・ちなみに、遊馬は「プロ決闘者を本気で目指し大学進学もする」という、いわば普通科とデュエル工学技術コースの両方で単位を取らなければならない進路希望だった。そのため、クロノス校長はほぼ初日から付きっきりで遊馬を補習漬けにしており、遊馬が留年することなく何とか両コースの全ての単位を取得して大学合格まで漕ぎつけたのはひとえにクロノス校長の尽力なのだが、その辺が歪んで周囲に伝わった結果、遊馬のデュエル成績は最下層レベルだと長らく周囲に誤解されていた。
万丈目雷(ライ):15歳
・万丈目隼の甥っ子。政財界の万丈目グループの財界の方の兄貴(次男)の子供。容姿は昔の万丈目そっくりで、万丈目サンダーに憧れている。
・今はなんだかんだと弟を誇りに思っている父親に付けられた「雷 」という名前を非常に気に入っている。
・幼い頃はおジャマが見えていたので、忙しい父親に代わっておジャマが子守をしていた。おジャマトリオは全員一回は赤ん坊だったこの子にカードをもしゃもしゃされたことがある。
「アニキ~! アニキ~! この子オイラたち見えてるよ!」
「なに? 本当か?」
「だぁー」
「ぎゃー! 喰われるー! アニキ助けてー!」
・カードの精霊が見えていた影響もあって、デュエル好きの少年として育つ。3月31日23時59分生まれで、小学校1年生、7歳までおジャマが見えていたが、4月1日になって8歳になった途端に見えなくなる。この時は本人もおジャマもめちゃくちゃ落ち込んだ。このとき朝まで慰めてくれた叔父のサンダーを、父親以上に父親のように慕っている。
・幼い頃、憧れのサンダーと雷(ライ)に引っかけて「万丈目ライダー!」を自称して遊んでいた時期があり、その影響あって「光と闇の竜(ライトアンドダークネス・ドラゴン、通称ライダー、漫画版万丈目が使用)」がお気に入り。今はもう見えないが、このカードには漫画版万丈目と同じく精霊が宿っている。叔父のサンダーから譲り受けたカード。
・自分を非常に可愛がってくれた叔父のようなプロデュエリストになるのが夢だが、財界の後継者にしたい父親と大喧嘩。小学校6年生でデュエルアカデミア中等部の受験を希望するが、レアカードの「光と闇の竜」に依存した戦い方だったため、当時サンダーに課されたのと同じノーマルカードのみで父親に勝利するという条件で敗北、父親が用意したエリート中学校に入学。この悔しさをバネに中学3年生で父親に再挑戦、見事勝利してデュエルアカデミア行きを認めさせた。このため、高校からの編入組で遊馬と同級生となる。
・遊馬の近くにいると、時々近くの空気がゆらっと揺れて見えるので、多分カードの精霊だろうなと思っていた。当初はアストラルと会話する遊馬を羨んでいたため、一方的にどっちかといえば遊馬を嫌っていたが、サンダー以外は誰も信じてくれなかったおジャマが昔見えていたという話を遊馬が信じてくれたので、以降は遊馬の心強い味方となった。
・中等部組の中に小学の同級生がいて、未だに精霊の件を持ち出して嘘つきライ(ライは英語で嘘)(おジャマが見えなくなったのが4月1日だったのでエイプリルフールに学校で泣き喚いた)呼ばわりするのを非常に悔しく思っていたが、遊馬が「笑うな!!」と一喝して庇ってくれたため、恩を感じている。ベクターが遊馬の敵グループに回った高等部3年生の時は、率先して遊馬の味方になってくれた。高等部編入組となんだかんだ仲が良いが、中等部上がりの連中とは今も仲が悪い。あと同族嫌悪なのかシャークさんと絶妙に仲が悪い。後に再び精霊が見えるようになる。
・後継を育てる仕事に回って半引退したサンダーに代わり、アカデミア卒業後、プロの道を爆進する。世界中を旅する遊馬に、万丈目グループのデータベースを提供してくれた(万丈目が十代にしたことと同じ)。
・ちなみに、初恋の人は、サンダーの所に遊びに来ていた明日香。小学生の頃、無邪気にサンダーに「明日香お姉さんと結婚する!」と言ってデュエルでボコボコにされた経緯がある。サンダー大人げない。
・今は、サンダーの一途な恋を応援しており、「明日香さんがサンダーおじさんのお嫁さんになって、オレの義姉さんになってくれたらいいな」と思っている。
・サンダーは明日香にプロポーズ済みで
「デュエルに恋をしている君が好きだ。だから、君の道を応援している。いつまでも」と返事を求めなかった。デュエルアカデミアの教師として生きる明日香は、サンダーに貰った指輪を付ける決心がつかないまま現在に至っている。
「オレは、遊馬(アイツ)が嫌いなんじゃない、羨ましかったんだ。悔しくてみじめで、苦しかったんだよ…!」
「ええい、泣くな! キサマにはこの万丈目ライ様がついてるだろうが!!」
「はぁ!? 遊馬(バカ)が不正!? ありえん! キサマの目玉は飾りか!?」
「ふん、馬鹿の考え休むに似たりという言葉を知らんのか! ……いいか、余計な雑音に気を回すな。キサマはキサマのかっとビングをしろ。後のことは任せておけ」
「誇れ、忘れるな。お前はこの万丈目ライ様が、世界で二番目に尊敬に値すると認めた決闘者だ」
「泣いてもわめいても、もうオレに精霊は見えん。……だからこそ!オレは世界を獲る!世界一など生ぬるい!次元を超え、精霊界まで名を轟かせてやる、この万丈目ライダーの名を!!迎えに行けぬなら、迎えに来させればいいだけのこと!全ての精霊がオレに侍る日まで、オレは止まらん!!」
◇ ◇ ◇
ライの記憶の中で、憧れの万丈目サンダーは、いつも鮮やかな黒衣のデュエリストだった。
甥っ子のライにとっては、兄のような人だった。ライの挑戦を、叔父はいつも自信満々に受けて立って、いつもボコボコにした。
だが、その遠慮のなさが、容赦のなさが、大人げなさが。ライを大人と同じように扱ってくれるようで、いつも嬉しかった。
「いいか、ライ。お前は未熟だ。デュエルの話じゃない、なんだかんだと温室育ちのお前は、『世界をぶち壊されたことがない』」
ライフ五倍のハンデを物ともせずに、ライを容赦なく叩きのめした叔父は、その日、ライに言い聞かせるように、こう言った。
「いつかキサマも出会うかもしれん。問答無用でお前の世界をぶち壊す『馬鹿』にな」
記憶に鮮明に残る、ひどく真剣な声だった。
「もし、そんな『馬鹿』に出会ったら──目を離すな」
「いいか、エディ。プロデュエリストにとって、最も恐ろしい対戦相手とは誰だと思う?」
エドウィナの記憶の中で、幼い自分を父が撫でる。エドウィナは懸命に知恵を絞った。
「圧倒的に自分より強いデュエリスト、自分のデッキを研究し尽くした相手、かな…?」
「いいや。自分のデッキの弱点は当然把握しているし、それをやり込めてこそのプロだ。下手なメタデッキなど敵ではないし、自分より格上の相手は、挑戦しがいこそあれ恐ろしいとは思わない」
着眼点は悪くない、と父はエドウィナを褒めた。
「プロ同士なら、実力のあるもの、経験があるもの、時の運を掴んだものが勝つ」
家にいるよりテレビの中にいることの多い父。
けれども、寸暇を惜しんで、知恵を与えてくれた、父の面差し。
「本当に恐ろしいのは、素人だ。アマチュアだよ。『何を起こすか分からない』」
いいかい、エディ。素人を恐れるんだ。
特に……────
エドウィナの視界の先で
遊馬の鮮明な赤い眼が、こちらを射抜いた。
────心からデュエルを楽しむ素人に、気を付けなさい。
どんな圧倒的な実力差もひっくり返して
デュエルに奇跡を起こすから
◇ ◇ ◇
「あんな屈辱は他に無かった」
Ⅳが口角を吊り上げながら、目を興奮でギラギラさせた。
「プロ決闘者、万丈目サンダー。超有名どころ、大御所だ。けどな、オレだって極東エリアのデュエルチャンピオンだ。ソイツはその年の北米チャンプ、エドフェニックスとのデュエルに負けてる。オレだって、一矢報いられる自信はあった」
けどな、そういう次元の話じゃねえんだよ。
「音が消えるんだ。大観衆の全部から。アイツが腕を振り上げたら、観客の全部がアイツの名前を叫びやがる」
アイツに誰もが夢中になる。
どんなデュエルを魅せてくれるのか
何が飛び出すのか見たくてたまらねえ
「屈辱だったぜ…!これがプロ決闘者、万丈目サンダー…!このオレが、『ファンを取られる』なんざ…っ!!」
Ⅳのマゼンタの瞳が、飢えるみたいにギラギラ光る。
「プロリーグ界は魔窟だ、化け物がゴロゴロいやがる…!だがな、引き下がっちゃいられねえ!いつか必ず引きずり出して、堕とす!それがオレのファンサービスだッ!!」
ライと仲間になった遊馬の前に、次に立ちはだかったのは。
銀のスーツを身に纏い、銀の髪と美しい青の目を持った、宝石のように美しい麗人だった。
ヨーロッパチャンピオン、エド・フェニックスを父に持つデュエリスト。
DAアメリカ支部からの帰国子女が、遊馬の前に立ちはだかる。
雪のように白い肌、煌めく銀の髪、美しい青の眼。耳にブルーサファイアのピアス。
美しい顔立ちで、男女問わず圧倒的人気を得た、当代最強のデュエリスト。
主席だったライを蹴落とす形で、現在の主席に収まった、プロデュエリスト、エドウィナ・フェニックス。愛称はエディ。
父、エド・フェニックスの一人娘だった。
・エドのアカデミア時代と同じ、銀のスーツを着た、男装の令嬢。
・ちなみに当然、遊馬はエドウィナが女の子だと気付かなかった。
「お、お、お、女の子〜!?」
・手足はすらりとして、背は高く、胸はぺったんこなので、男装が非常に似合うが、顔立ちは非常に美しく、女の子たちに宝塚的人気がある。バレンタインはチョコが机に山盛りで靴箱からザラザラ降ってくるタイプ。
・誰もが振り向くすさまじい美女だが、男子には容赦がない面もあり、男子には若干遠巻きにされていた。遊馬たちと出会ってからは、表情も態度も柔らかくなった。
・男子に容赦がなかったのは、あまりに美人すぎて言いよる男どもが絶えなかったのも一因。エドウィナは本気でプロを、父を超えることを目指しており、DAアメリカ支部にいた頃、群がる男どもは、色恋沙汰にうつつを抜かして真剣に決闘をしない連中にしか見えなかった。たちの悪い男どもは、デュエルでも護身術でも徹底的に叩き潰した。エドウィナはDAアメリカ支部の主席であり、エドウィナを負かせる男が一人もいなかったことも、エドウィナの考えに拍車を掛けた。
・そのため、レベルが高いと噂されるDA本校の主席入学者だったライに勝ったことでさらに落胆を呼び、見下すような言動になっていた。遊馬は、仲間のライのデュエルが見下されたことが理由で、エドウィナと戦うことになる。
・そんな理由で、出会いこそお互いの印象は最悪だったが、エドウィナは常にデュエルに真剣であり、エドウィナを負かした遊馬に考えを改め、ライに対する言動も真剣に謝った。
・エドウィナが女の子だと気付かなかった鈍い遊馬、出会いが最悪だったせいで互いに全く恋愛対象にならなかったライ、そもそも遊馬以外のあらゆる人間に関心がないベクターの態度は、歩くだけで良くも悪くも関心を集めるばかりだったエドウィナにとって、ずいぶん新鮮に感じられたようだ。遊馬とライ、二人のデュエルへの向き合い方は、エドウィナに良い影響を与えていく。
・ちなみに、ベクターがあまりにもそばにいるエドウィナに関心を持たないので、遊馬には明らかに執着しているベクターを見て、「ああ…日本(こっち)はマイノリティに厳しいらしいからな」と思っていた。後にそれを知ったベクターはめちゃくちゃキレて暴れて憤慨した。
・父はプロなので忙しく、直接会って話すよりテレビの中で姿を見かける方が多かったが、エドウィナは父の愛情を疑ったことはないし、大切に育てられたと感じている。
・エドウィナという名前は、父が「エドを受け継ぎ、父を超えることができる存在」としてつけた名前で、エディという愛称も、女性らしいドレスで美しく着飾った姿も、父以外には見せない呼ばせない許さない、という側面があった。
・父はいつもエドウィナを、幼い女の子というよりは、一人前として扱った。その期待が、エドウィナにはいつも嬉しくて、応えたいといつも思っていた。
・だからエドウィナの男装は、女性としての隙を潰し、誰よりも高みを目指すエドウィナの意志と決意を反映している。だが、研ぎ澄まされた剣のように隙がなさすぎて頑なになっていたエドウィナの側面も反映しており、遊馬たちと出会って少し柔らかくなったのは、肩の力が良い意味で抜けたことを示している。ちなみに、柔らかくなってから近寄りがたさが減り、女の子のファンは倍増えた。
・瞳と同じブルーサファイアのピアスは、父からプロ入りの祝いに貰ったもの。
・ピアスは、海外では「ハイティーンの女の子が成長祝いに親から贈られるプレゼント」として人気が高く、素敵なレディになったことを祝うニュアンスがある。エドもエドウィナにこのピアスを贈った。
・エドは現在プロ決闘者、ヨーロッパチャンプとして十数年最前線に立ち続けるバケモノ決闘者であり、プロ野球選手の年俸が一億円で、この世界ではチャンピオンにそれをはるかに上回る額が入ってくることを踏まえると、当然エドがエドウィナに贈ったピアスはめまいがするような額であり、エドによる「これを上回る贈り物ができる男でなければ認めん」というエドのプレッシャーを感じる逸品。
・遊馬は宝石など何も分からないので気にしてないが、皇子だった影響で金銀財宝や宝石の目が肥えてるベクターと、教養として親から教育を受けているライは「うっげえ」という目でそのピアスを見ている。
・男装の理由は?→父のようになりたいという理由でパパと同じシルバースーツを着ており、女だからと舐められないように隙を見せないように生きてきたエドウィナの性格が反映されている。なので、遊馬たちと出会って柔らかい表情が増えたのは、肩の力が抜けて、本来の素の表情が出てきたということ。遊馬たちと出会ってからは、以前はあまり着なかった女性的な衣装もごくたまに抵抗なく着るようになっている。
・ちなみにシルバースーツも当然オーダーメイドであり、めまいがするような額である。
■アカデミアは、昔はオシリスレッドが粗末な食事で、オベリスクブルーがフルコース料理だった。だが、現在のアカデミアは、どの寮も昔のラーイエローくらいの普通の食事が出てくる。
だが、「特待生」だけは違う。その学年の首席の生徒だけは、過去のオベリスクブルーよりさらに豪華なフルコース料理が提供される。そういう特権階級が与えられる。そういう仕組み自体は、KCが運営する昔から変わっていない。
最初はライが首席入学だった。だから、特権階級を持つのはライで、「周りを見下してお高くとまっている」というポジションはライだった。だが、エドウィナがやってきて、首位からライは蹴落とされた。だからライは凄く屈辱だった。
それで、ライは遊馬たちと同じ食事を遊馬たちと同じ食堂で食べるようになって、逆に仲間の一体感が生まれた。最初の頃のライのポジションにエドウィナが収まって、入れ替わった。このDAは、首席のひとつだけの椅子を取り合って奪い合う構図になっており、だから後に遊馬が校内大会で優勝すると、そのフルコース料理は遊馬のものになる。だが、遊馬はフルコースの食べ方なんか知らないので泣きながら「みんなと同じ食堂で食べたいー!」って戻ってきちゃう。そんな遊馬をみんな、遊馬らしいな、と笑う。特権階級になっても遊馬は変わらない。
◼︎エドウィナとベクターのサポート科タッグ
《アスリート科とサポート科》
・現在のデュエルアカデミアは、二科制。通称「アスリート科」と「サポート科」があり、一年生は共通、二年生から二科に分かれる。なお、正式名は普通科と総合技術科。
・「アスリート科」は、いわゆる十代が当時通っていたコースで、古くからのアカデミアの競争社会の教育制度と理念がそのまま残ったコース。そして「サポート科」は、大学進学を念頭に入れた新設コースで、新型デュエルディスクの開発者などの研究者コースに行く生徒や、丸藤兄弟のようにリーグ運営に関わる人材や、プロデュエリストのマネージャーなどの人材を育てる総合専門コースだ。人数比は9対1から8対2程度で、サポート科に行く生徒はそう多くない。
・一年生が「アスリート科」に上がるには、実技試験の担当教諭にデュエルで勝たなければならない。この進級デュエルは、昔から生徒にとって鬼門で、この試験が最も脱落率、留年率が高い。この進級試験に脱落した生徒は、留年か、退学が、サポート科への転向を余儀なくされる。
・十代がいた当時、この進級試験に脱落した生徒は、留年か退学以外の選択肢がなかった。留年した生徒の退学率も非常に高く、何の保証もなかった。
・だが、その審査基準から漏れる才能もある。隼人はI2社でカードグラフィックデザイナーとして今も第一線にいる。そういう才能を、デュエルに勝てないというだけで潰したくないと、クロノス先生は考えるようになった。その現状を何とかしたいと考えていた。KCが構築した進級試験の制度は変えられない。そこで新設されたのが、サポート科だった。
・サポート科の新設は、デュエルアカデミアの社会的地位を大幅に向上させた、花形施策である。この業績は運営元のKCで非常に高く評価され、クロノス先生が正式な校長に後押しされる理由となった。
・「アスリート科」は一年生から二年生へ、二年生から三年生へ、どちらのタイミングも進級デュエル試験がある。最低でもアスリート科の生徒は、二度の進級デュエルで勝利しなければ卒業できない。
・一方、「サポート科」は二年生へ上がる時の試験は無いが、所属してから、アスリート科と比べ物にならない回数の座学試験がある。島外実習も多い。卒業時に要求される学力水準は、アスリート科より高い。
・このように、「アスリート科」と「サポート科」は求められる水準が、実技と座学のどちらに重きを置くかで分かれており、本来はどちらが上というものではない。
・しかし、「アスリート科」のデュエル試験の脱落者が「サポート科」に入る制度、「サポート科」に「アスリート科」の生徒のサポート実習があることなどで、「サポート科」は他の生徒から下に見られることが多い。
《二年生総決算、二科合同トーナメント》
・二年次の終了時には、「アスリート科」の上位十名と、「サポート科」のマネージメントコースの生徒がタッグを組んで挑む、トーナメント戦がある。
・これは、サポート科の最大の「進級テスト」で、いかにアスリート科の担当生徒をサポートし上に押し上げることができるか、が評価される。留年もありうる。
・「アスリート科」の上位生徒は、プロ決闘者の候補生。サポート科の進級を背負うということは、いわば同級生の人生を背負って初めてデュエルすること。それを負担に感じ、潰れていく生徒は、本質的にはプロに向いていない。この段階で、自分がプロに向かないと悟った生徒は、決闘道場の師範代などに転向していく。この仕組みを作ったのも、クロノス先生。卒業までずっと優秀だったカイザーが、徐々に勝利に固執して歪んでいったことを、クロノス先生は鮮明に覚えている。
・一方、サポート科の支援を受けることで、爆発的に実力が伸びるアスリート科の生徒がいる。遊馬はまさにこのタイプで、手助けが後押しになって爆発的な実力を発揮でき、応援を喜び、サポートを笑顔で受け入れ、他人の人生を背負うプレッシャーをものともしない生徒は、ここで急激に伸びる。応援したくなるデュエルができて、それを力に変えることができる、というのは、まさにプロに最も向いている素質と言える。
・また、サポート科の生徒は当然まだ未熟で、「良いアドバイスは受け取り、悪いアドバイスにはノーを突きつけることができる」も重要。初めて支援されるアスリート科の生徒の中には、アドバイスに振り回されて実力を発揮できない生徒も多い。
・ところが、遊馬は、アストラルとの経験の中で「アストラルの命や、ハルトやⅢたちの人生や願いを背負って戦う」「アストラルからのアドバイスに、自分の意志でイエスもノーも言える」「応援されて力を発揮する」といった素養も経験も全て兼ね備えており、このトーナメントで遊馬が優勝したのは必然だったと言える。
・決勝戦で遊馬の前に立ちはだかったのは、アスリート科首席のエドウィナと、サポート科首席のベクターのタッグである。この二人は、遊馬を倒すという一念において、あらゆる手を使って全身全霊で挑んでくる、最高最凶のタッグだった。
《ベクターとサポート科》
・ベクターは、シャークたちを出し抜いて遊馬の「特別」のポジションに居座ること、アストラルと遊馬を二人きりにしないことを目的にDAに入学したため、「アスリート科」に固執する理由が無い。
・遊馬は「アスリート科」に所属しながら、冒険家を目指して大学進学のために「サポート科」の課外授業や講習を受ける特例なので、遊馬と共にいるなら、在学中も卒後も、サポート科のほうが都合がいいと、ベクターは早い段階で気付いた。そのため、ベクターはあっさりサポート科に転向する。
・「あのデュエル馬鹿はどうせプロになりやがるだろ。アイツのデュエルを他人にあれこれ手を加えられんのはシャクだからな、ついでにマネージャーは俺がやってやるつもりだけど?」
・これは要は、ベクターが「他の支援者が入り込む隙」を作りたくない、という意味で、実は遊馬のサポートは目的のための副産物でしかない。遊馬が卒業してくるのを虎視眈々と狙っているハートランドの面々より有利なポジションを確保したいのだ。
・よって、ベクターは当然のように、「二年終了時のトーナメント」は、サポート科代表として遊馬の担当を指名するつもりだった。遊馬の勉強や私生活は既にベクターが(留年されると学年がズレて面倒だから)効率的にサポートしており、遊馬のサポートをすること自体は、育成ゲームでもしているような感覚で好き好んでやってた。
・ところが、クロノス先生は、教師として遊馬とベクターの進路や能力を冷静に分析し、互いがライバルとして離れることで、客観的に能力を伸ばせると判断。ベクターには遊馬の担当ではなく、実力が高すぎて他の誰もサポートできなかったエドウィナを担当させる。この組み合わせは、確かに遊馬とベクターの実力をぐんと伸ばす結果になったのだが……ベクターは、「遊馬を助ける」などという柄でもないことより、「遊馬の敵になって、引きずり下ろす」方が楽しいとうっかり思い出してしまった。そのため、三年生になったとき、ベクターは学内の不穏分子を束ねて遊馬の敵対勢力のトップに君臨する。
・ちなみに「サポート科」は「アスリート科への入科試験に落ちた落第生」が行くと見下されないように、ベクターは、最初から進級を蹴るつもりでアスリート科への進級試験も受け、合格をもぎとった上でサポート科に転向している。
《エドウィナとベクターの最強最凶タッグ》
・エドウィナ自身が、あまりにも美しい宝石すぎて、それでいてほんのわずかな隙があるから、男どもに「屈服させたい」とか「手に入れたい」とか「汚したい」とか「壊したい」とか、そういうものを掻き立てさせる。だからずっと男運が悪く、男を嫌う最大の原因になっていた。
・逆にベクターはエドウィナに興味がないからこそベストパートナーだったといえる。
・ベクターは優秀な男。サポート科の中でもトップの優秀さを誇る男。ベクターは、人間を思うように転がすことに関しては最強格。だが、ベクターは、今までずっと「手札」に恵まれなかった。バリアン時代からずっとそうだった。
・だから、エドウィナは、バリアン時代から転生後まで、ベクターが手にしたいちばんの最強の手札だった。それを使って遊馬に勝てなかった。遊馬を引きずり落とす快感を思い出してしまったのもやむなし。
・エドウィナという最強の駒を使って、ベクターは大いに実力を発揮した。最強の駒に釣り合うだけの作戦を立ててみせた。エドウィナは、編入時に負けた遊馬への本気のリベンジで、全身全霊で遊馬を倒しにかかる。ベクターは、エドウィナが作戦の立件を許すだけの、軍師としての本物の実力があった。だからこそ、エドウィナは、ベクターの作戦やサポートに、全身全霊をかけて乗った。
・ただ、エドウィナは、全身全霊を、心身をベクターに預けてしまったということなので、とても危うい。ベクターがエドウィナに興味がないから成立する最強最凶タッグだったが、ベクターにエドウィナが隙を見せてしまっているということ。その危うさにただひとり気付いてしまったライは青くなった。なぜなら、ベクターは、目的のためなら平然とエドウィナを踏みにじって何の良心の呵責も持たない男だからだ。
・ライは、最初は、エドウィナのことを、「気に食わない奴」だと思っていた。女の子にボコボコにされたというのも屈辱だったし、ずっとそりが合わず、猫と鼠だった。
・だが、ライは諦めなかった。何度負けてもエドウィナに食らいついた。絶対に勝ちたい相手で、何度負けても喰らいつく、ライのその視線が、エドウィナが本来、本当に欲しかったものだったはず。エドウィナがそれに気付くのは、ずっと後のことだ。
・だからエドウィナは、「最初に勝った時」がライの評価が最低で、ライがエドウィナに負けてもう一度食らいつくたびに、エドウィナに勝つのを諦めないたびに、ライの評価が上がっている。それにライが気付くのはもっと後で、それより、エドウィナのベクターに対する危うすぎる隙をライが見つける方が早い。だから、ライは、自分をコテンパンに叩きのめした決闘者を、「女の子」だとは思っていなかったのに、うっかりエドウィナが、「獲物として極上の、隙が大きい、危うい女の子」だってことに気が付いてしまう。
・これ以来、ライはハラハラだった。遊馬もアストラルも、このエドウィナの危うさは、あまりにも得意分野の範囲外だった。
・それまで、エドウィナの周りの男を排除してたのはベクターだったが、三年生になったとき、ベクターはそれを要らなくなったのでやめてしまった。エドウィナは正面からそいつらにぶつかろうとするから、ライは「馬鹿じゃねえのか!」と一生懸命エドウィナの周りの悪い視線を排除して回った。
・エドウィナの危うさは、美術館泥棒を凌牙にさせようとした陸王海王の前でよりによって「俺にはここしか居場所がねえんだ」と言ってしまった、あの危うさに近いものがある。ライにとってのエドウィナの強さは、シャークにとっての天城カイトに近い強烈なものなのに、それなのに、天城カイトがベクターに隙を見せるようなものだから、ライはそりゃハラハラもするわ。
・エドウィナはマネージャーに求める水準が軍師の最高水準まで上がってしまったし、ベクターは目覚めちゃったしで、クロノス先生は教育者としては二人の能力を伸ばすという意味でこれ以上ないほど最良の采配だったが、結果としては悪い方に転んだ。
・だが、結局、いつかはベクターも「目覚めた」だろうから、アカデミアで仲間たちの信頼を一身に受けているタイミングでベクターが目覚めたのは、遊馬にとっては幸運なことだった。やはり遊馬の根本的なラックは非常に高い。遊馬の幸運値は、やはり主人公に相応しいだけのリアルラックを持っている。
エドウィナのデュエルは、見る人の心を折るデュエル。
遊馬のデュエルは、見る人に希望を与えるデュエル。
誰かの思いを背負って、強くなるデュエル。遊馬はアストラルの命を背負って戦い抜いた。他の子とは年季が違う。だから、二年次の最後の総決算の上位陣のランキング戦、サポート科と組んでやるトーナメントで、遊馬が優勝するのは必然。そこからの、特権階級からの泣きながら「なんでオレだけ一人なんだよー!罰ゲームかよ!」って泣きながらみんなのところに戻ってくる。
その時のデュエルが、三年生でベクターが敵に回った時に、遊馬をよく知らない生徒も、遊馬を最後に信じてくれた、それに繋がる。あんなデュエルができるやつが、悪いやつであるわけがないと、信じてくれた人たちがいたのは、遊馬のデュエルが作った未来、作った道。
「十六夜アキラ」の章。サイコデュエリスト 遊馬DA入学編
キーンコーン、カーンコーン。
授業終了を告げるチャイムが、校舎に鳴り響く。
遊馬は「終わったぁぁ!!」と迷わず教室を飛び出した。
遊馬がドアから飛び出した瞬間、教室の外に立っていたクロノスが、すかさず「シニョールは補習なノーネ!」と遊馬の襟首を引っ掴んで、猫のように引っ張っていった。
「あー! オレのデュエル〜!」
「補習の後ナノーネ! 愛の鞭ナノーネ!」
夕陽も傾いたアカデミアの放課後。
遊馬はその日、ようやく終えた補習に、ヘロヘロになりながら、「デュ、デュエル…!」とフリーデュエルルームに駆け込んで、デュエル相手を探していた。
だが、どの生徒もデュエル中で、なかなか相手が見つからない。
食堂の閉まる時間も迫る中、デュエルディスクを仕舞って立ち去る生徒も多かった。
「オレのデュエル……」
ぺしょん、と遊馬は床に潰れた。
そんな時だった。遊馬は、壁際にポツン、と立っている、紅い髪の少年を見つける。
「あっ、アイツいるじゃん」
遊馬は飛び跳ねるみたいに起き上がって、大きく手を振った。
「おーい! なあ、デュエルしようぜー!」
肩を跳ねさせたその少年は、鮮やかな紅い髪を翻して、遊馬から逃げた。
「あれ? おーい!」
「オイ馬鹿、やめとけ!」
ライが、追いかけようとする遊馬を慌てて止める。
「アイツ、サイコデュエリストだぜ」
「え、最高 デュエリスト? 強いのか!?」
「『サイコー』じゃなくて『サイコ』な……サイキッカー、つまり、超能力者のことだよ」
デュエルアカデミアにいるのに、デュエルをしない変わり者。
十六夜アキの遠い親戚。正確には、アキの父親の遠い親戚。アキの祖父の兄のひ孫。アキの父親がいとこ同士、つまり又従弟にあたる。
「国会議員の十六夜英雄 って知ってるか? 昔、横行してたサイコデュエリストの人体実験問題を告発して、『超常能力決闘者人権保護法案』っつー、サイコデュエリストを護るデケえ法律を通した旗頭のお偉いさん。デモ運動とかもあって、結構大きなニュースになってたんだぜ」
ベクターが怪訝そうにした。
「なんだ、それ。聞いたことねえな」
「サイコデュエリストが社会に溶け込めるようにする法律なんだと。自分がサイコデュエリストだって知らないで起こしちまった初犯の傷害事件の減刑とか、サイコデュエリストが力の使い方を覚えるのためのフリースクールの基金の設立とか、小学校に上がる前の発達検査でデュエルさせてサイコデュエリストかどうか調べる制度とかさ」
親から政治的な側面は叩き込まれているライがスラスラ述べるのに対して、同級生が閃いたように言葉を継いだ。
「あー、アレか! オレも小学校入る時やったわ。ルールもわかんねーのに、めっちゃドローさせられたやつ」
「そう、アレ。昔はあーいうの無かったんだってさ」
「その議員な、娘がサイコデュエリストで、他にも身内にサイコデュエリストが何人かいるらしい。アイツは、その十六夜議員の遠い親戚なんだとよ」
「アイツ、サイコパワー全然制御できねえって噂でさ。教官に怪我させたって話だぜ」
「え、それヤバイじゃん」
それを聞いた同級生は真っ青になった。
ピンと来ない顔をする遊馬に、同級生は「お前ニュース見てねえのかよ! ちょっと前にあっただろ、サイコデュエリストの無差別通り魔事件とかさぁ!!」と声を上げた。
その日も遊馬は、今日も元気にデュエルしようとしてたのだが、不意に、吹き抜けの上の手すりから、置かれた物が、ぐらりと揺れた。
「!! オイッ!!」
「危ない!!」
「え?」
見ていた周囲から悲鳴が上がる。
遊馬が落下物で大怪我しそうになった、その時だった。
「!!」
紅い髪の少年が、割り込んで助けてくれた。
デュエルディスクを構えて、落下物に触れずに粉々にして。
遊馬を押し倒した少年と、間近で顔を突き合わせた遊馬。ふわ、とバラの香りがした。
少年の瞳は、みずみずしくて鮮やかな緑色だった。
「あ、ありが……」
「きゃあーっ!!」
先ほどとは違う種類の悲鳴が、周囲から上がった。
「なんだ!?」
「急に空中で爆発したぞ!」
「サイコデュエリストだってよ!」
「先生呼んだ方がいいんじゃないか!?」
周囲で次々と上がる悲鳴に、顔を歪めて、すぐに姿を消してしまった少年だったが、遊馬は慌てて「待てよ!! なあ、デュエル……!」と立ち上がろうとしたが、「馬鹿っ、よせ!」とライに頭を押さえ付けられてしまった。
「周り見ろ! パニック起こしてえのか!?」
「遊馬、頬っぺた、血出てる!」
騒がしくなる周囲に、その隙に、少年は完全に姿を消してしまった。
翌日、遠巻きにされる少年に、遊馬はめげずに「なぁ、デュエルしようぜ!」と声を掛けた。
少年は、肩を震わせて、「あ……」と声を上げたかと思うと、背を向けて居なくなってしまった。
ライは、眉間に皺を寄せ、「オイ、あんま無理強いすんなよ」と忠告した。
「逃げるってことは、デュエルしたくねえんだろ」
深々とため息を吐いた。
「ったく、何しにアカデミアに来たんだかな。デュエルしたくねえなら来なきゃいいのによ」
「違う、そうじゃないって!」
遊馬は声を上げた。
「だってアイツ、あんなにデュエルしたそうに見てたのに!」
ライは、ぱちぱちと瞬いた。
振り返った視線の先には、遠くでデュエルを終えた上級生が、互いの健闘を讃えて握手していた。
翌日からも、少年を見かけては、何度逃げられてもめげずに「デュエルしようぜ!」と遊馬は声をかけ続けた。その度に少年は、物言いたげにした後、やはり逃げてしまった。
逃げる少年、追う遊馬。
ふよふよと浮かんだアストラルは、既視感を覚えた。
こんなふうに、どれだけ逃げても諦めず、最後は根負けした少年 に見覚えがあった。
「ぜぇ…ぜぇ……なあ、デュエルしようぜ!!」
逃げ続けた少年だったが、遊馬のあまりの根気に根負けして、結局、ためらいがちに答えた。
「少しだけなら……」と。
少年は、ナチュルやアロマのような植物族デッキを使った。だが、1ターン目でサイコパワーで遊馬が怪我しそうになって、すぐ中止することになってしまった。
「ごめん」
そういって、サレンダーして逃げてしまった。
綺麗な顔立ちに反して、笑わない少年。デュエルアカデミアにいるのに、デュエルをしない変わり者。
すれ違うと、花のような香りがする、美しい少年。
緑の眼の化け物、グリーンアイズモンスターと、揶揄される少年。
「グリーンアイズ? レッドアイズとかブルーアイズの親戚!? カッコイイー!」
「お前ほんとバカだな…」
ライはガシガシと頭を掻いた。
「あー、グリーンアイズモンスターってのは、ことわざ! 嫉妬の比喩で、あー、つまり」
言いにくそうにするライ。
ベクターが横からささやいた。
「バケモノ、って意味ですよ、遊馬くん」
「何だよそれ!!」
憤慨した遊馬に、ライが困ったように慌てて取り成す。
「言ってんのはオレじゃねえよ! けどよ、教官ケガさせたのは本当なんだ。サイコデュエリストってヤツは難しいんだ。無理にデュエルさせんのが良いとは限らねえんだよ」
遊馬は背中を向けて、肩を震わせた。
「アイツ、オレのこと助けてくれたんだ」
遊馬は、キッと顔を上げた。
「なんだよそれ、珍しい緑の眼が何だよ、不思議な力があるのが何だってんだよ! Ⅲだって綺麗な緑の目してるけど、強くて優しいオレの仲間だ。ハルトだって、不思議な力があるだけで、優しいヤツだろ、バケモノなんかじゃねえ!」
遊馬が駆け出した。
「オレ、もう一度アイツに会ってくる!!」
「おい、待て遊馬! おい!!」
「あ〜あ。ライちゅあん、やっちまったなァ」
ベクターが、ポケットに両手を突っ込んで、のっそりと遊馬の後を追った。
「アイツはな、本物のバケモンの手だって離さねえんだよ」
翌日から、少年は遊馬が声をかける前に逃げてしまうようになった。
ますます距離を置かれてしまって、どうすれば良いか悩む遊馬に、クロノス先生は相談に乗ってくれた。
「シニョール遊馬、校長室 に来るノーネ。お茶でも淹れてあげるーノ」
校長室のテーブルに、コトン、と茶柱の立った湯呑みが置かれた。
「わたくしの古い教え子にーも、サイコデュエリストがいたノーネ」
クロノス先生は、遊馬の旧オシリスレッドの赤い制服を見ながら、懐かしげに目を細めた。
「非常に強い力を持っていたノーネ。卒業する頃にーは、自由自在にモンスターを実体化させられるほどだったノーネ」
「え、モンスターを実体化!? ホープとかに触れるってこと!?」
遊馬が目を輝かせた。
「すげー!」
クロノス先生は、そんな遊馬にまぶしげにした。
「誰もーがシニョールのようなーら……」
クロノスはやるせなさそうに首を振った。
「けれーど、良いことばかりじゃないノーネ。当時は、サイコデュエリストという言葉も、彼らを護る制度も無かったノーネ。教育者側も知識が足りなかったーノ。だからその子ーも、ただデュエルが好きなだけなのに、子供の頃は、知らないうちに相手を怪我させてしまって、孤立していたそうなノーネ」
遊馬は、輝かせた瞳を大きく見開いて、まるで痛いことを聞いたみたいに、表情を心配げに曇らせた。
クロノスの言う子どもを慮ったのだろう。
「デュエルが好きなだけなのに、怪我……」
「サイコデュエリストは孤立しやすい。孤独は力のコントロールを悪化させるノーネ」
苦い茶を、クロノスはゆっくりと飲み干した。
「このデュエルアカデミアーが、あの子たちの居場所になってくれれーば……そう願ってやまないノーネ」
遊馬は、その話を聞いてから、しばらく上の空で、ずっと何かを考え込んでいるようだった。
やがて遊馬は、パシッと自分の両頬を叩いて、「かっとビングだ!」と気合を入れた。
一直線に走り出した遊馬に、見守っていたライもエドウィナもため息を吐いて、お互いに顔を見合わせ、肩を竦めて、遊馬を追った。
「ありゃ、止めても無駄だ」
「同感だね」
遊馬のため、クロノス先生やライやエドウィナを始め、仲間が色々と貸してくれた。
ライが「おい、作業員用のゴム服借りてきたぞ」と声を上げる。
エドウィナが「スノーボード用の私物のゴーグルなら……」と寮の倉庫から顔を出した。
ヘルメット、防塵ゴーグル、膝と肘のガードパッド、分厚いゴムの作業服、ゴム手袋にネックガード。
皮膚の見えているところが一つもない。
全身をガチガチに装備で固められた遊馬が、動きにくそうに「うう~」と唸った。
「これじゃかっとべねえ……」
「我慢しろ!」
少年は、ひどく困惑したようだった。
「どうして、そこまでしてくれるの」
「仲間だから!」
遊馬の声は迷いなかった。
「デュエルをしたら、みんな仲間だ。デュエルをすれば、相手のぜんぶが分かって、もっと仲良くなれてさ。オレは、お前のことがもっと知りたい」
迷わず差し伸べた遊馬の手に、少年は困惑したように応えない。遊馬は言葉を重ねた。
「なあ、お前だって、だからデュエルが好きなんだろ」
少年は、黙って肩を震わせた。
遊馬とアキラのデュエルが、始まる。
遊馬の作業服に傷が付いて、ゴーグルにヒビが入る。見ている周囲が息を呑む。だが、遊馬は怯まなかった。
「……昔、うちの家系に、すげえサイコデュエリストがいたんだって」
アキラは、ヒスイ色の瞳に深い諦めを滲ませて、そうこぼした。
「サイコデュエリストって、どうしても相手を怪我させちまったり、物を壊しちまったり、厄介者で……なのに、なのにさ、その姉さん、サイコパワーを、人の傷を癒す力にできたんだって。そうやって、すげえ医者になったんだって。だから、その力を怖がることはないって、昔、英雄 おじさんが」
アキラは、サポート科に入るつもりだった。デュエルが好きで、諦めきれなくて、諦めたふりをして。
「でも、オレ、全然、力をコントロールできなくて、オレ、英雄 おじさんが言ったみたいに、できなくて」
ボロボロ、と泣きだした少年は、決壊したみたいにしゃくりあげた。
「でも、好きなんだ。デュエルが好きなんだ。諦められないんだ。誰にもデュエルしてもらえなくても」
「そんなことない!」
遊馬が声を張り上げた。
「な、オレ、お前とデュエルしたい!」
「何回だってデュエルしようぜ。上手く力が使えるようになるまで一緒に練習しよう」
「かっとビングだぜ、十六夜!」
デュエル室の照明が、サイコデュエルの影響でもろくなっていて、落下してきて
ぐらっ、と揺れた照明が、遊馬の頭上に
目を見開いた十六夜が、とっさにサイコパワーで助ける。
「あ……」
十六夜は、上手く使えた自分の力に、驚いたみたいに、自分の両手を見つめた。
「あっぶねえ! サンキュ、十六夜! 助かったぜ!」
「……アキラ」
十六夜は、涙を拭いて。バラが花開くように、笑った。
美しい翠 の瞳が、花開くように煌めいて、笑った。
「アキラ。ヒスイの翠 って書いて、アキラって読むんだ」
◇ ◇ ◇
※ところで、ヒスイの翠 は「アキラ」の他に「アキ」とも読みます。
DA入学編、夜、オシリスレッド寮にて。
「委員長、生徒会になったんだってさ。一年なのにスゲーよな」
パシャッと撮った写真を添付して、グループメッセージに送る。
「アキラっていうんだ。デュエル強えし、いいヤツなんだぜ!」
ふよ、と逆さに浮いたアストラルが、意外そうに呟いた。
「意外だ。キミが筆マメとは」
「むっ、なんだよ意外ってー!」
腕を振り上げて大きな声を出しかけた遊馬は、慌てて口を覆った。
そろり、と振り返ったベッドで、ベクターは背を向けたまま静かだった。ホッとした遊馬は、再び端末に向き直った。
その背後で、ベクターは毛布を頭から被ったまま、欠片も眠気のないような目で、パチリと瞬きしたまま息を潜めて、耳を澄ませていた。
ピラッと遊馬は、一枚の写真を掲げた。
帰ってきた両親の間に挟まれ、明里と遊馬が照れくさそうに笑っている写真だ。
「怖い夢を見た時。怖い映画を見た時。怖いニュースを見た時」
「ばあちゃんが風邪ひいたとき。姉ちゃんがバイクで転けたとき」
「父ちゃんも母ちゃんも、旅してる方が楽しくて、オレのこと忘れてるかも…とか」
静かな声だった。
普段の明るい声からは、想像もつかないような、夜に溶けるような淡い声だった。
「完璧な人間なんかいねえ。不安になることだって、誰にでもある」
「ハルトや妹シャだって風邪ひくかもしんねえ。そしたらカイトやシャークだって」
「どんなに強いヤツだって、不安になったりするんだ。そういうときってさ」
「夜が明ける前、真っ暗な空を見てたら、世界中のみんな、自分のこと忘れちまってるんじゃないか、って思ったりすんだ」
「だから、明日、誰に怖いことがあってもいいように」
遊馬の言葉は、心から祈るかのようだった。
「お前を忘れてねえって、ちゃんと伝えるんだ。伝えられる距離にいるなら、その方がいいだろ」
遊馬の両親が、長らく連絡どころか生死不明だったと知っているアストラルは、一見遊馬らしくないこの考えがどうやって育まれたか、少しだけわかった気がした。
ずっと遊馬の言葉を遮らずに聴いていたアストラルは。ひとつだけ。必ず言葉にせねばならないことを声にするため、口を開いた。
「わたしは、離れている間、キミを片時も忘れたことはないぞ」
「……へっ、わかってるって」
・特別講師として呼ばれた「極東デュエルチャンピオン」として、ⅣがDAにやってくるエピソードがある。Ⅳは、凌牙にアカデミア行きのチケットを見せびらかすと、「一日俺の言いなりになるなら、付き人枠のチケットを譲ってやる」とニタニタしながら持ちかける。凌牙は自らのプライドと、「ベクターだけが遊馬に着いて行ったDAの内情がさっぱり分からない」という最悪な現状を天秤にかけ、自分のプライドをへし折ってⅣの付き人としてデュエルアカデミアにやってくる。そこで凌牙は、かつて諦めたデュエルアカデミア、かつて諦めたプロへの道をひた走るデュエリストたちの切磋琢磨を目の当たりにし、ショックを受け、火が付いて、再びプロへの道を再起する。全てはⅣの思惑通りに。Ⅳは自らのファンサービスの結果に満足し、DAを後にする。