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「あとは野となれ山となれ」

全体公開 作文 2 6944文字
2022-06-17 22:23:04

2020.11 行方不明になった炎をが探し続けるホの話。すこしふしぎボーイズ執着。人が死ぬ
2021年7月発行の同人誌「Stargazer」に収録→通販

Posted by @nanameru

 八月一日、静岡県×××在住の男性から狩猟中の誤射により人を死亡させたとの通報が入った。
 県警が現場に向かったが遺体は発見されなかった。しかし猟師の男性のほか数名の住民が遺体を目撃している。目撃情報によると誤射により死亡したのは男性で、近隣では見かけない顔だったとのこと。
 県警は遺体が動物に持ち去られた可能性もあるとみて調査を進めている。
 
 
 
 
 1.
 
 エンデヴァーさんが姿を消してからもう二十四年になる。
 
 あの人がこんなふうに消えるわけない。そんな確信も長い月日のなかで擦り切れて、願いなのか、はたまた思い込みなのか分からくなってしまった。
 脳が焦げつき心臓が軋む生き地獄を味わったのは、最初の数年だけだった。泥を這うような絶望を経て、惰性と諦めのぬるま湯。悔悟の棘を飲み込み続ける痛み。
 何度折れそうになったか分からない。それでもやはり諦めきれず探し続けた。
 
 この二十四年のあいだ、何度も彼の足跡をたどった。だが最後の一歩のところで、手がかりが消え失せてしまう。きっと、あと一歩分の情報が足りないのだ。それに望みをかけて今でも情報網を張り巡らせている。
 もう打てる手は尽くした。あとは野となれ山となれ、というやつだ。
 
 今年の十二月で俺は四十七になる。エンデヴァーさんが姿を消した当時の歳に追いついてしまう。
 吐き出したため息は白く凍てついて、あの日とは正反対の冬の色をしていた。
 
 *
 
 エンデヴァーが行方不明になった。
 その知らせが舞い込んだのは二十四年前、太陽が地上を燃やすように照りつける真夏の日だった。
 
 すぐさま大規模な捜査部隊が結成され、俺はホークスとして公式の捜索に加わりながら公安や個人的なツテなど持てるすべてを使って彼を探した。しかしそのどちらも甲斐なく終わった。エンデヴァーの行方不明には事件性はなく、事故と結論付けられた。
 
 けれど、俺はどうしても諦められなかった。あの人がこんなふうに消えるわけない。そう信じて探し続けた。その結果、公式の捜査では見つからなかった彼が消える直前の子細を掴んだ。
 
 舞台となったのは南アルプス、すなわち長野から山梨、静岡にまたがる山々だ。エンデヴァーさんは山あいのとある集落を訪れていた。
 目的は仕事ではなく個人的な用事だった。この村にはエンデヴァーさんの生家がある。彼の母親の出身地なのだ。お産の際に里帰りしそのまま数年間、この村で幼少期を過ごしたそうだ。
 
 彼の母親はすでに亡くなっていて、生家には誰も住んでいない。村の人々から聞いた話によると、エンデヴァーさんは定期的に人をよこして家の手入れしていた。だが本人が訪れたのは幼い時に村を出て以来初めてとのことだ。
 彼は生家に何日か滞在し、家の修繕などをこなしていた。だが、ある夜を最後に彼の消息は途絶えてしまう。
 
 その夜、エンデヴァーさんは家を抜け出して山に入った。真夜中に山に行くなんて正気の沙汰ではない。何か事件でもあったのかと疑ったが、調査の結果その線は消えた。
 エンデヴァーさんはまるで何かに呼ばれたかのように、寝巻のままひとりきりで山に行ってしまったのだ。
 
 山に入ってからの足取りの調査は困難を極めた。時には自身で草木を踏み分け、時には人の痕跡を追うのに特化した個性を頼った。常闇くんの友達、動物と意思疎通できる個性を持つ口田くんの力も借りた。
 だがどんな個性をもってしても、最後にたどり着くところは同じだった。
 
 そこは山の深く、ひときわ背の高い緑が集まる場所だった。たくましい木々の合間にはほこらが鎮座している。ほこらと言っても木の切れ端や苔むした石ころを積み重ねた、子どもが手作りしたような簡易なものだ。
 そのほこらの前で、彼の痕跡は途絶えている。周囲に足を取られそうな谷や川もない。
 エンデヴァーさんはこの場所へやって来て、そして消えてしまった。まるで神隠しにでもあったかのように。
 今ある情報では、これが結論だ。
 
 そんな馬鹿なてんまつ受け入れられないと、探し続けて何年も経った。目新しい手がかりはなく、これと思った情報も空振りに終わった。
 エンデヴァーさんを探し続けるなか、彼のご家族に会うこともあった。
 かたくなに捜査をやめようとしない俺を見て、彼女たちは決まって痛々しい表情をした。月日が経つうちにやがて、感傷的なまなざしが混ざるようになった。まるで懐かしいものを見るような。
 
 今思うと、誰が何と言おうと探し続ける俺の姿にエンデヴァーさんの面影を見たのだろう。
 彼の足りない点を補えるよう正反対のヒーローであろうとした。だけど、根っこのところは追い続けた背中に似てしまったのかもしれない。








 2.
 
 冬の空漠を忍び、一つ歳を重ねた。雪解けを見送り、春の彩りもそぞろに季節は流れ、そしてまた夏が来る。
 ——エンデヴァーさんが消えてから、二十五回目の夏だ。
 
 俺はある山間の集落の災害救助にあたっていた。突如発生した土砂崩れに村が丸ごと飲み込まれたのだ。住人たちの生存は絶望的だったが、せめてご遺体だけでも見つけてやりたい。
 平静に作業をこなしながらも、心臓は早鐘を打っていた。
 ここはあの日から何度も訪れている。エンデヴァーさんが足跡を絶つ前に訪れていた、彼の生家がある村だ。
 
 土砂崩れのほかにひとつ、気がかりなことがあった。
 それは土砂崩れが起こる前日、この村の猟師がクマと誤って人を撃ったらしいという情報だ。ただこの件は第一報があったきりで詳しいことは分からない。調査が入る矢先に土砂崩れが起こったのだ、無理もない。しかしその猟師も土砂崩れに巻き込まれてしまった可能性が高い。
 気をもみながら初日の活動は終了し、用意された車の中で眠りについた。
 
 
 その夜、エンデヴァーさんを夢に見た。あまり夢を見ないたちなのに、よりによって探し人が出るかと嘆息する。

 夢の中のエンデヴァーさんは消息を絶った時と同じ、四十七歳の姿のままだ。あたりを見回すとそこは深い森の中だった。
 真夜中の山はひときわ鬱蒼として、木々のはざまには黒い塊のごとき闇が待ち構えているようだった。寝巻らしい浴衣の背だけが、月明かりを受けて白く浮かび上がっている。
 
 とりわけ立派な樹の根元にはほこらのようなものがある。ほこらといっても木と石を積み上げた、子供が組み上げたような簡易なものだ。
 エンデヴァーさんが黒い塊のような闇と向き合う。黒い塊はまるで呼吸しているかのように揺らいでいる。それを見てはっと気付いた。
 
 これは塊ではない。巨大なけものだ。







 救助活動は大詰めを迎えていた。ご遺体はおおむね発見され、中には例の猟師の姿もあった。やはり生存者はおらず、あとは大量の土砂やがれきの片付けが残されている。
 ここからはその手の作業に長けた者たちの独壇場で、俺の出る幕はなかった。そこで、了承を得て救助チームと別れ猟師の件について調査を進めることにした。
 幸い次の手がかりのあてがある。それは猟師の友人だという男の話だ。
 
 
 
「あいつは自分がおかしくなったんじゃないかって何度も言ってました。あんなに取り乱した声、初めて聞きました」
 
 次の日。約束を取り付けて会った猟師の友人は、鎮痛な面持ちでそう語った。
 友人は近隣の地域に住む猟師仲間で、亡くなった猟師とは日常のことまで話し合う仲だった。土砂崩れが起こる前夜――すなわち猟師が人を撃ってしまった日の夜に、電話で相談を受けていたという。
 
 お悔やみの言葉を告げ話をうかがっていく。話をまとめると、こうだ。
 亡くなった猟師は県からの要請をうけて熊の駆除にあたっていた。その日、猟師はターゲットの熊らしき影に遭遇した。今まで見たどの獣よりも巨大なそれは、遠目から見るとまるで小山が蠢くかのようだった。
 恐怖をおさえながら照準を合わせ、引き金をひく。銃弾はがっしりと隆起した胸に数発、見事に命中した。
 
 ここから、奇妙なことが立て続けに起こる。
 猟師は熊が倒れているはずの地点に向かった。だが、そこにあったのは人間の死体だった。動転した猟師は村から人を呼んだ。駆け付けた村の人も、人間の死体を確認している。
 猟師たちは警察を呼んで再び現場に向かった。ところが、そこにあったはずの死体がない。周囲の血だまりも嘘のように消えていた。
 撃つ前は確かに獣だったという、人間の死体。その死体がない以上警察は動きようがない。詳しい調査は後日行うことになり、簡単な事情聴取ののち解散となった。



「その翌日に土砂崩れが起こったというわけですね」
「はい、その通りです」

 手に入れた情報が人を撃った『らしい』で終わっていたのは土砂崩れが起きたせいでもあるが、死体が消えたためかと腑に落ちた。

 同時に、胸が不穏にざわめく。猟師が撃ってしまったというヒトは大柄な体躯の男だったという。
 エンデヴァーさんが姿を消した山に現れたと来れば、否応なしに彼を思い浮かべてしまう。

 猟師の友人に丁重に礼をして、次の目的地へ足を運ぶ。
 向かうのは死体が消えた場所、つまりエンデヴァーさんが姿を消した山だ。










 3.

 数日間歩く装備を整えて山に入った。夏草は力強く生い茂り、行く手を阻んだ。
 夏の日差しはじりじりと体力を奪う。厳しい道行きになりそうだ。夜の間は獣避けも兼ねて樹の上で休むことにした。
 
 山に入ってからというもの、奇妙な夢を繰り返し見る。
 熊に猪、鹿、鳥、兎。様々な動物のパーツ混ざり合ったような、黒い巨大な獣が山を駆け回る場面。
 まだ五つほどだろうか、小さな男の子が森をさまよう場面。
 その子が願掛けのように石を積み上げる場面。

 夢に現れた男の子を見て、これはエンデヴァーさんだと直感する。あの村で過ごしていた頃の幼少の姿だ。エンデヴァーさんの小さい時の写真なんて見たことないのに、どうしてかそう思った。
 俺は見たことないものをイメージする方向での想像力がたくましい方ではないと思う。断言してもいい。黒い獣も、エンデヴァーさんの子供時代の姿も、俺の想像力の引き出しにはない。

 こんな時にふと思い出すのは、かつてエンデヴァーさんと交わした言葉だ。
 エンデヴァーさんも俺と同じであまり夢を見ないたちだったらしい。だからこそ、たまに見る夢には意味がある。夢は現実が形を変えて表されたものだと。
 エンデヴァーさんがそんな占いみたいな不確かなことを言う時もあるんだと、意外に思ったことを覚えている。
 ならばこの夢の意味は何だろう。もしかして、この山で本当に起こったことだというのか。



 地に積もった葉をひっくり返し、獣道をかき分けて進む。探索を続けるなか、不可思議な泣き声を聞いた。
 最初は地震かと身構えた。地さえ震わすその声は、獣の遠吠えとも木々のざわめきともつかない、聞いたことのない音だった。
 
 体の芯を揺さぶるような声はどうしてか、とっくに過去のものにしたはずの感情を呼びさます。
 喉が焼けるような焦燥、視界を赤く染める絶望、胸を裂くような喪失感。
 胸の底に沈めていた感情に共鳴し、引きずり出そうとする。
 この声はきっと、山の慟哭だ。

 その晩俺は、エンデヴァーさんが木々の間にじっと横たわっている夢を見た。








 翌朝、日が昇るやいなや俺は歩き出した。目指すのは、夢で見た場所だ。
 この数日だけでない、二十五年もの間この付近を歩き回っている。特定するのはたやすかった。そして、夢で見たのとそっくりそのままの景色にたどり着いた。
 
 何かを守るように密生した木々の間にじっと横たわっているもの。

 それは、エンデヴァーさんの死体だ。
 
 仰向けで地面に倒れているエンデヴァーさんは時を止めたように四十七歳の姿のままだ。夏なのに少しも腐食しておらず、血の気のない白い肌にはあたりの草木の緑色が映りこんでいる。
 胸には無残な銃創があって、この身体がもう終わっていると告げていた。
 
 ああ、やっぱり。

 訪れたのは、静かな諦念だった。枝から離れきれずにいたりんごがストンと落ちるみたいに、俺はこの事実を受け入れた。

 あなたと同じ歳になってしまった俺は、あなたほど表情豊かじゃない。
 ずっと会いたかったのに、この日が来たらと追い続けてきたのに、涙も嗚咽も出ない。この二十五年でとっくに錆び付いてしまった。


 静かに歩み寄ってエンデヴァーさんのそばにひざまずく。剛翼で大きなかごを編み上げて、遺体を中に納めそっと浮かす。
 剛翼は年々摩耗するように量が減り、ここ数年で飛行も難しくなってしまった。それでも人ひとり運ぶには困らない。

 赤い棺を率いて、再び森を歩き出した。最初に夢で見た、エンデヴァーさんが黒い巨大なけものと向き合っていた場所を目指す。











 終
 
 鬱蒼とした森の深く、背の高い木々がひしめきあっている。
 とりわけ立派な樹の根元には、木と石を組み上げたほこらがある。その前にエンデヴァーさんを連れて行く。
 
 遺体を地面に横たえ、大木を見上げる。
 たとえば、神様なんてものがいたとして。
 俺は祈る心得を持ち合わせていないから、突っ立って見ているしかできない。



 ぼんやりと木々のざわめきを聞いていると、ふと日の光がかげる。そしてあっという間に真っ暗になってしまった。
 真夜中のように変わった森はひときわ鬱蒼として、木々のはざまには黒い塊のごとき闇が待ち構えているようだった。
 息をひそめてその闇を見つめていると、やがて、それは現れた。

 エンデヴァーさんの死体に、巨大な影のようなものが覆いかぶさる。それはまるで息をしているかのように揺らいでいる。

 黒い影はよく見ると、獣の手のような形をしている。手から腕、腕の向こうに腹、その上に胸。慎重にりんかくを辿っていく。
 熊に猪、鹿、鳥、兎。様々な動物のパーツ混ざり合った不可思議な姿。頭のてっぺんは木々の枝葉が作る影に隠れて見えない。

 ヒトの身長の何倍もあるこの巨大な塊は、夢で見た獣だった。



 獣はエンデヴァーさんにぴたりと寄り添うと、天をつくような慟哭をあげた。山を歩く中で聞いた、あの泣き声だ。

 人ならざるこの声の主に歯向かってやろうと、ここまでの道中で考えないこともなかった。たとえばほこらを壊したり、見せつけるようにエンデヴァーさんの死体を奪ったり。村を襲った土砂崩れのような報いにあうかもしれないが、どうでもいい。

 だが、この声を聞いているとそんな気も失せてしまった。かわりに渇ききった胸の中に、とうに蓋をしたはずの衝動がこみ上げてくる。

 喉が焼けるような焦燥、視界を赤く染める絶望、胸を裂くような喪失感。
 どれもぜんぶ、俺と獣、ふたりともが味わったものなのだ。






 どれほどの間こうしていただろう。森は依然として暗く時間を掴めない。
 巨大な獣は泣きつかれた子供のようにうずくまってしまった。獣の前脚はエンデヴァーさんのむくろをしっかりと抱え込んでいる。

 その時だった。
 エンデヴァーさんの死体の胸の銃創から、青々とした木の枝が音もなくするりと芽生える。
 あっと声をあげる間もなく、枝はめきめきと伸びて若木になった。
 若木はエンデヴァーさんと獣を幹の内側に抱き込むように成長して、みるみるうちに、見たこともない巨木になった。

 信じられない光景を前にへたり込む。これは現実に起こったことかと、おそるおそる木の幹に触れる。
 手のひらでなぞった樹皮は、なめらかで少しかさついていて、まるで人の肌のようにあたたかい。

 その途端にどうしてか、せきを切ったように涙があふれ出した。
 
――エンデヴァーさん」
 
 俺、探すのやめませんでした。見つけ出せて良かった。話したいことが沢山あったんです。もっとあなたを見ていたかった。あなたに見てほしかった。俺、諦めませんでした。
 
 伝えたかった言葉たちは、うまく声にならなかった。そのかわり次々に塩辛い雫がこぼれ落ちる。
 聞く者のなくなった言葉は、涙に変えて送り出すのが良いということか。
 涙が止まらないなんて、四十七年生きて初めてだった。







 森を覆っていた闇はいつの間にか去り、西に傾きかけた陽の光が枝葉のすきまにちらついている。
 じきに本当の夜が訪れる。彼をうしなってから、初めての夜が。

 だけどもうしばらくは、ここにいたい。
 大木の幹に額を合わせてすがりつく。

 どんなに慟哭してもここならば、それを聞くのは野山しかないのだから。










(了)


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