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叶うならばあの人に

全体公開 メギド72 10596文字
2022-06-19 20:21:18

プルソンのちょっとした意地の小話

Posted by @fengli25

 ロノウェの自室に来客があったのは、日が傾きかけた午後のことだった。石床を軽快に駆けて近づいてくる足音には聞き覚えがある。おや、と視線をあげたロノウェは、すぐさま扉越しのノック音と鉢合わせすることになった。
 珍しいこともあるものだ、彼がここまで訪ねてくるなんて。

「ロノウェさん!ちょっといいですか」
「あぁ、すぐ出る」

 磨いていた胴鎧を広げたボロ布にそっと置き、ふと落とした視線のまま、指先からすっと抜き去った手袋を隣に並べる。足早に扉前まで辿り着いたところで、手のひらでズボンを軽くはたいてから、ドアノブに手をかけた。開けた途端、視線より少し下から「うわっあぶらくさっ」と声が飛んでくる。遠慮ない物言いに、少しばかりムッと思うところがあったロノウェは握ったドアノブを押し戻す。

「用事がないなら帰っていいぞ」
「ええっ!?あ、ありますから!用事!開けたなら入れてくださいよ!」

 閉め出すなんてひどいじゃないかだのなんだの喚く、扉越しの声に思わず笑ってしまう。自分より二つ年下の彼は、こうやってからかうと、だいぶ面白い。あまり調子に乗るのも彼に悪いので、そっと扉を開けてやれば辟易した様子の少年が立っていた。彼の名はプルソン。ロノウェと志を共にする仲間の一人だ。

「冗談だよ。どうしたんだい、よく俺の部屋が分かったな」
「ブネさんに教えて貰ったんです。俺、ロノウェさんに頼みたいことがあって」
「うん?」
「どうやってその頭にするのか教えてくれませんか!」
「んん?」

 目を白黒させたロノウェを前に、ほらこういう風に、と前髪をかきあげたプルソンの額には、汗の粒が滲んでいた。よく見れば、真っすぐに流れる髪のあいだに挟まった綿毛が、ゆらゆらと揺れている。
 そういえば今日の幻獣討伐は王都近くの森と聞いていた。目の前の彼も同行したのだろう。察するところ帰ってきて早々、武器の手入れもせずにロノウェの自室まで走ってきたといったところか。まるで犬だ。ずいぶんと落ち着きのない犬だな。
 いまいち言われたことの意図が読めずに思考がばらけていたロノウェは、こめかみの辺りを軽く揉んでから、さてこの来客者は何を求めているのか、軽く質問を投げかけてみることにした。

「俺と同じ髪型にしたいのか?」
「はい!俺もオールバックにしてみたいんです」

 なぜ?
 とっさに浮かんだ疑問と共に、問いかけの内容が悪かったと思い至る。
 少し言葉が足りていなかったようだ。

「そうだな、それは分かった。オールバックにしたい理由を教えてくれ」
「えっ
「えっ?」

 口ごもったプルソンに、戸惑うロノウェ。そんなにおかしなことを聞いただろうか。むしろ聞くべきではなかったのだろうか?心なしか半歩ほど距離ができたように思えてしまい、いよいよ困惑が色濃くなっていく。
 プルソン?どうしたんだ?半歩ほど乗り出したロノウェを前に、目を見開いたプルソンは、観念したのか、口元にあたっているマフラーをぎゅうと握りしめながら、こう言った。

「か、っこいい、かなって

 沈黙が二人の間に横たわる。
 こ、ここまで言い出すのに勇気がいる言葉なのか、それ。ロノウェの正直な感想だった。しかし、同じ男として、たしかに言い出しにくくなる内容とも理解できる。二歳違いとは言え、ほぼ同年代相手に面と向かって「かっこいい」だなんて。あまつさえ自分も同じように、なりたいだなんて。
 言う方も、言われる方も、ひどくこっぱずかしくなるやりとりに違いない。二人とも頬がほんのりと紅潮してしまっていた。

 先に口火を切ったのはロノウェだった。

「それなら、厨房から水をもらってきてくれ。ちょうど部屋にあったのを切らしてしまったからさ」
「水、ですか?」

 指さした室内の丸机に注ぎ口つきの陶器が置いてある。倉庫番のフォカロルから各自に支給されたものだ。プルソンの部屋にもある。用途が同じなら、使い道は浴槽のお湯入れ容器ぐらいと思い至るだろう。暫くしてから行き着いたのか「あれ」と声があがる。

「この時間からお風呂に入るんですか」
「いや。頭を軽く湿らせるだけで良いんだ。キミ、だいぶ汗をかいてるだろう。そのままだとうまく撫でつけられないからね」
「へぇ」
「俺が使っている整髪料でよければ、ここで整えてあげるよ」

 今度は「うぇっ」と声に出た。鳩が豆鉄砲を食ったような表情のプルソンに、次はなんだ、どうしたんだとロノウェが会話をつなげた。どうもプルソンが訪ねてきてから物事がうまく進まない。一度言葉を交わすたびに、お互いの認識が合致しているか、いちいち確認している気がする。討伐任務に組み込まれていなかったはずのロノウェは、今になって疲労を覚え始めていた。
 プルソンの言い分はこの通り。

「今ここで同じ髪型にするんですか!?」

 予想外に至極真っ当な叫びだった。あぁ確かにそうだ。言い換えればこの場でお揃いだ。気恥ずかしさの頂点はおそらくここだろう。
 しかしロノウェは無情にもプルソンの訴えを退け、厨房まで使い走りに出した。理由はシンプル。さっさと終わらせて手入れの続きがしたかったのである。


 軽く椅子に座らせてから、プルソンのトレードマークといえる緑色のマフラーを取り外し、かわりに使い古しのケープをかけてやる。ふと毛先からぽたぽたと垂れる雫が、淡い茶色の布地にいくつも染み込んでいる様子が目に入った。うまく拭けていないのだ。仕方のないやつめ、と頭に乗せていたタオルに手を置いて、わしゃくしゃ水気を取ってやると気の抜けた悲鳴から一転、抗議の声があがった。

「いきなりなんですかウワッ」
「ちゃんと拭かなかっただろう。放っておくと肩周りまで冷えてしまうぞ」
「それぐらい自分で出来ウワッもう!」
「これでよし」
「俺は犬か何かですか……

 まさに犬のようだと思いながら部屋に入れた経緯があるのだが、本人に明かすことでもない、と判断したロノウェはプルソンのぼやきを無視した。
 愛用している櫛と整髪料入りの缶、それからプルソンに持ってこさせた水を移し替えた木製の桶、それぞれを丸机に並べた。手に取った櫛に髪の毛がいくつか挟まっていたので全て取り外し、ゴミ箱に捨てる。さっと検分したところ目立った汚れは見当たらない。それでも水につけ、あるかどうかわからない汚れを洗い落とす。要は気持ちの問題だ。軽く水気を振ってから、先ほどプルソンをもみくちゃにしたタオルの乾いた部分で拭う。さてと。

「オールバックか……
「どうかしました?」

 部屋を訪ねてきたときより随分と湿っぽくなった頭を見下ろす。人より癖のつきやすい髪質と自覚しているロノウェからすれば、ハネた毛先が一つも見当たらないプルソンの真っすぐな髪質は、未知そのものだった。かつて野営で寝起きしていたとき、どんなに寝癖がついても手櫛一つで整えていた姿を何度か見たことがある。クリームで固めなければとんでもない方向に飛び跳ねるロノウェとは大違いだ。だからこそ、さらりとした前髪をどう流せばいいものか、いまいちイメージが湧いてこない。
 そもそもの話。プルソンの髪型はオールバックに向いていないのだ。

「向いてないんですか、俺」
「やってはみるけどね。ほら、キミの前髪は横も長いだろう?俺みたいに短くしていないから同じ髪型にするのは難しいと思う」
「むむ……

 こめかみを指さすロノウェの人差し指をちらりと見てから、前髪を弄りだしたプルソンの横顔には、どこか不満が滲んでいるようだった。
 乾く前に後ろに流すよ、と声をかける。行儀よく両手を膝に置いたプルソンの前髪に櫛を通してから、ロノウェは眉をひそめた。どうしても左耳から余った毛束がこぼれてしまうのだ。ここだけは念入りに固めないとうまく形になりそうにない。

「ロノウェさんが使ってる整髪料って、どこで買ったものなんですか?」

 何度も左耳近くに櫛を通していると、くすぐったそうに肩を震わせていたプルソンが話しかけてきた。予想していた不満の声ではなかったことにロノウェは拍子抜けする。彼のことだから、終わるまでは不満を引きずりそうなものだが、さっさと切り替えたようだ。

「俺の?そうだな、買った場所は王都の市場だったけど、町ならどこでも売っているヤツだよ。たぶんアジトに来るキャラバンでも手に入る」
「じゃあ他の人も使っているんですかね」
「そうじゃないかな。ラウムは確実に使っているだろうし」
「グラシャラボラスさんは沢山使いそうですね」
「きっと俺の何倍も必要だろうな」

 ある程度撫で付けたところで整髪料の蓋を捻って開ける。使い始めに比べて、だいぶ目減りしていた。切れてからでは不便だろうから、明日にでも王都に出向いて調達した方がいいだろう。指ですくうと、ほのかに古代蜂の蜜の匂いがする。そういえば。時折ソロモンが拾ってくる蜜蝋をうまく加工すれば市場より安く手に入るだろうか。いや、そもそもアジトの共有物として倉庫に持ち込まれてしまうから、私用に回すのは身勝手極まりないことだ。いけないいけない、とロノウェは己のうちに浮かんだ提案を却下した。

「それ、ソロモンさんが拾ってくる素材で作れそうですね」
……おまえなぁ」

 偶然にもプルソンから全く同じ提案が上がったとき、心なしか後ろめたい思いがあったので、普段より控えめに諌めてしまった。

 自分の髪をセットするよりもだいぶ時間がかかったが、無事プルソンの前髪は後ろに流され、整髪料で固められた。しかしながら、予想通りというべきか。左の前髪を他よりきつめに固めたため、毛束が盛り上がり不恰好な装いになってしまっている。手鏡を渡され、確認するプルソンの表情も納得がいっていない様子だ。もちろんロノウェも同じく腕を組み、どうしたものかと唸る。

「かっこわるいですね……
「かっこよくはないな……

 己の不器用な手つきにも問題があったとロノウェは考えていたが、それよりも普段のプルソンとあまりにも違いすぎて、そう、違和感があったのだ。たとえ理髪師がよほど上手く整えたとしても、目の前の少年らしい装いになったかといえば、上手く想像できない。あの下ろした前髪に慣れていたのはもちろん「彼はそうあるべきだ」と確信すらしていたからだ。こうして髪型を変えてみて、初めて宿った確信だった。
 なので、鏡と睨めっこしていたプルソンに対する、ロノウェのフォローはこうだった。

「前の髪型がキミに似合っていたんだよ。かっこいいかは別としても、キミらしさは大事だ。俺は良いと思うぞ」

 そして根が正直だったので。常日頃の感想が、ぽろりと、口に出てしまった。

 翌朝、食堂に顔を出したプルソンの髪は、ガミジンもびっくりするほど短く刈り込まれていた。


+++
 一部から「プルソンイメチェン事件」と題された騒動はしばらく続いた。同年代のシャックスやモラクスは、よく顔を合わせていたからか、誰よりも早くプルソンの変化に気づき、直接理由を聞く余裕があった。はじめは聞く側も騒いでいたが「こっちの方がかっこいいと思って」と笑うプルソンの様子から、まるでイガグリのようだと冗談を言えるまでには落ち着けた。問題はホールでたむろっていた他のメンバーだった。

「なにそれどうしたの!?」と悲鳴をあげたのはゼパル。「誰に襲われたの!?」と血相を変えて詰め寄ってきたのはストラス。「やだぁ失恋?サーヤが相談に乗ったのに」と同情したのはサキュバス。「うわっどうしたインプにやられちまったか?」とどこか面白がっている様子で聞いてきたのはフォラス。フラウロスお前か?ちげーよ知るかよガキの頭なんざ興味ねぇちょっとフラウロスいくらなんでもヒドイんじゃない!?だから知らねえって!おやまぁこらひどいわーかいらしい髪が台無しやなガミジンよりトゲトゲやんわざわざ俺を引き合いに出すんじゃねぇよ、と。
 大勢に取り囲まれてああだこうだ言われた哀れプルソンは、いかにも頭が真っ白ですとばかりに立ち尽くし、余計に周りの不安を煽ってしまっていた。沈黙は金。じゃぶじゃぶと注ぎ込まれた無言のアピールは人の想像力を膨らませる燃料になりがちだ。そして大抵よくない方向に広がっていくものである。
 幸い、ソロモンを起こしに行っていたモラクスが事の騒ぎに気づいたため、拙い説明ながらなんとか場を鎮めてくれた。同行していたソロモンからも説明を求められたが、何が悲しくて大勢の前で「かっこいいと思ったから」なんて理由を披露しなければならなかったのか。マフラーが穴だったなら、すっぽり入ってしまいたい。そんないたたまれなさに耳まで真っ赤にしたプルソンは、休憩もそこそこ、不躾な視線を浴びせられながらホールから出て行ってしまった。

 それから二週間経ったが、プルソンの髪は変わらずガミジンよりトゲトゲのイガグリだった。全く伸びないので、おそらく自分で切っているのだろう。
 今なら前髪だけ伸ばせばオールバックも楽に出来るだろうに。ロノウェがプルソンイメチェン事件について人伝で知ってから、実際に会うまで数日かかったが、そのときも「ロノウェさんにまで言わなきゃならないんですか……」と泣き言をこぼしながらも、かっこいいと思ったからだ、と理由は変わらなかった。あれからロノウェの部屋にプルソンが訪ねてきたことは一度もない。


+++
「なんだ、おまえがキッカケだったのか」

 ボリッジを飲み込んだレラジェの一言が、ロノウェの動きを止めた。朝食の一席での出来事だった。ブエルとアムドゥスキアスが用意した大鍋からよそったボリッジに、食卓に置かれたドライフルーツと薄切りリンゴで各自好きなように盛り付ける。他の食事当番でもよく見られる定番メニューだ。
 今日はレイガンベレット討伐任務のため、普段は山で過ごしているレラジェが呼ばれていた。しばらく見ないうちに生傷があちこちに増えたようで、本人いわく、髪がだいぶ伸びているとゼパルから指摘されたので、このあと整える予定だそうだ。ロノウェには違いがよくわからない、が。やはり耳に入っていたのだろう。レラジェがボリッジ入りの皿を持って席に着いたとき、真っ先に聞かれたのが今アジトで話題のプルソンについてだった。予想できた流れだ。それでも面食らったのがロノウェである。

「俺がキッカケって」
「だってそうだろ。ロノウェが髪をいじった次の日に、トゲトゲ頭になったんだからさ。何か思うところがあったんじゃない?」
「思うところと言われてもな……全く心当たりがない」
「プルソン本人じゃないからな」
「それは、そうだけど」

 まるで言外に責められているようで、スプーンの持ち手を何度か指で擦り合わせてしまう。それと言うのも、ちょっとした後ろめたさがロノウェの中にあったからだ。
 レラジェの言う通り、タイミングが良くなかった。プルソンは決してあの部屋での一件を口に出さなかったが、かと言って真意をありのままに語っているようにと見えなかったのだ。ただ、かっこいいから。それだけでガミジンどころかサレオス一歩手前まで髪を切るか?あれだけ綺麗に伸ばしていたのに。
 そんな疑念が頭から離れなかったから、たった今レラジェに指摘されるまで、誰にも打ち明けることもなかった。ここに来たばかりのレラジェはもちろん、隣に座っていたフェニックスまで、初耳だ、とこちらの話に興味を示している。言うつもりはなかった。しかしレラジェの率直すぎる矢のような物言いに、つい、口を滑らせたのは、もう起こってしまったことだ。もはやロノウェに逃げ道はない。レラジェの追求は続く。

「でも、なんだって同じ髪型がよかったんだろうね。そこは聞いてないの?」
………
「なに?」
「いや、その……かっこよかったから、って……
「結局それかぁ。ていうか、そんなに照れることか?なんでロノウェが赤くなっているんだよ」

 今、プルソンの気持ちが、あのときよりずっと真摯に分かった気がする。顔から火が噴き出るかのごとく、耐え難い気恥ずかしさが思考を鈍らせる。ついに食べることを諦めてボリッジをかき混ぜ始めたロノウェの横で、今まで考え込んでいたフェニックスの口が開いた。

「プルソンはあなたの髪型を真似したかったのですよね」
「あ、あぁ。そうだと言っていた」
「ならば何故、前髪まで短く切ってしまったのでしょうか。あれでは後ろに流せない」
「それが、俺にも分からなくてさ。切るとしてもこめかみあたりを短くすればよかったのに……そもそも。いつもの髪型の方が似合っていたから、どうして変えたいのかも、よく分からないんだ」

 場に沈黙が横たわる。フェニックスは再び考え込み、レラジェは何も分からない以上、話に加わっても無駄と悟ったのか、大皿から干しイチゴをつまみあげた。いつも頭に乗せているカメレオンのピーターに餌付けしている。軽く振って、まるで生きているかのように、こうやらないと食べ物と認識しないんだ、と語っていたのが記憶に新しい。そうして話題を見失ったロノウェは、レラジェから突きつけられた指摘を頭の中でぐるぐるかき回す羽目になった。俺が、キッカケ。俺が彼を、変えてしまったのか。何かしてしまったのか、それとも言ってしまったのか。

「ロノウェ、それ食べないのか?」

 レラジェの呼びかけからハッと我にかえる。皿の中に渦巻くボリッジは生温く冷めてしまっていた。いや、食べるよ。急いで口に運ぶ。他の二人はとうに食べ終えて、いつ席を立っても問題ない様子だった。「食べながらでいいんだけどさ」レラジェが続ける。

「さっき言ったこと、あんまり気にするなよ。プルソンにしか分からないんだから、おまえが気に病むことじゃない」

 それじゃ私はこれで。皿を下げに行った後ろ姿を見送り、食卓に残された者は二人になった。ボリッジはだいぶ減っていたが、完食まであと数分はかかるだろう。隣のフェニックスがふぅと息を吐く。まだ自分に用事があったのだろうか、と視線をやると思わず目が合った。彼もこちらを見ていたのだ。

「すまない、何か待たせていただろうか」
「まさか。少し思うところがあって……いや、彼女の言うとおりですね。私たちがこうして考えたところで答えは出ない。そっとしておくべきでしょう」

 食器をまとめて立ち上がったフェニックスを視線で追う。先ほど声をかけたとき、何か言いたそうな表情を見せていたのが、どうも気になっていたのだ。そこには確かに、具体的な内容はさっぱりわからないが、ロノウェへの非難が滲んでいた。どうしたものか少し迷ってから、ええいままよ、と言いなおす。

「俺に何か言いたいことがあるんじゃないか?」
………差し出がましいことなのですが」
「構わない」

顎をゆるやかに擦ったフェニックスは、躊躇いながらも口を開いた。

「プルソンが、あなたと同じようになりたいと言っていたなら。元の装いの方が良いと、答えてよかったのか疑問に思いました。彼はあなたに憧れていたのかもしれない」

 私にも似たような経験があったので。フェニックスの指摘に虚をつかれたロノウェだったが、かろうじて「憧れたことが?」と声に出せたので、不自然に会話を途切れさせずに済んだ。いいえ。隣に立つ青年の眉尻が僅かに下がる。彼にとって大切な思い出をすこしだけ紐解くような、そんな表情だった。

「逆に、元のままで良い、と言ったら泣かれてしまいましてね。幼な子の言い分でしたが、憧れた相手に否定されると、どんな内容でも悲しいようです」

 では、とフェニックスは去っていった。しばらく固まっていたロノウェは、緩慢な動作で、ひとさじ掬ったボリッジを口に含む。いやいや。ちょっと待て。あいつはもう十六歳じゃないのか。もしそんな理由でツンツントゲトゲのハリ頭になったとしたら、まるで。
 拗ねているみたいじゃないか。
 食道から胃の腑に落ちたあとに芽生えたのは、仄かな憤りだった。


+++
 朝食を片付けたロノウェは、まずブネにプルソンの部屋の場所を聞きに行った。レイガンベレット討伐後は小休憩のちメギドの塔へ探索に向かう手筈となっている。アジト常在組は全員参加だ。つまり、ほぼ確実にプルソンと顔を合わせるなら、あと数時間ほど待たなければならない。しかし今のロノウェには、すぐにでも彼に会って言いたいことがあった。個人的な事情で、会わなければならなかったのだ。
 ロノウェのただならぬ様子が滲み出していたのか、何があったのか知らんが程々にしておけよ、と呆れ顔のブネに窘められながらも、部屋の場所を聞き出せた。ロノウェの自室に比べるとそう遠くない位置にあるようだ。おそらくロノウェと同じように、ポータルの見張り役に都合の良い部屋を選んだからだろう。あのあたりは人の出入りが多い。静けさを好むかどうかに関わらず、ほとんどのメギドには避けられる場所だ。
 果たしてそこにプルソンはいた。あの嫌でも目立つハリネズミ頭が目に入るや否や、声をかけようとしたロノウェの唇は、より意志の強い一声で強張った。先客がいるようだ。

「謝らなければわたくしの気が済まないのです!どうか受け取ってくださいまし!」

 こちらに背を向けたプルソンの身体に隠れていたが、気品を持って広がる青い髪と衣服から見るに、相手はおそらくヴィネだろう。その声色は耳にしてすぐのロノウェでさえ察せられるほど、頑として譲らない強い意志が込められていた。
 ここは出直した方が良いだろう。どこか出鼻をくじかれたような思いで、その場を後にしようとしたロノウェの背中に二人のやりとりが飛んでくる。

「だから気にしてないんですって……
「ならばどうして、その髪型にしたのでしょうか!」

 それも、まさに言ってやりたいことがあった内容そのもので。おもわず足が止まった。

「あなたさまは立派な戦士です。それを姫君のようだと貶めたのは、わたくしの咎なのに……あまつさえ髪までお切りになられて……
「う、うーん。本当に気にすることじゃないんですよ。ただ、その……何て言えばいいのかな」
「言葉にもならないのですか……そんな……!」
「どんどん悪い方に考えてません!?」

 色々と気になるフレーズ込みの会話だったが、これ以上放っておいても事態は好転しそうにない。門外漢のロノウェでもわかる。つまるところ、二人はどうしようもないほど噛み合っていないのだ。一度離れた方がお互いのために違いない。そう結論づけたロノウェは、こほんと聞こえるように咳をした。
 ばっと身を翻したプルソンから「うげっ」とマフラーを牛に食まれたときのような呻き声が飛び出した。常々感じてはいたが。キミ、いくら同年代相手だとしても失礼にも程がないか?

「取り込み中すまない。次の探索に備えて、彼と話がしたいんだ。また別の機会にしてくれないだろうか」

 口元に手を当てて固まっていたヴィネに呼びかけると、弾かれたように少しだけ肩が震えた。ようやく場の状況が把握出来たらしい。外にまでやりとりが響いているとは思ってもいなかったようだが、そもそもここはポータル近くの部屋だ。ロノウェが気づかなくとも、そう経たないうちに討伐帰りのソロモンが事態に気づき、介入していただろう。
 普段のヴィネならば、もう少し落ち着ける場所で話を切り出しそうなものだが、よほどプルソンについて気が急いていたのだろうか。いや。言い直すなら、あの無残に切りそろえられてしまった髪の毛に注意が向いていた。かくいうロノウェも同様で、むしろアジト全体が気もそぞろになっているように思える。
 みんな気にしているのだ。どうしてプルソンが、髪を切ったのか。
 あとで話しに向かわせるから、と約束してようやく納得がいった様子のヴィネは、彼女が治める国を思わせる優雅な一礼をとってから、その場を去った。彼女の気配が無くなったと同時に、心底参った風の表情を見せたプルソンが頭を掻きむしる。普段よりだいぶ色濃く疲れが滲んでいた。

「もうみんなしてなんなんですか……たかが髪を切っただけなのに。まるで悪いことをしたみたいだ」
「ヴィネと何かあったのか」
「あー……そこ、聞きます?そっとしておいてほしいんですけど」
「それなら一言だけ。言いたいことがある」
「うう、容赦がない。一言だけですよ?俺、この髪型にしてから一生分言われたような気がしますから」

 胃の腑に落ちた仄かな憤りを、理性でまとめて、形にする。あのとき、あの部屋で、プルソンに投げかけた言葉はまったくもって適当じゃなかった。まだ少年の域にいる相手にひどいことを言ってしまった。憤りは、ロノウェ自身に向けられていた。

「あのとき言ったことは撤回する。キミは元からかっこいいよ、プルソン」
「へぁ」
「それだけ言いたかったんだ。それじゃ」
「いっ、いやいやいやなんの話ですか!?説明!説明お願いします!!」
「一言だけと言ったじゃないか」
「律儀ですかッ!!」

 先ほどのヴィネのように、むしろより切羽詰まって迫るプルソンを宥めていたロノウェは、当然のように討伐帰りのソロモンたちに見つかった。そこからレラジェに呆れられたり、フォラスにからかわれたり、しまいにはガープから「あまり騒ぎすぎるな」と軽く釘を刺されたりと散々だったが、不意にソロモンが笑い出した。一同の視線が揃って集中する。

「ここのところ、お互い避けているように見えたから心配してたんだ。仲直りできたなら安心したよ」

 見ている人はよく見ているのである。
 それから暫く経ったが、プルソンが髪を切った様子はない。いずれ元の髪型に戻るだろう。そのときオールバックに挑戦するかどうかは、本人の気持ち次第だ。


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