神造魔人アオガミ少年型モデルごたごた話
もちもちしています
@fengli25
「少年、見ての通りだ。君には迷惑をかける」
アオガミが小さくなった。ダアトから帰還して一時間、合一の都度行われている簡易メンテナンスがようやく終わったので、さあ寮に帰ろうとした矢先の出来事だった。
今まで見上げてきたはずの顔が自分より低い位置にある。同じ男として羨ましくなるぐらいの恵まれた体躯が自分よりも、細くはない、わりとしっかりはしているが子どもの範囲内にまで収まっている。青く逆立った髪、魔を思わせる金の瞳、顎から下まで全身を覆う白い機体、ほぼアオガミの生き写しだというのに、見た目はどう見繕っても中学生がせいぜいといったところだろう。
申し訳なさそうに、こちらを見つめてくるアオガミそっくりな子どもを前に、少年は何をどう答えたらいいのか分からず、その場で固まった。表情筋まで子どもになってしまっているのか、アオガミの顔つきに下がり眉、心許なさをこれでもかと見せてくる。
悪夢だ。自分より幼い神造魔人なんて、夜魔が見せてくるどんな悪夢よりもタチが悪い。悪趣味すぎる。夢ならとっとと覚めてほしい。ただでさえ同級生の死、友人の離反、東京消失、至高天の探索、おまけに創世と抱えこんでいた少年に神造魔人の子どもまで追加する余裕などかけらもなかった。
詳しい事情は本人から聞いてね、と残してそそくさと去っていった研究員を呼び止めておけば、もう少し落ち着いて異常事態に向き合えたのかもしれない。今更すぎる後悔に襲われるが後の祭り、ほかに説明してくれそうな研究員は見当たらない。そもそも人の影すらない。遠くから慌ただしい足音や話し声が聞こえてくるので何かあったのだろう、までは部外者でも察せられるが、まさに目の前で大変なことが起きている少年にしてみれば、よその騒動に構っている余裕などなかった。自分一人で、どうにかしなければならない。
意を決して話しかける。ええと、アオガミ、くん? 普段通りで構わない、と返された。聞き違いではない、見た目同様に声まで子どものそれだ、声変わり直前の絶妙に高いあれだ。改めて頭を抱える。変わり果てた相棒を前にあれこれ混乱している少年を気遣ってか、普段よりゆっくりと、言って聞かせるような早さでアオガミは話し始めた。
「施設職員より、リラクゼーションルームでの待機を命じられている。この場からの移動を推奨」
「えっ、帰れないの」
「その通りだ、少年。歯がゆいことに、現時点では合一したところで、施設外でも君を守れるとは断言できない。通常時と比べ、装甲密度の低下率、八割を突破」
「八割」
「言い換えれば……先ほど退出した職員からの受け売りになるが、いつもより、もちもちだ」
「もちもち」
もちもち。耳慣れない表現を繰り返す少年に、アオガミから握手を促される。考えるより触ってみた方が理解しやすい。そう判断したのだろう。おそるおそる握り返した途端、指先から脳天まで衝撃が走った。もちもちだ。
かつてダアトに迷いこんだあのとき、ダイモーンの群れを背に差し出された手を握った感触とは大違いの、もちもち肌。
スーパーマーケット入口のガシャポンに時々入荷される握って遊べるキーホルダーの三倍は柔らかい、もちもち感。
なんだこれ。思わず腕まで握ってしまう。予想に違わずもちもちしていた。なんだこれ!!
「アオガミ大福……」
「少年、神造魔人の食用は推奨できない」
結果的に少年の消し飛びかけていた余裕はかろうじてその場に残った。もちもち大明神様々である。
+++
アオガミのもちもちボディの感触が忘れられなかった少年は、リラクゼーションルームに辿り着いた後も、隣に座り、手を握り、もちもちするほどにハマってしまっていた。癒しはここにあった、とのちに語る。
常のアオガミであれば機体の構造上、椅子には座れない。その場に立つか、膝をつくか、もしくは寝転ぶか以外に取れる姿勢はなかったのだが、今のアオガミはもちもちだ。燕尾状の機体部分も例外なくもちもちで、椅子に合わせて形状を変えられるためか、着席時の邪魔にならないようだった。
二人は出会ってから初めて、横に並んで座れるようになった。リラクゼーションルームに設置されたふかふかのソファに身を委ねて、ひたすらもちもち手を握る学生服の少年と、されるがままのアオガミの見た目をした子ども。異様な組み合わせだった。見る人によっては、仲の良い友人同士の触れ合いとも取れたかもしれない。
「………これだけ握り倒してなんだけど、何があった?」
事の次第を掴もうと少年が思い立った頃には、ゆうに二十分は経っていた。
「先ほどのメンテナンス時、神造魔人アオガミに異常が発生した。現在、越水長官主導による鎮圧作戦が実行されている」
「んん?」
アオガミに異常? 鎮圧作戦? 思ってもみなかった単語を前に、手のひらをかざしストップをかけた。律儀に応じたアオガミは口を閉ざし、じっと相手の出方を伺う。この反応、アオガミそのものだ。見た目は子どもでも少年の知っているアオガミに相違ない。
なので、抱いた疑問も当然アオガミに関するものだった。
「目の前にいる、えーと、アンタの鎮圧作戦ってこと?」
「その認識で間違いない」
「暴れていないじゃないか」
「その認識は半ば合っている。この場にいる私は、現時点で異常行動をとっている神造魔人アオガミの分霊、スペアボディと言えば伝わるだろうか」
メンテナンス時に発覚した異常だった、と自らを分霊と名乗ったアオガミは語る。
調整槽に沈められた神造魔人アオガミから突如として放出された大量の呪により、観測器、制御装置ともに機能停止。電力供給路遮断。かろうじて残存していた神域結界により外部への流出阻止には成功したが、対応にあたった職員数名が負傷または意識喪失のため脱出不能。また職員一名の働きにより室内に倒れていた神造魔人アオガミの分霊を確保。異常発生から七分後、越水長官指揮のもと職員救出及び神造魔人鎮圧作戦発令。該当区域内職員の救出任務完了。なお作戦実行中。
理解が追いつかない。
少年の正直な感想だった。再度アオガミに同じ内容を繰り返してもらい、分からない部分があればその都度解説を要求し、全容を理解できるようになってから、ようやく事の深刻さを実感した。
メンテナンス中のアオガミが撒き散らした呪いで職員に被害が出た上に、数名が室内に取り残されてしまった。救出作戦は成功したもののアオガミそのものは未だ鎮圧できていない。まさに非常事態だ。今の今までリラクゼーションルームでのほほんもちもちしていた自分達に疑問を持つ程度には、非常事態だった。少年から疑問を切り出す。
「アオガミが暴れているんだったら、俺がそばにいないとまずいんじゃ」
「いや……少年。確かに君の言う通り、異常行動が見られるアオガミと合一すれば、知恵側で制御できる可能性はある。だが、あくまで可能性だ。不確かな予測のために君を危険に晒すことはできない」
「だから二人揃って、ここで待機しろと」
アオガミの首肯を受け取り、ため息なのか呻き声なのか判断つかない音を上げた少年は、革靴を脱ぎ捨て、ソファの背もたれへとのしかかった。
この分だとしばらくどころか日付が変わっても帰れそうにない。何しろ相手はあのアオガミだ。自分がここにいる以上、ナホビノほどの脅威ではないにしても、事あるごとに人材不足を嘆いている旧日本支部で対処できるとはとても思えないし、他国旧支部は至高天への道のり探索競争で敵対しているため救援も望めない。
悪魔召喚で対抗できたかもしれない太宰は万魔会談から一度も研究所に顔を出していない、そして敦田は……。
「越水長官と敦田が合一すれば勝てるだろ。ちょっと複雑だけど」
「………いや」
何事か考えこむアオガミに既視感を抱く。先ほど「自分がそばにいなくていいのか」と訊ねたときも、こうして間を置いてから話し始めていた。まるで何かを確認するかのように。
アオガミは続ける。現時点では、二人の距離が離れているため合一においては実行不能。異常発生中の部屋は封鎖され、たとえ悪魔召喚プログラム保持者でも内部への侵入は許可されない。唯一、封鎖前に室内へと潜入し、異常行動を続けているアオガミと対峙する職員は。
「越水ハヤオ、他に該当者はいない」
「それって」
かなりまずい状況じゃないか?
あまりにも越水側に不利な条件だ。何故アオガミが暴走したのかまでは分からないが、聞けば聞くほど、今日こそが旧日本支部最後の日になる、そんな現実味が増していく。
合一も悪魔召喚も使えない現状、対抗手段があるとすれば、ここにいるナホビノの生命と知恵だ。いくら弱体化しているとはいえど他に手がなければ活用すべきではないのか? 少年は、にわかに焦り始めていた。助けられなかった命が脳裏をよぎる。また余裕が削れていく。
とっさに、今まで自由にさせておいた、もちもちハンドを手に取った。子どもの小さな手を両手で包み、合一を持ちかけようとしたところで、ふと。気づいてしまった。
国津罪ノ穢レ、ムドオン、呪殺プレロマ、毒の使い手、コロシの愉悦、呪いの大還元。今まで覚えてきた技能の数々が掌を通して伝わってくる。現状と非常に覚えのある組み合わせに、もしや、と固まった少年に対し、アオガミは情け容赦なかった。
「暴走するアオガミも同様のスキル・耐性を持つと推測。たとえ私と合一しても呪殺耐性を得ている以上、装甲密度の低下による影響が強大と判断。戦闘は推奨できない」
「あ、はい……そうですね……」
「少年? どうかしただろうか」
その暴走、自分のせいかもしれない。
忍び寄ってきた予感を振り払うように首を横に振る。ますます自分でケリをつけなければ、のちにとんでもないお説教が落とされる予感がしてならない。そもそも被害が出ている時点で手遅れのような気もする。八方塞がりだ。どうしよう。
動揺のあまり握っていた指をもちもちしていることに気づかないでいる少年を前に、アオガミはその手ごと持ち上げ、お返しとばかりに相手の頰を包みこんだ。もちもちに挟まれ状況把握が遅れているその額に、己の額を合わせる。
「大丈夫だ、少年」
突如として視界へと映し出されたのは、荒れ果てた部屋の惨状だった。壁から床まで至るところに亀裂が入り、隙間から粘り気のある黒紫の液体が漏れ出している。あの色には見覚えがある。国津罪ノ穢レをぶつけてやるときに掌で集めてぎゅっと握りつぶすときの、禍々しい呪の色だ。
瓦礫やヒビが散見される中、中央にある仰々しい装置と小難しい紋様のびっしり描かれている三本の旗は無傷に見えるのが、あからさまに異様だ。また視界が動く。景色が縦に、横にとブレる様子は、辺りを見回しているような錯覚を与えてくる。誰かの視点なのだろうか。分霊のアオガミを通して見せてきている映像だとしたら、当事者は、まさか。
大きく景色がブレた。一段と低くなった視界に合わせて、見覚えがありすぎるドス黒い呪が一点へと叩きつけられる。何もない空間だった筈だ。第三者の影も形も見当たらなかったというのに、呪を払いのけた場所に越水長官が立っていた。
(これってアオガミの視界、だよな)
それも戦闘真っ最中の。対峙する敵はどう見ても越水長官だ。本人直々に人間ではない、と説明を受けたが、佇まい諸々成人男性以外のなんでもない越水が悪魔召喚もせずに戦っている姿を改めて見ると、違和感が、すごい。
指を鳴らしただけでランダマイザ重ねがけしてくるわ、ふらつく視界の下からブフバリオンかましてくるわ、何より越水本人は一歩もその場から動いていないのが恐ろしい。元々近接系の技能をほとんど覚えてこなかったこともあるが、遠くから放った呪は叩き落とされ、近づいて潰そうにも氷の壁に阻まれその場から動くことすらできないようだった。遠目で判別しづらいが、おそらくジャケットすら脱いでいない。余裕の表情を浮かべているのだろう。
あれで合一していない個の性能というのだから、つくづく敵に回さなくてよかった、と背筋が冷える。同時に「もしも倒すなら」どの仲魔を連れて行くか、どの写せ身を活用するか考えている自分がいたことも、否定できなかった。
「少年」
子どもの声がすぐそばから聞こえてくる。アオガミの呼びかけだ。あの脳髄まで届くような低音とは違う、自分よりずっと高めの声はどこか嬉しそうに、誇らしげに次の言葉を紡いだ。
「私の兄は強いだろう」
……アオガミはツクヨミから生み出された神造魔人。その真名をスサノオという。少年の知る限り、アオガミからその事実への所感を聞いたことはないし、そも確認しようなど考えもしなかった。
アオガミはアオガミだ。神話に描かれたスサノオとは全く違う。荒ぶる神だとか粗暴だなんて印象を抱いたことは一度もないし、縁のある国津神クシナダヒメを召喚し、しばらくしてから悪魔合体で神のあるべき場所に還した場面でも、何も言われなかった。越水長官の素性を聞いたときも同様で。アオガミは、少年の片割れのままだった。
(悔しい)
ふと浮かんできた感情を少年は一撫でする。
瞳を閉じて、きっと額を合わせながら微笑んでいるだろう子どもにぶつけることなく、そっと沈めた。
+++
もちもちアオガミとのお別れはあっけないものだった。
越水長官により鎮圧された、神造魔人アオガミの緊急メンテナンスは完了し、その際、状態異常リストに混乱と幻惑が認められた。おそらく敵から受けた技に、数時間単位で遅れて効果が発生する厄介極まりない代物があったのだろう。忘れた頃に、というやつだ。
合一解除していたのが幸いだったのか、仲魔から隔離されるメンテナンス時に発生したのが不幸だったのかは判別し難い。そもそも二つの状態異常のみでここまで暴走するとは到底考えられない、というのが研究所職員の総意だったが、他に目ぼしい要因が見たらないため、ひとまず原因究明は保留、あたりに落ち着いたらしい。
覚えてきた取得技能が直接的な原因ではない、と分かった段階で、少年はこっそり胸を撫で下ろしていた。それでも調整室から出てきた、そこはかとなくやつれている越水長官から「呪殺に偏りすぎてはいないか」とちょっとしたお小言をいただいたが、聞き入れる気は毛頭ない。偏りは他の仲魔で補えるし、かっこいいじゃないか、呪殺。たまに即死が入るし。
状態異常を払拭、損傷の酷かった部分は修復され、あとは分霊を返すのみ。アオガミそっくりの子どもは「またあとで」とだけ残して行ってしまった。研究員に手を引かれ、扉の向こうに消えた後ろ姿。小さな背中だった。もう二度と会うことはないだろう。
少年は扉のすぐ横で座りながら待っていた。足を三角に抱えこんで、通行人の邪魔にならないように。
しばらくは越水長官がそばにいた。職員に付き添われた敦田が来てからは、何か話しこんだり、しばらく黙ったり、また話したりと聞こえてきたが、まもなくどこかへ去っていった。何人もの職員が通り過ぎていく音を聞いた。それから越水長官が再度戻ってきた頃に、扉が開いた。
見慣れた長身を目にした途端、即座に立ち上がった少年は、誰かが口を開くより早くアオガミの手を取る。
ごつごつしている。それでいて滑らかで、体温はそこまで高くない、大人の手だ。もちもちには程遠い。少年は両手で包みこむようにぎゅっと握ってから、相手と目を合わせた。
「元に戻れてよかったよ、アオガミ」
アオガミは応える。
「迷惑をかけた。これからも君のために力を尽くすと、改めて誓おう。少年」
少年はひとまず満足する。答えとしては、百歩譲って次第点だ。