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愛しているのに遠い距離

全体公開 ダンユウ作品 20 17920文字
2022-06-29 17:19:57

ダンユウWebオンリーイベント 壇上遊戯 展示作品

バトルに負けてチャンピオンじゃなくなったユウリちゃんは、リーグ委員長として忙しいダンデさんともすれ違い、自信を無くしてガラルから逃げ出してしまう。ユウリちゃんがいなくなって初めて間違いに気づいたダンデさんが、ユウリちゃんと仲直りするお話。

「ダンデさん、好きです。……ずっとずっと、好きでした」
 そう告げて、私は勢いよく頭を下げた。
 言った。言ってしまった。私は公園の石畳を見つめながら、祈るような気持ちでダンデさんの返事を待った。

 本当は言うつもりのなかったこの気持ち。
 けれども今日は、ダンデさんと一緒にパーティに出席するという大仕事を終えて、気が大きくなっていた。
 奇しくも空には満天の星。一緒に歩くダンデさんのスキル「方向音痴」で迷い込んだ公園には誰もいなくて。
 そんな絶好のシチュエーションで、「今日のキミは格別に綺麗だったぜ」なんて褒められたら、舞い上がるに決まってる。ずっと秘めていた気持ちを告白しない人なんていないと思う。

 たぶんほんのちょっとの、でも無限に思えた沈黙の後で、「オレも好きだぜ」という言葉が聞こえた。
「え……
 かけられた言葉が信じられなくて、ぽかんと口を開けてダンデさんを見上げる。彼はにっこり笑って言い直してくれた。
「オレも好きだぜ。ユウリくんのこと」
 その爽やかな裏のない笑顔。嬉しさで、私の中の時が止まった。
 まさかOKしてもらえるなんて、夢にも思っていなかった。
 だって相手はバトルタワーのオーナー兼リーグ委員長の肩書を持つ、ガラルの誇り、ダンデさん。一方の私はバトルしか脳のない脳筋チャンピオン。まだ13歳のちんちくりん。
 今日のパーティもどれだけ失敗をやらかして、ダンデさんに助けられたことか。
 でもそんな塞ぎ込んだ気持ちも、全部吹き飛んでしまった。
 嬉しくて嬉しくて、頭の中が薔薇色に染まる。
「それって……恋人になってくれるってことですよね」
「ああ。オレとユウリくんは、今日から恋人だ」
 そう言って差し出された大きな手を私はそっと掴んだ。ダンデさんと手を繋ぎ、私達は夜のシュートシティを歩く。
 憧れの人と恋人になれて私は幸せの絶頂だった。
 好きだと言ってもらえて、ダンデさんに触れながら彼の隣を歩く。
 それだけで満たされた私は、まだまだお子さまだったのかもしれない。


◇◆◇◆◇◆

「ダンデさーん! 来ちゃいました」
「ああ、ユウリ君。よく来たな」
 ダンデさんは忙しい人。だから私の予定は出来る限りダンデさんに合わせるようにしている。
 今日のダンデさんは、予定が変わって夕方から時間が空いたらしい。そんな時、ダンデさんはちゃんと私に声をかけてくれる。
 もちろん、私は全力で時間を作ってダンデさんに会いに行く。今日はマリィと会う予定だったけれど、私はマリィに平謝りしてバトルタワーへ駆けてきた。
「さぁ、ユウリくん。早速だが、バトルをしようか!」
「はい! 望むところです」
 ダンデさんは子供のように目を輝かせて、私をバトルに誘う。私は二つ返事で頷いて、ダンデさんの後についていった。
 無邪気に笑うダンデさんが好き。でもバトルが始まった瞬間に獲物を狙う眼差しになって、私を睨みつけてくるダンデさんも大好き。ダンデさんが私だけに見せてくれる表情に、ぞくぞくして痺れちゃう。
 私とダンデさんのとっても幸せなひととき。
 バトルが終わったら、感想を言いながら夕食を食べる。勝った日はとても美味しい夕食。負けた日は悔しさで味のわからない夕食。
 今日は私が勝ったから、湯気を立てるビーフシチューを美味しくいただく。うん、幸せ。
「今日の流れを決めたのは、キミのマホイップのダイマックスだったな。あそこで、オレのオノノクスが浮足立った。全く、素晴らしい判断だったぜ」
 ダンデさんは勝っても負けても機嫌よく食事をしている。そういうところは、とても大人だと思う。特に今日は接戦だった。もし私が負けていたら、悔しさでビーフシチューも喉を通らなかっただろうね。本当に勝てて良かった。
 ダンデさんはバトルに勝つとその原因を分析する。そして負けても分析をして、次に活かす。本当にバトルに貪欲な人だ。どうして私がこの人に勝てるのか、たまに不思議に思うときがあるくらいだ。
「そうですね。そこでガマゲロゲが出ると厄介ですが……ぎりぎりでマホイップで競り勝てると思ったんです」
 私のつたない意見も、ダンデさんは頷きながら聞いてくれる。対等な一人のトレーナーとして扱ってくれるのだ。
 そんなダンデさんが、私は大好きだった。


 私は子供、ダンデさんは大人。私達はちょっと歪なカップルだ。だから私たちの交際は、みんなには内緒にしていた。
 バレないように、デートにはいかない。お互いの家にもいかない。外ではリーグ委員長とチャンピオンの関係を保つ。それがダンデさんとの約束だった。
 私達が恋人でいられるのはバトルタワーの中でだけ。
 それでもダンデさんの特別になれた気がして、私は十分満足だった。
 
 それから時は流れて、私は17歳になった。


◇◆◇◆◇◆

「あーっ。もう、しぇからしか! あの尻軽男。他の女に色目をつかって!」
「マリィ、どうどう。落ち着いて……
 エールの入ったグラスをどんとテーブルに叩きつけて、マリィは座った眼で吠える。机にこぼれたエールを拭きながら、私は荒ぶるマリィを制した。
 今日は私の家でマリィとパジャマパーティ。目的は、5人目の彼氏と破局寸前のマリィの愚痴を聞くこと。
 ピザを食べ散らかして、エールの瓶を転がして。いい感じに酔っぱらったマリィは楽しそうに管を巻く。
「ユウリはいいよねー。委員長ともう3年でしょ? いいなー。純愛だなー。羨ましかー」
「そうかな。でも、ほらデートにも行けないし」
「デートなんて行くもんじゃなかよ。すぐに『あの人の服セクシーだね』とか、『今の人胸大きいね』とか。他人じゃなくて、私を褒めろっての!」
 私のことにに触れられて、謙遜したつもりだったがまずかったようだ。マリィの怒りが再燃したようで、私はまた零れたエールを拭く羽目になる。
 その隣で、マリィはぱたりと机に倒れ伏した。
「ううう。優しい男はあかん。みんなに平等に優しいけんなー。やっぱり私は一番がいい。私にだけ優しくしてくれる男がいい」
「よしよし。きっと次はいい人が見つかるよ」
「うう。ユウリー」
 今度は不用意なことは言わずに、よしよしとマリィの頭を撫ぜる。マリィは嬉しそうに抱き着いてきて、黒髪のツインテールから、ぷんとアルコールの匂いが香った。
 大分飲んだな、と心配しているうちに、案の定マリィは酔いつぶれて眠ってしまった。
「でも、ちょっとマリィがうらやましいんだよ」
 散らかった紙皿を集めながら、私は眠るマリィにこっそり告白する。
 マリィが語る出来事は、私が経験したことのないことばかりだ。
 外食に行かないから何を食べるかで喧嘩することもないし、いつも同じ服で会うから服装のダメ出しをされることもない。遊園地に行くか映画館に行くかでもめることもないし、他の女の人がダンデさんに話しかけてくるのを見ることもない。
 私はマリィが少し羨ましかった。私もダンデさんと喧嘩をしてみたい。面白くない映画を見て愚痴を言い合いたいし、連れ込まれたカラオケ店でキスもしてみたかった。
「キスか……
 部屋の照明を暗くしながら、私はそっと自分の唇に触れた。
 私はまだダンデさんとキスをしたことがない。もう3年も付き合っているのに、一度もない。
「18歳になったら、してくれるかな……
 私の誕生日まで後2か月。18歳になったらお店でお酒も買えるようになって大人の仲間入りだ。顔を合わせればバトルばかりしている私たちの関係にも変化が訪れるんじゃないか、なんて私は密かに期待していた。
(18歳の誕生日にファーストキスとか、ロマンチックだよね!)
 ついつい口元がにやけるが、私ははっと我に返った。
 私の誕生日は悲しいことにチャンピオンカップの1週間前。一年の集大成のとても大事な時なので、この時期のダンデさんは私に会おうとしないのだ。毎年、私の家にケーキと花束が贈られてくるだけ。
(でも今年はデートに呼ばれるかな? いやいや期待しちゃだめだ。ただでさえ今年は調子が悪いんだもん。チャンピオンカップに集中しなきゃ。……でも18歳っていう節目の歳だしなぁ)
 本当は私が大人になることをダンデさんに祝ってほしい。でも、無理だろうな。
 期待をしたり、落ち込んだり。百面相をしながら悩むうちに、いつの間にか私はマリィの隣で眠ってしまうのだった。


◇◆◇◆◇◆

 そして、ドキドキしながら待った誕生日。やっぱりダンデさんからのお誘いはなかった。
 最悪のことも想定はしていたけれど、実はそれなりに期待もしていた。でも期待は裏切られた。
 泣くほど悲しいわけではないけど、なんだか色んなことがどうでもよくなって、私は淡々と仕事を終えて家に帰った。
 上着を脱いでベッドに飛び込んだタイミングで、玄関のチャイムが鳴る。配達されたのは、小さなイチゴのホールケーキと、グラジオラスの花束。いつもと同じプレゼント。花束に付けられたカードの文面も去年と同じだった。『勝利を、キミに』。いつもは全く気にならないこの文章が、今は酷く悲しかった。
 ホールケーキは小さいながらも一人で食べるにはボリュームがある。これも毎年悩ましい問題。今年はケーキを食べるために、夕ご飯はサラダだけにした。
 静かな家の中で、一人ケーキにフォークを入れる。初めて食べた時は感動した有名パティシエのケーキだけれども、今日はなんにも味がしない。ため息をついて机の上に飾ったグラジオラスに目をやると、その言葉は自然と口をついた。
「ダンデさん。私、勝利よりも愛が欲しいです」
 一瞬視界が滲んだと思ったら、涙が零れ落ちていた。あれ? と思って目を拭うが、涙はちっとも止まってくれない。仕方なく泣きながらケーキを完食して、ようやく私は涙の原因に思い当たった。
「あ、そっか。私、このケーキをダンデさんと食べたかったんだ」
 ずっとずっと自分の気持ちに蓋をして、我慢していたからわからなかった。
「私、寂しかったのか」
 ダンデさんは忙しいから仕方がない。私にはポケモンがいるから大丈夫。そう思っていたけれど、ホントの本当は寂しかった。恋人がいるとは言っても、私はいつも一人だった。
……このままで、いいのかな?」
 そもそもキス一つない私達の関係は、恋人と言えるのだろうか。ふと疑問に思ったけれど、なんだか私の心は投げやりで、どっちでもいい気がした。私がダンデさんの恋人であろうがなかろうが、私の日常は変わらない。結局私は寂しいままなのだ。
(ダンデさんも、どっちでも良かったのかな?)
 そうかもしれない。私とダンデさんの関係は、恋人というよりバトル友達みたいだった。もしかしたら、バトルが出来れば私は恋人ではなくても良かったのかもしれない良かったのかもしれない。
 そう思うと、またほんの少し涙が出た。


◇◆◇◆◇◆
 
 心は晴れず、コンディションもサイアクだが、時間の流れは止まってくれない。

 私はチャンピオンカップの決勝戦を迎えた。
 今までの「何が何でも絶対勝つんだ!」という熱い闘志は湧いてこなかった。自分でも不思議なほどに心は凪いでいて、まるで全てが夢の中のようにぼんやりとしていた。
 しっかりしなきゃ。負けちゃうよ。頭の中の自分は叱咤激励していたけれど、心の中には、負けてもいいんじゃない、って思う自分もいた。

 決勝戦の相手は女の子だった。私と同じくらいか少し年下の、釣り目が印象的な赤毛の美人さん。彼女もキョダイマックスリザードンを愛用していて、きっと最後の戦いはリザードンのミラー対決になるだろう。
(あ、あの子のグローブ、ダンデさんモデルだ)
 そんなどうでもいいことに気づいた時、バトルの開始を知らせる鐘が鳴り響いた。

 一進一退の白熱したバトル。けれども盤上は私が有利。いける、勝てる、あと一撃!
 そう思った時、相手のリザードンのきりさくが急所にあたった。「ああっ!」と観客の悲鳴が響く中で、私のリザードンは敗北した。

 あ、と思った瞬間に、どさりとリザードンが地面に落ちて会場が水を打ったように静まり返る。
 そしてきっかり3秒後に大歓声が会場を埋め尽くした。
 対戦相手はリザードンにしがみついて喜びを爆発させている。
……ご苦労様、リザードン」
 私はリザードンをモンスターボールに戻して、彼女に歩み寄った。
 不安と期待が入り混じった初々しい彼女の視線がとても眩しい。
 チャンピオンから解放された安堵と、バトルに負けた悔しさ、そしてこれからチャンピオンになるであろう彼女への祝福の気持ちがぐるぐると胸の中を回っている。
 ……ダンデさんも、こんな気持ちだったのかな。
 そう考えながら私は彼女の手を取って、高く掲げた。
 会場の歓声がさらにわぁっと盛り上がる。
 不思議と涙は出なかった。
 けれども心の底から笑顔を浮かべることも出来なかった。


◇◆◇◆◇◆
 
 その後の月日はめまぐるしく過ぎていった。
 チャンピオン交代の引継ぎをして、新チャンピオンにお祝いの言葉を告げて、いくつかのインタビューを受ける。
 チャンピオンから引退することはそれなりに辛かったし、寂しかった。見ず知らずの人に失礼な言葉をかけられるのはチャンピオン時代からもあったけれど、チャンピオンの時には鼻で笑えた言葉が酷く胸に刺さって泣いたりもした。前チャンピオンと呼ばれたり、気遣うような視線を投げられることも地味に堪えた。
(私はもうチャンピオンじゃないの。ここにいるのはただのユウリ。お願いだから、これ以上私を傷つけないで!)
 そう言いたかったけれど、私は曖昧に微笑むことしかできなかった。
 子供だったユウリは、チャンピオンになっている間に、いつの間にか大人のユウリになっていた。傷つけられても相手を責めない。辛くても、泣きたくても、ぐっと我慢する。もう子供じゃないから、チャンピオンじゃないから、誰も私を守ってくれない。そう痛感させられた。


 おおよその引継ぎが終わった二週間後、私はシュートシティの家を引き払ってハロンタウンの実家に帰ってきた。
 ママは変わらない様子で、優しく「おかえりなさい」と私を受け入れてくれた。
 ブラッシータウンで一人暮らしをしているホップも、何度か私の顔を見に帰ってきてくれた。

 私がチャンピオンだった頃の品物、多くは記念品やプレゼント、後は仕事で使用した衣装や小物類。それらを片付けるだけで、あっという間に一月が経っていた。
 何かを捨てるたびに、私にへばりついていたチャンピオンの重圧がはがれていくようで、少し気分が軽くなる。
(さようなら、チャンピオン。おかえりなさい、ユウリ)
 そう言われているような気がした。
 それでも、マリィにもらったものや、キバナさんを始めとするジムリーダーからのプレゼントを処分することは気が引けた。でも、彼らからの高級な贈り物は、ただのユウリには不釣り合いだ。結局私は、殆どの物を処分してしまうことにした。
(これからは、あんなおしゃれなパーティーに出ることなんて、もう絶対にないもんね)
 香水もつけない。化粧も最低限でいい。それがハロンタウンのユウリなのだ。
 ダンデさんからのプレゼントは、いっそ清々しいほど何にも無かった。恋人だったはずなのに何にも無さすぎて、思い出に浸ることすらできない。無いったら、無い。涙の代わりに、苦笑いが込み上げてくるばかりだ。
「いったい私は、彼にとって何だったんだろうね」
 自嘲気味に呟いてスマホを手に取る。この一カ月、毎日のように開くダンデさんとのメッセージ画面。その最後のメッセージは、ダンデさんからの「決勝戦、頑張ってくれよ! 応援してるぜ!」という文章だった。それ以降、彼からメッセージは来ていない。私もメッセージを送っていなかった。
 だって、今更何て送ればいいのか。「負けちゃいました。えへへ」なんて送る度胸もなかったし、「今までお世話になりました」って送るのも嫌みな気がした。ここは年長者のダンデさんが気を使って、何か気の利いた慰めの言葉を贈るべきだったのではないかと思っている。けれどもこの一カ月彼は音信不通。
 ……いや、こっちから連絡はしてないけどさ。
 変わらないメッセージ画面を見ながら涙を流した日もあったけれど、さすがにそろそろ涙も枯れ果てて、気持ちも落ち着きを取り戻した。けれども、私からダンデさんにメッセージを送ることはなかった。


◇◆◇◆◇◆

「はぁ? アニキからまだ連絡がないのかよ!」
 それなりに心が回復したので、私はダンデさんと連絡を取っていないことをホップに相談してみた。優しく正義感のある彼はどんと机を叩いて怒ってくれた。むしろ、あまりの怒りっぷりに私の方が慌ててしまう。
「ホップ、落ち着いて。みんな、びっくりしているよ」
「あ、ごめんなんだぞ」
 ここはブラッシータウンにある喫茶店のテラス席。シュートシティほど人で溢れているわけではないけれど、それなりに人目はある。
 ホップは気まずげにコーヒーをすすって、それでも不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「アニキがそんなに情けないとは思わなかったんだぞ。ユウリを泣かせるなんて」
「仕方ないよ。ダンデさん、忙しいもん」
「それでもだ!」
 ホップは憤慨しているけれど、本当にダンデさんは忙しいのだ。新しいチャンピオンへの教育と仕事の手配、見守り。それは、私がチャンピオンのままだったら不必要だった仕事だった。
 ハロンタウンでは全くわからなかったけれど、ブラッシータウンでは新チャンピオンの誕生を祝う空気がそこかしこに感じられた。例えば喫茶店の一角にある雑誌だったり、掲示板に張られているポスターだったり、流れているテレビ番組だったり。
「あ……
 ふと見上げた店内のテレビに、新チャンピオンをエスコートするダンデさんの映像が映った。ワイドショーの番組だ。
 仲良さそうに笑っている二人の様子に、ギュッと胸が苦しくなる。やだな。これが見たくなかったから、テレビから離れたテラス席を選んだのに。
 懐かしいシュートスタジアム、懐かしいダンデリーグ委員長。そこは確かに私の居場所だった。けれども今そこにいるのは、私じゃない女の子。
 泣きたくなんかないのに、じんわり涙が浮かんできた。手を握りしめてせり上がる嗚咽を堪えていると、その拳をホップの大きな手がくるんだ。
「ユウリ、大丈夫か? ……俺の家に来るか?」
 ダンデさんと同じ金色の瞳が、優しさを湛えて私を覗き込む。
 ホップの家でなら、悲しい気持ちを吐き出して彼に縋って泣ける気がした。そしたらきっとすっきりするだろう。元気になれるかもしれない。
 でも、そこまでホップに甘えるのは気が引けた。正直に言うと、今ホップに甘えてしまえば、ふとした拍子に幼なじみの関係を飛び越えてしまう気がしたのだ。それは駄目だ。私はホップの親友で、ライバル。そう在りたかった。
「ううん。やめとく。ごめん。今日は……家に帰るよ」
 首を横に振った拍子に、目から涙が零れてしまった。それを、ホップの指がすくう。
……俺だったら、ユウリを泣かせないんだぞ」
「そうだねぇ。ホップが彼氏だったらどんなに良かったか……ね」
 精一杯笑ってみせたけれど、流れる涙が私の強がりを台無しにする。
 ホップは優しい。大好きだ。生まれ変わっても、私はまたホップの隣に立ちたい。
 でも。
(生まれ変わっても、絶対に私はまたダンデさんに恋をするから
 私はまだダンデさんのことが好きなのだ。連絡はなく放っておかれているけれど、別れを切り出されたわけではない。私と彼の赤い糸は切れていない。ハロンに来てからもずっと、私は自分に言い聞かせていた。
(あ、そっか……
 どうしてダンデさんに連絡する気が起きないか、私は唐突に理解した。
(私、ダンデさんに振られるのが怖かったんだ)
 私はもうチャンピオンじゃない。気軽にバトルタワーにも行けない。一緒にバトルが出来なくなった私は、もうダンデさんにとって魅力的じゃないのかもしれない。
 ダンデさんはただのユウリには興味がない。
 その事実を知るのが、私は怖かったのだ。
 けれども現実は残酷だ。私は一カ月もの間ダンデさんに放置されている。それはつまり、ダンデさんの興味が私から離れてしまったということに他ならなかった。
「はぁ……
 もうため息が止まらない。本当は布団に飛び込んでわんわん泣いてしまいたい。いや、帰ったら泣こう。一晩中泣いてやろう。自暴自棄な気持ちを抱えながら、私はハロンタウンのへの坂道を登っていく。
「ユウリ、本当に大丈夫なのか?」
 隣を歩くホップは、不安気だ。一人で帰れる、と言ったのに、「今のユウリは、道中のウールーにも負けそうなんだぞ!」と強引に押し切ってハロンタウンまで着いてきたのだ。
「大丈夫だよ。気にしないで」
 ハロンタウンの入り口で、私は立ち止まった。これ以上ホップに甘えてはいけない。そう思ったのだ。
 今日の私はダメダメだけど、きっと一晩泣けば明日には元気になっているはずだから。そう考えながら、私はホップの方を向く。
「送ってくれてありがと。じゃぁね」
「ユウリ……これ、やるよ」
 そう言って、ホップは一枚のチケットを差し出してきた。どうやら飛行機のチケットのようだ。その行き先は、イッシュ地方。
「え? これ、どうしたの?」
 驚いてホップを凝視すると、ホップは決まり悪そうに視線を左右に巡らせた。
「オレもさ、辛かったんだよ。チャンピオンカップの予選で負けた時。あの時は、どこを向いても新しくチャンピオンになったユウリの話題ばかりでさ。……だから今のユウリの気持ちも少しわかるんだ」
「あ……
 そこで初めて私は気づいた。今の私はあの時のホップと同じなのだ。研究職に就く前、私とチャンピオンの座を目指して戦った、まだポケモントレーナーだったころのホップ。
「あの時のオレもガラルから逃げ出したかった。自分が何をしたいのかもわからくて、ユウリに置いていかれた気がして、苦しくて。……結局、まどろみの森に逃げていたんだけどさ」
 そっか。ホップもこんな気持ちだったんだ。私は、ちっとも知らなかった。……ごめん。
 遅すぎる罪悪感がこみあげてきて、私の心がきゅっと縮こまった。そんな私の手にホップは無理やりチケットを握らせた。
「ユウリが今どうすべきなのかはオレには言えない。けど、辛いならガラルから離れてもいいんだぞ。オマエはもうチャンピオンじゃないんだから」
 チャンピオンじゃない。その言葉がすっと胸の中に入ってきた。そう、私はもうチャンピオンじゃない。私は自由にしていいんだ。
 涙が滲んでこないようにめいいっぱい目を開いて、私はホップに笑顔を返した。
「ありがとう、ホップ。そうだね。お金もあるし、ちょっと旅に出てみるのもありだよね。考えてみる」
 考えてみると言いながら、私の気持ちはもう決まっていた。お母さんの許可が出れば、すぐに旅立とう。確かに、このままガラルにいるのは辛い。
「おう。またいつでも話を聞くからな。元気、出すんだぞ」
 ホップはにっこりと優しい笑顔を残して、ブラッシータウンへと帰って行く。
(ありがとう、ホップ)
 私は感謝の気持ちを込めて、小さくなっていく彼の後ろ姿を見送った。

 その翌日、私はもうイッシュ行きの飛行機に乗っていた。
 お母さんは少し心配そうにしながらも、「もう子供じゃないんだから、あなたの自由にすればいいのよ」と言って私の背中を押してくれたのだ。
 30分後には、私はもうガラルにはいない。
 チャンピオンだったころは、ガラルから離れるなんて考えもしなかった。外国なんて私には縁のないところだと思っていた。
……イッシュ地方では、どんなトレーナーが待っているのかな)
 昨日まではバトルコートなんて見たくもなかったのに、私はまだ見ぬトレーナーとのバトルに心を躍らせている。我ながら現金なことだと、笑いが込み上げてくる。
 飛行機のエンジンが稼働して、ゆっくりと飛行機が動き出した。アーマーガアタクシーとはまた違った浮遊感を感じて、飛行機は空へと飛び上がる。

 こうして、私はガラルの外へと飛び出したのだった。





◇◆◇◆◇◆

 その日、チャンピオンカップの決勝戦でユウリくんはバトルに負けた。
「な!」
 まさか彼女が負けるなんて思っておらず、オレは二人の少女が立つフィールドを眺めたまま固まってしまった。
 あの日のオレと同じように、ユウリくんが新チャンピオンの元に歩み寄り、彼女の手を掲げる。より一層大きくなった歓声を聞いて、ようやくオレは我に返った。
「リーグスタッフは全員集合。今後の予定を練り直す」
 5年ぶりのチャンピオン交代。しかも、今年の交代は予想していなかった。今から急いで段取りを組みなおさなくてはならない。時間はあまりないが……5年前の混乱ぶりよりはましだろう。そう好意的に考えて、オレはスタッフに指示を飛ばした。
「キミは新チャンピオンに付き添って、身の回りの世話をしてやってくれ。まずはメディカルチェック。それからホテルの確保だな。あとでオレも行く」
「チャンピオ……いえ、ユウリさんについてはどうしましょうか?」
 言われてオレはフィールドを去りゆくユウリくんの後ろ姿を一瞥した。申し訳ないが彼女の優先度は低い。まずは新チャンピオンの樹立が先決。ユウリくんはしっかりものだから、後にしても大丈夫だろう。オレはそう判断した。
「彼女の対応も必要だが、新チャンピオンを優先させてくれ。ユウリくんはひとまず自宅待機だ」
「かしこまりました」
「リーグ委員長。ジムリーダーキバナさまがお見えになりました。今後の対応を協議したいと」
「今行く。応接室に通してくれ」
 慌ただしくなる事務所の中で、これから忙しくなりそうだとオレは気を引き締める。そして、キバナの元へと急ぐのであった。

 それからはまあ、予想通り怒涛の日々だった。リーグ委員長としての仕事に目途がついて、バトルタワーへと戻れたのはチャンピオンカップから一週間後のことだった。その間はずっとシュートスタジアムに缶詰で、そこで仮眠を取っていたのだ。
 それでも全てが終わったわけではない。新チャンピオン就任記念トーナメントもある。これから2カ月間は休日返上の忙しさになるだろう。
 それでもバトルタワーに帰ることができて、オレはほっと肩の力を抜いた。慣れ親しんだこの場所は、オレの一番落ち着く場所だ。
 オレは傍に控えるスタッフへ指示を出す。
「昇給試験待ちのトレーナーも大勢いるだろう。さっそくバトルに出るぜ」
「かしこまりました」
 久しぶりのバトルに心が躍る。挑戦者を待つ間、オレは執務机の上に載っている書類を片付けることにした。
 一週間不在にしただけなのに、仕事もランクアップチャレンジャーも溜まっている。何の気なしにランクアップチャレンジャーの予約リストを眺めるが、そこに彼女の名前は無かった。
(まあ、ユウリくんは既に最高ランクだからな)
 リストに名前が無いのも当然だ。しかも彼女はシュートシティの家を引き払ってハロンタウンに帰ったらしい。今後は、バトルタワーに来る機会も少なくなるかもしれない。
(彼女に会えないのは、やはり寂しいな)
 けれどもそれは仕方のないことだ。オレの我儘で彼女をシュートシティに縛り付けるわけにはいかない。
「オーナー。ランクアップ挑戦者がお見えになりました。準備をお願いします」
「わかった。すぐに行く」
 ユウリくんが恋しくなったらいつでもハロンタウンに行けばいい。そう簡単に考えて、オレはオーナーとしての役目を果たすために立ち上がった。


◇◆◇◆◇◆
 
 いつでもハロンタウンに行けると思うと、日々の忙しさにかまけてついつい後回しにしてしまう。ふと気がつくと、あっという間に2ヶ月の時が過ぎ去っていた。
(今日のランクアップ挑戦者は……4名か)
 バトルタワーの執務室で、オレは物思いに耽っていた。最近、バトルが物足りないのだ。新チャンピオンをバトルタワーに誘ったが、彼女の反応はイマイチだった。そのランクはまだモンスターボール級で止まっている。
(はあ。ユウリくんと、バトルがしたい……
 彼女との燃えるようなバトルを思い出すだけで、カッと身体が熱くなる。しかし休みが取れそうなのはまだ一ヶ月先のこと。オレは大きく息を吐いた。その時だ。
「ん?」
 バトルタワー受付のモニターに、見覚えのある人物の姿が映った。彼がバトルタワーに来るのは初めてだ。にわかには信じられず、モニターに顔を寄せて確認する。オレと同じ紫色の髪の毛、緑色のジャケット。それは弟のホップだった。
 他の挑戦者の相手をしながら、落ち着かない気持ちでホップを待つ。彼はスムーズに対戦相手を撃破して、オレへの挑戦権を得たようだ。
 ホップが来てくれたのは喜ばしいが、何せバトルタワーが建設されてから5年間、一度も来なかったのだ。それが今更やってくるなんて、どういう風の吹き回しか。オレは気を引きしめて、ホップの前に立った。
「ホップ。久しぶりだな」
 予想通り、ホップは険しい表情をしてオレを睨みつける。
「アニキ。話がある」
「わかった。しかしここはバトルタワー。まずはバトルで語ろうじゃないか」
「うん。わかってるんだぞ。ちょうどアニキをボコボコにしたかったから」
 過激な言葉を発した割に、ホップの声に力は無かった。
 ホップは静かにバイウールーを繰り出す。オレはギルガルドを呼び出して、相性はオレの方が有利。けれどもホップは徐々にオレを圧倒し始めた。
 ホップがポケモントレーナーを引退して久しいが、その実力は全く衰えていなかった。結果はオレの完敗だった。
 ランクが低いから手加減しているとはいえ、ホップは予想外の強さだった。久しぶりの手応えあるバトルに、自然とオレの口角が上がる。
(ああ。ユウリくんがチャンピオンを降りたから、もうホップとバトルする機会もなくなるのか)
 新チャンピオンがホップをトーナメントに招待するとは思えなかった。今更気づいた事実に、言いようもなく寂しくなる。
 オレに勝利したのに、ホップは少しも嬉しそうではなかった。むしろ今にも泣き出しそうに見える。そういえば、バトル中も彼の怒りや苛立ちを感じる時が何度かあった。てっきり、バトル運びが上手くいかずに苛立っていたのだと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。
 ホップは何度か唇を動かしては閉じて、そして最終的にオレを睨みつけて言った。
「なんで、アニキはこんなところで呑気にしているんだよ。なんで、ハロンタウンに来ないんだよ」
「ん? どういうことだ?」
 なぜオレがハロンタウンに行かなければならないのか。ホップの言葉の意図が読み取れず、首を傾げるオレをホップは怒鳴りつけた。
「ユウリのことだよ! アニキにずっと放っておかれて、ずっと泣いていたんだぞ!」
「は? ユウリくんが。どうして?」
 寝耳に水の言葉だった。驚きのあまり問い返すと、ホップは信じられないものを見るような視線をオレに投げつけた。
「だってユウリはチャンピオンの座を追われたんだぞ! 一人寂しくハロンに帰ったんだ」
 それはもちろん知っている。チャンピオンとしての敗北。それは嘗てはオレも通った道だし、いつかは彼女も通る道だった。どんなに優れたトレーナーでも永遠に勝ち続けるなんて不可能だ。いつかはその時が来る。ユウリくんにとっては、それがつい一か月前だっただけだ。
 それを告げると、ホップは顔を真っ赤に染めた。唇が戦慄き、握りしめた拳が震え始める。
「なんでそんなに冷たいんだよ! チャンピオンじゃなくなって、ユウリはずっと塞ぎ込んでいた。これからどうしようか迷っていた。そんな時こそ、アニキが支えてやらないと駄目じゃないか。彼氏だろ!」
……俺たちの関係を知っていたのか」
「ユウリのことを見ていればわかるんだぞ。アニキの誕生日も、クリスマスも、いつもアニキのところへ嬉しそうにすっ飛んで行っていた。こんな、薄情な男のところへ」
 あまりの言われように唖然としてしまう。ユウリくんへのオレの対応はそんなに悪かったのだろうか?
「ユウリくんに連絡をしなかったのは事実だ。だがな、こちらも新チャンピオンの就任で非常に忙しかったんだ」
「ユウリに、メールの一本や電話くらいはできただろ。それに、敗退した後も暫くはユウリはシュートにいたんだぞ」
「敗退してすぐは感情も乱れるだろう? ユウリくんが落ち着くまではそっとしておいた方がいいと思ったんだ」
 オレの時は悲しむ暇もなかった。めちゃくちゃにされたナックルスタジアムの復興やローズさんの後始末に追われて、リーグ委員長とバトルタワーのオーナーにならざるを得なかったというのが本音だ。だから、ユウリくんには、自分を見つめなおす静かな時間を与えたい。そう思ったのだ。けれども、その判断は間違っていたのだろうか。
「そっとしておいて欲しいってユウリが言ったのかよ」
……言っていない。オレの判断だ」
「そういうのはさ、言い訳って言うんだぞ。後からならどうとでも言えるんだ。……一か月間もユウリを放置していた癖に」
 それは事実で、オレは黙り込むしかなかった。冷静に考えてみれば、彼女に連絡をしなくていいはずがない。忙しさにかまけて、オレはユウリくんを蔑ろにしていたのだ。
「連絡をしなかったのは悪かった。反省するよ。今からユウリくんに電話して謝る。それとも、今からハロンに行った方がいいか?」
 一日まるっと休むのは無理だが、半日くらいの休暇ならもぎ取れるだろう。そう考えながらスマホを取り出すと、ホップは「ははっ」と呆れたように笑った。
「もう遅いんだぞ」
「は?」
「ユウリはガラルにはいない。一昨日、イッシュ地方に旅に出た」
「旅に? いつ帰ってくるんだ?」
「さあ。帰りたくなったら帰ってくるんじゃないのか?」
 ホップが何を言っているのか、今一つ理解できなかった。ユウリくんがガラルにいない? いつ帰るかもわからないだと?
「オレは何も聞いていないぞ」
「なんでアニキに言う必要があるんだよ。ユウリはもうチャンピオンじゃない。好きな時に、好きなことをしていいんだぞ」
「オレは、あの子の恋人だ」
「ユウリを放っていた癖に、こんな時だけ恋人面をするなよ。……というか、ユウリはアニキのことを恋人だと思っているのか? アニキにもユウリからなんの連絡もなかったんだろ。アニキこそ、ユウリに見限られたんじゃないのか」
 ホップの指摘に、オレは足元がガラガラと崩れ落ちていくような絶望を感じた。オレが、ユウリくんに別れを告げられるなんて、そんなこと、考えたこともなかった。それほどのことをオレはしてしまったのか。ことの重要性を、オレはようやく認識した。
……イッシュに行く」
「はぁ? ……ちょ、ちょっと待つんだぞ!」
 こうしてはいられない。ユウリくんの元へ行くために身をひるがえしたオレを、ホップが慌てた様子で引き留めた。
「アニキがイッシュに行けるわけないだろ! 仕事はどうするんだよ!」
「辞職する。別に、リーグ委員長くらいオレじゃなくてもいいだろう」
「よくないよ! 休みもとれないくらい忙しいんだろ! そんな時に放り投げるなよ。それに、アニキ、イッシュに行けるのかよ。間違えてアローラにでも行ったら目も当てられないぞ」
「む……
 ホップの言うことも一理ある。しかしそれならばどうすればいいのか。途方に暮れたオレを見て、はぁとホップはため息を吐いた。いつの間にか、彼からは怒りの色が消えていた。
「確認するぞ。アニキは、今すぐに追いかけて行きたいくらいにはユウリのことが好きなんだな」
「もちろんだ。ユウリくんのいない人生なんて考えられない」
「じゃあなんでずっと放置していたんだよ」
「彼女にも時間が必要だと思ったんだ。それにオレも忙しかったし、二カ月くらいは会えなくても仕方がないと思っていた」
「別れるつもり……いや、ユウリを自由にしてやるつもりは?」
「ない。そんなことは考えられない。嫌だ」
「わがままかよ……
 わがままを言っているつもりは全くないのだが、何故かホップはがっくりと項垂れた。そして「あーもう、オレ一人じゃ無理だ」と呟くと、そのままどこかに電話をかけ始めた。相手はソニアとキバナのようだ。「アニキが非常識すぎて手に負えないんだぞ」「こんなにアニキがとんちんかんだとは思わなくてさ」と言うホップの声を聴きながら、オレもユウリくんに電話をかけてみた。すると「おかけになった電話番号は……」というメッセージが流れる。
 本当に、ユウリくんはガラルから去ってしまったのだ。オレは目の前が真っ暗になったように感じた。


◇◆◇◆◇◆

 無理をしてもぎ取ったオレの半休は、ホップとソニアとキバナ、そして後から合流したルリナの説教を受ける間に終わってしまった。
 オレとユウリくんのこれまでの一部始終をホップが説明する。すると皆は、口々に「酷い」「信じられない」「ユウリが可哀そう」とオレをなじった。
 どうやらオレの恋愛観は世間一般と非常にずれがあるようだった。彼らは呆れながらもオレを見放さず、根気よく恋愛というものをレクチャーしてくれた。
「まずオマエは頭が固いんだよ。自分はこうだとか、今まではこうだったとかいう考えを捨てろ。ってか、これから定期的にオレサマに相談しろ」
「ま、ユウリがダンデ君を許してくれたら……の話だよね。ユウリはダンデ君を見限ってるかもしれないんだし」
「それは困る。ユウリくんと離れるなんて絶対に嫌だ。何が何でも許してもらう」
「あら、既に間違ってるわ。ユウリにはあなたを許さない権利があるのよ。そこをはき違えるなんて問題外よ」
「それはないぜ……
 ユウリくんと離れてもう二カ月。そろそろユウリくんが恋しくなってきた。仕事にも張り合いがないし、バトルもつまらないのだ。オレにとってユウリくんがいかに大切だったのか、今更ながら痛感する。もう会えないなんて、考えただけで壁に頭を打ち付けたくなってくる。
「まぁ、アニキも反省しているみたいだし、あんまり虐めずに、『アニキが許してもらえた』という前提でアドバイスをお願いしたいんだぞ」
「とりあえず謝ることね。誠心誠意、気持ちを込めて。お詫びの花束は当然送るとして」
「レストランも予約しておけばいいんじゃねぇか。ユウリは来るか知らねぇけど」
「それならホテルも押さえておいた方がいいんじゃない? ユウリも疲れているだろうし、ハロンに直帰は大変だよ。ま、ユウリがダンデ君に甘えてくれるかはわからないけど」
「む……
 酷い言われようだが、反論できる資格はない。オレは大人しく皆の助言をメモしていく。
 その後も「ユウリくんの荷物はオレが持つ」「疲れていないか気を配る」「旅先での楽しかった思い出を聞く」など、色々な注意事項でオレのメモ帳は埋まっていった。
「とにかくよ。オマエは、普段から一人で考えて行動することが多すぎるんだよ。ユウリの気持ちをもっと考えろ。わからないなら聞け。ユウリの気持ちを聞いてやれ」
「しかしユウリくんはまだ子供だぜ」
「信じられない。まだそんなことを考えていたの? ユウリはこの前18歳になったのよ。もうとっくに成人しているのに」
「ダンデ君。年齢にかかわらず、恋人同士は対等だよ。お互いを尊重しなくちゃ。そうじゃないとまた失敗するよ」
……そうか」
 オレは最初から間違っていたのかもしれない。ユウリくんはバトル好きな子供。ずっとそう思っていた。でも違ったのだ。
 オレは隣に座るホップに視線を移す。彼の身長が伸びたのは知っていた。けれども、ユウリくんのために、オレのところに殴り込み来る度胸があるなんて知らなかった。オレを説得するために仲間を集める、その行動力にも驚いた。
「オマエも、ユウリくんも、知らないうちに大きくなっていたんだな」
 大人になったユウリくんの目には、オレはどのような人物として映っていたのだろうか。オレの中に、後悔ばかりが降り積もっていく。


◇◆◇◆◇◆

 結局ユウリくんの旅行は、半年もの長い期間になった。
 オレは彼女に会えないことが寂しくて、悲しくて。幾度もガラルを飛び出そうとして、何度もキバナに怒られた。
 でもそんな日々もようやく終わりだ。今日、ユウリくんはガラルに帰ってくる。
 オレはホップと共に、空港へユウリくんを迎えに来た。
「ユウリくん。すまなかった。オレが悪かった。無遠慮にキミを傷つけた。どうか許して欲しい……
「アニキ。気持ちはわかるけど、もうその謝罪文は聞き飽きたんだぞ」
「しかし、こうやって練習しておかないと不安なんだ。もし本番で噛んだりしたら……
「ユウリは謝罪を噛んだくらいで怒らないんだぞ」
「そりゃそうだろうけれど……
 今からユウリくんに会うのが不安で不安でたまらない。気を紛らせていないと逃げ出したくなるのだ。謝罪の練習くらい多めに見て欲しい。
 そうこうしているうちに、飛行機が到着したというアナウンスが入った。オレはごくりと唾を飲み、花束を持つ手に力を籠める。
 ……ああ。どんなバトルをする時よりも緊張する。どうか、上手くユウリくんと会話ができますように。
 祈る気持ちで出入り口を見つめていると、人の気配がして扉が開いた。そこから飛び出してきたのは、記憶よりも長い髪の毛をなびかせた笑顔の女性。ユウリくん。
「あ……
 あんなに練習したのに、オレの口からは掠れた声が出ただけだった。けれどもその声でオレに気づいたユウリくんは、その顔に満面の笑みを浮かべた。
「あ、お久しぶりです。ダンデさん。わざわざお迎え、ありがとうございます。私、イッシュ地方ですっごく珍しいポケモンを見つけたんです。この後お時間ありますか? バトルしましょう」
 半年間も離れていても、チャンピオンじゃなくなっても、彼女は何も変わっていなかった。その懐かしい笑顔に、涙が出そうになる。
 ここで彼女をバトルタワーに誘うのは簡単だ。でも、それじゃぁきっと駄目なのだ。オレの背中をホップがつつく。わかっている。オレだって成長したのだから。
 笑顔でまくし立てたユウリくんをよく見ると、その手は微かに震えていた。オレと同様に彼女も緊張していたのだ。無理もない。半年ぶりの再開なのだから。
 オレは一歩前に出て、彼女に花束を差し出した。
「ユウリくん、おかえり。キミの帰りをずっと待っていたよ。今まですまなかった。愛している。オレの気持ちを受け取って欲しい」
 緊張のあまり、用意しておいた謝罪文なんて吹き飛んでしまった。目を見開きながら、ユウリくんはオレの花束を受け取ってくれた。カスミソウに包まれた11本のヒマワリの花束。そこに込めた意味は、「純粋な最愛をあなたに捧ぐ」。
 ユウリくんの目から涙が零れた。嬉しいのか悲しいのか。嬉し涙であってくれとオレは切に願う。
「ダンデさん。ただいま」
 オレは泣き崩れる彼女を抱きしめる。震える彼女の温もりに、気を抜くとオレも涙が浮かびそうだった。
「おかえり。ユウリくん」
 ユウリくんがオレの腕の中にいる。それだけで愛しさが込み上げてくる。彼女がチャンピオンでなくていい。オレが触れられる所に彼女がいてくれればいい。
 それだけで、オレは十分に幸福なのだ。


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