@EmptySeat_
「御剣君」
後ろからかかった声に、手を止める。ハンドリムから手を離し後ろに顔を向けると、そこには穏やかな笑みを浮かべて手を挙げる篝里慎がいた。
「稽古場に行くんだろう? どうせだし送っていくよ」
まあ、それを拒む理由はないけれど。「そうかい、じゃあよろしく」とだけ返し、ハンドリムを離す。くすりと笑った彼の操縦により緩やかに動き出した車椅子の上で、三鶴は手元のノートをパラパラとめくった。年季の入った手書きのノート。それは先日、稽古場の片隅に落ちていたのを見つけたものだ。
「随分と機嫌が良さそうだね」篝里の言葉にふわりと意識が浮上する。「もしかして、そのノートが原因だったりするのかい?」
人一倍僕の行動をよく見ている彼だ。おそらく節々の違和感に気づいているのだろう。探るような視線をわかった上で黙殺する。
「──さて、どうだろうね」
ぱたん、とノートを閉じた。目の前には稽古場の扉、車椅子から手を離した彼がその重い扉を開く。
「まあ、楽しみにしているといいよ」
薄く笑みを浮かべ、曖昧に答える。これ以上答えるつもりも、踏み込ませるつもりも無かった。それに彼も引き際をきちんと知っている人間だ。
それじゃあね、篝里。そう言い残し、ハンドリムに手を掛けた三鶴は稽古場に入っていった。