@EmptySeat_
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Q.貴方にとって演劇とは何か。……………………、…………原稿用紙二枚以内で答えよ。
そんなもの、答えはたったひとつだった。
▶視点 光本才治
「……ええ、たしかに私は『原稿用紙2枚以内で』としか書きませんでした」
静かな声が職員室に響く。いつも温厚なはずの後縫くんの顔には『私は怒っています!』と言わんばかりの表情が鎮座していた。
「だからって、……だからって」
「三行でいいはずがないでしょう……!?」
手に力が入ったのか、両手で持った原稿用紙がピシッと音を立てて伸ばされる。隣から小さな声で「え、さいっち三行で出したの?」とびっくりしたような声が聞こえてくるが、この場で隣に並んでいる時点でおそらく彼も人の事を言えない気がする。
しかし、上限は書いてあったが下限は示されていなかったのだ。つまりは下限は自由だということに違いないと、意気揚々と答えを記入し提出した──つもりだったのだが、それはどうやら間違っていたらしい。小さくため息をつき、言葉を続ける後縫くん。
「こういう時は上限の8〜9割ぐらい書くことを目標に文章を作成してくださいね。
あとおそらくなのですけれど、問題文を若干読み飛ばしませんでした? エピソードが1つも入っていませんよ……」
最低限、問題文はきちんと読みましょう……と、意気消沈したように後縫くんが肩を落とす。はてさて、そうだったか。記憶を漁るが何も思い当たらず、首を傾げる。その様子を見て、彼女はさらに眉を下げた。
「とにかく、今日はこれを再提出するまで放課後の公演練習には参加出来ません。きちんと終わらせてから向かってくださいね」
え!と大声を上げたのは相良くんだ。至近距離で浴びせられた大声で、耳が若干ビリビリする。
「今日やってかないとダメなの? 練習参加したい〜……」
「だって、次も忘れてしまわないとは限らないじゃありませんか」
今度はちゃんと書いて持ってくるよ〜と縋るが取り付く島もなく、隣の会議室に案内される。どうやらここで終わらせて行くように、ということらしい。
机に座らされて、目の前に2枚の原稿用紙を置かれる。その端には手書きの文字で『貴方にとって演劇とは何か。エピソードを一つ挙げ、それについて原稿用紙2枚以内で答えよ。』と書かれている。
「まあ、まだ本格的な練習が始まる前で良かったですね。三鶴さんと将次さんには連絡済みですから、きちんと終わってから向かいましょうね」
そう言い、正面に座る後縫くん。彼女もここで仕事をするらしく、机には紙書類とパソコンが設置された。
エピソード。何かあっただろうかと頭を捻るが、いまいちピンと来なかった。エピソードも何も思いつかない。
これは時間がかかりそうだ。隣から聞こえる悲鳴をBGMに、白に近い原稿用紙をなぞる。──ところで、8〜9割って結局どのぐらいなんだろうね?
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「さて、集まったかな」
御剣くんが号令をかけると、辺りはしんと静まった。膝にはおそらく新しい脚本だと思われる紙がいくつも重ねられている。
「待たせたね。各自練習はきちんとこなせていたのかな? まあその程度の熱意は持っていて当然だけれど。──さぁ、新しい脚本を配るよ。全員、きちんと目を通すように」
『光の旅路 御剣三鶴/海月光』
視線が一気にこちらに──正しくは、近くに座っていた海月くんに集まる。海月くんはその視線を一心に浴びて、きゅっと縮こまった。
ふと思い出すのは先日の屋上だ。気がついたら居なくなっていた彼女は、どうやら御剣君の元に行っていたらしい。あの後、困惑した2人が探しに掛けて行って、屋上には僕一人が取り残された。
闇雲に探しに行っても仕方がないと思ったし、僕は練習がしたい気分だったからね! まあそれは脚本の変更で無駄になった訳だが、それはともかく。
ページをめくる、めくる、めくる。騒がしい声がだんだん遠のいていって、脚本の文字だけが頭に入ってくる。前回の脚本との違いを比べながら、ゆっくりと読み進める。
脚本には大幅な変更がなされていた。舞台ごとかわってしまったという程ではないが、脚本のジャンル自体が変わってしまっている。
2週間というつかぬ間のモラトリアムは彼女に与えられた執筆期間だったという訳だ。なるほど、思わぬ才能と言ったところだろうか? ページを、めくる。
さて、少し整理していこう。僕は早くこの物語を噛み砕いて、のみこんで、完璧に演じなくてはならないのだからね。──もちろん、僕ならばできるに決まっているのだけれど!
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元々の『光の旅路』という作品は、主人公・アステルと旅人による冒険譚である。
自国にはない素晴らしいものを求め、探しに行く2人の出会いと別れの物語。太陽の国や月の国へ赴き、色々なものを知り、世界を知り、成長していく。主人公はアステルと旅人であり、彼らを中心に物語は動いていた。
しかしこの改訂版は、冒険譚では無いのだ。──この話は、月に焦がれた少年の初恋の話へと姿を変えていた。
確かに元の『光の旅路』にもそういう描写自体はあるのだ。アステルと月が恋に落ちるという描写自体は。しかしそれはあくまでもサブストーリーであり、メインストーリーでは無かった。それが、メインに据えられている。
「なるほどね……」
話がスッキリとしてわかりやすい。元々恋愛ストーリーというのは感情移入がしやすく、演じやすい部類の内容だと言われている。そちらに持っていったことで、役の感情の流れが理解しやすくなっているのだ。
──旅人の持つ文献に出てきた月の女神に一目惚れをしたアステル。アステルは、その彼女を一目見たいと旅人と共に旅に出る事を決意する。……しかし、旅人も月の居場所は知らなかった。月の居場所を探す為、アステルと旅人は太陽の国へと向かう。
──太陽の国は発展した商人の国だった。交易が盛んで、活気のある栄えた国。太陽が護る国。
"太陽"の文字に目を瞬かせる。これが僕の演じる太陽。自信家で、傲慢で、それでも人々を愛している、この国の象徴。
──『太陽、太陽、教えて欲しい。おれたち、月の女神に逢いたいんだ。彼女は今どこにいるんだろう』
──『済まないな、旅人。その期待には答えられそうにない』
──『どうして? きみとあのこは兄妹だって聞いたけど』
──『……そうとも、私達は兄妹だ。しかしあの子はね、私が人々にうつつを抜かしている隙にどこかに行ってしまったんだ。いつの間にか、私はあの子を見失ってしまったんだよ』
──兄妹の行方が分からない不安、孤独感。それでも太陽は、その国に居ると決めていた。人々を愛しているから。この国を護りたいから。
──『一目惚れなんだよ。この国を、愛してしまったんだ。だから私は、この国を離れる事が出来ないのさ』
誠の恋をする者は、みな一目で恋に落ちるのだという。どこで読んだか忘れたその言葉が、僕の心に強く刺さった気がした。
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解散の合図とともに、人々が散らばっていく。居残って練習をしようかとも思ったけれど、もう少し読み込んだ方がいい気もして、僕はとりあえず寮に戻ることにした。
横に座っていた水無瀬くんを見ると、何やら難しい顔をしていて首を傾げる。変な表情をしていること自体は珍しく無いが、それにしては表情が険しい。なんとなく気になって、声を掛けてみることにする。
「どうしたんだい、水無瀬くん。どこか体調でも悪いのかい? 僕の顔を見ると少しは元気になるかもしれない、さぁ! 顔を上げたまえ!」
いつものように声を掛けると、ゆるゆると上がってきた顔はなおも難しそうなままだった。おや、やはり様子はおかしいようだ。
「あ、いえ、あの、……びっくりして。しゅ、主役が──……」
どうやらその表情は難しい、と言うよりは困惑が強いようであった。どうして、と顔に書いてあるような表情で海月くんの方を伺っている。
「? 主役へ昇進じゃないか、喜ばしい事なのに、何をまごついているんだい?」
喜んで受け取りたまえよ、と返すと、「で、でも……」と消極的な返事が帰ってくる。
何に引っかかっているのか、理解ができず首を傾げる。何の不満があるのだろう、僕ならば喜んで演じるものだけれど。
「じゃあ、聞きに行こうか」
「え?」
「作品の本意は作者に聞けばいい──、せっかく、本人が近くにいるのだからね!」
水無瀬くんの手を引く。いきなりの事に驚いた彼女を尻目に僕はズンズン歩き出した。
「海月くん!」目的の人物は声を掛けると驚いた様な声を上げて立ち止まり、こちらを振り返る。帰る準備を終え出ていく所だったらしい。間一髪、と言った所だ。
「少し話したいのだけれど、いいかな!」
後ろにいる水無瀬くんと僕をチラチラと見遣り首を傾げると、彼女は首を縦にこくりと動かした。
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「あ、あー……。そ、そうだよね。ごめんなさい、勝手に変えちゃって…」
海月くんは申し訳なさそうな顔をして眉を下げる。──実は物語の変更にあたって、主演と助演が変更されていたのだ。主演はアステルと月に。助演は旅人と太陽に。
「そうした方がいいと思って変えたんだけど、事前に話を通しておけばよかったよね」ごめんね、あんまり慣れてなくて、と言う海月くん。
「え、えっとね。私、この話を読んだ時にね、月の女神とアステルくんの関係がすごくいいなぁって思ったの」
「月の女神は誰もいない孤独な夜に1人きりだったからずっと寂しくて。だから、一緒にいてくれる誰かを求めてたでしょう?」
「最後、アステルくんが『それならおれが一緒にいてあげる!』って言うその言葉に救われたんだなぁって思ったんだけど、なんでアステルくんはそこまで月の女神にするんだろうってずっと思ってたんだ」
「だからね、その話にしようと思って。隠された描写を、全部表に出して見たの」
そしたら内容変わっちゃった……、とちょっと困った顔で申し訳なさそうにする海月くん。
「もしかして、気に入らなかった?」不安そうに聞くその声に、水無瀬くんは首を強く横に振った。
「ううん、とってもおもしろかったです……! なんて言うんだろう、少女漫画みたいで、……ちょっとドキドキしちゃったぐらい……」
「よ、よかった……!」
ほっと胸を撫で下ろす彼女。では何に引っかかっているのだろうと首を傾げると、同じように首を傾げる海月くん。
その様子にぐっと息を飲んだ水無瀬くんは、おずおずと言った口調で話し出す。
「……だ、だって、……主役、頑張るって言ってたじゃないですか……。なのに、急に変わっていて……、どうして、かな、と……」
そういえばそんな話を、練習初期にしていた気がする。分相応な気がして、と戸惑った声を上げる海月くんを、相良くんと水無瀬くんが宥めていた、ような。その時僕は完全に脚本に集中していて、いまいちよく覚えていないのだけれど。確かそんな会話をしていたような、気がする。
「……正直、主役は向いてないなぁって思っていたんだぁ。脇役が好きだったし、みんなのサポートをする方がどうしても好きで」
しっくり来ない感じがしていたのだと彼女は語る。ちょっと困った顔で、斜め下を向きながら。
だからね、と彼女はゆっくりと顔を上げる。
「納得した上で、遙ちゃんにやって欲しいって思ったの」
どこか晴れやかな顔をしてそう言った。
「それに私ね、練習の時の遥ちゃんを見て、すごいなぁって思ったの……! 月の女神の儚さが、孤独が、きちんと表現されていて……」
「私、私ね。そんな遥ちゃんが演じる月の女神が、惜しくなってしまったんです」
「もっと見たいな、その遥ちゃんを支えたいなって、思っちゃったんだ」
だからねと海月くんがぎゅっと水無瀬くんの手を握る。その目は期待に満ち溢れていて、強く、強く、水無瀬くんの心を引きずりあげる。
「だからね、この役を受けて欲しいの。──お願い、遥ちゃん」
戸惑ったように泳がせる水無瀬くんの目が、こちらに着地する。何を求められているかわからなくて、とりあえず思っていることを言うことにした。
「水無瀬くん、何をまごついているんだい? 君の実力は僕も認めているとも。良い演技をする、面白い演技スタイルの役者だとね」
「舞台上にひとりではない、この僕も居るからね! 何かあったら気軽に頼るといい!」
何せ僕は天才だからね! 大船に乗ったつもりでいてくれたまえよ!
ぽかん、とした顔をした彼女は、やがてくすくすと笑い出した。おかしなことを言ったつもりはなかったのだけれど、と逆にこちらが首を傾げる羽目になる。それでも、どうやら元気は出たようで。なら、まあ、これでいいのだろうと思った。
「わかりました、私、頑張りますね」
水無瀬くんは笑う。どこか吹っ切れた顔をして、やる気の出た顔で、宣誓するように。
「海月さんの期待、ちゃんと応えたいです。自己紹介で言った通り、私、なんだってなれます。──なってみせます」
舞台はようやく緩やかに動き始めた。時間は少ないが、やる気は十分。もちろん、成功させるに決まっている。
何せ、この僕達の作る舞台なのだから!