1-2 あなたは折れず曲がらず真っ直ぐだ【後】
「花御? 何を固まっているんだい?」
「三鶴……」
眉を下げ、困った顔をして振り返る花御。稽古場の入口付近で、ドアを開けようとした姿のまま止まっている。
なるほど、とため息をひとつ。熱心なのは結構な事だけれど、ヒートアップした討論はだんだん相手をねじふせることに終始し、まともな討論にならない事が多い。それは無駄だと三鶴は心の中で断した。
車椅子を押して来てくれた花御に礼を言い、稽古場2へ戻るように指示を出す。そして騒然とする稽古場の中に、静かに足を踏み入れた。正しくは車椅子を滑り込ませる、とかなんだろうが、そんなどうでもいいことはさておき。
「光本、烏星」
大してはりあげた訳でもない声だったが、三鶴の声は何故か稽古場によく響く。その声を聞いた烏星が急にブレーキでもかかったかのように固まった。その様子を不思議に思ったのか、光本の発言も一旦制止する。
こういうのは演出家がとっとと介入してしまった方が早い。──さて、一体どこで引っかかっているやら。
「状況説明をしてくれるかな?」
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▷視点 光本才治
練習開始。本番までは残り1ヶ月とかなり無茶なスケジュールな訳だが、御剣くんは当然のように間に合うと思っているらしかった。
もちろん僕ならば間に合うに決まっているのだけれど、そうではなく。個人単位では間に合っても、集団単位では間に合わないという想像は容易だ。空中分解なんてざらに有り得る状況で、そこまで自信満々で居られるのは流石『舞台表現学科が誇る天才』と言った所なのだろうか?
フフン、まあその称号は僕が入学した事で塗り替えられてしまったのだけれど!
本読み練習は滞りなく進んでいく。前回の脚本よりも、圧倒的に読みやすい脚本だった。表現が固定されている分自由度は低いが、思考の幅が狭い。ある意味でのブレようの無さが現状に上手くマッチしていた。また各役の性格が役者自身と近い性格に変化しているのも演じやすい理由の一つだろう。
「御剣」
一通り読み終えた後、市村先輩が御剣くんに声を掛けると、御剣くんはそうだねと言って笑った。
「これなら抜き稽古に移ってもいいだろう。そうだね──、月の国・太陽の国でわかれて練習でもしようか。主人公組は月の国へ合流する形で」
「わかった。それでは月の国組は稽古場2へ移動、そっちで練習をしてくれ。太陽の国はこのまま稽古場1で練習をしよう。以上、移動を開始してくれ!」
はい!と揃う声。生徒達が移動を開始した。僕は脚本をめくり、キャスト一覧を眺める。
おそらくアステルや旅人が月の国へ合流したのは人数の関係だろう。しかし、太陽の国での出番のほとんどにアステルがいる訳だが、そこはどう埋めるんだろうね?
首を傾げていると、そんな疑問を埋めるかのように御剣くんはにっこりと笑ってこう答えた。
「分けたことで空いた穴は南天寺先生と僕が埋めるよ。──さぁ、練習を始めようか」
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「さて、改めて。ボク──南天寺クオンがアステルの代役を務めさせて頂こう」
台本を見てニコリと笑った彼は、上機嫌に言葉を紡ぐ。
今日のカチューシャはなんの動物なんだろうか。つい気になって尋ねれば"ウォンバット"という動物の耳らしい。続けてされた動物の説明口上は右から左へすり抜けて、何を言っていたかまるで覚えていないけれど。ウォンバットってなんだろうね? コウモリの仲間か何かだろうか。
「よろしくお願いします、南天寺先生」
丁寧に一礼をする市村先輩。
「三鶴クンは月の国組へ指示を出してから戻るそうだよ! だから太陽組はキミが──」
それに応じるように南天寺くんは口元を緩ませる。
「なんて言うのは、当然分かっている事だろうね。
イヤ~、失敬! 余計な口出しをしてしまった様だ! ボクはキミの指示に従うよ、座長。ヨロシクね」
「もちろんです!」そう言って真っ直ぐに見返す市村先輩を、眩しそうに目を細めて見つめ返す。そうして市村先輩はこちらを見ると、僕達に指示を出した。
「では、太陽の国をアステルが訪れる所から始めていこうか。御剣が来る前に、一度一通り通しでやってみよう」
脚本を開く。一気に鎮まる稽古場と、練られていく集中力。口を開いたのは、南天寺くんだ。
『お、ここが"太陽の国"か~!
ジリジリと肌を焼く眩しい光に、人の声で溢れる市場! すごいなぁ、旅人!』
跳ねるような声、幼い口調。キラキラと輝く目ははるか遠くを移している。舞台セットも何も無いただの稽古場だと言うのに、なんだか状況が浮かび上がってくるような気がする。
"太陽の国"は大国だ。市場に人が溢れる商業の都で、その華々しい売上の裏には確かな貧富の差がある。それでも人々は明るく、楽しく日々を過ごしていて。
『──えぇ、そうですねアステルさん。久々に来ましたが、やはりこの国程栄えている都市をわたしはほかに知りません』
先程までの明るさとは裏腹に、少し落ち着いた声を落とす南天寺くん。しかしその声はやや裏返っていて、旅人の押さえつけた興奮が伝わってくる。
流石は教師だと言うべきか。一人二役を器用にこなしながら、話を進めていく。
『お兄さんこんにちはー! これは一体何の屋台なんだい?』
『並べられたタロットに水晶──、もしかして、占い師の方でしょうか?』
『そうさ、ワタシは占い師。この国随一の、ミライを見通す占い師さ』
『なんだって! 未来を見通す占い師!?』
『おひとついかがかな、今ならいつもの半額──500Rで君のミライを見てあげよう』
『だって旅人! お得みたいだよ!』
『いや、あの
……50Rがいくらだかわかってます? アステルさん
…』
『500Rだって? そんなにあるならウチの店で何か買っていっておくれよ!』
『10Rもあればウチのパンが3つは買えるわよ~』
『え、いや、ちょ、
……も、もう! アステルさん行きますよ!』
『え? 占いは?』
『も~! ぼったくりだってここまで言われても気づかないんですか~!?』
『
……フフ、』
商人達の行き交うエリアで、"太陽"と会う手段を探す2人。途中出会った商人達や占い師に翻弄されながら、愚直に王都へ向けて突き進んでいく。とりあえず王様と話が出来ればわかるに違いない、そう考えた二人は王族への謁見を試みた。
『う~ん、ごめんねふたりとも。身元のはっきりしない人を、無闇に王に合わせるわけに行かないんだ』
困った顔で、騎士は言う。
『ここから先は王家の領域だからね。たとえ君達がいい人だって僕が思えても、そうは問屋が卸さないのさ』
『じゃ、じゃあさ、伝えてくれるだけでもいい! おれたちは"太陽"に会いたいだけなんだ!』
『"太陽"様に
……?』
『そ、そうなんです。実は、ある方を探していて──
……』
みんなの演技に合わせてページをめくっていく。"太陽"の出番自体はかなり最後の方に固まっていて、しばらくは特に出番もないのだ。
『いや、で、でもなぁ
……』
『そこをなんとか!』
『そうは言ってもね、僕には君たちを通す権限がそもそも無くて──
……』
『じゃあ、ワタシが許可を出そうかな』
『え?』
『あ! あの時のぼったくり占い師!』
『うーん、酷い言い草だなぁ』
『
……また市井調査ですか? 宰相殿』
『え?』
『アハハ! まあ、そんなところさ。──大丈夫、見る目は人一倍あるつもりだからね』
舞台は王宮へと移り変わる。豪華絢爛な城と、物々しい見張りの騎士達。その脇をすり抜けてすり抜けてようやっと、その先の王座にたどり着く。
そこでやっと、アステルと太陽は出会うのだ。
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「つまり? 太陽の登場シーンで光本が過度な演出をした関係で烏星と演技論で正面衝突した、って事で合ってるのかな」
御剣くんの冷静な声が辺りに響く。多少呆れていそうなその声は、しかし怒りは含んでいなさそうだった。
「別に、演技論でぶつかり合うのは構わないけれど、それはあくまでもきちんと着地させる事が前提だってことはわかってる?」
どっちも全く折れる気が無いんだったら意味が無いだろ、とため息をつく御剣くん。それにどこか言いたげな目線を送る市村先輩の視線も気になりはするがそれはさておき。
隣に目を向けると、烏星くんが難しい顔をして口を閉ざしていた。何度か反論しようとして口を開けるが、またすぐに閉ざしてしまう。烏星くんの先程までとは違う様子に彼女への継続応答は困難だと考えたのか、御剣くんはあっさりと引いて僕の方を向いた。
「光本」「うん? なんだい御剣くん」
「烏星と衝突した登場シーンの件、どうしてそういう演技計画になったかの説明は出来るかい」
「もちろんだとも」
僕は意気揚々と口を開く。あれだけ侃侃諤諤と騒いでも決して中途半端な演技をしたつもりはなかったし、未だに間違っているとはみじんも思っていない。説明を出来るのは当然だった。
太陽の初登場シーンは主に3人で構成されている。王座に座る王、玉座に座る王妃、そしてその後ろに鎮座する"太陽"である。
太陽とはこの国の象徴である。最も荘厳で、最も偉大で、最も価値のある存在。故に何よりも目立っているべきであり、当人も目立つことが何よりも好きであった。太陽らしく、何よりも目立つ登場を。
「──それが、太陽たる振る舞いだと思ってね」
ふむ、と一つ頷く御剣くん。思ったよりも考えているな、と褒めているんだかよくわからないけれどおそらく褒めているんだろう褒め言葉を残し、烏星くんの方を見る。
烏星くんは相変わらず黙りこくっていた。
「まあ烏星は周りが良く見えているからね、周囲との舞台調和を気にしたんだろう。
……それに関しては大いに同意だが、説明の仕方が悪かったのかもしれないな」
独り言のように呟くと、再び僕の方へ向き直る御剣くん。そして、彼女は続けてこう言った。
「君はもう少し周りを見る癖をつけるといい。君の考え方は基本的に足し算ばかりで、味付けが常に大雑把で濃口だ」
「舞台には常に外がある。それは観客席であり、もしかしたらカメラかもしれないけれど。外から見られて初めて、舞台は完成するんだよ」
「それに太陽は一体何を愛しているのか、覚えてる? ──そう、人だ。人と、人々が紡ぐ太陽の国を何よりも愛している」
「そんな彼はきっと周りをよく見て、よく知って、よく理解した。だからこそ見えたその国全てを愛してしまったんだろう。美しいものも、醜いものも、総じて全てを」
「いいかい、光本。周りをよく見るんだ。他の役者の作り出す世界を、演技を、みんなでつくりあげた舞台を、よく見てみるといい」
「そうして舞台の全てを愛すれば、そういうバランスが目につくようになってくる」
「君は己を天才だと言ったね、光本才治。──さて、天才たる君の演劇への愛はそんなものか?」
そんな、君という小さな世界で終わるものなのか?
ぱちぱちと言葉が頭の中で弾けていく。答えはいつだって一択だった。
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