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1-3 あなたは舞台に立ち続ける力がある【前】

全体公開 5469文字
2022-07-26 23:16:42
Posted by @EmptySeat_


『──わたくしは、もうこのまま消えようと思うのです』
『ッ月!』
『そう怒らないでくださいな、国皇様。だってそうではありませんか。日に日に廃れる信仰と、崩れ落ちかけた政治中枢。……当然ですね。光らぬ月に、奇跡を起こせぬ女神など、この国に不要だとは思いませんか』
……!』
『貴女ももうわかっているのでしょう』
……でも……!』
『終わりにしましょう、国皇様。この国を巻き込んだ長い眠りから、逃避から。きっと、抜け出す時が来たのです』

『わたくしは大丈夫です』

『ずっと独りで生きてきたんですもの。今更永遠の孤独なんて、怖いはずがないでしょう?』

▶視点 水無瀬遥

「止め」
 校舎に響き渡るチャイムの音、止まる劇。国皇様──福瀬一稀と向き合ったまま、わたくしはびたりと静止した。
 緩やかに顔を上げ、静止した少女を見る。少女はわたくしと目が合うと顔を顰め、ハァと深い溜息をつく。
「一旦、休憩を挟もうか。そうだね、──この時計で45分まで、計30分。問題ないね、市村」
「構わないけれど、」
 一体どうして、と言った表情をした彼を無視して意見を押し通す。市村将次の顔に『諦め』という文字が浮かんだような気がした。この状態の彼女は本当に強情だから後で理由を聞くことにしよう、そんな顔で黙って彼女の発言に耳を傾ける。
「じゃあそういう事で、一時解散。……その無駄な毒気と邪念、抜いておきなよ」
 その目は、明らかにわたくしを見ていた。はて、と少し首を傾げる。
 毒気? 邪念? ……一体何が? わたくしはただ、"月"に成っているだけなのに。
 水面のように揺れ動く不安定な心、深い悲しみに包まれて浮かび上がらない願いの水死体。不安定さは不安を招き、深海に沈む願いは悲しみを生む。緩やかに、緩やかに、それは表面上に、感情として発露されていって。
「遥……?」
 弾かれるように顔を上げた。そこには心配そうに見つめる阿良々くんが居る。ぼたり、と顔からこぼれおちた涙を見て、顔色が一変したのがわかった。
「遥!」
 腕を掴まれる。どうしたの、なんかあった? 慌てた声が、より焦燥感を掻き立てて。ハッとして、慌てて無理やり"私"を引っ張りだそうとしたけれど、それは中途半端な結果に終わった。
「な、なんでもないのよ! 大丈夫!」
 ──違う、これは私じゃない。彼の怪訝そうな顔がさらに歪む前に、その腕を振り払い逃げ出した。
 水無瀬遥と"月"が混ざり合う。孤独と孤独は惹かれ合うように癒着して、同化していく。上手く剥がれない──剥がせない!
 大粒の涙を零しながらひた走る。この学園に来て以来、悪癖は悪化の一途を辿っていた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 走って、走って、走って。──気がついた時には屋上にいた。授業中の時間帯、当然のように屋上には誰も居ない──と、思ったのだけれど。
 いくらまだ春とはいえ、夏も近づいてきた炎天下。日陰に入りたくて、私は少し空いた塔屋とフェンスの隙間に入り込んだ。狭いは狭いが人一人入るには十分で。
 遠くにはグラウンドにある時計が見える。感情が多少落ち着いて、整理が出来たら戻ろう──……
「げ」
……え?」
 そこには床に座り込んだ先客が1人。手には一冊の本、よく見れば奥手の床も数冊の本が散乱していた。
「く、倉坂先生? こ、こで一体……な、何をして、いるんですか……?」
 面倒くさそうな顔をして、パタンと本を閉じる。
「別になんでもいいだろ」
 投げやりな声。視線は一度は私の涙に向けられたものの、すぐに関心無さげに本へと落ちた。再度本を開き、ぱらりとめくる。目の前の生徒の存在は無視する事に決めたらしい。
 なんというか。本当にこの人、生徒に興味が無いんだなぁ……。普通は生徒が泣いていたら多少は声を掛けるなりすると思うのだけれど。
 無関心、無気力、無頓着。
 ぐす、と鼻が鳴る。涙は相変わらず止まらない。──遠くの時計は20分を指していて。あと残り、25分。
 近寄っても無反応。じっと見ても無反応。だったら──と、私は隣に座り込んだ。
「よ、40分、には、帰、ります……
 勝手に宣言し、居座る。隣から嫌そうな、はたまた怪訝そうな雰囲気が漂って来るのを無視し、雲が流れる姿をただ眺めた。
 何となく、許される気がする。このまま放置されて、穏やかな時間が過ごせる気がする。視線を無視し続けていると、やがて諦めたのか再びページをめくる音だけが響く。
 本日は快晴。雲の少ない青空だった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 関わりは殆ど無い20分間だった。感情は緩やかに終息していき、水無瀬遥と"月"はきちんと剥離する。
 やっと止まった涙に、ほっとしたように顔を上げ、隣を見る。倉坂先生は相も変わらず本を読んでいた。──よくよく見るとそれは演劇論に関する学術書で、イメージと異なるそれに少しばかり目を奪われる。

 "俺は演じない。教えることもしない。勝手に学んで勝手に成長しろ、以上"

 初回授業での言葉。以降本当に何も教えてくれないし、課題ばかりを出されたきりなので、てっきり演劇が嫌いなのかと思っていたのだけれど──この様子を見る限り、何となくそんなことはなさそうな気がした。
 よく分からない人だなぁ。ぼんやりとしていると、ずっと動かなかった先生が嫌そうな顔をして「時計」と言った。首を傾げながら、時計を見る。42分を指す時計に、45分集合だったことを思い出す。
 一方的に宣言しただけの事を覚えていたのか。小さな驚きと、それどころじゃないという焦り。慌てて立ち上がり、「お、お邪魔しました!」と声を掛けた。
 まあ別に、ここは倉坂先生の所有地では無いのだけれど。とっとと帰れと言わんばかりに見もせず手で追い払う彼に、後ろ髪を引かれるように「あの!」と声を上げる。
「ま、また! 来てもいいですか……!」
……好きにしろ」
 嫌だ、という感情がたっぷりと詰まった声。でもまた押し掛けても拒絶はされないんだろうなと何となく思った。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「相変わらず、後縫先生から逃げる時はここなんですね……
 屋上の塔屋裏。校舎で見かけないなと思う時は大抵ここにいる。特に、後縫先生が倉坂先生の名を呼びながら探している時は高確率でここにいた。
「まつりはここに来れないからな」
 首を傾げる。来れない──なんて事はないと思うんだけど。私みたいに生徒も自由に出入り出来るように鍵は常に解錠済みだ。もちろん安全対策に高いフェンス(ネズミ返しのようなボルタリング対策もきちんとされている)が貼られている。
 答えを求めて隣を見るも、今日は昼寝の気分らしく早々に横になって無視を決め込んでいる。まあ、まともに対応してくれることの方が少ない。それでいいのだ。
 回数を重ねる内に、徐々に倉坂先生に適応しつつあった。言葉のどもりも減り、いつものテンションよりもやや落ち着いた状態で話せている。
 息を吐く。どうせ聞いてない。聞いてないからこそ、壁打ちにはちょうどいい。
 ゆらり、と隣にストンと座り込む。膝をぎゅっと抱きめれば、感情が徐々に波打ち、ぽつりぽつりと感情を吐き出し始めた。
 これが、最近の倉坂先生との関わり。
 悩み、戸惑い、苦しみ、悲しみ。それは乖離しきれなかった"月"のものもあれば、"水無瀬遥"本人のものもある。ちょっとしたフェイクや嘘も混じえて、誇張や矮小化した言葉も混じえて、ただただ吐き出していく。
 倉坂先生は興味無さそうに隣で寝ている。ただ寝息の様なものは聞こえて来ず、起きて聞いているのかもしれないなとぼんやり思った。
 でも、先生はきっと口には出さないから。なんにも言わず、寄り添う事もせず、ただ聞き流してくれるから。
 それは、私にとって、ちょっとした救いになっていた。
 舞台表現学科の皆はとても優しい。先輩方も、同級生達も、いつも気にかけて、何かあれば優しく声を掛けてくれる。それももちろん嬉しいけれど、そんな優しさには甘えきれない理由もあって。
 ──私は、私は頑張らなくちゃいけないから。ここで学んで、成長して、いつか◾︎◾︎◾︎◾︎を演じなくてはいけないから。
 だから、それには甘えきれなくて。
 弱いなぁと思う。全てを抱えて立って居られれば良かったのに。それが出来ないから、今、こうして壁に打つように言葉を零している。
「わたし、……わたしは」
 声が震える。倉坂先生が、眼下で少し揺れたような気がした。
……のために、演じなくちゃ…………
 込み上げてくるのは、何?

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「おい」
倉坂先生の声。顔を上げると、ぱた、と涙がこぼれおちた。頬を引っ掻くように緩やかに落ちていくそれは、紛れもなく私のもので。
 先生はいつの間にか寝る体勢から座る体勢に変わっていた。面倒くさそうなのは相変わらずだが、目が合ったのは初めてな気がする。
「お、わり、ですか」
「今から授業だよ、めんどくせえ」
 ガリガリ、と頭を搔く先生。辺りにちらばった本を拾うと、お前も戻れと言う。時計を見るともうすぐ始業時間になっていて、……でも、この顔だと心配させてしまいそうで嫌だった。
「あの、先生」
 立ち去り掛けた先生が振り返る。それが珍しくて、思わず言葉を失った。
……なんだよ、早くしろ」
 答えてから行く。そう言わんばかりの態度に、動揺が隠せない。
「え、いや、あの、……
 見つめる目。
 なぜだろう、なんでバレたんだろう。どうして──どうして、これだけはちゃんと、ちゃんと悩んでるってバレてるんだろう。
 答えようとしている、はじめて、倉坂先生が。──どうして。
……、え、っと」
 声が消え落ちる。……これまで、どうやって言葉を投げかけて居たんだっけ?
 でも、目が、やけに真っ直ぐで──

 言葉が、落ちた。

「演じた感情のリセットが、できな、くて、」
 『メゾット演技法』。1940年代にニューヨークの演劇で確立・体系化された演劇理論であり、役柄の内面に注目し、感情を追体験することなどによって、より自然でリアリステックな演技・表現を行うことを特徴とする。
 私は感情を深く考察し、それを追体験するように想像する事でその効果を発揮させている。
 他人に成り代わる。他人として生きる。自己を他者にすり替える。
 それは、当然のように危険を伴うことだった。
 自己を見失う。感情の癒着。意識の混濁。上手く──上手く制御が出来なくなる。
 精度が高いからこそ、私ではなくその人として生活出来てしまって。私が──私がどこかに行ってしまって、戻って来れなくなって、しまって。
 結果、私を見失ったまま、そのままになってしまうことが、ある。──それは私にとって、少しばかり厄介な種となっていた。

『遥?』
 不安そうな、幼馴染の声。
『最近、なんかあった?』
『いや、別に無いんなら良いんだけどさ〜! なんか、最近、ふいんき違うっていうか、なんて言うか、う〜〜〜〜ん……

『なんか、遥じゃないみたいな時がある、ような……?』

……いや、まあ、やっぱオレの勘違いだと思う! 変なこと言ってごめん! 練習しようぜ!』
 ──それは、……

 倉坂先生は最後まで興味があるんだかないんだか分からないような顔をしてこちらを見ていた。授業はおそらく既に始まっている。……いいのかな、と少しだけ考えて、やめる。考えても仕方の無いことだから。
 先生はため息をひとつ付き、「別の台本を用意しろ」とだけ言った。
「ひとつに偏るな、特化するな、チャンネルを複数用意しろ。ひとつだから乗っ取られる。ふたつだったら偏れないだろ、特にお前みたいな真面目な連中は」
「そうすれば、思考が完全に何かには成り変わらない。その隙に好きな物見るなり好きなことやるなりして自己を取り戻せばいいだろ」
「どうせどんな人間にだって適正はある。その最大適正キャラクターが自分だ」
 だからそういう性格としてそこにいる。生きている。違うか?
 ピンとくるような、来ないような。同時に別の役を演じた事など無かったからわからない。いつも何かひとつに集中して、熱中して、──それが行き過ぎた?

 考え込む私を見つめる先生。やがて、「あとは自分で考えてやってみろ。……ああ疲れた、授業はサボろ……」そう言い残し、どこかにふらりと行ってしまった。
 時計を見る。時間はとうに開始時間を大幅に過ぎていて、私は慌てて屋上を出た。
 涙はとうにかわいている。胸も、ほんのりすっとしたような気がする。
「台本……、御剣先輩──はちょっと話しかけづらいかな……。ええと、あとは、南天寺先生とか……?」
 次の授業は確か南天寺先生だった気がする。彼ならば、気軽に台本を貸してくれるだろう。……ちょっと、テンション高過ぎて怖いけど。
 とりあえず『自分で考えてやってみる』のだ。上手くならなくては、役者としてきちんと成長しなくては行けないから。

 ──いつか◾︎◾︎◾︎◾︎を完璧に演じられる日を夢見て。

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