@EmptySeat_
▶視点 烏星黎
「お久しぶりですね、黎ちゃ……あっ、えっと、え、烏星先輩……!」
「……別に、黎でいいわよ」
とんだ偶然もあるものだと思う。こんな所で昔馴染みに会うなんて思いもしなかったのだけれど。
昔、母の舞台の楽屋で出会った彼女は、あの頃語った『ジョユウになる』という夢のままに、この学園まで進学してきていた。私は気づかなかったのだが、入学して少し経ちたまたま私の母の事を知った彼女が話しかけて来てくれたのである。
じゃあ、黎先輩、で。眉を下げて笑う彼女を眺めながら、思考を巡らせる。曖昧な記憶の中では、彼女を楽屋に連れてきた"母"と言うのがどのスタッフだったのか、全く思い出せずにいた。
「ごめんなさい。あまりにも幼すぎて、あなたのお母さんが具体的になんのスタッフだったか記憶してなくて……。確か俳優でなかったことは覚えてるのだけれど……」
悩んでいても思い出せる訳では無い。大人しく白状をする。彼女はそれを見て軽やかに笑うと、「10年は前の事ですもんね」と言った。
「お母さんは裏方──脚本家のお仕事をしていました」
脚本家さん。つまりは、あの舞台の脚本を書いたのが彼女の母だったという訳で。なるほど、道理であまり記憶に無いわけだと思う。舞台に立っているならまだしも、裏方であれば見る機会も少ないという話だ。
随分昔の記憶。どんな話だったかの記憶も随分曖昧で、久しぶりに見てみようかしらと思った。
「脚本家さんだったのね。そう……、お母さんはお元気にしていらっしゃる?」
思いついたままに、ぽつり。彼女は目を瞬かせると、少し眉を下げて笑う。
「あ、えっと……、実は、ここ暫く会えてなくて……。実家から離れた中学に進学した上、ここもあまり実家には近くありませんから……。あ、でも、お母さんの事なのできっと元気にしていると思います!」
「アナタがそう言うならそうなのでしょうね。よかったわ」
「ふふ、こうして家族の話をしていると、つい会いたくなって来ちゃいますね。帰れる余裕とか、あったりするんでしょうか……?」
「どうかしら。本人次第だとは思うけれど」
他愛もない会話。やがて授業5分前のチャイムが鳴って、彼女は慌てた様に一言礼を残して去っていった。ほんの数分にも満たない出来事、それでも昔を振り返る理由には十分で。
──ついでに思い出した苦い記憶を、そっと頭から追い出して切り替える。集中しなければ、そう思いながら席に着く。
やがて担当教師が教室に入って来て、授業の号令を行う。やる気無さげなその姿に、「そういえばここにもいたわね、昔馴染み」とどうでもいい事を思った。あの頃とは随分違う様子だが、……流石にその名前を忘れる事は出来なくて。
配られたプリントにため息をひとつ。再度頭を切り替えて、目の前のそれに集中した。
帰宅後、そんな会話を後悔することになるだなんて思わずに。
「……なにそれ」
ぐしゃりと髪を握り締める。乱雑に掴まれた髪が引っ張られ根元が悲鳴を上げているが、気にしてなどいられなかった。
「あの子、何を思ってあんな事言ったのよ……」
煌々と光るスマートフォンの画面には、彼女の母・水無瀬千春のWikipideaが開かれていた。
水無瀬千春(みなせ ちはる、19XX年X月X日−2015年X月X日、XXX出身)は日本の女性脚本家──……