X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです

1-3 あなたは舞台に立ち続ける力がある【後】

全体公開 5911文字
2022-07-31 00:05:09
Posted by @EmptySeat_

1-3後

▶視点 南天寺クオン

「新しい脚本?」
 目を瞬かせる。大人しい彼女──水無瀬遥が珍しく話し掛けてきたのは授業後の事。短な脚本を見繕って貰えないかというその打診は、疑問の伴うものだった。
「そりゃあ見識を深めるという意味では色んな脚本に触れてみるのは良い事だとも。しかしまあ──どうして今」
 公演まで半月を切ろうとしている今するべき内容ではない気がする。特にまだ1年生という未熟な期間でありながらも、主役を演じる君達は。
 疑問を返すと、彼女は困ったように微笑んだ後考え込む。どうやらそうそう簡単に話したい内容ではないらしく、「……ある方に、アドバイスを受けて、」という随分消極的な返事が帰ってきた。
 ある方、ねぇ……。「なるほど?」と言葉を返しながら思考を巡らせる。こんな土壇場の今、そんなアドバイスを出来る人間は少ない。この学科は彼女の一件から立ち直っているように見えて、実際は表面上立ち直っているだけという所がしばしばある。未だどこか腫れ物に触るように伺う視線も散見できてしまうものだから。
 ──大方アレのアドバイスだろうとは思うけれど、アレがアドバイスをするだなんて想像も出来なかった。
「まあ、わかったとも。でも無理はせず程々に、ネ。楽しくなってやり過ぎて、大切な"月"が抜けてしまっても困るだろう?」
 茶化すように、にっと笑う。密かにほっと息を吐くのを見て、ウーンまだまだ信用が足りないと少し思った。子供の懐に入るのは難しい、──さて、アレはどうやって懐に入ったのやら……なんて、どうせ知っても参考にもならないんだろうが。
 閑話休題。「ありがとうございます、よろしくお願いします」と言い残し去る彼女を手を振って見送り、そのままの足で図書館へ向かう。
 彼女に出されたお題は二つ。『喜劇的な明るい内容であること』、『"月"とは掛け離れたキャラクター性を持つ役であること』。それ自体は対して難しいお題でも無いのだが、どうせなら少しばかりでも学びが欲しいものだろう。なんせ生徒と教師だし、唐突に始まった先生ごっこでも一応は全うするつもりはあるのだ。
「にしても、」
 思い出すのは稽古場での事だ。休憩時間に定期的に抜け出していく彼女。ひっそりと、人目を避けながら。
……少し、根を詰め過ぎカナ〜」
 とはいえ、こんな信用も少ない状態では出来ることも少ないんだけど。

「南天寺先生」振り返ると、そこには一人の生徒がいた。いつものように笑みをたたえたまま、いつの間にかそこにいる。「脚本でもお探しですか?」
 まだここに慣れていないでしょう、良ければ一緒に探しますよ。そう言って首を傾げる彼に、ボクは緩く微笑んだ。ただの親切に見えて、ほんのりと好奇心が見え隠れしていることに彼は気づいているだろうか。まあ、どちらでも。探られて痛い腹がある訳でも無かった。
 ただ、都合がいい、とは思う。
「いや、ボクの為のものでは無いんだけどね。……そうだ篝里クン、少しいいかな?」

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 新しい脚本の選択を南天寺先生に任せ、自分は演技に集中する。自分で探しても良かったのだけれど、……何となく、適正のある役を探してしまうような気がして。
 解決したそれはさておき、目下重大な問題が発生しているのでそちらに集中するとしましょう。

「雑音がひどい」

 現在、私・水無瀬遥は御剣先輩に酷評を受けています。

▶視点 水無瀬遥

「な、な、……

「何が悪いのか、わからない……!」

 頭を抱える。出来ることは大体やったはずなのに、御剣先輩の検問だけが通れないのだ。例えば此花先輩に演技を見て頂いたり……(「ここまで出来れば上出来だと思うけどな……。まあアイツ、元々目がいいから結構厳しいんだ。あんまり気にしすぎなくてもいいかもな」)、灰破先輩と原因を探ってみたり……(「雑音、ってなんだろーね……? 確かに言葉が足りない人ではあるかもしれないんだけど、あそこまで説明してくれないのはハジメテ見たかも。もしかしたら、随分感覚的なコトなのかも……?」)演技タイプの近しい福瀬先輩に聞いてみたり……(「雑音は、ある……けど、なんて言ったら伝わるか、わからない。あと、なんでそうなるのかもわからない、かも」)。
 でも結局残るのは疑問ばかりで、私が出来ることと言ったら"月"に更にのめり込む事だけだった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 ああ、まただ。戻って来れない。
 いや、戻って来れないと言うより──共感し過ぎてしまっている。思考がどんどん落ちていって、どんよりと曇っていって、……思い出すのは、あの日の──……
 寮に戻る気も起きなくて、目指したのはやっぱりあの屋上だった。今寮に戻ったらみんなとかちあわせになってしまう。やはり心配を掛けるのは嫌だった。
「──水無瀬君?」
 思わず振り返る。そこには、心配そうな顔をした篝里先輩がいた。手にはいくつかの脚本を持っていて、図書館にでも行ってきた帰りなのかな、とどうでもいい現実逃避をした。そのぐらいの時間はきっと経過しているだろう。練習が終わってから、随分と校舎をさまよっている。
「どうしたんだい、大丈夫かい」
 まずい。咄嗟に引き出したのは昔演じた役の引き出しで、それを纏うようにして微笑んだ。
「だ、大丈夫、ですよ」
 うまく、纏えていない。うまく、引き出せていない。"月"が近すぎて、無理やりの上書きが間に合っていない!
 彼は少しばかり悲しそうに眉をひそめてじっとこちらを見つめると「僕はね、水無瀬君」と静かに言った。
「僕は他の誰でもない、君に話し掛けているのさ」
 固まったまま、動けない。相変わらず涙は止まらないままだった。
「少し、話そうか」
 床でごめんねと彼が示したのは階段の段差で、私は手を引かれるがままにそこに腰かけた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「別に強制はしないよ。話せないのならそれでもいい。一人で居たいならここを離れるしね。……でも、出来たら話して欲しい。何か悩んでいるのであれば、話して欲しい。僕はね、君の力になりたいんだ」
 そう言って笑う先輩に、キュッと喉が締まった感じがして思わず俯いた。ただ真摯に心配しているその声に、思わず口を開いてしまいそうになる。この悲しみを、弱さを吐き出してしまいそうになる。
 でも篝里先輩は優しいから、きっとそれを受け止めてくれそうで。それで、心が軽くなってしまいそうで。
 それが、どうしても許せない。
「わ、わたし……
 思考を巡らせる。どうにかしてこの場を切り抜けたいが、その方法がまるで思いつかなかった。 助けて欲しいとか、楽になりたいだとか。決して思ってはいけないけれど、それでも心に溜まっていたそれが声を上げている気がする。
 そんな、すがってしまう弱い自分が嫌いだ。もうこれ以上、そんな自分を嫌いになりたくなかった。
 静寂が廊下に落ちる。私を気遣う視線が緩やかにこちらに向けられていて、動揺し唇が痙攣したように震えた。
「わたし……

……水無瀬君」
 顔を上げる。直視出来なくて、いつの間にか下がってしまっていた顔を上げれば、相変わらず落ち着き払った顔でこちらを見つめる篝里先輩がいる。
「演劇は楽しい?」
 それは、

「──わ、」

「わかり、ません……

 涙が溢れる。もう無理だと思った。瓦解したそれは、もう自分じゃ制御も出来なくて。
 演劇は楽しかったはずだ。楽しいから続けてきて、でもその意味が変わったのはいつだっけ?
 苦しくて、悲しくて、それでもここにいなければいけない。夢が義務に変わって、目標が到達点に変わって、自力で降りる事はもう難しくて。

 乾いた笑いを零して、私は静かに静かに言葉を紡いだ。……これは懺悔だった。九歳のあの日から始まった、私の罪の話だった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


……わたし、わたしがわるいんです」

 思い出すのはあの日の出来事だ。
 車が私を目掛けて走ってくる。大きなブレーキ音。スリップして軋むタイヤ。迫り来るそれに、私は何も出来なくて。

「ほんとうは、私が死ぬはずだったのに」

 不意に押された背中。突き飛ばされるがまま、地面に体を強く打ち付けて横たわる。後ろから聞こえるブレーキ音、何かがぶつかる大きな音。……朦朧とする意識の中では何が起こっているのかわからなかった。

「お、おかあ、さんが、……私を庇って、事故で、……

 篝里先輩は、ただじっと見ていた。背を擦りながら、小さくうんと頷きながら、ただ話を聞いている。

 残ったのは母が褒めてくれた演劇の技術と、1つの台本。母が「遥の為に」と書き上げてくれたそれは、私が昔好きだった本をオマージュした作品で。──この世に未だ出ていない、"水無瀬千春の遺作"。私が演じて、私が作り上げなければ、無かったことになってしまう作品、だった。

「だから、思ったんです。私はこの作品を完成させなきゃいけないんだって。せめてもの償いに、母への罪滅ぼしとして」

 へらりと笑う。笑えていただろうか、分からないけれど気分的には誤魔化すように笑えたつもりだった。

「君のせい、ね──……

 篝里先輩は少し考え込むと、「デウス・エクス・マキナって知っているかい?」と言った。
 デウス・エクス・マキナ? 聞いた事があるような、無いような。でも意味は思い出せなくて、私は首を傾げる。
「機械仕掛けの神、全てを仕組んでいる神のことさ。……僕はね、全てのことは、神のおかげで神のせいだと思っているんだ」
「神のおかげで……神の、せい……?」
「そう。誰も悪くないし、誰のせいでもない。そして誰のおかげでもない。全ては神が仕組んだ事、神が決めてやった事……。神が僕達駒を使って遊んでいたから起こったこと、そう考えたら時々反抗してみたくならないかい?」
 イタズラっぽく笑う篝里先輩。
「僕もたまにね、辛いことがあったら笑うようにしているんだ。神への些細な反抗さ。お前の思い通りにへこたれないぞ、ってね」
「神への、反抗……
「どうかな、神の操る駒の一つである君は、そのままでいいのかな?」
「私、は──……
 混乱したように固まったまま、考え込む。思っても見なかった考え方と、捉えたことの無い思想に困惑したまま、思考停止はきっと近い。それを見計らったように、彼はにこりと微笑んだ。
「まあ、これはあくまでも考え方のひとつさ。ただこの考え方で、君の心が楽になれば僕は嬉しいよ。──優しい君の事だ、きっとずっと思い悩んで、苦しんできたんだろう。それでも君のお母様はきっとそんな君の優しさを、誇らしく嬉しく思っているはずだよ」
「や、優しい……? 私が、ですか……? そんな、だって、今していることだって、見方を変えればただの自己満足で……
「自己満足でも、その日からずっとお母様の事を考え続けてきたんだろう? 例えそれが申し訳無さを感じているという事だけでも、水無瀬くんはお母様に許して貰えるように、喜んで貰えるように、日々務めてきた。……それが優しくなくてなんだと言うんだい?」
「優しい君のお母様だ、きっととても優しい方だったんだろうね。きっとそんなお母様は、君が自由に生きる事もまた見守ってくれる、受け入れてくれる、そう僕は思ったよ」
 母の顔を思い浮かべる。いつだって貴方は、私を優しく暖かい瞳で見つめていて。

「自由に……自由に生きてもいいんでしょうか……? 赦してくれるでしょうか、……赦して、いいんでしょうか……?」

「赦されなくていいんじゃないかな。むしろ、赦しなんて最初から要らなかったのかもしれないね」
 あっけらかんとそう言いのける彼を、呆然と見つめる私。凝り固まった何かが、ゆっくりと柔らかく解けていく。
「──そもそも、君のお母様は君のどんな所を愛していたのかな」
 幼い頃の、小さな舞台を思い出す。母が見に来てくれた舞台、あの時演じたお姫様を、終わった後母はなんて言ってくれていた?
「きっと、舞台で輝く君を愛していたんじゃないかな。だからきっと、この脚本は託されたのさ。義務ではなく、責務でもない。──いつか、自分の書いた脚本を演じる君がみたい、ただそれだけだったんじゃないかな」



 くるしかった、つらかった、かなしかった。お母さんの死を受け入れられなくて、ずっとずっと悲しむことしか出来なくて。追うことは、どうしても怖くて。
 水無瀬千春の遺作を発見したあの日、その作品を読んで運命を悟ったのだ。死にたいと願う少年が、幸せを見つける為に旅に出る話。エピローグの無いそれは、どこか私とよく似ていて。
 家族を失い、結局幸せを見つける事の出来なかった少年と共に、屋上から飛び降りようと。
 そう、思ったのだ。

 ずっと、上手く演じられなくて、最後の最後で足が竦んでしまって。

 ──それはもしかして、お母さんが止めてくれてたのかな、なんて、今なら思えるかもしれない。

「私、お母さんを喜ばせたいです。出来ることならちゃんと集大成として、完成したこの作品を、お母さんに見せてあげたい」
「この作品、エピローグが無いんです。……私も上手く続きが想像出来なくて、ずっと空白のまま。──もう一度考えてみます、探してみます。続きを、正しい"水無瀬千春の遺作"を。
 だからその時は──」
「もちろん僕も全力でお手伝いさせてもらうよ。大丈夫、なんていったって君にはこの学科の心強い仲間が居るのだから!」

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「何かいい事でもあったのかい」
……え?」
「雑音が消えたから。いや、消えてはいないけれど、だいぶ抜けつつある、といった所かな」
 御剣先輩はそう微笑むと、それ以上何も言わずに学科全体を振り返った。
「そろそろ通し稽古を始めようか。ここからが練習本番だ、気を引き締めるように!」
 はい!と稽古場に声が響き渡る。──もう、すぐそこに本番が近づいてきているようだった。


投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.