@EmptySeat_
▶視点 蜂谷柚季
ゆっくりと息を吐き、大きく息を吸い込む。朝のピリリとした涼しさが火照った体に心地よくて、少しずつ思考が明瞭に切り替わっていく。
気持ちのいい朝だった。
隣にはクールダウンの為にストレッチをする此花先輩が居て、彼女の表情も随分と和らいですっきりした様子へと変わっている。
「……よし。お待たせ、柚季。行こうか」
「はい!」
ジョギング後、中で一旦解散しシャワーを浴びてから再集合。朝ご飯を一緒に食べる──というのが、この後のいつものパターンだった。
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「相変わらず朝から元気だねぇ」
寮に入ると、そこには寮母の雲母さんが居た。時刻は朝の6時。どうやら朝ご飯の支度をしていたらしく、食堂からはいい匂いが漂ってくる。
おなかがすいたなぁ。ついなりそうになるお腹を擦りながら、僕は挨拶を返す。
「おはようございます!」
「おはよう、頼」
「はいはい、おはよう」
朝メシ出来てるよ、食べてくかい? そう笑う彼女に、顔を見合わせる僕達。正直僕は割と…割とお腹が空いていて(実は昨日調べ物に没頭してしまって、夜をかなり軽く済ませてしまったので)、シャワーよりも先に朝ご飯を食べたい気持ちが先行していた。
「……先に食べるか?」
バッチリ伝わってしまったらしく、此花先輩は少し呆れたような顔をしている。……没頭癖、ほんと、良くないよなぁ……。気を使わせた事に申し訳無くなりながらも、僕は小さく頷く。
それを見た雲母さんは、姉弟みたいだな、と笑って言ったのだった。
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食堂はまだがら空き。アタシもまだ食ってねえから、と3人分用意した彼女は、僕達の前に食事を並べると近くの席にどかりと座った。
……そういえば、雲母さんと一緒に食卓を囲むのは初めてな気がする。いつもこの時間はシャワーを浴びているし、大抵厨房で忙しそうにしていて話すタイミングなんてまるで少なかった。
雲母さんについて、気にならないかと言えば嘘になる。例えばその傷跡とか、指輪とか。でもその好奇心のどれもが不躾なものになってしまいそうで、僕はなるべく触れるのを避けていた。──と、
「……気になる? この指輪」
びっくりして顔を上げると、あっはっは!と豪快に笑う雲母さんがいる。
「いや何、いつもちょっとだけ目を向けるだろ。気になるのかと思ってさ」
ばれてる。恥ずかしくて顔を背けると、「そういやずっとつけてるよな〜それ。誰かからの贈り物だったりするのか?」と、興味深げに此花先輩がそう言った。
聞いていいのかな、それ。ちょっとびくびきしながら顔を上げるが、雲母さんはさして気にもしていないように「まあそんな所」と笑った。
「昔の約束みたいなもんでさ。正直もう期限は過ぎてるし効力は無いんだけど──まあなんつーか、未練みたいなもんさね」
指輪を手に取りぼんやりと眺める瞳にはどこか郷愁が漂っていて、僕も思わずぼんやりとその指輪を眺める。……頭の隅っこで何かがチカチカと光っているような気がして、でもそれがなんだったかは上手く思い出せない。
なんか、なんだっけ。この目、どこかで見たような……? 最近、どっかで、えっと………………???
思い出せぬまま、話題はゆらゆらと流れていく。会話は完全に此花先輩と雲母さんが二人で話していて、僕はまだ思考を探っていて。
結局、思い出せはしないままだった。