@EmptySeat_
1-4前
「相良! 後ろ!」
「え? おわァっ!」
「きゃっ!」
「ご、ごめんみつっち!」
「だ、大丈夫……!」
「ちゃんと周りを見るんだぞ〜!」
ちむっち先輩からの声が飛ぶ。それに「うん!」と声を上げて、頬を軽く叩いた。
最近、なんだかミスが多いような感じがする。本番も近いのにな〜、……なんか、調子が出ないんだよな〜……?
気合いは十分なはずだ。立ち稽古も始まって、全体のふんいきもピリッと引き締まっているのを感じる。……なのに、なんでかちょっと集中出来なくて。
「相良! セリフ!」
「え? あ!」
「……」みつるっち先輩の呆れた目に、内心で頭を抱える。マジでこれで何回目? もしかしてオレ、今結構やばい?
「……すこし、休憩しようか。水分でもとっておいで」
大丈夫?と明確に伝えてくる幼馴染の目が見えて、なんだか何も言えなくなって口ごもった。──なにかが吹っ切れたように、演じる姿を思い出す。遥は最近、調子が良さそうだ。どこかで何かあったんだろうか、つい最近までずっと調子悪そうだったのに。
おれのなんにもしらないところで──……。ブンブンとあわてて首を振る。びっくりしたような顔をした遥に、大丈夫!とピースを返して笑った。
大丈夫! だってオレ、やればできるし!
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▶視点 此花初音
「三鶴」声を掛けると彼女はゆっくりと顔を上げた。「初音か。どうしたんだい」
「いや別に。ちょっと様子を見に来ただけだよ。……足の調子は?」
「残念ながら。普段の不摂生が祟ったかな? 進捗はいまいちらしいね」
「らしいって……お前、自分の足に関心が無さすぎるだろ……」
「もう必要ないからね」
「……! ……、ああ、そうかよ」
眉を顰める。どこか淡々とした様子に、相変わらず底が見えないとため息をついた。
三鶴は早々に脚本を捲り始める。どこか詰めたいところでもあるのか、はたまた別件のチェックをしているのか。とにかく集中して戻って来なくなる前に、本題に入ることにした。
「三鶴」「うん?」
「あれは放っておいていいのか? どうせ、気づいた上で泳がせてるんだろ?」三鶴が顔を上げ、私の視線をゆっくりと追う。その先には相良阿良々が居て、彼女は「……ああ、」と呟いた。
「まあ、そうだね。そろそろどうにかした方が良さそうだ」
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「じゃあ練習はこれで終了とする! お疲れ様!」
「ありがとうございました!」
練習終了の合図と号令。合わさるみんなの声と共に、オレも声を張り上げた。な〜んか調子悪かったけど、まあ、疲れてただけかもしれないし! 今日はさっさと帰ってメシ食って寝──……
「相良、」「うん? なに、みつるっち先輩」
「君は居残りだ」
「ンげ!」
「主役を下ろされたくなければ脚本を持って稽古場2へおいで。──特別に、僕が相手をしてあげよう」
言うだけ言って、さっさとここを出ていこうとするみつるっち先輩。え、えぇー……。オレ、今からメシ食って寝るつもりだったんだけど……。今日は見逃してくれないかなぁ、ぼんやりとその後ろ姿を眺めていると、唐突に振り返ったみつるっち先輩から再度催促の声が上がった。
「相良、」
「あーもう! わかったわかった、今行くってば!」
▶視点 相良阿良々
「──で、結局何するの?」
稽古場2に集まった2人……というか、正しくは心配して見に来てくれた先輩達が結構いるんだけど。……というかほぼフルメンバーが稽古場2に移動してきていて、移動する意味はなかったかもしれない。……とにかくオレたちはそんな稽古場の中央に立ち、脚本を広げていた。
みつるっち先輩に視線を合わせるようにしゃがみ、その膝にある脚本を覗き見る。そこには白い部分を埋め尽くす程の赤と黒がほとんどを締めていて、その書き込みの量に驚く。何となく、本当になんとなくなんだけど、こういう人達はメモなんかなくても完璧に出来ちゃう、そんな気がしていて。そういう訳じゃないんだなとぼんやりと思う。……オレももっとメモした方がいいのかもしれない。
「相良」「何?」
「君は今どこまで自覚をしているんだい?」
首を傾げる。言っている意味がわかんなくて、とりあえず「どゆこと?」と声を発した。
「不調なのは何となく理解しているんだろう? どこが出来ない? 何に引っかかっている?」
あ、あー……、そゆこと。ん〜、と呻きながらガリガリと頭を引っ掻く。それがわかったら苦労しないんだけどなぁ、と思いつつ。ついでにちょっと考えてみるけれど、やっぱり思い当たるところはなくて。
「思い当たるところは無い?」
「うーん、多分」
そう、と相槌を打つと、みつるっち先輩は黙り込む。空間がピリッとひりついて、何となくいや〜な感じがした。この学科が時々なる、この空気。……正直ちょっと苦手だ。今度このタイミングでクラッカーでも鳴らしてみようかな?なんて、ゲンジツトーヒってやつなのは分かってるんだけど。
「わかった」
「へ、何が──……」
「私が、一通り手本を見せるよ」
だから、自分の演技と比べてみるといい。そう言い放つと、みつるっち先輩はいきなり足を下ろして車椅子の足を置く部分を上げ始めた。
パタン、閉じる音。みつるっち先輩の足が床について、久々に地面を踏みしめる。
「ちょっと待って!」
「何?」と言いながら、みつるっち先輩はぐっと腕に力を入れ車椅子から自分の体を押し出した。体がぐらりと揺れ、再度バランスを取り戻す。目線の随分上がったみつるっち先輩が、こちらを見下ろしていた。
「ほら、惚けていないで。──一度しか演じないから、ちゃんと最後まで見ていて」
不自然な汗、荒い呼吸。どう考えても万全とは言い難い体。車椅子から立っていいのか、とか、痛くないのか、とか、そんな質問、しなくても答えがわかる顔色をしている。遠くから聞こえる喧騒と、それを止める落ち着いた声。
それでも、その全てをどうでもいいと言わんばかりに脚本を開き、舞台に上がるようにゆらゆらと人気の少ない方向に寄る。振り返ったその目は、まさにあの日憧れた役者の瞳だった。
息を吸い込む音。ふらつきが収まり、表情が切り替わる。騒がしかった音も、いつの間にかその舞台に釘付けになったかのように消えていた。
『初めての恋をした。これが恋だと初めて知った。
このまま朽ちて消える恋ならば、せめて一度、顔を見て話してみたい!』
それは、恋をする少年の顔だった。
本当にみつるっち先輩は怪我をしているんだろうか、だなんて、さっき見た光景を否定するようなことを思う。この役はかなり動きの多い役だ。どうやらそれはオレがそうだからそうしてくれたみたいなんだけど、スキップしたりジャンプしたり、走ったりまわったりと細かく動きが指定されている。
『だってそうだろ、こんな美しい人、おれは初めて見たんだ! きっと、見て話さなきゃ、おれは一生後悔する!』
オレを正確に真似た動き。声の跳ね方とか、手の動かし方とか、そういうものがかなりオレに似ていて。見ただけでそこまで出来るその実力に、オレは乾いた笑いをこぼす。
赤い目が光る。みつるっち先輩がみつるっち先輩じゃなくなっていく。相良阿良々を経由して──アステルへと、変わっていく。
『だから連れて行ってくれないか、旅人! きみの旅に、おれを連れて行ってくれ!』
『自分の身は自分で守るし、絶対に迷惑をかけないと約束する! おれは、おれはさ、あの人を──月の女神を、見たいだけなんだ』
『月の女神がどこにいるかわからない? てっきり、月の国にいるんだと思ってた』
『え! 月の国で内部崩壊!? なんでだよ!』
『……おれ、やっぱり会いに行かなきゃ。ううん、会いたいんだ、おれ、やっぱり』
『月の女神と、会いたいよ』
強い視線、赤い瞳。つい目を奪われて、引き摺られるように物語の世界に連れていかれるようで。ほかの全てが目に入らなくなる。"アステル"以外の役者がいなくても違和感がない。だってオレたちの目はただ一人、あの"アステル"に釘付けで──……
あの日を思い出す。中学3年生の頃に見た、あの舞台を。誰もオレのことなんて見ていない、誰も彼もが御剣三鶴しか見ていない! それに悔しさを覚えたのは、あの日が最初で最後だった!
目立つ身長、派手な容姿。みんなが絶対に振り返るそれが本当に嫌で嫌でたまらなかったあの頃。それでもいざ見られなくなったらそれはそれで悔しくて、オレはようやっと自分が目立ちたがり屋だったんだって気づいたんだ。
『何のために来たんだって馬鹿な事聞かないでくれよ! おれはきみに会いに来た。君に会うことだけが目的さ!』
『だからきみの傍に居るよ、最後まで、おれはずっと傍に居る』
『きみが寂しいならおれはここでずっときみを見ていよう。きみが望むのならば、おれはきみのために星になったって構わない』
目を持っていかれる。誰も彼も、もう御剣三鶴を止められない。みつるっち先輩の最前に居るのはオレなのに、オレの事は視界にも入っていない!
「……あは、」
『ああ、もちろんだよ月の女神! 一緒に行こう、一緒に居よう、きみと共にならどこまでも!』
ああ、そうだった! オレはこの役者に勝ちたくて、未経験の癖にここまで来たんだった!
腑抜けている場合なんかじゃない、止まっている場合なんかじゃない。
だってこの【目標】はまだ死んでない!
アステルの出番が終わる。幕がゆっくりと引かれていくその姿が、見えるはずもないのにはっきり見えて。
出番が終わったその瞬間に、みつるっち先輩は大きな音を立てて床に倒れ伏せた。受け身も取れていない落ち方に、目を奪われていた全員がようやっと意識を取り戻す。
「御剣!」慌てたように1番に駆け寄ったのがちむっち先輩だった。続けてばらばらと、3年の先輩が駆け寄っていく。
「馬鹿! お前さっき足の調子は良くないって言ってただろ!」と、怒った顔のつねっち先輩が声を掛ける。
「それに喉も……大丈夫なの? 三鶴……」続いて心配した様子のゆきっち先輩の声。
それに答えようとして口を開いた瞬間、みつるっち先輩は強い咳を繰り返し始めた。青ざめた顔、止まらない冷や汗、──さっきまでの演じている姿とは明らかに違う、弱ったそれ。
「……ッゲホ、大丈夫に見える?」
「大丈夫に見えないから言ってんだろ!」
「っは、あはは、初音は心配しすぎ、ッゲホ、……はぁ、」
今のは全然良くない状態でやった演技って訳で、……つまり本気の、万全のみつるっち先輩はこんなもんじゃないって事?
上がっていくハードルと、高すぎる壁。でもゲームでもリアルでも、倒すべき相手は強ければ強いほどいいって訳で。──どっかから、エンジンのかかる音が聞こえた気がした。
「相、良」目を向ける。床に座り込んだみつるっち先輩は、真っ青な顔をしながらもそれでも強い瞳でこちらを見つめていて。「何か、学びは得られた?」
息をゆっくり吐き出して、思い切り吸う。覚悟は万全、ハナから迷う理由なんてなかったのだ。
「バッチリ!」ピースを掲げて見せると、みつるっち先輩はどこか楽しそうに「なら何より」とだけ言った。
初公演まであと少し。開演ブザーが鳴るまで、あともう少し──……。
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▶視点 御剣三鶴
「三鶴」病院から戻ると、そこには怒った顔の初音がいた。「足、どうだったんだよ」
「ん〜……、まあ、大丈夫だよ」
「はっきり言えって」
「だって君、怒るだろ」
「当たり前だろあんな無茶して! お前骨折れてるんだぞ!」
本気で心配しているその顔に、少しだけ悪い事をしたなという気持ちが湧く。まあ別に反省も後悔もしてないし、必要だったら何度だってこれを繰り返すけれど。
はぁ、とため息ひとつ。どうやらその思想は筒抜けのようで、呆れた目がこちらに送られる。
「……で? どうだったんだよ」
「癒着しかけてたところが剥がれて、ヒビ入ってたところが折れた」
「怒るぞ」
「もう怒ってるじゃないか……」