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幕間の物語①「選別と聖別の果てに」

全体公開 5 10106文字
2022-08-24 22:06:47
Posted by @higururoll

 きせかえのマスター――あるいは鈴懸・アテナ・グレイスは、夢を見る。


 サーヴァントの夢をマスターが見る、という事象は、時計塔においても少数ながら論文で報告されている事象だ。
 そもそも聖杯戦争の生存者が少ないため、正確な統計には欠ける。ただ、そういった事象があるらしい……ということを、グレイスは知っていたかもしれない。
 だから、その夢を見たこと自体に、大きな驚きはないだろう。
 グレイスが『彼』に分け与えた内臓たちを想えば、むしろ必然かもしれなかった。
 魔力パスの一時の乱れ――そう解釈だってできる。かわいいものだ。
 いずれにせよ、グレイスは夢を見た。
 夢はサーヴァントの記憶。ある男の過去を覗き見る。グレイスのかわいいかわいい担当医だったひと……ヒポクラテスの。


【ヒポクラテス 幕間の物語①『選別と聖別の果てに』】


 ギリシャという土地は、本来、雨が少なく荒涼とした土地である。
 豊かな地中海、白い石灰の建物、明るい日差し、観光名所……そうやって栄えるのは、現代になってからだ。遥か昔、紀元前の過去においては、そのような華々しさはない。
 一人の男が、乾いた大地を踏んで、歩いていく。白いサンダル。白いエクソミス。白い肌。黒い髪。翠の目。長旅で以前より少し伸びた髪を、彼はやや鬱陶しそうに背中へ払った。



 彼は多くの荷物を抱え、そして独りだった。荷物の多くは医療物品――私物として揃えた、彼の商売道具だ。
 そう、男は医師であった。古代ギリシャにおいては、手工業職(職人)の一つとして扱われる職業、医師。その地位は今ほどに高くない。古代ギリシャにおいて、手を使う仕事は奴隷のするもの……人間は暇にあかせて哲学をしているのが美徳とされたからだ。
 しかし、他者の身体に触れ、時には侵襲をもって病を駆逐する医師という職業が、一定の特別性を持っていたのもまた事実だった。彼は人間でありながら奴隷のように働く、勤勉で特別な者だった。
 では、医師である男は、なにゆえこんな広大な平地をただただ歩いているのか。それは、彼が個人としての診療所を持たず、旅をしながらギリシャ各地を往診する『遍歴医師』であるからだった。
 今日はこれから、日が暮れるまでに往診先であるレスボス島行きの船に乗る必要があった。手元の地図を広げ、太陽と月の位置から現在地を把握する。すると、進行が予定より遅れていることが分かって……男は、小さく溜息を吐いた。
 乾期に入ったギリシャの昼は長い。日が暮れるまでにはまだ時間があるが、少々急ぐ必要がありそうだった。
 男の名前は、ヒポクラテス。
 かつて、ギリシャ・コス島にて、その天才的な観察眼と医療技術から、新進気鋭のコス学派の医師として名を馳せていた者だった。


***


 ヒポクラテスという男は、幼少期より頭角を現した、才覚ある者であった。
 医師であった父の下で医術の手解きを受け、ほどなくして医術の基礎を終えると、彼はコス島にあるアスクレピオス神殿に勤めるようになった。医神アスクレピオスの神殿は、病める者達のための療養所であり、同時に当時の医学校としての役割を果たしてもいた。
 若きヒポクラテスは、アスクレピオス神殿にて医術を修めながら、すぐ傍で行われる臨床としての現場によく触れて育った。
 彼には、才覚があった。
 医術の才覚である。
 医師として必要な才覚は多岐に渡る――そのうちの一つが、観察眼だ。患者という病める者の一挙一投足を見逃さず、その身に起きた疾病の僅かな兆候さえも見逃さない。ヒポクラテスは、天才的なまでに人間観察に長けていた。
 また、同時に医療技術へのもの覚えも良く、広く知識を修めた彼は、瞬く間にコス学派の優秀な医学生として、名を知られるようになった。学生時代の後半にはトラキア地方の神殿にも医学留学をして、貴重な知識や新たな出会いを得た。
 きっと誰の目にも優秀で、前途洋々な人生に思えただろう。
 だが、そんな彼にも、挫折はある。
 彼は優秀だった――優秀過ぎた、と言うべきか。青年となり、医師となって活躍するようになってから、それは静かに忍び寄っていた。
 神への祈祷と信心に依らぬ医療。
 人による人のための医療。
 従来、神の権能とされていた疾病は、その人個人の生活習慣によるものだとヒポクラテスは主張する。
 自らの学説を打ち立て、食餌法という食事療法を中心とした生活療法を提唱し、従来の寒熱湿乾による区分によらない医術――患者の治癒力を最大限に高める自然(ピュシス)に沿った治療こそ最善であると彼は述べた。
 そして同時に、多くの新しい手法を開発し、たくさんの診療録をつけた。
 痔の焼灼術の開発。膿胸のドレナージ法の提案。反射鏡を用いた消化管の観察。これらは現代においても通じる手法である。
 胸水が溜まった患者の肺から聞こえる水面を揺らす音。がんなどの悪性疾患における『死相』に近い概念の特有の顔貌。心不全患者における『ばち指』の発見。これらは現代においてもヒポクラテスの名を冠する症状である。
 神聖病――てんかんの病巣に関する記述。人間の思考・感情・意志・行動の源たる臓器に関する考察。ギリシャ全土に渡る往診記録。現代の医師にも勝るとも劣らない詳細な診療録も残っている。
 ヒポクラテス。後に『医聖』と呼ばれる医師は、医学史においてあまりに多くの功績を残し、あまりに多くの新発見を成した。それらは彼を偉大な者として世に知らしめた――医学史において、彼の没後千年、その発展が止まるほど――が、同時に、若き青年であった彼に、多くの感情を吸い寄せもした。
 ――冷たい雨が降る夜だった。
 火事だ、燃えている。……誰かの慌てた叫び声で目を覚ましたヒポクラテスが目にしたのは、アスクレピオス神殿が燃えている様だった。
 季節は雨期で、ざあざあと強い雨が降っていた。明らかに不審火としか言いようのない神殿の火災は、彼の学び舎だったコス島の医神神殿を、無残にも灰に帰してしまう。
 失意に沈むヒポクラテスへ、人々の毒牙が忍び寄っていた。
 神殿放火事件。犯人探しの疑心暗鬼の中、槍玉に上がったのは、ヒポクラテスその人だった。
 ヒポクラテス。神をも恐れぬ医学の徒。
 神の権能を人のものとして切り離した青年ならば、医神の神殿を焼くことも厭わないに違いない。

「違う! 俺じゃない……! 自らもアスクレピアダイである俺が、そんなおぞましいことをするわけがないだろう!」

 青年の必死の主張に耳を傾ける者は、誰一人としていなかった。

 ――ヒポクラテスは、は神から医術を奪おうとしている。
 ――ヒポクラテスは、神の権能を侵す不届き者だ。
 ――ヒポクラテスは、病める人々をただ観察し、死に至らしめるだけの藪医者だ。
 ――ヒポクラテスは、神殿に収蔵された医学知識を独占しようとして、火を放ったのだ。

 そのような流言飛語が飛び交って、青年医師に糾弾の矛先が向く。そこには悪意があって、嫉妬があって、敵意があった。
 当時、古代ギリシャには二つの医学学派が存在した。同じイオニア地方における二大対立学派、コス学派とクニドス学派である。
 ヒポクラテスを主だって強く貶めたのは、彼の台頭によって自学派の学説が否定されつつあった、クニドス学派の面々だった。
 くだらない、本当にくだらない派閥闘争だ。
 クニドス学派の策謀により、非難の矢面に立たされたヒポクラテス。しかし、彼を庇い立てする声は、意外にも多くはなかった。むしろ、彼が属していたコス学派の面々からも、彼を否定する声が上がった。
 結局のところ――いつからか、彼は同じコス学派内でも嫉妬の的になっていたのだろう。彼のあまりに眩しすぎる才覚は、彼自身の意に反して、大きく他人の心をかき乱していたのだった。当時の時代の流れに先行しすぎた彼の『正しい』学説は、人々が呑み込むには早すぎたのだ。
 そのことを知るにつれ――ヒポクラテスは、もはや口を閉ざすしかなくなっていった。彼は最後まで己の罪を認めることはなかったが、他者によって潔白を証明されることもなかった。
 ヒポクラテスは、コス島を去った。
 不幸中の幸いは、証拠不十分で罰せられずに済んだことくらいか。彼にとって、コス島の療養所は、既に信頼できる仕事場ではなくなっていた。
 自主的に神殿従事を辞したと言えば聞こえは良い。実質的には追放に限りなく近い措置だった。

……お世話になりました」

 叩きつけるような雨が降っていた日だ。
 ヒポクラテスは、誰も見送る者のいない雨の中、焼け落ちた神殿に向かって頭を下げた。
 学び舎を去り、故郷を去り、船を乗り継ぎ、どこか、どこか遠くへ。逃げるような足取りで、彼はギリシャの島々を渡っていった。
 苦い挫折を味わっても、魂に染みついた職分を忘れることはできなかった。病める人を見れば自然と助けてしまう。自分にはそれだけの知識と経験が既にあった。
 彼はそうして、各地へ往診に駆けずりまわる、遍歴医師としての道を歩み始めた。


***


 コス島を離れて数年ほど経った頃。
 ヒポクラテスは、往診の合間を縫って、ある男の下を訪れていた。

「ようっ、元気してたか〜?」
「君は相変わらず幸福そうだな……、デモクリトス」
「おいおいなんだよ、そういうお前はなんだか陰気な顔してんなあ」



 場所はトラキア地方、アブデラ。
 ギリシャの中では南方にあたり、痩せた土地の多いギリシャの中にあっては、比較的肥沃な方ともいえる都市国家(アクロポリス)だ。

「そういう時は哲学問答(レスバ)だぜ哲学問答(レスバ)! そこのオイシャサマ! 僕と問答(レスバ)しませんか!?」
「しないが……
「ケチ〜!」

 子供のように駄々をこね、赤い派手なエクソミスを乱して暴れる男は、名をデモクリトスと言った。
 デモクリトスは、トラキアの誇る哲学人の一人である。『この世界は何で形成されているか?』という疑問に対し、『この世界はいかなる方法によっても分割できない最小単位としての原子によってなる』とした、原子論を提唱した。哲学の他、数学、天文学、音楽、詩学、その他多くの学問にも通じたとされ、その博識ぶりから『知恵の人(Sophia)』とも称される。
 デモクリトスとヒポクラテスは旧知の仲であり、ヒポクラテスが若き日にトラキアへ医学留学した際に出会って以来、お互い定期的に書簡を送っては交流を保っていた。

「久々に会ったんだから問答(レスバ)くらいいいだろ!」
「いいわけないだろう、君達哲学人の問答は長すぎる」
「長く問答が続くってことは、いいことだ。議論が白熱してるんだから」
「はぁ……こっちは長旅で疲れているんだが?」

 相変わらず、快活な気性の男である。
 年を重ねて少しは落ち着いたかと思ったが、どうやらそのような気配はまったくなさそうだった。彼は金髪を揺らしながら、久々に会った友人へ、底無しの笑顔を向け続ける。

……で、しばらく泊まっていくんだろ。客間あるから使えよ。あんま広くないけど」
「助かるよ、我が友」

 その夜はデモクリトスの家を借り、久々に暖かいベッドと柔らかい枕で眠った。
 翌朝。
 先に起きていたのはデモクリトスで、ヒポクラテスが衣服を整えて洗面を終える頃には、彼は日課である朝の体操を終えていた。

「おはよう。飯食うか?」
「ああ……

 デモクリトスが手早く食事を用意する。蜂蜜をかけたキュケオーン。セミの佃煮。甘みのある主食と、塩辛い主菜が見事なバランスの、シンプルながら美味な朝食だ。

「そんで? なんでこんな辺境の地まで来てんだよ」
「なんてことはない。ビザンティオンに往診すべき患者がいるから、そのついでだ」
「えーっ! もうギリシャの端っこじゃねえか。随分足を伸ばすなあ」
「私を求める患者がいるのでね」

 デモクリトスは、器用に手でセミの頭をちぎり取って残りの部分を食べながら、ヒポクラテスの話を聞く。

……なあ」

 不意に、哲学人の声が少し低くなった。
 それが真面目な話題の兆候だと、医師は知っていた。

「聞いたぜ。お前、追放されたって」
……流石に耳が速いな」
「知識の人(Sophia)ナメんなよ。問答してりゃ人脈も拡がるってもんだ。何があった? 『大ヒポクラテス』先生」
「その呼び方はやめろ」

 哲学人の、真面目な話に見せかけてあくまでおちゃらけた口調。煙に巻くようなその態度に、『大ヒポクラテス』と呼ばれるまでになった男は、苛立ったように睨む。
 デモクリトスは肩を竦め、彼の糾弾を躱した。

「なんでお前ほどの医者が遍歴医師なんかやってんだ。神殿の後ろ盾もなきゃ、信用も得にくいだろう」
……神殿に仕えていなくとも、私はアスクレピアダイ(アスクレピオスの子孫)だ」
「詭弁だな、ヒポクラテス。お前はその名乗りを嫌っていたはずだぜ」
……

 言葉のやりとりにおいては、この哲学人に勝てるはずもない。日がな一日哲学問答と称して他人に弁論を吹っ掛けている人種なのだ。ヒポクラテスとは場数が違う。

「言いたくねえって顔だな」

 沈黙。
 しばらく二人は睨みあい、やがて、先にデモクリトスが折れた。

「ま、いいや。医者の事情は僕には分からないしな」

 手元の佃煮を口に放り込み、彼は噛み潰す。苦みのある汁と甘辛い佃煮の味が広がった。

「何も言わなくていいから、代わりに問答付き合えよ」
……いいだろう」
「やったぜ」

 キュケオーンをかきこみ、二人が食事を終えて。
 対面の机越しにのんびりしながら、では、と哲学人が問答を投げかける。

「『驢馬(ろば)轢き』の話でもしようか」
「驢馬……ああ、あれか」
「そう。お前のいる道の少し前に、興奮して暴走した驢馬がいる――

 驢馬轢き問題。
 貴方の立っている地点の少し前方から、興奮して暴走した驢馬が、猛スピードで駆けてくる。
 貴方の後方には二叉に分岐した道。
 片方には、一人の人間。
 もう片方には、五人の人間。
 貴方がうまく驢馬を誘導すれば、どちらかの道に驢馬を進ませることができるだろう――ただし、進んだ先にいる人間は、驢馬に轢かれて死ぬだろう。
 驢馬は、特に何もしなければ一人の人間がいる道へと駆けていく。貴方が誘導すれば、五人の方へ。
 さて、貴方はどちらを選ぶ?

「お前ならどうするね、ヒポクラテス」

 愉快そうに笑いながら、相変わらず真意の読めない顔で笑いながら、哲学人は医師の答えを待っている。
 この質問、あるいは問答の正しい答えは、存在しない。
 どちらに驢馬を進ませても、死亡者が出る。どちらを選んでも犠牲が出るとき、人はどちらの道を選択するのか……そんな、手遊びのような問いだ。
 知の深淵たる哲学からすれば、そのほんの上澄みをなぞるような問いかけ。

……前にもやったな。この問答」
「ああ、やった。お前がまだ学生の頃だ」
「残念だが、その時と答えは変わらないよ」

 医師は言う。
 柔らかに微笑み、もはや聖人めいて輝ける、人々の願いを映して尊い顔つきで。
 どこか不満げな哲学人に、己の解を差し出す。

「私はまず、轢かれそうになっている一人を救う。そして、五人の方もやがて救う」
「矛盾してるぜ。同時には救えない」
「轢かれても即死というわけではないだろう。私はそのままでは轢かれる運命にある一人を驢馬の誘導で救い、後に轢かれた五人を私が診て、全員救ってみせる」
「誘導したら犠牲者増えるぜ?」
「構わない。……目の前の一人が優先だ」

 論理としては、やや破綻している。
 効率を考えれば、一人を轢かせて治療した方が、結局簡単に救える計算になる。

「いいかね。医術は効率では推し量れない。人の命は数で計上できないし、すべて等しく尊いものだ」
「じゃあ、一人と百人なら?」
「私の回答は変わらない」
「一人と一万人なら?」
「同じだ、友よ」
「一人と全人類なら?」

 人間と奴隷。男と女。それらを区別なく差別なく選別せず彼は、おしなべて一つの命だと主張する。
 目の前で轢かれつつある一人と、やがて轢かれるいくつかの人間。
 そこに質的な違いはなく、数では量れないと彼は宣う。
 嗚呼ならば、一体どうやって彼は、多くの人を救うのだろう。ヒポクラテスは一人しかいないのに。

……同じだよ。目の前の一人を救えずして、どうして先の百万人が救える?」

 デモクリトスに、医術の分野の真髄は分からない。知識として知っている部分は多くても、彼は人を診たことなどなかった。
 だから、ヒポクラテスの論理のおかしさに気づいても、その奥にある彼の真意を図ることはできなかった。
 だから、デモクリトスは笑う。
 いつもみたいに快活に微笑んで、我が友のこの先の人生を憂えた。

「その先は地獄だぞ」

 ヒポクラテスという医師がこの先歩むであろう道の険しさを透かし見て、ただ笑いながら、嘆く。
 当の本人たるヒポクラテスは、唇に小さな微笑みを灯して。

「知っているよ」

 そう、答えた。


***


 それから数十年の間、ヒポクラテスはギリシャ各地を遍歴した。
 南はエピダウロスから、北はトラキアまで。ギリシャ全土を巡りに巡って、点在する患者の治療に勤しんだ。
 多くの病があり、多くの外傷があった。
 無論、その全てを治せたわけではない。時に掌から取り零す命もあったが……彼はそれでも名医であり続けた。
 存命のうちから彼の名声や称賛は絶えることなく、やがてその権威は絶大となり、大ヒポクラテスの名はギリシャ全土、後には全世界へと知られるほどになった。彼はある意味で、医師としての頂点に上り詰めていった。
 ヒポクラテスが五十歳になろうかという頃だった。
 髪には白いものが多く混ざり、伸ばした顎髭は厳めしさを増す。性格は厳格となりながら、その意気や当時のギリシャ人の平均寿命を超えてもなお衰えることはなく。
 彼は持ち前の健脚をもって各地を遍歴していた。
 アテナイで奇妙な疫病が流行っている、と聞いたのは、ちょうどその頃だった。
 アテナイの人々は書簡を通じて高名なヒポクラテスに助けを求め、彼はそれに応じることにした。
 遠路はるばるアテナイへとようやく辿り着いた壮年の医師が見たものは、この世の地獄だった。

 歴史家トゥキディデスは、自著『歴史』に、当時のアテナイの大災厄について、このように書き残している。

『 この年は、万人が認めるように、他の病気では、最も罹病者が少なかったし、何か以前に病気であってもすべてこの症状に帰着した。他方何も明らかな説明もつかず突然に、他の人々を、健康であるのに、最初に頭部の激しい高熱と眼球の充血と炎症がとらえた。口腔内部では直ちに喉も舌も赤血色を呈し、不規則で悪臭の息をはいた。上述の症状の後にくしゃみと、咽喉の乾燥による声嗄れが起こり、間もなく病苦は激烈な咳とともに胸部に下った。そして胃に座を占めると胃を覆し、医師によって名付けられたあらゆる種類の胆汁、吐瀉が続いて起こり、激しい苦痛が伴った。――外部から触れると身体はあまり熱くも黄ばんでもおらず、皮膚は赤味を帯び鉛色で、小さい発疹と腫瘍を吹き出していた。しかし体内では非常に高熱があるため、人々は裸になる外には、どんな軽い外被や麻布をかけることにも耐えられず、自らすすんで冷水に身を投じようとさえした。――人々は間断のない渇きに苦しめられ続けていたのであるが、飲み物の多寡も結果は同一であった。安静のとれない苦しみ、とりわけ不眠が常に襲った。しかし体力は、病勢が絶頂にある間も衰弱せず、この苦しみに不思議に耐えたので、大部分の人々は九日目あるいは七日目に高熱のために死亡していったが、若干の力は残したままであった。――
 この疫病の全容は筆舌し難く、それぞれ人間の本性の限界が耐え得る以上に過酷に襲撃したが、とりわけの次の点で普通の病気と異なることを示した。通常は人間を食する猛禽や四足獣が、野晒しにされた多数の屍体があるのに近寄ろうともせず、もし食した場合には死んでいった――。』
(引用:トゥキディデス、『歴史』第二巻)

 結論から言えば、ヒポクラテスはこの病を治せなかった。
 無論、自説として掲げる食餌法はいくらでも試した。彼の理論に従って患者の自然治癒力は最大まで高まり――けれど、病勢の方が勝った。
 人が死ぬ。
 人が死ぬ。
 神のごとく崇められるほどまでに医術を極めた医師の前で、患者は甲斐なくばたばたと死んでいく。
 当時の古代ギリシャの技術などは世界的に見れば非常に進んでいたが――足りないものがあった。
 衛生観念だ。
 当時において細菌学は存在せず、人々の間に流行る感染症はさながら神からの贈り物のように、瞬く間に伝染していった。
 ヒポクラテス、対症療法にて患者を診た。しかし、彼には疫病への知識が足りなさすぎた。
 一人患者を診れば、その間に十人は新しく患者が増える。
 ねずみ講式に増えていく患者の数に、医師一人で対応など到底無理な話だ。

「どうして治らない……! どうしてこんなにも患者が増える……!」

 何もかもが足りなかった。
 人員も。
 時間も。
 物資も。
 彼は苦渋の面持ちで、患者に優先順位をつけ始めた。より症状の重い者に物資や時間を割き、症状のまだ軽い者には最低限の対応であたった。
 だが、間に合わない。間に合わない!
 悲鳴を上げる暇もないほど患者に尽くして、尽くして、尽くして――そして、患者は無残にも苦しんで死んでいった。

「ああ、私は……私は、なんというほどに……

 そこから先は、もはや言葉にならなかった。
 疲れ果て、立つことすらままならないほどに疲弊しながら、鉛色に変色した患者の手を握ることしかできない。
 その手が徐々に熱を失っていくのを感じながら。背後で無数の呻きや嘆き、苦しむ音を聞きながら。
 嗚呼、なんと。
 なんというほどに、私は。

(私に……私に、もっと力があれば――

 過ぎた願いだとは分かっていた。
 ……分かっていたさ。

(私に、アポロン神の権能をも超える、病を倒す力があれば――!)

 分かっていて、それでも。
 それでも。
 数多の死んでいくいのちを前に、そう願わずにはいられなかった。
 たとえ不足しているのが個人の資質でないと分かっていても。
 過ぎた願いを――

《その願いを叶えよう》

 その時。
 声がした。
 ひどく硬質で、無機質で、冷たくて、感情のない。
 天の声が。

《その都市国家、二十万人の生命と引き換えに》

 病は神のものではない。
 病は人の生活に根ざすものだと、彼はずっとそう信じてきた。
 信じてきて、その果てに――彼は、人としての限界にぶち当たり。

――お前は何を差しだせる?》

 神の前に。
 膝を折った。


――――かみさま……


***


 彼が膝を折ったのは、超常の存在であるアラヤだった。
 人類の集合体無意識である概念『アラヤ』――神のような上位存在に、彼は祈り、願い、己を売った。
 アテナイの民二十万人の生命と疫病への対処の代わりに、彼は己の死後の魂を売り渡した。
 彼は医師として最善を成した。
 彼の掲げた篝火は疫病を追い払い、そして人々は救われた。
 選別の果てに、彼は神に願い……聖別された。
 アラヤという存在に選り分けられ、死後にその聖なる魂の願いに報いる分だけ、多くの人類を『救う』運命を課されることを賜った。

 彼は百を超えるほどまで生きた。
 やがて人体としての寿命が尽き、彼もまた、人であるから死んだ。
 そして――

 じゃらり。じゃらり。
 歪な鎖の音がする。
 その先の記憶は、狂化の鎖が遮って、グレイスには見ることが叶わない。
 ただ、アラヤに染め上げられた肉体は焦げつき、魂は白く漂白されて、鎖の向こうに立つ医師は、孤独に道を進み続けた。そのことだけが分かる。

 じゃらり。じゃらり。
 鎖の音がする。
 それはこのおとこを縛るアラヤの鎖なのか。
 グレイスというおんなの施した狂気の鎖なのか。

 じゃらり。じゃらり。
 いずれにせよ、医師は鎖の音と共に歩きつづける。
 選別と聖別の果てに。


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