@EmptySeat_
▶視点 相良阿良々
ここ1週間、驚きの連続だった。デッカイ劇場、熱い照明、重い衣装、ベタベタ塗られた濃い色の舞台メイク、うるせえ音響。ひっきりなしに訪れる人と物に、驚いてばかりで。
──この舞台、こんなに関わっている人がいたの? マジで?
舞台裏には小道具が沢山並んでいる。旅人の持つカバンに、本。太陽の杖、月の羽織る布。王座から屋台に至るまで、所狭しと並べられていて。ゲネプロと呼ばれる最終通し稽古では小道具の入れ替えまで行うもんだから、あまりにも新鮮で小さなミスを連発してしまった。最近はこういうの減ってたんだけどな〜。みつるっち先輩に「調子に乗って気を抜くな相良!」って怒られたし、ちくしょう。
朝8時から始まった最終調整だったんだけど、気がついたらもう15時を過ぎていて。……ヤバ、今更ながらに心臓が高鳴り始めているのを感じていた。開演まで、残り2時間。始まりの時は刻一刻と近づいている。
「時間は有限だ」
オレが憧れた、かの天才は言う。
「出来る事は最大限やった? 自分の持てる全てを振り絞って演じる覚悟はある?
舞台に立ったら君達は一人だ。もちろん周りに舞台を作り上げる仲間は居るけれど、君のその役は君にしか演じられないものだ。そこには、その役に対する責任が伴う」
「持てる全てを費やしてこそ、素晴らしい作品はうまれるのさ。君の全てを賭してこそ、その役は息をするのさ」
みつるっち先輩は笑う。
「──後悔の無いように。僕らの公演は一度きり、常に次なんて無いのだから」
「僕は観客席で見ているよ。舞台表現学科の新しい門出をね」
──舞台を降りていく。花形だった彼女は、なんの未練も無さそうに舞台に背を向けた。からからとタイヤの回る音が小さくなり消えていく。それを聞きながら、なんだか心に小さな灯火が宿るのを感じていた。
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『只今より、第✕✕回私立御剣学園舞台表現学科・初公演を開始致します』
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光の旅路
脚本:御剣三鶴 / 海月光
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──幕が上がる。
『何不自由ない国に産まれた少年・アステル。いつだって同じように静かに時が過ぎていくその国に、アステルは退屈をしていました。ここが嫌いな訳ではありません、もちろんいいところです。……けれど日々があまりにも代わり映えしなくて、退屈で。燻ったままの日々を過ごしていました。
しかしある日──……』
「こんにちは、おにいさん。ここら辺の方ですか?」
「え、うん、そうだけど……。えっと、きみは?」
「あ! すみません、私は各地を旅する旅人です。この国に興味があって立ち寄ったのですが、ここら辺に宿泊施設などはございませんか?」
『この国に、旅人が訪れたのです。
彼女は幼いながらに様々な国を旅する立派な旅人で、しかもこの旅人は大変お話が上手い人でありました。これまでの旅路を面白おかしく伝え、アステルを魅了したのです』
「へえ〜、文献まで持ってるんだ! 重くない?」
「重いですが、元々本が好きで旅を初めたんですよね。物語に出てくる国々を、実際にこの目で見てみたくて」
「ふ〜ん……。……うわ古っ! なにこれ、なんの文字!? 全然読めないんだけど!」
「え? ……あー、これは月の国の文字ですね」
「月の国?」
「そう、太陽の国のさらに奥。どこまでも深い夜に包まれた、月の女神が統治する宗教国家です」
「…………」
「……、アステルさん? おーい、アステルさんってば。…………?」
「……旅人」
「はい?」
「あのさ、おれも旅に出てみたいんだけど」
「え? あの、……え?」
「うん」
「初めての恋をした。これが恋だと初めて知ったんだ。
このまま朽ちて消える恋ならば、せめて一度、顔を見て話してみたい!」
「……!」
「だってそうだろ、こんな美しい人、おれは初めて見たんだ! きっと、見て話さなきゃ、おれは一生後悔する!」
「だから連れて行ってくれないか、旅人! きみの旅に、おれを連れて行ってくれ!」
「……」
「自分の身は自分で守るし、絶対に迷惑をかけないと約束する! おれは、おれはさ、あの人を──月の女神を、見たいだけなんだ」
「……」
「おれはね、結構本気。……どう?」
「……、ふふ。いいですよ、私も行ってみたかったんです。
一緒に目指しましょう、月の国!」
「おー!」
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「お、ここが"太陽の国"か~!
ジリジリと肌を焼く眩しい光に、人の声で溢れる市場! すごいなぁ、旅人!」
「えぇ、そうですねアステルさん。久々に来ましたが、やはりこの国程栄えている都市をわたしはほかに知りません」
「お兄さんこんにちはー! これは一体何の屋台なんだい?」
「並べられたタロットに水晶──、もしかして、占い師の方でしょうか?」
「そうさ、ワタシは占い師。この国随一の、ミライを見通す占い師さ」
「なんだって! 未来を見通す占い師!?」
「おひとついかがかな、今ならいつもの半額──500Rで君のミライを見てあげよう」
「だって旅人! お得みたいだよ!」
「いや、あの……500Rがいくらだかわかってます? アステルさん…」
「500Rだって? そんなにあるならウチの店で何か買っていっておくれよ!」
「10Rもあればウチのパンが3つは買えるわよ~」
「え、いや、ちょ、……も、もう! アステルさん行きますよ!」
「え? 占いは?」
「も~! ぼったくりだってここまで言われても気づかないんですか~!?」
「……フフ、」
「それで、なんで太陽の国? 月の国に行くんじゃなかったの?」
「あれ、そういえば説明していませんでしたっけ? ……実はですね、私も月の国が何処にあるかは知らないんです」
「え!?」
「月の国はかなり保守的な国でして、あまり情報を表に出そうとしないんです。どんな国かも、どんな所にあるかも、全く分からない。それこそこんな──1冊の文献程度しかないんです」
「……マジ?」
「大マジです」
「だからこの国によったんですよ、アステルさん。この国を守護する太陽神は、月の女神のお兄様なのですから」
「つまり、太陽に聞けば月の位置がわかる!?」
「恐らくは。……まあこんな一般人が会えるかどうかは、正直怪しいとは思うんですけどね」
「それでもやってみないよりは全然いいでしょ!」
「そう、まずは試してみなければお話になりませんよね!」
「う~ん、ごめんねふたりとも。身元のはっきりしない人を、無闇に王に合わせるわけに行かないんだ。
ここから先は王家の領域だからね。たとえ君達がいい人だって僕が思えても、そうは問屋が卸さないのさ」
「……門前払いされてしまいましたね」
「うーん、取り付く島もない」
「どうしましょうか。……何か策とか、思いつきます?」
「それが全く」
「……」
「……」
「……ど、どうしましょう……」
「ダメ押しでもう1回泣きついてみる?」
「それ、今度こそ不審者として捕まりませんか?」
「まあ、可能性はある」
「さすがに犯罪者になるのはちょっと……」
「そうだよな〜……、……、……ん?」
「……うん? どうしました? アステルさん」
「……アレ」
「……? ……あら、なんだか嫌な感じがする集団ですね。その前の女性がターゲットでしょうか?」
「そんな感じ、するよね。……おれ、ちょっと行ってくる」
「へ!? 武道の心得とかありましたっけ!? ちょっと、……アステルさん!!」
「ボコボコにされてるじゃないですか」
「いたた……」
「良かったですね、警備の人が近くにいて。私が呼んでこなかったら、今頃どうなってたか分かりませんよ! もう、少しは考えて行動してくださいな!」
「気がついたら体が動いてたし……」
「そういうことは自分の身が守れるようになってからやってください!」
「は〜い……」
「で、結局太陽に会う方法は全くもって思いつかないわけですが」
「それな〜。……もう1回チャレンジしてみる?」
「何をです?」
「門番チャレンジ」
「だめなものはだめなんだ、ごめんね」
「うーーーーー!」
「まあ、そうですよね……」
「……じゃ、じゃあさ、伝えてくれるだけでもいい! おれたちは"太陽"に会いたいだけなんだ!」
「"太陽"様に……?」
「そ、そうなんです。実は、ある方を探していて──……」
「いや、で、でもなぁ……」
「そこをなんとか!」
「そうは言ってもね、僕には君たちを通す権限がそもそも無くて──……」
「じゃあ、ワタシが許可を出そうかな」
「え?」
「あ! あの時のぼったくり占い師!」
「うーん、酷い言い草だなぁ」
「……また市井調査ですか? 宰相殿」
「え?」
「アハハ! まあ、そんなところさ。──大丈夫、見る目は人一倍あるつもりだからね」
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「ああ、君が噂の"旅人"くんだね。宰相から話は聞いているよ、どうやら君は勇猛果敢な素晴らしい人間だと」
「へ?」
「先程女性を助けていただろう? たまたま偶然見かけてね。まあなんの加勢にもなっていなかったのだけれど、それでも手を伸ばした君なら信頼してもいいと思ったんだ」
「マジ?」
「……思わぬ収穫でしたね……」
「太陽を探しているらしいね。随分と珍しいことだが、一体どうして太陽に会いたがっているんだい? 太陽に何か望みでも聞いて欲しいのか?」
「まあ、似たようなものでしょうか……」
「おれたち、月の国を探しているんだ!」
「月の国?」
「そう、月の国。王様は月の国がどこにあるか知ってたりしない? おれ、月の女神に会いたくて、一度会って話したくて、こうしてここまで来たんだよ」
「それはまた、随分と熱烈だな」
「……!」
「太陽、聞いていたのか」
「太陽、太陽、教えて欲しい。おれたち、月の女神に逢いたいんだ。彼女は今どこにいるんだろう」
「……済まないな、旅人。その期待には答えられそうにない」
「どうして? きみとあのこは兄妹だって聞いたけど」
「……そうとも、私達は兄妹だ。しかしあの子はね、私が人々にうつつを抜かしている隙にどこかに行ってしまったんだ。いつの間にか、私はあの子を見失ってしまったんだよ」
「……!」
「そんな、どうしてすぐに探さなかったんだ! 大事な妹じゃないのか……!?」
「私は、この国から離れられないんだ」
「……」
「……! どうして……!?」
「……君と一緒さ」
「一目惚れなんだよ。この国を、人を、愛してしまったんだ。だから私はこの国を離れる事が出来ないのさ」
「……数年前、彼女がいたはずの場所を教えよう。おそらくそこに彼女の国があるはずだ。……彼女がいるかは分からないが」
「…………」
「こんなことを言うのは無責任にも程があるが、──彼女を、頼むよ」
「言われなくとも!」
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暗転。脇にハケると、すれ違いで小道具さん達が入っていく。暗さに目が慣れなくて何してるかは分からないけれど、きっと明るくなったらまた全然違う世界が広がっているんだろう。──月の国。夜が統べる、静かな国。
月の女神が、守る国。
……これまでは好調、怖いくらい、いつも以上の調子が出ている。
客席はどうなってんだろとか、客の反応はどうなんだろとか、気になる事はいっぱいある。あるけど、それ以上にこの舞台が楽しくて仕方なくて!
何もかもが目に入らなくなる。この空間が、この世界観が、このやり取りが、この全てが、オレを掴んで離さなくて!
「真剣にならなきゃ」という気持ちと、楽し過ぎてニヤけそうになるこの頬と。すべてをながしこむように水分補給をして軽く頬を叩いた。
──ここからが大詰め、ここからが"魅せ場"だ。オレの本領発揮とも言えるし、オレが頑張らなきゃいけない所とも言える。
──あの日、みつるっち先輩の見せてくれた、"手本"。全てを奪う瞳を、圧倒的なまでのその存在感を、すべて、完膚無きまでに魅せつけて。
オレはあれを超えるって決めたんだ。乗り越えて、一番になるって決めたんだ。その第一歩として、この舞台がある。客席では、そのライバルが見ているのだ!
そこで見てろよなみつるっち先輩! オレの演技で、きっとギャフンと言わせてやる!
ライトがつくまで、あと3、2、1──……
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(!) 賽は投げられた。
【光本才治】才能 - 精神力
華1/3→成功
体力1/2→成功
読解力4/2→失敗
→成功!
【相良阿良々】才能 - 華
体力3/3→成功
表現力2/2→成功
読解力6/1→失敗
→成功!
【水無瀬遥】才能 - 精神力
体力1/1→成功
協調性1/2→成功
読解力6/4→失敗
→成功!
【海月光】才能 - 読解力
華4/3→失敗
読解力3/3(+1)→成功
表現力3/1→失敗
→失敗!
(!)アクシデントが発生しました!
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▶視点 相良阿良々
舞台が光を取り戻す。ようやく見えるようになったそこには、先程とは全く雰囲気の異なるセットが並んでいた。
正しく"豪華絢爛な商人の国"と言った雰囲気だった太陽の国とは似ても似つかない、酷く寂れた夜に沈む世界。宗教国家とは何だったのか、祈る人など見当たらない程寂れた教会に辿り着いた所から、物語は始まる。
ぽんぽんと軽く背中を叩かれて振り向くと、そこにはちむっち先輩がいた。ニッと笑った彼は小さな声で「がんばれよ」とだけ言って、背中をぐいと押す。押された先は、光り輝く舞台。おれはじんわりと暖かいそれを抱え、舞台に1歩踏み出した。
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「……」
「……」
「……え、マジ? ここ?」
「……少なくとも、太陽神が仰られた場所はここですね……」
「え、えぇ……? なんかもっとこう、荘厳な感じだと思ってたんだけど……」
「"夜に沈む、月の加護を受けし国。白く統一された建物と人々の穏やかな暮らしが、彼らの日々が何よりも満ち足りていることの証明である"──……」
「……人一人見えないし、家はすんごいボロボロだし、教会はもはや使われてるかすら怪しくない? これ……蜘蛛の糸張ってるし……」
「本当ですね……、一体何があったんでしょう……?」
「──旅人さんかい」
「うわぁっ!?」
「ひゃあぁっ!?」
「……あぁ、驚かせて悪いね。旅人なんて久々に見たもんだから、つい声を掛けちまった」
「び、び、び、びっくりした……」
「お、おにいさんはここら辺の方ですか?」
「そうさね。生まれてこの方ずっとこんな暮らしをしていンのさ」
「あの、ここは──……」
「……はは、旅人さんが混乱するのも無理ねえが、間違いなくここは"月の国"だぜ」
「……!」
「マ、月の加護なんてもんは、もうとっくに無くなってしまったんだけどな」
「どうしてそんなことに……?」
「さあ? お偉いさんの考える事も、神様の考える事も、おれたち平民には理解する事すら出来ねえからな。……気がついた時にはいつの間にか夜空から月は消えていて、消えた月への信仰は途絶えつつある」
「……」
「この国は終わりに近づいている。……旅人さんも、早くこの国から出た方がいいだろうな」
「…………、どうして?」
「……元気な若い衆の間でな、王家にクーデターを起こそうって話が出て来つつあるんだよ。どう転ぶかは分からんが、アイツらも随分暮らしが逼迫している。……いやそれはおれもそうなんだが、とにかく追い詰められた人間ってのは本当に何をするかわからんからな……」
「……」
「……まあ、なんだ、残念だったな。もうあと──10年も前だったら、美しい国を見せられたんだが」
「……」
「……いえ、教えてくださってありがとうございます。親切にしていただいて助かりました」
「いいってことよ。おれだって、無闇矢鱈に人の血なんて見たかない」
「……」
「見たかないが──この国は、もう潮時なんだろうなとも思うからさ」
「……どうしよっか、これから」
「争いが始まるんでしたら、巻き込まれる前に移動した方がいいとは思いますが」
「そうだよな〜……。……あは、せっかくここまで連れて来てくれたのに、こんなことになってごめんね」
「それは別に構いませんよ。私も元々月の国には興味がありましたし、未来がどうなるかなんて誰にも分からないものです」
「……」
「それに──どうしてもう終わったみたいな口調で言うんですか?」
「……へ?」
「わたし達はまだ会っていませんよ、月の女神に。……会って話したいんでしょう?」
「いや、でも、そんな危険な状況にきみを巻き込む訳には──……」
「何を今更! ここまで連れて来ておいて、こんな道半ばで手を離すだなんて寂しいにも程があるではありませんか!」
「……!」
「わたし達はもう仲間ですよ、旅仲間、とってもとっても大事なわたしの友人です。思い込んだら一直線で、ちょっと考え無しで、でも考える前に咄嗟に手を伸ばせる、わたしの自慢の友人です」
「……」
「どうせだったら最後まで連れていってくださいよ。後悔のないように、きちんと目的を果たしましょう。──その先にどんな結末を迎えたとしても、後悔を永遠に抱えるよりずっとマシなはずです!」
「……、……あは、あはは! あはははは! ……そう、そうだよな、そうだった、だからおれは旅に出たんだった。一生後悔しない為に、おれは今ここにいる」
「会いに行こう、旅人。──やっぱり、どうしても月の女神に会って話をしてみたいんだ!」
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「悪いが、ここを簡単に通す訳には行かないな」
「ですよね〜! もう何度も見たわこのパターン!」
「頭も抱え慣れて来ましたね……」
「大体、一体なんで月様にお会いしようとしているんだきみは。ウチの国民なら兎も角、きみは外の国の者だろう?」
「そ、れは……」
「一目惚れしたから!」
「ハ?」
「月の国の文献に姿がのっていたんだ。それがこの世のものとは思えないほどうつくしくて、うつくしくて。……だからおれ、一目会って話をしてみたいってそう思ったんだ」
「……ハァ?」
「あ、すっごい目してる! 信じられないみたいな顔してるけど本当だからね! 本当に! 会って話したいだけ!」
「じ、実はわたし達、その為に遠い普遍の国からやってきたんです」
「普遍の国から……? それこそ信じられないな。あの国は変化を嫌い、停滞を好む。旅人なんて、到底なりようがない国だと聞いたぜ」
「……まあ、両親にはとんでもなく怒られたけど」
「半ば無理矢理飛び出してきた形でしたもんね……」
「でも、それでもどうしても月の女神に会ってみたかったんだ。どんな人なんだろう、どんな声で話すんだろう、……考えるだけで、心臓が強く高鳴るんだ」
「ふふ、素敵ね」
「カノ、戻ってきたのか」
「ええそうよ。ただいま、シュウ」
「おかえり、太陽の国はどうだった?」
「うふふ、相変わらずあつい国だったわ。気温もそうだけれど、人々の熱気という意味でも、ね」
「そうか……」
「そちらは旅人さん達よね? 太陽の国ではどうもありがとう」
「へ?」
「危ない所を助けてくれたでしょう? それも自分の危険を顧みず。素敵だわって思ったのだけれど、結局再度会うタイミングもなくあなた方とはすれ違いになってしまったものだから……」
「あ! あの時の!」
「月の国の方だったんですね……!」
「何? 危ない事に巻き込まれていたのか、カノ。だからあれほど出掛ける時には私も連れて行ってくれと……!」
「嫌だわシュウ、今のこの国勢で神の従者が二人してこの国を離れる訳にもいかないでしょう? 心配症ねぇ」
「でも、カノに何かあってからじゃ遅いんだぞ……!」
「うふふ、大丈夫よ。一応護衛の加護は月様に頂いていたもの。彼等が助けてくれずとも、それが発動していたはずよ」
「加護……、でも、それは──……」
「ええ、……そうね。月様はもうほとんどの力を失っている。加護だって、正直どの程度の効果があるかは分からないものよ。
それでも私たちは月様を信じるの、信じなくてはならないの。そうじゃなきゃ、月様は──……」
「……」
「……ねえ、シュウ」
「なんだよカノ」
「彼等を、月様に会わせてみてはどうかしら」
「……ハ!? こんな身元不明の旅人をか!? 月様は、今とても不安定なんだぞ……!」
「だからこそよ。
恋ってね、一種の信仰だと思うの。強い感情を伴う、どこまでも真っ直ぐな信仰。──そんな信仰が、今の月様には必要な気がする」
「……」
「……旅のお方」
「なに?」
「月様は寂しいお人なの。寂しさが体を覆い隠して、他の全てのうつくしいものが見えなくなってしまった」
「どのぐらいあなたに向き合って下さるかは分からない。拒絶されるかもしれない、激昂されるかもしれない、歯牙にも掛けられないかもしれない」
「それでも、会いたいの?」
「もちろん!」
「ふふ、いいお返事ね。素敵だわ、ねえシュウ?」
「……、……はぁ、もう。わかったよ、カノ」
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「……この月の間に部外者を連れてくるなんて、とうとう気でも狂ったのか」
「うふふ、友人の為にハリネズミのように気を張るあなたは素敵だけれど、そんなに警戒しなくても大丈夫よ、ねえシュウ」
「もちろん、私が見張っている」
「……どうだか。今巷ではクーデターの話が上がっているのも知っているんだよ、ぼくは。危険分子は排除するに限るだろ」
「それじゃあ良くなるものも良くなりませんもの。──月様は何処に?」
「さっき寝たばっか。寝たって言うか、気絶って感じだけど。……あのこ、随分とまともに睡眠が取れていないよ。大丈夫なの」
「いや、むしろ本来ならば私達に睡眠は不要なんだよ。現在はあまりにも力が低下しすぎていて維持出来ないから、休息を取って回復しようとしているんだ」
「……」
「眠る時間も徐々に増えつつあるものね。……やっぱり、近いのかしら……」
「やめろ!!!」
「!」
「……ふざけるな、あのこはぼくの昔からの友人なんだぞ。あのこと一緒にぼくは育ってきたんだ」
「……」
「そんなあのこが、月に帰るなんて、二度と会えなくなるなんて、ぼくはいやだ……」
「……」
「……月の様子を見てくる。……そいつは、追い返しておけ!」
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国皇の説得シーンが始まる。強がらなくては不安で仕方のない国皇と、対面した二人。
苦しそうな顔で強い言葉を吐く国皇──いつきっち先輩は、普段の様子とは全く異なる鬼気迫る姿でそこに居た。まるで福瀬一稀ではなくそこに本当に国皇が居るようで、飲み込まれそうになるのをグッとこらえる。
あぶね〜、みつるっち先輩の演技見てなかったらそのまま飲み込まれて黙ってたかも。……な〜んか演技のふいんきがみつるっち先輩と似てるんだよなぁ、いつきっち先輩。
そんな時、──ふと、空間が静かなことに気がついた。口論してる場面なので、静かになるはずもないのに。横を見るとそこには完全に飲み込まれているみつっちが居て、……待って、やばくね? 沈黙の時間が続いていく。
上手いフォローの仕方も思いつかない、というか、フォローってどうすんの!? これ、どう動くのが正解!?
「み、みつっち……」
小さな声で声を掛けてみるけれど、おそらくパニックで声が届いていない感じがする。
そんな状況で、まず動きだしたのはいつきっち先輩だった。
『馬鹿馬鹿しい! ぼくでも救えなかった彼女を、どうしてきみが救えるっていうんだ! きみが居るからなんになる、ぼくだって、カノープスだって、シリウスだって、居てもなんにも役には立てなかった!』
──完全アドリブだ。こんなセリフ、元の台本にはない。いつきっと先輩の視線の動きから察するに、このアドリブ劇はオレにふっかけているようだった。
『……し、知らないよ! 何が出来るかなんておれだってわからない!』
ヤバ、声がうわずる。緊張で心臓がおかしくなりそう。さっきまでの高揚とはまた違ったそれで、ぐちゃぐちゃの頭のまま声を上げていく。
『でも何かしたいなって思うんだ! 寂しいならそばに居てあげたいし、出来ることがあるならなんだってしてあげたい!』
──最近は、ずっとそうだった。悩んでる遥に手を伸ばしたくても、どうやって声を掛けたらいいかわからなくて。何も出来なくて、気がついたら自分でまた立ち上がって歩き出せるようになっていた。
心配してたから元気になってよかったなと思う反面、オレの事も頼って欲しかった……なんてカッコ悪過ぎて絶対言えないけど!
『だっておれ、彼女の事が好きなんだ! 初めて、恋に落ちてしまったんだ、だから』
抱えてたもやもやの理由が、ちょっとだけわかった気がする。──オレ、オレ多分さぁ、
遥に、頼られたかったんだよなぁ。
苦しんでいたのは知っていたし、その為にもがいてるのもわかってた。……まあ、オレに何が出来たかなんてわかんないんだけど。
それでも。
『だから、月に会わせてくれないか。──おれ、やっぱりあの人に会いたいよ』
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暗転。舞台は切り替わり、月の寝床へ。みつっちは無事裏へ回収され、落ち着く為に椅子に座り先輩達に背中をさすってもらっている。
みつっち、正直かなりハードスケジュールだったもんな……。台本書いて、調整して、時々みつるっち先輩に呼び出されて演出?の打ち合わせして、で役としても結構セリフあんじゃん? ヤッバ……。しばらくは旅人の出番はないし、ゆっくり休憩しててもらうとしよう。
──ここからは月とアステルの一騎打ち。おれたちの、見せ場なのだから。
月の女神はもうこの先にいる。先輩たちもいない、本当の意味での一体一。
遥と、ちゃんと向き合う、時間。
気合を入れて、光の先へ一歩踏み出した。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「……どなた?」
「おれはアステル。きみに会いにここまで来たただの旅人さ」
「旅人……? ……どうしてまた、こんな所まで……一体、何のために……?」
「何のために来たんだって馬鹿な事聞かないでくれよ。おれはきみに会いに来た。君に会うことだけが目的さ!」
「一目惚れなんだ。文献で見た君の写真が、あれ以来脳裏に焼き付いて離れない」
「呆れた。それならばどうですか、目の前にその"初恋"がおりますが。……一目惚れしたそれとは、到底似ても似つかないでしょう」
「そうかな? おれは今の君もうつくしいと思うよ」
「大変だ! クーデターが、クーデターが始まった!」
「!」
「……そう。とうとう、この時が来たのですね……」
「……」
「……国皇様。……わたくしは、もうこのまま消えようと思うのです」
「ま……、ッ月!」
「そう怒らないでくださいな、国皇様。……だってそうではありませんか。日に日に廃れる信仰と、崩れ落ちかけた政治中枢。
……当然ですね。光らぬ月に、奇跡を起こせぬ女神など、この国に不要だとは思いませんか」
「……!」
「貴女ももうわかっているのでしょう」
「……でも……!」
「終わりにしましょう、国皇様。この国を巻き込んだ長い眠りから、逃避から。きっと、抜け出す時が来たのです」
「わたくしは大丈夫です」
「ずっと独りで生きてきたんですもの。今更永遠の孤独なんて、怖いはずがないでしょう?」
「……………………うそつき。ほんとうは、さみしがりやの、くせに……」
「……カノープス、シリウス、国皇様を逃がす準備をして差しあげて。私も、月へ帰る準備を致します」
「月……!」
「国皇様。……お元気で、ね」
「馬鹿、ふざけ、はなせ! 離せってば! 嫌だ、月、月……!」
「……」
「……それで、いつまでそこにいらっしゃるの、アステルさん。早く逃げないと、巻き込まれますよ」
「許されるならいつまでも? おれはきみに会いに来たのだし」
「……」
「だからきみの傍に居るつもりだよ、最後まで、おれはずっと傍に居る」
「きみが寂しいならおれはここでずっときみを見ていよう。きみが望むのならば、おれはきみのために星になったって構わない」
「……馬鹿な事を、」
「馬鹿じゃないよ。言っただろ、おれがきみのために出来ることならなんだってしたいってさ」
「……、…………、……いっしょに、いて、くれるの……」
「もちろん、きみが望むなら」
「……………」
「……………」
「……さみ、しいわ……」
「……」
「ひとりは、さみしい……」