@EmptySeat_
▶視点 市村将次
ぱちぱちぱち。人の居なくなった観客席から乾いた拍手の音がする。顔を上げると、そこには御剣三鶴その人がいた。
「お疲れ様、市村。何事もなく終了したようで何よりだよ」
向こうは観客席の最上段、自分は舞台上という位置関係。しかも彼女は現在喉を痛めていて大して声も出せないこの状況で、よくもまあここまで声が通るものだと素直に感心する。別に声を張っているわけでもなさそうなのになぁ。今度、コツを聞いてみてもいいかも知れない。
舞台上から降り、彼女の元へと足を運ぶ。撤収作業は終わっていて、ただ座長として撤収物品の最終確認をしていただけなのだ。この後に特に用は無いし、……それに、僕も彼女に対して話したい事があったから。
「ありがとう、御剣もお疲れ様」
「僕は何もしていないよ」
「そんなことは無いだろう。座長としての仕事のほとんどを、結局君が担っていたじゃないか」
ぱちぱちと瞬きをする御剣。
「おや、気づいていたのか」
何も言ってこないから、てっきりそこまで頭を働かせる余裕はまだ無いのかと思った。続けられる言葉が心にぐさぐさと刺さるが、さすがにこれまでの付き合いでこれが悪気の無い発言だということぐらいは知っている。
「僕はただ、まだ信用されていないのかと思ったんだよ。座長として、皆を引っ張っていく者として。だから皆を引っ張っていけるという証明を見せる期間なのかな、と思って何も言わずにいたんだけど……」
「いや、別にそんなことは無いよ」
彼女は笑う。からりと、どこかかわいた笑い声だった。
「純粋に、まだ全てを背負わすには余裕が無いかと思ったんだ。
僕の事故から始まった初公演だったのだけれど、どうやら正直思った以上に皆が動揺していてね。精神的支柱として、君には中心にいてもらわなくてはならなかった」
「君がキャパオーバーで折れた場合、学科全体が崩れる可能性もあったしね。とりあえず仕事は後回しにして、立て直しに集中してもらったという訳だよ」
おかげでだいぶ落ち着いたようだ、良かったね。そう言う彼女は何処か他人事で、本気で芝居から退いた気でいる様だった。というかむしろその目は、既に思い出にしようとしている様な──……。
「市村」はっと、思考に囚われかけた意識を取り戻す。視線はいつの間にかこちらに戻ってきていた。「僕が思ったより、君は適応能力が高そうだ」
「夏からは全ての座長業務を君に渡す。もちろん一人でやれって言うんじゃない、ある程度のサポートはするつもりだ」
「悪いのだけれど逐一丁寧に教えている時間は無い。僕らは今年で卒業するからまだいいとして、時期座長も育てておかなければいけない時期に差し掛かっている。あんまり甘やかしてもいられなくてね」
「明日、夏公演の脚本を渡す。──先ずは夏公演のキャスティングから、演出家である僕との話し合いから君の座長業務は始まるよ」
悲観している暇も、感慨に浸っている暇も、僕らには無いのだ。次の公演は刻一刻と迫っていて、立ち止まっていたらすぐに期限が来てしまう。
「市村、夏が来るよ」
いつも通り、彼女は感情の読めない微笑みを浮かべていた。
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