@cherryonyx
田畑端
2012年に私は前のCEOである和田洋一からの電話を受けました。彼はファイナルファンタジー13の別のプロジェクトであるファイナルファンタジー13で多くのトラブルがあったことを私に話しました。彼はそのプロジェクトをキャンセルするかどうかを検討していることを私に話しました。もしそうなったら、彼は本当の意味でゼロからやり直し、新しい方向に向けて出発し、そのプロジェクトをもしかしたらあなたに引き受けさせるかもしれないと言いました。
もちろん、全てのビデオゲームのプロジェクトには問題が伴います。しかしファイナルファンタジーヴェルサス13においては問題を軌道修正しようとするためだけの期間が長すぎました。その時点ですでに6年間の開発期間が費やされていました。同じように続けることはできませんでした。それはファイナルファンタジー15になるにあたり私が関わってそのプロジェクトを変更し始めるようになった時でした。
下村陽子
ファイナルファンタジーヴェルサス13は私が音楽を作曲した最初のファイナルファンタジーのゲームでした。スピンオフゲームだったので、ナンバリング(本筋の)ゲームに感じただろうプレッシャーはありませんでした。もちろん、そのゲームはその後本筋のタイトルに変わりましたが、それは穏便な方法でした。そのゲームがファイナルファンタジー15に変わった時、それは私にとって重大な出来事でした。私がヴェルサス13のために書いた音楽の一部がすでに受理されていたという事実により、プレッシャーの一部は緩和されました。ゼロからやり直すように言われていたらより怖かったかもしれません。私がヴェルサス13のために書いた音楽の約3分の1が15に入りました。
橋本 誰もがこれらのプロジェクトで彼らが正しいと思ったことをしていました。誰も故意に会社を潰そうとはしていませんでした。しかしゲームが形になって初めて問題が明らかになることがあります。時には仕事が終わって初めてどこが間違っていたかに気付くことがあります。
田畑 私は実際にはそのオファーにすぐに「はい」とは言いませんでした。私はそれを自分のチームに持っていき、それについて全て話し合いました。実際に、チームの約90%がその話を引き受けることに反対していました。
私のチームは野村哲也のチームと合併することを望んでおらず、プロジェクトが直面していた障害について知っていたので、多くの反感がありました。
反発を減らし主導権を握るために約6ヶ月を要しました。私たちがファイナルファンタジー15の製作準備段階に入った時に全員が協力して共通認識を持つことができるチームを作ることが重要だったので、私はチームがよく調和し協力するために細心の注意を払いました。私は激励のスピーチさえしました。
私たちはゲームの最終形のために様々なアイデアを引き出し、部門をいくつかのチームに分割し、全員がまとまるためのアイデアを提案し、その後お互いに発表し合いました。そこから出てきた2つの中心的なコンセプトは仲間のアイデアと旅のアイデアでした。それはゲームのシステムと構成を開発するのに役立ちました。その後私たちは異なるチームに分かれて異なる試作品開発に取り組みました。それは実際に非常に有意義な期間だったので、チームビルディングの演習としてだけでなく、プロジェクトの方向性を決めることにも役立ちました。
最初は、私は物事を軌道に乗せるためにかなりトップダウンスタイルの管理を行っていました。そうでなければ、誰かが断固たる決断を下さなければなりませんでした
「ゲームの問題を軌道修正しようとする期間が長すぎました」田畑端
人々は私たちが目指したものについて非常に曖昧な理解を抱くでしょう。しかしプロジェクトが軌道に乗り始めて勢いづいている時、私たちはサブチームが彼らなりのビジョンを持ってもう少し自主的に働くことができるような段階に移行しました。そこには明確なスタイルの変化がありました。
下村 2人のディレクターにはいくつかの明らかな違いがありました。野村の場合は新しい曲について承認を得るのにはるかに長い時間が掛かりました。彼はその曲について非常に深く考え、しばしば変更を要求します。しかし一度でもその曲に満足するとその後は変更することはほとんどありません。田畑は、対照的に、しばしばすばやくOKサインが出されますが、後日何度も変更を要求されます。彼らは自身の性格に基づいた異なる仕事をします。つまり、両者とも彼ら特有の挑戦があるのです。