@EmptySeat_
目が合った。その端正な顔が酷く歪んでようやっと、そういえば大きな嘘をついていた事を思い出したのだ。
▶視点 此花初音
「説明なさい」
夕方、練習終わりにとっ捕まえられた私は、最上階の一室に来ていた。目の前には朝挨拶を受けた端正な美人がこちらを睨むように見つめている。美人が睨むと迫力があるな、なんて言うのはただの現実逃避である。
「というかなんですの? 彼の学生時代の後輩かと思って警戒していたのに、蓋を開けてみればただの教え子ではありませんか……」
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時は数ヶ月前に遡る。彼女──院瀬見琴子と出会ったのは、2年次の秋頃の事だった。たまたま買い物に出掛けた時の街中で、倉坂高明と出会ったのだ。隣には彼の腕に己の腕を絡め、何かと話し掛けアピールをしている女性がいる。高明自身は全く興味が無いのか自分のペースで動かす足をゆるめる様子も無く、女性はヒールにも関わらず半ば早足で歩く事を余儀なくされているが。
「あれ、倉坂さん……?」
あの高明のスキャンダル。そんなもの、
「やっぱり倉坂さんですね。いやぁ、奇遇ですね。……あれ、妹さんとご一緒でしたか?」
気になって首を突っ込んでみたくなるに決まっていた!
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結局、いまいち分からないままその場は流されてしまったのだけれど。手にした情報と言えば、彼女の名前と連絡先ぐらいなものだった。
特に二人の関係性については双方に曖昧に誤魔化されてしまっていて、結局『昔の仕事の関係で出来た高明の彼女(?)』ということぐらいしかわかっていない。その後も何度かカフェに誘い出しては話を聞いては見ているのだが、やっぱりいまいち要領を得ないままだった。
高明側は彼女に対してあまりにも関心が無さそうだし、妙にパワーバランスが高明の方に片寄っているし。彼女はこちらに強い攻撃性を見せる癖に、高明に対しては彼の選択に終始怯えるような素振りを見せていて、本当に訳が分からないというのが本音だった。
頭をよぎったのはDV彼氏というその単語で、毎回会う度にそれとなくアザの確認なんかも行っていたのだが、今のところ発見には至っていない。
「……いや、一応高明はこの学園のOBだから、完全な嘘では無いし……」
ごにょごにょと言い訳を並べれば、「それは詭弁以外の何者でもないでしょう」と一喝される。それはそうなので、大人しく謝ることにした。
「悪かったよ、あの高明の恋愛沙汰だったからさ。気になって、ちょっと引っ掻いてやろうかなってそう思っただけなんだよ」
両手を上げ降参とばかりにそう言うと、その演技掛かった態度にフンッと呆れたように鼻を鳴らす琴子。
「……別に、いいですわ。探られて痛む腹もありませんもの」
先程まで驚きと怒りで瞬間沸騰していた感情も、若干の落ち着きを見せているようだった。ソファーに座り直し、紅茶のカップに手を伸ばす。高い身分なだけあって、そんな琴子の姿は酷く様になっていた。
「というか、琴子ってここのオーナーだったんだな。御剣学園に入って三年目になるけど初めて知ったよ」
「今年受け継いだばかりですもの、当然ですわ。前年まではおじいさまがオーナーでしたのよ」
ふぅん、と相槌ひとつ。そういえば前年までは初日のオーナー挨拶は男性がしていた気がする。あまり関心がなかったから、かなりうろ覚えの記憶だけれど。その人はいつもうちの学科の公演を欠かさずに来ていて、大抵陣取る場所は真ん中の一番後ろの席だったのを覚えている。……そこまで考えてようやっと、初公演ではその席が空席であったことを思い出した。そうか、代替わりをしていたから、そこは空いていたのか──……。
「……あの、」
思考の切れ目。いい加減紅茶でも飲もうかと伸ばした手を止め、そちらを見る。酷く暗い表情、泳いだ目。様子のおかしいその姿に、眉を顰める。
「彼はここに来られましたか」
「……何、会ってないの?」
当然のように、高明もこの合宿に参加している。オーナー挨拶の際も居たはずだと思考を巡らせて、そういえば直前に姿を消していた事を思い出した。
「……あの方は、わたくしと演劇関連で会うのを嫌いますもの。挨拶の時にいないのは正直想定済みでしたわ」
自嘲するように笑う。それが嫌に痛々しくて、つい手を伸ばしかけて──ゆっくりと下ろす。彼女がただ一つ求めている手が何かなんて、火を見るよりも明らかだった。
「……あの方は、」
震える声。
「もうほんとうに、……舞台に、立たれないおつもりなのかしら……」
高明、──高明。心の中で、あの全てを捨てたような目を思い出す。
お前、これでいいのかよ。お前をこんなに想っている人を、泣かせたままでいいのかよ。
舞台に立たない演者を待つ気持ちを知っている。舞台に上がらない違和感を知っている。彼女はこんな思いを、ずっとずっと抱えてきたのだろうか。
「……」
なあ、無いかもしれない未来を信じて待つのはしんどいよ。それが私達のエゴだとしても、その未来を夢見るほどその才能は輝いていた。
カップに手を伸ばす。紅茶はいつの間にか、すっかり冷めてしまっていた。