twitter に上げてた小説の「明日も面白い事がありますように。 https://privatter.net/p/9303696」の前日談になります。ヒナイチくん視点です。
ドラルクさんとヒナイチくんの電話内容が気になると、言って頂いて書きました。彼女が出張先で、シンヨコが二つの種族にとって住みやすい理由に気づくお話です。
当時8pで収まらなかったので添削した、ヒナイチくんの無自覚プロポーズを戻しました。リアタイで読んでくれた方、分かりにくかったよね。申し訳ない。
2022/08/01に上げました。
@kw42431393
あぁ、疲れた…
宛がわれた宿舎に入るなり、コンビニ袋を投げ出してヒナイチはその場に寝転がった。行儀が悪いとは分かっているが、慣れない環境からくる疲労の方が強かった。
新横浜吸血鬼対策課ヒヨシ隊副隊長である彼女の元に、他県の吸対から応援要請が下りたのは、5日前の事だ。
そこは吸対隊員も退治人も凄腕を抱えているが、人間達と吸血鬼達の関係が悪く、事件が絶えないと有名な地域だった。
シンヨコも吸血鬼が多く、事件が頻発するが、基本的には下級吸血鬼の発生による駆除や住民の避難誘導業務がメインで、大きな事件は畏怖欲を満たそうとしたり、どうしようもない性癖を持った高等吸血鬼のイタズラである。
鍛錬を重ねてきた自身の力で市民を守りたい、その想いで吸対に入った彼女にとってやりがいのある出張と思われた…そのはずだったのに。
「何が違うのだろう…。市民を守るという意義は同じじゃないか。」
ここに来て、まず目についたのは吸対と退治人との連携が悪い事だ。事件解決にあたって手柄の取り合いをしていると言ってもいい。
敵性吸血鬼はそこに付け入るし、対応も遅れる。人間達の吸血鬼への当たりも悪いので、シンヨコでは無害な一般の吸血鬼達も反抗的になる…そんな状態だった。
元々、公務員である吸対の業務に退治人の監督もある。関係が微妙なのは認めるが、事件解決に当たって打ち合わせをし、駆除や退治を退治人に、吸対は市民の避難を優先に、援護や逮捕に回るのが本来ではないのか。
ヒナイチの脳裏に、先程署に連行された連続吸血事件の容疑者の男性と吸対職員の尋問風景が浮かんだ。
男性は露骨に反抗的な態度を取り、職員は居丈高に怒鳴る。「この、吸血鬼が!」と。
「管轄が違うので控えていたが、そう高圧的に言う必要はないだろう。まだ、彼は容疑者に過ぎないのだ。」
義憤に耐えかねたヒナイチが男性の弁護に回ると、吸対職員は首を傾げた。
「新横浜ではどうか知りませんがね。ここでは、こういう手合いは珍しくないのです。失礼ですが、若くして飛び級で昇進された方と伺っております。経験も浅いと察します。事件の鎮圧に多大な協力をしていただいた事は感謝しておりますが、ここからはお引き取り頂きたい。」
彼女に返す言葉がなかった。自分の昇進には兄が本部長である事が大きかったからだ。
唇を噛みしめて取調室を立ち去るヒナイチを、容疑者の男性はポカンとした顔で見送っていた。
「お腹空いたな…。」
ゆっくり起き上がると、投げ出したコンビニ袋を引き寄せた。部屋の真ん中に設えたちゃぶ台に弁当とお茶とクッキーの袋を並べる。
お腹が空いたと口にしたものの、胸がつかえて箸が進まない。後で食べる事にして、クッキーに手を伸ばした。
「ヒナイチくん、下に居るのかね?ご飯できたよ、今夜も食べていくでしょ?」
「ん?クッキーもあるけど後でね。これ、お行儀の悪い。手を洗っておいで。おい!若造、お前もだ。勝手につまみ食いするんじゃない!」
事務所の風景がフラッシュバックする。手を洗って戻ると、お皿を並べ終わったジョンが早く早くと手招いている。ロナルドとジョンは競う様に料理を口に運ぶ自分達を、ホットミルクを飲みながらドラルクはいつも満足そうに眺めている。
クッキーをお茶で流し込みながら、翡翠の両目から涙が溢れるのを感じた。
「ちん…事務所に帰りたい…帰りたいな。」
傍に置いてあったスマホを取り上げたとき、裏に貼ってあったプリクラを見てヒナイチは我に返った。
ヒナイチがジョンを抱き、その背後からマントで包む様にドラルクが、さらに大柄のロナルドが背後から全員をハグする形で写っている。
「おい、ドラ公!写ってねえぞ。ケツに力を入れろよ、プリクラ撮ろうって言ったのお前だろが。」
「喧しいわ!下品ルド、耳元で怒鳴るな。ちょっと死んだだろうが!」
「チン!ビックリした。二人とも喧嘩をやめてくれ。首元がドラルクの塵でザラザラする。」
「ヌー!」
「私達は…吸血鬼も吸対も退治人も一緒に暮らせるのに、何故なんだ?シンヨコは吸血鬼も事務所やギルドに遊びに来たり、依頼に来るじゃないか…。」
ここは、あそこと違い過ぎる。
「ちん?でも、もっと以前は…そうなったのは…いつから…?」
自分や半田は、事務所に行った初めのころ、ロナルドやドラルクに何て言った?以前は、平気でさっきの吸対職員みたいな事を言わなかったか?
へんなやゼンラニウムが、事務所に遊びに来る様になったのは?吸血鬼が事務所に依頼にくる様になったのは?人間達が解決できない時、吸血鬼達が協力してくれる様になったのは?
「Y談おじさんの事件から?いや、もっと前だ。希美さんが女帝になった頃…?いや、もう少し前だな。」
頭がはっきりしてくる。
「そうだ、シンヨコが今みたいになったのは…」
ドラルクがロナルド事務所に転がり込んでからだ。
つまらない事で死と再生を繰り返すクソザコのドラルクを本気で消滅させようとする者はいない。
人の胃袋を掴み、享楽に巻き込み、無自覚に人の心に踏み入ってくる。
自分の無力を自覚しているから、他人を頼る事にためらいがなく、誰にでもコンタクトを取る。事件解決にあたって適材適所で人員を配置し、指示を出してくる。
そして、本人自身が強大な血族の嫡孫で、その一族がバックに控えている。
そうだ。敵対する退治人と吸血鬼が同居してから、他の吸血鬼と退治人も交流を持つ様になった。双方を監督するヒナイチもそこに入った事で、吸対も彼らと交流を持つ様になったのだ。
「外部から来た私は無力だ…無力?」
お茶をゆっくり飲み干し、深呼吸をする。声が普段の声に戻っている事を確認すると、ヒナイチはしっかりスマホを手に取った。泣きじゃくっていた少女も普段のあどないクッキーモンスターもそこにはいなかった。
「あの、吸対の方!」
事件が解決し、明日シンヨコに帰れるだろうという頃、ヒナイチは吸血鬼の男性に呼び止められた。
「あの時の…」
「その節はお世話になりました。事件を解決して下さって、私も釈放されました。」
「いや、吸対は市民を守るのが使命。こちらこそ、冤罪であったあなたを勾留した事を謝罪しなけばならないのだが。」
「市民?吸血鬼もですか?」
ヒナイチは、彼が取調室で不思議そうな顔で自分を見ていた理由が分かった。
「勿論だ。それに、私は最後の大捕り物で暴れただけだ。何もしてないぞ?」
あの時、ヒナイチは兄カズサ本部長に、ヒヨシ隊長に、ロナルドとドラルクにコンタクトを取った。そもそも、ここにヒナイチが派遣されたのは、カズサとこの県の本部長が顔見知りだったからだ。
カズサ本部長とヒヨシ隊長から、ここの県の本部長と吸対に彼は冤罪の可能性がある為、再調査する様に頼んでもらった。
この地域にはヴァモネさんが応援に来た事あったそうで、ここでも伝説的人物だという。
ここの退治人達に、今回の事件の間だけでも吸対と協力する様にと、ロナルドから彼に連絡を取ってもらい、彼がこちらのギルドマスターに申し送りするだけで状況も改善していた。
ドラルクからドラウス達に頼んでもらい、犯人と潜伏場所を突き止めてもらった。数日後には、その地域で起こっていた連続吸血事件はスピード解決したのだった。
連携が取れていれば簡単な事件だったのだ。
「ところで、吸血鬼用の食料品や生き血ボトルを打っている店を知らないか?いつも世話になっている人がいるんだ。良いものを送りたい。」
「どおりで吸対なのに、吸血鬼に対して理解をお持ちだったのですね。この辺りは、吸血鬼用の自販機や店もあまりないのです。あちらに吸血鬼街があります。今回の事で、あなたの事は有名なので歓迎してくれると思いますよ。」
「感謝する、さっそく行ってみよう。」
「その方は恋人ですか?」
「チン!!」
「…?どうかされましたか?」
「チ…チン…。違う、そ、その…」
おかしい、言葉が止まらない、Y談おじさんの催眠術にかかった時の様だ。混乱した頭の中、口が勝手に言葉を紡ぎだした。
「か、家族の様なものだ。一緒にいると楽しいんだ。あいつと…ずっと一緒にいたいんだ。料理が上手で、愚か者で、享楽主義者で、か弱いミミズ以下の癖に…人を簡単に誑かして、変えてしまうあいつは…きっと最強の吸血鬼なんだ。あの街を変えてくれたのはあいつなんだ…私を変えてくれ…たのも…?チン!話し過ぎたな!失礼する。」
赤面した顔を抑えて、ヒナイチはその場を逃げ出した。
部屋に戻っても、動悸が止まる様子がなかった。何故か一刻も早く事務所に帰りたくて、彼らの声が聴きたくて、彼女は二人の携帯に電話をかけた。
「二人とも繋がらないな。取り込み中なのかな?」
いつとならそこで諦めるか、時間を置いてからかけただろう。しかし、今回はそんな気にならならかった。
「ダメ元で事務所にかけてみようかな。」
「はい。こちらドラルクキャッスルマークⅡ。」
「ヒナイチだ。ドラルク、この前は感謝する!お陰で明日シンヨコに帰れる予定だ。」
「おや、ヒナイチくん。元気な声で安心したよ。一人で辛かったでしょ、お疲れ様。」
「チン…それを言ってくれるな。ロナルドは?」
「ギルドに出かけているよ。ロナルドくんに用かね?」
「ロナルドにも礼を言いたいが…。今回の事で私も考えた事があって…お前に…あの…その、うん。」
「大丈夫かね?帰って落ち着いてからでもよいのだよ。ヒナイチくん、帰っておいで。何が食べたい?」
「クッキーッ!…ッ!違っ、う…ぁあ、わたっ…しが、言いたいッのは、えっと…だ、だからッ、その…あぁ…ちん…。」
「落ち着いて。クッキーは勿論用意しておくよ。ゆっくりでいいよ、深呼吸して。そう、その調子。」
たまに見せる親の様に諭す優しい上品な声に、彼女は心が満たされていく気がした。
「なぁ、ドラルク。ここに来て思ったんだ。シンヨコが、この街みたいにならなかったのはお前がここに来たからじゃないかって…気づいたんだ。そ、それで…私がここの吸対職員みたいにならなかったのも…お前に会えたからだ。」
そこで深呼吸をする。一番大事な事を伝えたいから。
「お前が私達を、街を変えてしまったんだ。変えて…くれたんだ。殺す価値さえない弱いお前は、誰の敵にもならない。でも、いつの間にか私たちを誑かしてしまって…退治人と吸対と吸血鬼が同じ場所にいるのを当たり前にしてしまったんだと、思う。ドラルク、お前はきっと最強の…畏怖されていい吸血鬼だと、私は思うんだ。」
電話の向こうで、ドラルクが息を飲む気配がした。礼だけ言うつもりで電話をしたのに、何かが胸に沸き上がって止まる気配がない。ヒナイチはずっと秘めていた本音を口にしていた。
「ド、ドラルク。私はお前といて楽しいと思っている。ずっと、お前と一緒にいたい…んだ。私を変えてくれた、お、お前…と。そう思っても、いいだろうか?」