『ヒーロー』になる前のビリーとグレイが出会う話の冒頭。檸檬のパロディ。完成したものは12月開催のビリグレプチオンリーにて頒布予定です。
@sim4621_hr
プロムナードで賑わう正門をただただ遠巻きに眺める。ドレスコードで堂々と歩くアカデミーの生徒達は皆輝いて見える一方、彼ら彼女らの視界の範囲外で影を縫うように人知れず去る生徒も少数ながら存在した。小さく丸まった背中を見送りながら、報われない彼らに僕は同情する。恐らく始めは夢と希望に満ち溢れて門を叩いただろうに、持って生まれた性質はそう簡単に変わることはできないし、出会う人次第ではどん底に落とされることだってあるのだから。正義の『ヒーロー』になれる人材などほんの一握り。そんなことは遠い昔に理解しているはずなのに、僕からその可能性を奪ったのが正義からは程遠い極悪人。この場所にはもうあいつはいないのに、気付けば上下の歯をグッと噛み締め、両側のポケットに一本ずつ忍ばせたナイフの柄を握り締めていた。忘れたかった感情が沸々と込み上がってくる。だけど、僕の背後に異質な気配を感じた。
「この場所が憎いんデショ? グレイ・リヴァースサン」
極彩色の影。矛盾した表現かもしれないけれど、陽気な声の主の姿を見るよりも先にそんな印象を受けた。
振り向いた先にいたのはアカデミーの制服を纏った少年。四年も前に自主退学した僕を在学中の生徒が知るはずがないのに、何故彼は僕を知っているのだろうか。「誰……?」と疑問を小声で口にすると、少年はにたりと口角を上げる。
「その願い、オイラが叶えてあげようか?」
彼に関わってはいけない。本能的にそう感じるのに、この場から一歩も動くことができなかった。
極力直視しないように目線をずらしながら少年の様子を窺う。原色を混ぜたような眩しいオレンジの髪に、黄色いレンズのゴーグルで覆われた目からは表情を汲み取れない。黒いハーフグローブを装着した指先は細く、平均的な体型ではあるものの鞄の類は見当たらないのもあって身軽そうに見えた。しかし僕の視線に気付いたのか、「んふふ、グレイのエッチ」と悪戯な笑みを浮かべてきたので、慌てて首を横に振って元の空気に戻すことに努めた。在学生なのだから間違いなく年下だろうけど、彼に会話を主導権を握られてはならない気がする。
「……あの、アカデミーの制服だよね? その服……」
「そうだヨ。『ヒーロー』目指して頑張ってマス!」
「だったら何故……」
「どうしてだと思う?」
まずはアカデミーの生徒であることを確認すると、元気よく返事をしてくれる。しかし疑問を投げ掛けると、はぐらかすみたいに質問で返された。見た目に反して案外苦労しているのか、それこそ僕と同様にこの場所に憎しみを抱いているのかもしれない。質問の意図を考えながら思案を巡らせていると、彼は僕の方へと一歩近付いては顔を覗き込んできた。
「ボクちんはグレイのこと色々知ってるヨ。四年前にアカデミーを自主退学して今は現役プロゲーマー。在学していた頃は第十一期生でAAのアッシュ・オルブライトと同期で、しかも彼からいじめに遭っていたんだとか。ヒドイ話だよね~、悪さをしても家柄を通じて揉み消した上に、自分は『ヒーロー』になれただなんて」
レンズの奥でガラス玉のような瞳が僕を捕らえた。何の接点もないはずの少年が語ったのは知るはずもない僕の話なのに、その全てが悲しいくらいに事実。今更、それも赤の他人の口から聞きたくなくて、思わず耳を塞ぎながら「……やめて」と抵抗した。
「ソーリー! ボクちんってば、思ったことをついつい口にしちゃうんだよネ」
拒絶する僕を見てもへらへらと笑う姿からは反省の色が見られない。だけど今はそんなことよりも、僕達の目の前で聳え立つ学び舎への怒りや憎しみが再び湧き上がってくる。幻聴だろうか、耳の奥で下卑た笑い声が反響して離れてくれなかった。
「……本当に憎いよ、この監獄は。あの時ここであったことは、アカデミー側も十分知っていたはず……それなのに、見て見ぬふりをした。一度ではなく、何度も、何度も……」
もう四年、まだ四年。苦しかった過去の出来事は呪いのように鮮明に蘇る。そのたびに恨みは静かに増幅し、悲しみは怒りへと変化していった。いつの間にか手にしていたナイフも、今も額に残ったままの古傷も、薄汚れても捨て切れないアカデミーの制服も、僕に宿った憎しみを確かなものにしていく。誰一人味方がいなくとも、僕だけは忘れてはいけない。決して忘れてはいけないのに。
「それでも、僕は……」
「まだ『ヒーロー』を信じたいんだ?」
少年の問いにただただ頷くことしかできなかった。漫画みたいな『ヒーロー』がニューミリオンには存在していて、僕は市民を守る彼らに憧れてアカデミーに入学した。皮肉にもこの選択が地獄の始まりとなってしまったけれど、退学して四年経った今でも憧れを捨て切れずにいる。そもそも今日は三度目のトライアウトを志願しに訪れたのだから。しばらく足元をじっと見つめていると、少年のハーフグローブで覆われた手のひらが視界に飛び込んできた。
「じゃあさ、オイラが結論を出すための手伝いをしてあげる! もし『ヒーロー』を信じるんだったら、ボクちんはなんにもしない。だけど信じられなくなったら、このキャンディをあげちゃう!」
彼は軽快な口調で言葉を紡ぎながら、メープルの葉のごとくしっかりと広げた手をギュッと握り締めて再び開く。すると、何もなかったはずのそこにはレモンキャンディみたいな球体が現れた。半透明のイエローは青空の下できらりと輝きを見せたので、何の変哲もない飴玉だと思う。それなのに掴みどころのない少年が持っているだけで、得体の知れない何かではないと疑ってしまった。
「……これは?」
「んふふ。実はコレ、キャンディに見せ掛けた小型の爆弾」
「えっ……」
恐る恐る尋ねると、まさかの返答に頭の中が真っ白になった。いや、こんなの見え透いた嘘に決まっている。翻弄されてはいけない。流れを持って行かれまいと深呼吸しようとしたものの、相手の方が一枚上手だったらしく、球体を僕へと近付けてきたので咄嗟に後退りした。
「嘘だと思うデショ? でも考えてみてよ。銃弾だってさ、あんなに小さいのに人を殺せちゃうんだヨ? そうだ、オイラは在籍中だし侵入しても怪しまれることはないからネ。屋上に爆弾を仕掛けてさ、何食わぬ顔で逃げたら面白くない?」
次から次へと展開する計画はまるで物語。現実味がないはずなのに、僕を覗き込むブルーの瞳と目が合ううちに少年の言葉に可能性を感じてしまっていた。逸らしても追い掛けてくる目線に捕まるたびに、『ヒーロー』になれると本気で思っていた頃と似た気持ちが湧き上がってくる。根拠などどこにもありはしないのに、彼と二人でなら大丈夫な気がしたので「……うん、いいよ」と返事した。不思議な魅力を持つ彼はキャンディを一旦ポケットにしまうと、今度はその手のひらを僕に差し出す。少年の言う手伝いがどんなものなのかは想像も付かないけれど、僕は差し伸べられた手を取って駆け出す彼について行った。
「……あ、そういえば……君のこと、何て呼べばいいの?」
「俺っちのことはクエスチョンロッカーとでも呼んでヨ!」
それが偽名なのは一目瞭然で、提案も物騒で、何一つ掴みどころがないのに、久々に触れた人の手はどこまでも温かくて心地好かった。