いつも事務所の前でウェーンしてるドラウスさんが、ヒナイチくんにもてなされるお話。両思いのドラヒナの時間軸になります。
真ミナ要素もあります。
2022/08/11に上げました。
@kw42431393
月明りの差し込む書斎に幼い私はお母様と並んで座っていた。
お母様は、この時代の女性には珍しく勉強と旅行の好きな方だった。好奇心が旺盛で、活発で、機嫌が良いと私と同じ頭のアンテナがピコピコと跳ねた。芯のしっかりした方で、人も同胞も誰もが恐れ戦くお父様の前でも堂々としてらした。何より…
「ミナ、お茶が入ったよ。お菓子もあるよ。休憩しよ。」
「頂こう!行こうか、ドラウス。」
お父様の作る料理が何よりも好きな方だった。
「ウェェーン、またドラルクが留守だよぅ。あのクソポールゥ!」
ここシンヨコに、竜の一族の次期当主、白銀の狼、古き血のリーダーであるドラウスの泣き声が響き渡った。
いつもの如く、アポなしで栃木から愛息子に会いに飛んで来て、事務所の扉の前にある「留守にしています」の看板に絶賛絶望中である。
事務所の前で待つか、前にロナルドに教えてもらったスナバに行くか…
「体を霧化して入るのもいいが、またポールに見つかって馬鹿にされたくないし…うぅ…。」
脳内のロナルドが「いい加減学習しろよ、バーカ」と煽ってきたり、ドラルクが「がっかりしましたよ、お父様」と溜息ついたりと、ぐるぐると気分がナーバスになっていく。
と、その時扉の向こうでガチャリと音がなった。もしかして、息子が中にいるのか、と期待する。果たして、目の前でノブが回って…
「ドラルク~!お父様が遊びに来たよ~!」
思わず、中から現れた人物に抱きついて頬擦りをする…
あれ?随分小さくないか?
「ちんっ!あぁ、驚いた。やはりお父上だったのか。」
ドラウスの腕の中で、赤いアンテナが驚いた様に立ち上がっていた。
「こ、これは吸対のお嬢さん。失礼した。てっきり、息子が開けてくれたのかと…。」
「アハハ、大丈夫だ。扉の向こうが騒がしかったので…様子を見に来てよかった。」
そう言って、ヒナイチは困った様に笑ってみせた。今日は非番なのか、いつもの白い制服ではなく、サマーセーターにキュロットスカートをはいている。首には血珊瑚のネックレスが揺れていた。
もう、ドラウス様ってば。ヒナイチくんがびっくりしてるヌ。ドラルク様ならギルドに行ってるから、もうすぐ帰ってくるヌ。
ヒナイチの足元からジョンが出てきて呆れた声を出した。
「おお、マルスケ。お嬢さんとお留守番だったのかい?」
「あぁ。今日は非番で、ギルドでの会合が終わったら、ドラルクがクソゲーとかを教えてくれる約束だったのだ。とにかく、こちらへ。家主でない私が言うのはおかしな話だが、お茶でもお出ししよう。」
「いやぁ、お嬢さん。助かったよ、ありがとう。」
ジョンを抱き上げて、ドラウスは嬉しそうに後に続いた。玄関を抜けると事務所の帽子掛け兼門番のメビヤツが、ドラウスを見て「ビッ!」と警戒音を鳴らした。
「待て待て、メビヤツ。ドラルクのお父上だ。ほんと、ドラルクと仲良くないなぁ。」
「ビビッ。」
「なんだ?どうしたんだ?」
リビングの方から冷気が漂ってくる。エアコンを効かせ過ぎたというレベルではない。
ヒナイチは咄嗟に腰に手をやったが、生憎非番で剣はそこになかった。そっと、壁沿いににじり寄る彼女の後ろでドラウスが呑気な声を出した。
「おや、ノースディンじゃないか。お前も息子に会いに来ていたのかね?」
その一言で、剣呑な雰囲気は消え去り、リビングからゆっくりと吸血鬼の男性が姿を現した。優雅な立ち振る舞いに、丁寧に整えられた髭が印象的だった。
「氷笑卿…か?」
「覚えて頂いて光栄ですよ、美しいお嬢さん。」
ヒナイチは、少し後退して身構えた。そこにいたのは、ドラルクの師匠で冷気を操る能力の持ち主、魅了の術で以前シンヨコを騒がせたノースディンその人であった。
彼女自身、魅了の術に落ちた事があったので、警戒せざるを得なかったのだ。
大丈夫だ…彼の術は動揺さえしなければ問題ない。それに、元々Y談おじさんの催眠術が残っている私には、効きにくいはずなんだ。
彼女の動揺を見透かす様に不敵に笑いながら、ノースディンは近づいた。
「お嬢さん、この前の様な真似はしませんよ。君達に不肖の弟子が世話になっておるものでね。顔を見がてら、久しぶりに焼いたスコーンを持ってきたのですよ。紅茶のお供にして頂ければ…」
「…スコーン?」
「おいしい、おいしい。お前が作ったものは何でも美味しいな。」
「ウフフ、ちゃんと畏怖の念を持って食べてくれ給えよ。」
「おいしい!」
「ちゃんと聞いてた?まぁ、いいや。明日も来るでしょ?何がいいかね?」
「うーん、この前テレビで見たスコーンが食べたいな。この紅茶と合うんじゃないかと思って…」
「は…?」
ヒナイチは、出会って間もない頃にそんな会話をしたのを思い出した。明らかに不機嫌になり、その日の夕食はものすごい豪勢なものをなった。が、眉間に皺の寄った顔を前に、ロナルドとジョンとで箸の進まない食事だった事は覚えている。
スコーンが苦手なのか、と聞く自分に、ドラルクは「そんな訳ないでしょ、作るのが嫌いなだけ」とぶっきらぼうに返したのは…あれは。
「お嬢さん?」
心配そうにのぞき込むドラウスの声でヒナイチは我に返った。
「ちん!?すまない、少し思い出した事があって。」
「このノースディンのスコーンは、我々の間でも絶品な事で有名なのだ。貰っておき給え。ドラルクは嫌っているが、ノースディンなりに息子が他所で暮らしているのは心配していたんだ。君たちに感謝しているのだよ。」
「おい、アホウス。ばらすな。」
どうすべきだろう、と彼女は迷った。ドラウスは、そういう所が鈍いので息子に塩対応されるのに気付いていないのだ。ノースディンが時折見せる表情や言葉から、親友の息子を大事にしているらしい事は、彼女にも察しがついていた。
だが、そもそもドラルクはおやつ棚に彼女の為にクッキーを置いている。それより先に、師匠のスコーンを食べていたらどう思うだろう。
「さぁ、どうぞ。お嬢さん。」
彼が手を取って渡そうとした瞬間…
ドラウスの肩から飛び出したジョンが、スコーンの入った箱を弾き飛ばしてしまった。
お××ッ×!お前なんか嫌いだヌ、帰れヌ。ヒナイチくんの血は、ドラルク様のものなんだヌ!ヒナイチの食事はドラルク様が作るって決まってるんだヌ!
「マルスケ!?今、なんて?」
「ほぅ…やはりな。」
古き血の二人は、中指立てて威嚇しているジョンを見て、顔を見合わせた。
「こ、こら。ジョン、落ち着いてくれ。何を言っているか分からないけど、ロナルドといいドラルクといい、最近口が悪いぞ。」
ヒナイチはジョンを抱き上げて、甲羅を撫でて落ち着かせた。
「ヌヌイ、ヌヌヌヌン。」
「よしよし。ほんとにお前はご主人思いのマジロだな。」
落ち着いたのを見計らって、彼女は箱を拾い、ノースディンに向き直る。
「見苦しいところを見せてすまない。折角、作ってきてくれたんだ。有難く頂こう。ただ…ドラルクが気づいたら、お父上が作ってくれた事にしても構わないだろうか?失礼なのは分かっているが、私もあいつの心を傷つけたくないんだ。」
「フフフ、弟子の事をよく見てくれてますな?」
「私よりずっと年上なのに、子供っぽい所があるんだ。独占欲が強い所があって、時々…あぁ、いや。それも憎めないというか…。」
「弟子を大事にしてくれて感謝する。これからも、あいつをよろしく。それでは、また。」
ノースディンは、彼女の手を取って軽く口をつけると、窓から出て行ってしまった。窓から微かに冷気が漂っていた。
「ヌー。ヌヌイヌヌ、ヌンヌヌ。」
「うん。ジョンは心配してくれたんだからな、いいんだぞ。さぁ、お父上。座ってくれ、お茶を淹れよう。」
「お嬢さん…君は。」
「この前、ドラルクに淹れ方を教えてもらったんだ。少しは、満足にもてなす事はできると思うぞ。」
「ヌーン。」
「ジョン、ティーカップを持って来てくれ。あと、ドラルクが帰ってくるまでにスコーンを食べてしまおう。手伝ってくれるか?」
「ヌンヌヌ!」
あぁ、さっきノースディンと同じ事を思ったんだよ。ドラルク、お前が決めたこのお嬢さんは…ミナお母様によく似ている。
滅多に表情を変えないお父様が、不機嫌になった事があった。ある日、お母様が散歩に出て、怪我をした行商人を連れて帰ってきた。
お母様は好奇心旺盛な方だから、食事をしながら彼からウキウキと色んな話を聞いていた。テーブルの向こうのお父様は、まさに恐怖の権化の様な不気味な雰囲気を醸し出していたのを覚えている。
彼がこの城から去る時、お父様は悲しそうな顔でお母様に言った。
「ね、ミナ。昼の世界に帰りたくない?」
「どうしたんだ、ド××××?」
「ミナ、彼と楽しそうに話していた。ここは、私とドラウスとアルマと次郎しかいない。寂しい思いをさせてると思う。私は本をたくさん持っていて、君に色んな事を教えてやれる。どこにでも、旅行に連れて行ってやれる。でも…。昼の世界に戻りたいなら…今ならまだ間に合うかも知れないから。」
あんなに弱気なお父様は初めて見た。お母様が話している青年に嫉妬していたのだ。失う事に怯えていたのだと、幼心に驚いたものだった。
「つまらない事を言うな。僕がいなくなったら、また君は誰彼構わず「おヒマ?」と言って皆を振り回すのだろう?」
お母様は、お父様の頬を両手で包みながら笑った。
「以前も言ったじゃないか。僕が生きている間は、おヒマなんて言わせないぞ!言わせてやらないからな!」
赤い頭のアンテナが元気よく跳ねた。いつも無表情なお父様の顔が、明るくなる。
「今日は、僕がお茶を淹れてやろう。君が僕に教えてくれたんだ、色んな世界を。自信を持っていいんだぞ。」
「分かった。ありがと。」
「ドラウス、おいで!一緒にお父様をもてなしてあげよう。沢山楽しいお話をしよう!」
「お父上?」
目の前に紅茶が置かれた音で、ドラウスは我に返った。
「あぁ、すまないね。少し思い出した事があってね。」
「ドラルクに教えてもらった淹れ方のつもりだが、お口に合うだろうか…。」
「合わない訳がないだろう。それに、私はお残しはせんぞ。」
彼女の赤いアンテナが、嬉しそうに跳ねた。自分では見えないが、彼のアンテナも同じ様に跳ねていた。
「うん、美味しいよ。お嬢さん。」
「口に合って何よりだ。」
少し苦味を感じるその紅茶は、500年程前にお母様と一緒に淹れたお茶と似た味がした。