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幕間ⅩⅠ

全体公開 2173文字
2022-10-05 00:37:29
Posted by @EmptySeat_

 遠慮はしなくていい。どんな状況でも話は聞いているから、怖気づかなくていい。無理なら無理だとはっきり言うから、勝手にその忙しさを汲み取る必要は無い。かつて言われたその言葉を頼りに、ホテルの居室をノックする。
 がちゃりという鍵の開く音とともに扉が外側に開く。
「おや、蜂谷か。何か用かな?」
 そこには、車椅子を自在に操る目的の人物が居た。

▶視点 蜂谷柚季

「君も随分熱心だね、わざわざ空いた休みの日に先輩に質問をしに来るだなんて」
 ベッドサイドに腰を掛け、近くに引き寄せた机の上に大量の紙を広げた先輩はこちらを見向きもせずそう言った。別にこの態度はこちらを軽んじている訳では無い事も、こちらの話に興味が無い訳では無い事も、段々分かり始めて来ている。ただ手を動かしていない時間が惜しくて、話をしながらでも出来ることをしようとしているだけで。
 皆が思っているよりも、御剣先輩は優しい。──それが、この学園に来て2年目になる僕の御剣先輩への評価だった。噂に聞く御剣先輩はまるで人に興味が無い冷徹な人のようなのに、声を掛けると割と簡単にそれは裏返る。突然話し掛けてもちゃんと振り返ってくれるし、畳み掛けるように質問を重ねてもその全てを咀嚼してちゃんと打ち返してくれるのだ。
「それで、今回は一体何を聞きに来たのかな?」
 催促をするように、持っていたペンの先で机を軽く叩く御剣先輩。ハッとして脚本を開き始めると、「後ろに椅子があるから使うといい」と椅子を勧めてくれた。慌てて椅子をがたがたと机に近づけて、その椅子に座る。その間に机をある程度片付けてくれた様で、僕の脚本やメモを置くスペースが出来ていた。
 ありがとうございますとお礼を言い、そこにメモと脚本を置く。御剣先輩も忙しい人だから、どこかのタイミングでまとめて質問をしようと思ってメモを作っていたのだ。
 パラパラとめくり、確認する。……ええと、これはこの間市村先輩に相談して解決したやつで、これは倉坂先生に聞いた図書に書いてあったから良くて………………ああ、あった! これと、これと……
 一つ一つ、丁寧に尋ねていく。齟齬が無いように、理解出来た気にならないように。御剣先輩はいつものように「あくまでもこれは解答例だから、参考程度にするように」と言い含め、考え方のヒントや思考の整理の仕方をぽんぽんと答えてくれた。そのどれもが的確で、毎度ながらに感心してしまうものだった。
「この脚本の空白部分は君の思考の余地だからね、蜂谷。僕は正解を持っていない、正解は君の中だけにあるんだ。それだけは忘れてはいけないよ」
 御剣先輩は繰り返す。刻みつけるように、言い聞かせるように、何度も、何度も。
「僕はね、"正解"じゃなくて君の──君達の作り上げる"答え"が見たいんだから」

 だから楽しみにしているよ、蜂谷。君の作り上げる"僕"は一体どんな人間なのかな。そう言って笑う御剣先輩に、思わず固まる僕。メモ帳の端が、手の中でクシャリと音を立てた。
 突然黙り込んだ僕を不思議に思ったのか、「……蜂谷?」と顔を覗き込んでくる先輩に慌ててヘラりと笑って誤魔化す。なんでもないです、ごめんなさいと言葉を重ねたけれど、御剣先輩の怪訝そうな顔は変わらない。
「何、なんでもない顔してない癖に。質問しに来たのなら、最後まで聞いて帰りなよ」
 御剣先輩のその言葉に、喉をグッと詰まらせる。……正直、ずっと、不安で仕方がなかったのだ。

「あの、……なんで僕が、主役なんでしょうか……
 発表を聞いた時はあまりにも驚いて耳を疑ったものだった。先輩達を差し置いて、僕が主役になる意味がわからなくて。まだ実力も足りない、知識も足りない僕が、なぜあの三人と肩を並べることになったのか分からなくて。
 絶対に他の人の方が上手くやれると思った。僕のせいで足を引っ張ったらどうしようかと不安でたまらなかった。
「一応それは座長と脚本家兼演出家で相談した結果だけれど、キャスティングに何か不満でも?」
「そ、そういう訳では無いんですけど……、でも…………
 煮え切らない態度を取る僕を、じっと見つめる御剣先輩。やがて、「君っていつもそうだね、何かと自分は1歩引いた場所にいようとする」とだけ言った。
「君は何をする為にここに来たの? 役者になりたいんじゃなかったの? ……どうしていつまでもそんな、経験の無い初心者のような素振りを続けるわけ?」
……言っただろ、君達には君達なりの才能があると。間違いなく蜂谷にもそれは存在する」
「本気になる事だよ蜂谷。他の役者に申し訳ないと思うなら、この舞台を成功させたいと思うなら、失敗を恐れるのであれば、君自身がちゃんとこの役に向き合う事だ。……そして君自身とも、向き合う必要があるだろうね」
「いいかい、蜂谷。僕と市村は、君を主役に抜擢した。話し合って、検討を重ねて、その上でここに蜂谷柚季を置いている。
 ……安心していい、僕らは誰でもない、『蜂谷柚季』だからここに置いたんだ」
「僕らの期待を裏切らないように、せいぜい本気で挑むことだね」
 楽しみにしているよ。再度そう言って、御剣先輩はにっこりと笑った。


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