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拝啓 坂本様

全体公開 16 4493文字
2022-10-08 15:07:49

りょむつ

拝啓 坂本様

 そちらはお変わりありませんでしょうか。こちらは相変わらずです。
 今年も桜が咲き始めました。今年の開花は少し早いでしょうか。貴方や皆と日が暮れるまで花見に興じたこと、まるで昨日のことのように思い出します。もう結構と何度も断ったのに、貴方が酒を注ぐのを止めなくて、酔い潰れてしまったこと今でも恨みに思っています。
 同じくらい飲んだくせをして、翌朝、貴方はケロリとした顔をしていた。二日酔いで死んでいる俺の枕元で、散々騒いでくれましたね。あの頃から、貴方は無神経でこちらの事情なんて意に介さない自由な人でしたね。
 また、あの日のように馬鹿騒ぎしたいものです。もう、二日酔いはごめんですがね。
 それでは、お身体にはくれぐれもご留意なさって下さい。と言っても、貴方のことだから俺の忠告なんて聞きやしないでしょうが。そういうところも、嫌いじゃないですよ。

敬具 


拝啓 坂本様

 そちらはお変わりありませんでしょうか。こちらは相変わらずです。
 今年の夏は特別、暑さが堪えますね。この地方の気候のせいかもしれませんが。
 海がとても綺麗です。波の音を聞いていると、貴方の声を思い出します。海の様子も、潮の香りも見る場所によってガラリとその表情を変える。けれど、この海も共に舟を出したあの海と繋がっているのだと思うと、少し不思議な感じがします。離れていても、貴方の近くにいるような。
 それでは、お身体にはくれぐれもご留意なさって下さい。なんて、病人が言っても説得力がないですかね。心配しなくても、すぐに治りますよ。弱っている俺の顔なんて、想像できないでしょう。

敬具


拝啓 坂本様

 そちらはお変わりありませんでしょうか。こちらは相変わらずです。
 今年はどうにも、ゆっくり紅葉狩りなどに講じる猶予はなさそうです。夏頃より身辺慌ただしく、秋の夜長も気の休まることのない日々を送っています。
 そういえば、 月に行きたいだなんて妄言を吐いていたこともありましたっけ。皆、貴方を馬鹿にして笑っていた。俺も馬鹿にしていましたよ。でも、同時に心の何処かで思っていました。貴方なら実現してしまえるかもしれないと。
 今、この手紙を書きながらふと夜空を見上げたら見事な満月でしたよ。離れた場所で、貴方も同じ月を見ていれば良いのに。
 それでは、お身体にはくれぐれもご留意なさって下さい。秋の夜風は身体を冷やしますからね。腹を出したまま眠った貴方が、腹を下す様はもう見飽きてしまいましたから。

敬具


拝啓 坂本様

 そちらはお変わりありませんでしょうか。こちらは相変わらずです。
 昨晩は雪が降っていましたが、積もるほどではなかったようです。雪に彩られた庭の景色は好きだったので、少し残念です。もうすぐ、冬が終わりますね。
 以前、余りにも寒くて一つ首巻きを二人で分け合ったことがありましたね。正確には、貴方が無理矢理に半分奪っていった気もしますが。だから、しっかり防寒するべきだと俺は忠告したのに。日が暮れて辺りは真っ暗だったけれど、あの時、俺は恥ずかしかったのですよ。貴方はちっとも人目を気にしないから、言い出せなかっただけで。
 それでは、お身体にはくれぐれもご留意なさって下さい。また、軽装で冬空の下を歩くことなどなさらないように。皆が俺みたいに優しくはないですからね。誰にも彼にも見境なく、暖を求めることなどゆめゆめ無きように。

敬具


拝啓 坂本様

 そちらはお変わりありませんでしょうか。こちらは相変わらずです。
 また、春が来ましたね。桜を見るのは随分と久しぶりのように感じます。こうして時を重ね、四季が巡る度、ひしひしと実感するのです。自分と貴方との絶対的な差を。殊勝な台詞を吐くなんて俺らしくないでしょうか。だって、仕方がないじゃないですか。もう決して、貴方に敵うことなどないのだから。
 誰でしたっけ。自分のことを他人の上に立つ才ではないと評したのは。まったくもって、その通りです。やはり、俺は貴方の馬鹿騒ぎに付き合わされているのが丁度良い。だから、さっさと帰って来て下さいよ。貴方の代わりなんて、俺には力不足です。ほら、さっさと強引にこの腕を引っ張って下さいよ。それに俺は悪態を吐いて応えるから。
 それでは、お身体にはくれぐれもご留意なさって下さい。上に立つ貴方がくたばったら、元も子もないでしょうに。貴方がいるから自分はまだ、この国の先を見ているのでしょうね。

敬具

拝啓 坂本様

 そちらはお変わりありませんでしょうか。こちらは相変わらずです。
 暑いですね。と言っても、此処は南の海より幾分かマシです。そういえば、随分と長らく潮風の匂いとも離れてしまいました。それでも、貴方との記憶だけはどれだけ離れても鮮明に思い出される。嫌になるくらいに。いけませんね。暇を持て余すと、余計なことばかり考えてしまって。
 変わり映えのしない景色に囲まれた毎日は、永遠のように感じられます。貴方と過ごす、一瞬の日々に比べたら。辛いこともやるせないことも数多にあって、悔しさに唇を噛み締めることも少なくない。それでも俺には、まだやるべきことがあるのでしょうか。ねえ。教えて下さいよ。
 それでは、お身体にはくれぐれもご留意なさって下さい。貴方はこの国に必要な人だから。早く俺を迎えに来て、此処から連れ出して下さいよ。貴方はそういうの得意でしょうに。

敬具


拝啓 坂本様

 そちらはお変わりありませんでしょうか。こちらは相変わらずです。
 世界は目まぐるしく変化しています。緑の葉が、一夜の内に赤や黄色へ染まりゆくように。貴方だけを置き去りにして。
 この光景を最前線で眺めるべきは貴方です。全く、どこで油を売っているのやら。まあ、構いませんよ。貴方が不在でも、自分が上手くやっておきます。何せ、俺は貴方に認められた男ですからね。いつ戻って来てもいいように、この国を支えておいて差し上げますよ。だから、可能な限り早く戻って来て下さいよ。俺の元へ。
 それでは、お身体にはくれぐれもご留意なさって下さい。先日の手紙は気の迷いです。どうぞ、忘れて下さい。ちょっと、冗談を言ってみただけですよ。貴方に倣ってね。偶には良いでしょう。いつも俺の方が、貴方に振り回されてばかりなのだから。

敬具


拝啓 坂本様

 そちらはお変わりありませんでしょうか。こちらは相変わらずです。
 いつまで遊び呆けているつもりですか。早く帰って来て下さいよ。こちらは、あんたのせいでてんてこ舞いです。人を振り回すのも大概にして欲しいものです。どうせまた、下らない冗談のつもりなんでしょうけれど少しも笑えません。いい加減、ひょっこり帰って来て種明かしして下さいよ。俺は信じません。あんたがもう
 ふざけんな。今、俺がどんな気持ちでいるのか分かりますか。いつもヘラヘラ笑っているあんたには、きっと考えたって一生、分からないでしょうね。いつも勝手に突っ走って行って、追いかけるこちらの身にもなって欲しいものです。本当に腹が立つ。なんで、いつも、いつも、いつも、いつも、俺を置いて行ってしまうんですか。嫌ですよ。嫌です。嫌だ。嫌だ。俺を独りにし

―――その続きは文字が滲んで読めなかった


拝啓 坂本様

 そちらはお変わりありませんでしょうか。こちらは相変わらずです。
 こうも毎日、うららかな陽気だと平和呆けしてしまいそうです。国の行く末を憂いて決起したはずなのに、笑っちゃいますよね。だけど、毎日楽しいのです。本当に。こんな日がずっと続けば良いのにと思います。俺は

「なに、書いちゆう」
 呑気な声音が頭上から降り掛かり、同時に左後方より手元へ影が落ちる。陸奥は振り返るより早く、バッと手元を両腕で覆い隠した。その拍子、下敷きになった紙がクシャリとよれる音がした。
「勝手に見ないで下さい!!」
 勢い良く首を左へ捻るや、陸奥は殊更に不機嫌声で抗議を示した。その男の顔はやけに近くて、思わず鼓動が僅かに早まる。
「そんな怒ることなかろうが。あ。さては、恋文かや?おまんも隅に置けんの〜」
 勝手に盛り上がる野次馬根性全開の男を睨み付け、しばらくの沈黙。その後に、陸奥は盛大な溜息を一つ吐いた。
「おお?否定せんちゅうことは、図星やね」
「うるさいですね。……殴りますよ」
 握り拳を作って見せれば、彼は大袈裟に怯えた風を装いながら二歩、後退する。もちろん怖がっているフリをしているだけ。対して、こちらは本気で殴る準備は整っていた。
「冗談ぜよ。おっかないのう。陸奥は」
 またヘラヘラと笑って、懲りない男はいけしゃあしゃあとその隣に胡座を掻いた。陸奥は彼に見えないようにそっと、書きかけの手紙を畳んで机の端へと追いやる。
 これは恋文と呼べるのだろうか。そう言い切るには幾分か睦言に欠ける。陸奥にしてみれば、純粋に思ったことを書き留めているに過ぎなかった。だから、別段、誰かに読んで貰おうというつもりもないのだ。自ら伝えられない言葉を、どこかに吐き出したいだけだから。
―――坂本さん」
……ん〜?」
 呼び慣れた名を呟いて、男が気のない返事をする。何気ない毎日に何故かわくわくして、胸がときめいた。彼の傍に居てこそ、自分は生きている意味を強く、強く、実感するのだ。
―――桜が、綺麗ですね」
 縁側の窓から見える、桜の木は満開だった。陸奥が何気なく呟けば、彼も同じ方向を見つめた。
「そうやなあ」
 間違いようもなく、互いの目が映す先は同じなのだ。それが嬉しくて、確かな幸福を陸奥は感じる。今を永遠にしたいような衝動に駆られて、黙って桜の花弁が舞い落ちるのを眺めていた。ずっと、ずっと。


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拝啓 坂本様

 そちらはお変わりありませんでしょうか。こちらは相変わらずです。
 貴方がいなくなって、もう何度目の夏でしょうか。数えるのも馬鹿らしくなってしまって、幾年と過ぎました。絶対に忘れられることなどないと信じていた貴方の顔も、もはやあやふやにしか思い出せないのです。
 ねえ。坂本さん。俺はあんたの想い描いていた未来に立っているでしょうか。貴方のいない日々は、想像以上に目まぐるしかった。悲しみなんて、忘れてしまえるくらいには。
 それでは、お身体にはくれぐれもご留意なさって下さい。死んだ人間に何言ってるんだ、ですって。野暮なこと言わないで下さいよ。ただの定型分です。

追伸

 近々、そちらにお伺いする予定です。久しぶりに貴方の顔を拝めると思うと、楽しみでなりません。ちなみに、一発殴られて貰う予定なので今の内に覚悟を決めておいて下さいね。心配は無用です。老いぼれの拳なんて、たかが知れています。どうせ貴方はまた、笑ってくれるのでしょう。
 それでは、また会える日まで。

敬具 


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