ハス探初夜編準備号
@hirop573
「………う………ぅ…」
この日、荘園に来てから初めて感情が爆発した。
試合の調子も悪く、仲間達との反省会も言い合いとまではいかないが空気が良くなかった。
そして体内の磁石が不安定になっていたこともある。
と言い訳をすれば溢れるほどに出てくるが、そうはいかないのがこのノートンの悪い癖だった。
全ては自分が悪いのだと。
一瞬でもそう思ってしまえば後は早かった。
僕が悪いから。と吐き捨てるようにその場を出ていってから今、自分がどこにいるのかさえ把握できない。
その言葉にさえ後悔の念がのしかかる。またうまくいかない。どこで間違ったのだろう。永遠に繰り返す自問自答が始まった。
じわりじわりと目の前が霞んでいく。なんだ、男なのに情けない、と思う余裕すらない。
幸いな事にこの場には誰もいなかった。だったら全て吐き出してから明日を迎えてしまえばいい。
……物理的にも。
けろっとして明日を迎えて、仲間に挨拶すればまたいつもの日になる。
「……………」
それがどうして、なかなか、上手くいかないのだろう。
見つめていた床に触手が見え、ノートンは思わず呼吸がとまる。忘れるはずがない。この感情の引き金となった試合に出ていた張本人だからだ。
『負の気配が蔓延しておるからと見にきてみれば…お前か』
「……ッなんでいるんだ!!」
落ち着き始めていた感情が再びどっと湧き上がる。拳を振り上げたとしても何も変わらないのは分かっている。でも、だからこそどうしようもなく、どこにもぶつけられずに頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「どっか行けよ!…なんでいるんだよ…!」
先程の試合だけならまだよかった。けれど爆発した感情はいらない記憶も呼び起こす。
(お前のせいで)
「違う、僕は…」
(お前がいなければ今頃)
「違う、違う違う違う!」
『ノートン・キャンベル』
(死ぬべきなのはお前だった)
「違う!!……っ、あ、あぁ…」
『ノートン』
「なんだ!なん、………あ…?」
名を呼ばれて返事をした。するとどうだろう、煩わしかった雑音がピタリと止んだのだ。恐る恐る声の主を見る。名を呼んでから一言も発さず佇んでこちらを見ているが、フードの中にいつも見えていた無数の瞳が今回は一つも見えない。感情を露わにしていたノートンと比べてこちらは何を考えているか読めなかった。
しかし、不思議と"怖い"という気持ちはない。
寧ろ逆だった。名を呼ばれた時の安心感。従わなければならないという従属感。それらが声に含まれていたからだ。数回言葉を交わしただけだというのに。
ゆっくりと手が伸びてくる。肌に触れられた際に少し震え、その反応に伸びてきた手も一瞬怯んでいた。
触れてきた先は涙で腫れた目元だ。不思議そうに触る様子に、思わず小さく吹き出してしまう。
「ふ、フ……本当に、何しにきたんだ、あんた」
『……………』
「?……?分かんないな…」
『忘れたいか』
「え?」
目元を触り続ける手はそのままに、どことなく柔らかくなった声に呆気にとられた。忘れるって、何を。
『今、この時の』
「……そんなの。そんなの忘れられるならとっくに」
『人間は逃避するためにとある行為に没頭すると聞く。違ったか』
するりと触手がノートンの腰に纏わり付いた。雰囲気故に察してしまう自分に嫌気がさすものの、チラつく記憶から逃げたいのもまた自分であり事実だった。
期待するように触れられた手に自分の手を添えてみる。
「出来るなら、やってみてよ」