了遊(付き合ってない)。https://privatter.net/p/8137874の続き。
開き直った了見 VS 無自覚遊作
@d9_bond
※いつもの本編後
※捏造仁くんが普通にいる
※Aiちゃんが遊作に過保護気味(家族愛)
※去年より遅刻してないからセーフだと思う
***
10月31日──ハロウィンである。
クリスマスと同じく本来の意味を遠くへ投げ捨てたお祭りイベントと化したハロウィンだが、遊作はそれ自体は何とも思っていない。仮装した子供に菓子を配るお祭りと、それに商売人と大人が便乗しているくらいの認識だった。
だが自分が巻き込まれるとなれば話は別だ。
昨年のハロウィンでは、いつものパブリックビューイングの広場でのイベントに合わせカフェナギの面々──草薙兄弟と遊作、臨時バイトのAiで仮装しての接客を行った。遊作は猫耳猫尻尾首に鈴と簡素だが完全にコスプレな仮装をさせられた。外で主に客と対応したのは仁とAiだが目立たなくとも仮装はやはり気恥ずかしく、顔見知りにはことごとく突っ込まれた。
そのため今年は仮装する気はなかった。
だが、去年やったんだからもういいだろうという遊作の考えは主張する前に潰された。「去年も楽しかったし、今年もやろうね!」と目をきらきらさせている仁と、その後ろでしみじみと「楽しい思い出は多いほどいいからな」と頷く草薙を前にしてなお、今年は嫌だとは言えなかったのだ。Aiの差し金もあるだろうが、最近草薙も仁も遊作が案外自分たちのお願いに弱いと気づいている気がしてならない。
ということで遊作にできたのは、「去年と同じものならやる」というピンポイントの拒否だけだった。遊作としては最大限の譲歩だ。
「本当はがっつり幽霊の花嫁とかキョンシーとかさせたかったんだけどな~」
「遊作ってちょっと派手目の格好も映えそうだしね」
不満げなAiの横で仁が頷く。
「絶対嫌だ」
現状の猫ですらどうかと思っているのだ。完全にがっつり仮装なんてもってのほかだ。
「こっちは火を扱ったりするからな。袖とか装飾は危ないから、このくらいがちょうどいいんだよ」
草薙の言葉にふたりは納得したようだった。それでも去年と同じはつまらないしエプロン付ければ大丈夫だからと、いつもの黒パーカーの代わりに黒のフェイクファーのプルオーバーを着せられた。猫の毛皮を模してるらしい。
ちなみに今年は仁は神父か何かの黒服だ。衣装が古びた風に作ってあって、死人という設定だそうだ。Aiは吸血鬼だとヒラヒラしたシャツにマントを羽織ってバサバサしているが、正直いつものとの違いがあまり分からない。
草薙はシーツお化けと称して白パーカーを着ていて、衣装交換は丁重に断られた。大人は狡いと思った。
衣装はさておき、店の方は去年以上の忙しさだった。去年のイベントが好評だったせいか人出が増えているようだ。
それでも昼のピークが終わり、パブリックビューイングでリンクヴレインズのイベント中継が始まると去年と同じく客足はひと段落した。
今のうちにと草薙と共に仕込んである材料や備品の補充をしていた遊作は、外の作業をしていたAiが手を止めなにやら難しい顔をしているのに気がついた。カウンター越しに声をかける。
「どうした、Ai?」
「なんとなーくだけど、そろそろ来るんじゃないかと思って」
「何がだ」
「決まってる、了見のヤツだよ。監視してんだろうけど絶対客がいない時狙ってくるだろ」
言われてみれば、いつも客が途切れたタイミングで顔を出してくる。
「あまり突っかかるなよ」
「いーや、今年もアイツ喜びそうだと思うとちょっとムカつくから絡んでやる」
「何の話か知らないがやめろ。一応常連客だ」
軽くたしなめれば、Aiは不服を隠さずハイハイとあからさまに適当な返事をする。
「ま、遊作はアイツ来るの嬉しいんだろうけどさ」
「……いや、正直なところおまえの言い分も多少はわかる。最近の了見は人のことをすぐからかってくるからな」
遊作は小さくため息をついた。
去年のハロウィンをきっかけに、了見は顔を合わせるたびに遊作の隙をみつけてはちょっかいを出してくるようになった。さらりと距離をつめてきたり急に触れてきたりするものだからつい動揺してしまうのだが、その反応が面白いらしい。
(人に近づかれるのが苦手だとかそういうことはない、はずなんだが)
ソルティスに入ったAiがその場のノリとテンションでハグをかましてこようが、仁と同じ携帯端末を覗き込んで話しているうちに思いの外くっついてようが、草薙に寝癖がひどいと手ぐしで直されようが別に平気だ。
これがなぜか相手が了見だと過剰に反応してしまう。たぶん、向こうが不意打ちでからかってくるせいだと思うのだが。
「からかう、ねえ……」
なぜかAiは半目になって、はーっと大仰なため息をついてみせた。もちろんソルティスに呼吸機能はないので完全にポーズだ。
「前から思ってたけど、遊作はもうちょっと──って、あ!」
言いかけてAiは店先を振り返った。ほとんど同時に仁が、いらっしゃいませと声をあげる。
その目線の先を見やれば噂をすればなんとやら、了見が来たところだった。
「出たな妖怪!」
「妖怪はお前だろう」
「オレは吸血鬼ですー!」
ばさーとマントを広げてみせるAiへ了見は去年と同じく菓子を投げた。
「って、オレまだ何も言ってないし!」
「言うつもりなら同じ事だ」
「様式美ってものがあんだろ〜!」
わーわー騒ぐAiを仁が宥めるのに任せて、了見はカウンターの遊作の前へやってきた。
「Aiがすまない」
「いつものことだ」
そう言って了見は、ふと目を細めた。
「今年もネコか」
「…………注文は?」
「ああ、ホットドッグ五つ。テイクアウトで」
「わかった」
あまり仮装について突っ込まれたくなかったので、遊作はさっさと注文の処理にとりかかった。が、ドリンクの補充を終えた草薙が了見に気がついてしまった。いらっしゃい、と声をかけるなり遊作からトングを取り上げてしまう。
「遊作、俺がやるしお客さんも切れてるところだ、休憩に入って良いぞ」
「しかし」
「遠慮するなって」
草薙はどうも了見と自分の関係を友人か何かと勘違いしているらしい。確かに以前よりは了見と打ち解けたと思うが友人かと言われると微妙なところだ。
だがせっかく好意で言ってくれているものを断るのも悪い。それに、からかってさえこなければ了見と話すのは楽しいし、そもそも向こうが訪ねてこなければ会えない相手だ。
どうしたものかと見やれば了見の方は当然とばかりにこくりと頷いた。
ということで、遊作は了見の注文分が出来るまでの間キッチンカーの裏側スペースで一休みさせてもらうことにした。
裏側にはレンガの植え込みがあって、そこそこ高さがあるのでイス代わりにちょうど良い。了見と並んでかける。
(そういえば去年もこんな感じだったな)
見覚えのある状況に遊作は思い出した。考えてみれば、去年のやりとりから少し了見との関係が変わった気もする。
「おまえがここに来ると言うことは、そっちの仕事は大丈夫そうだな」
「ああ。問題が起きるとしたら夜の方だろう」
「確かに」
リアルでもネットでも夜の方が人も増えるし騒ぎやもめ事も増える。だがこうして悠長にここへ顔を出すと言うことは、今のところ本当に何もないのだろう。
「それにしても」
じっと遊作を見ていた了見は口の端をあげた。
「今年もその格好と言うことは、ネコが気に入っているのか?」
「不可抗力だ」
遊作は眉を寄せる。
「そういえば去年もおまえはこの格好を面白がってくれたな、了見」
「勘違いしているようだが、お前に似合っていると言ったんだ。今もそう思っているが」
言いながら了見はごく自然に手を伸ばすと宥めるように遊作の頭を撫でた。
「お前がこういう行事に参加しているのを物珍しくは思ったが、馬鹿にしたりはしていない」
「それは分かっているが……」
鴻上了見は指の先まで整っているような男だ。
その指先がつけていたネコ耳のカチューシャを、頭を、前髪を撫でてくる。やはり面白がってネコ扱いじゃないかと思いながらも正直嫌ではなく、遊作はされるがままになりかけ──ハッと我に返った。
慌てて立ち上がり、一歩距離を取る。危うくまたからかわれる隙を作るところだった。
急に離れたせいか了見は半端に手を上げた格好のまま、ちょっと驚いた様な顔をしている。
「どうした」
「どうしたじゃない」
(人が撫でられるのが好きだと思って)
文句の一つも言ってやろうと口を開くが、言いかけて止まる。
(……違う。別に好きとかじゃない)
「遊作?」
伺うように呼ばれて、再度我に返る。なにか言わねばと考えを巡らせて、
「了見──トリック・オア・トリート、だ!」
びし、と意味もなく人差し指を突き付けて言ってやる。そうだ、最初からこうすればよかった。ハロウィンなのだから。
了見は目を丸くしたが、なるほどと呟いてすぐに笑顔を見せた。
とてもとても楽しそうないい笑顔だ。
「……なんだその顔は。ルールは知っているだろう、いたずらされたくなければすぐさま有り菓子全部寄こせ」
突き付けていた手を広げて重ねて言えば、了見はおもむろに立ち上がり、両手を上げてわざとらしい降参ポーズをしてみせる。
「残念ながら先ほど吸血鬼に絡まれて渡してしまった。菓子がない」
「は?」
「ないものは仕方がないからな。いたずらをしてもらおうか」
にっこり。
「なっ……いや、嘘だろ⁈ おまえのことだ、Aiがしつこい時用に余分に用意するくらいしてるだろ、本当はまだあるんじゃないのか⁈」
「ないと言っている」
言いながらこれ見よがしにジャケットのすそをひらひらしてみせる。確かに何かをポケットに入れているようには見えない。遊作は唸った。
「さてどうする? いたずらしないのか」
「……」
いたずらと言われても何をしてやったものか。
にこにことこちらの出方を待っている余裕綽々の態度がまた小憎たらしい。ペンの一つでもあったならそのすまし顔に落書きでもしてやったものを。
「なら、こうしてやる!」
遊作はとりあえず了見のがら空きのわき腹をつかんだ。
くすぐってやろうと思ったのだが、つかんだ感触が案外しっかりしている。遊作はぱちりと目を瞬いて、そのままさわさわとわき腹を撫で擦って感触を確かめた。どう考えてもかたい。筋肉の硬さだ。自分と同じくインドア派とばかり思っていたが、鍛えているのか。
「……なんのつもりだ」
低く問われて、遊作は了見のわき腹をぺたぺたさわさわしたまま見上げた。
「くすぐったくないか?」
「ない」
了見は真顔になっていた。
「この辺はどうだ」
わき腹をもみもみしつつ遊作はちょっとずつ手を上へずらす。
さて、残念ながら遊作は記憶がある限りの人生の中で人と直に触れ合う機会というものがほぼなかった。そのため『くすぐる』というものも知識でしかなく、なんならこれが初めてのくすぐりくらいだった。
つまり自分がやっているのがなんかただくっついてさわさわなでなでしているだけという、ちょっとずれた行為になっていることにさっぱり気づいていなかった。
「こっちとか」
「別に」
腹筋を撫でる遊作へ了見は静かに返す。
「本当か?」
「本当だ」
ひたすら真顔のまま了見は微動だにせず言う。その表情はよくよく見れば何かに耐えているようでもある。
(そうだ──さっきの余裕が消えているということは、きっとやせ我慢しているだけで効いているはず……!)
遊作はじっと了見の顔を見上げたまま、今度は腰回りあたりをさわさわしてみる。
実のところ遊作の見立ては一部だけなら当たっていて、了見は真顔のまま心の中で素数を数えて必死に耐えていた。
といっても我慢しているのはくすぐったさなどではない、理性で感情を抑え込もうと必死だった。いたずらしてみろと煽ったのは自分だが、いつも遊作側から接触してくることはないためこんな行動に出るとは予想していなかったのだ。
(どうしてくれようか)
心中のカウントは知っている素数の限界に達したので円周率に移行する。
了見の方ではちゃんと、遊作が「いたずら」しようと大真面目なのは理解している。だからいくら思い切りぺたぺたくっつかれたところで万が一にも誘っているわけでないのも分かっている。ここで理性が負けたら犯罪歴に新しい罪状が追加されてしまうし、ゆっくり詰めている距離も開くどころか永遠に縮まらない奈落を刻むことになるため素数を数え円周率を唱え全身全霊で耐えていた。
とはいえ──癖のある髪の間から覗くネコミミに、白い首を彩る瞳と揃いの鮮やかなグリーンの、鈴のついたリボンチョーカー。細い腰からは長く艶やかなしっぽが揺れる。とても似合っているし愛らしい。そんな恰好で、成り行きとは言え胸元から上目遣いで、あの大きな緑玉のような目でじっと見つめてくるのである。ぺたぺたと拙い手つきで人のわき腹やら腰回りやらを撫でさすりながら、だ。
追い打ちに、今日はチョーカーを映えさせるためか襟ぐりの大きいプルオーバーを着ているせいでいつもに増して鎖骨が目に入る。黒のフェイクファー生地のせいで肌がやけに白く見えるしふわふわと抱き心地が良さそうだ。カフェナギのエプロンをしていなかったら即刻お持ち帰りしていたところである。
「本当に平気か?」
「無論」
重ねて尋ねてくる遊作に短く返す。無論のこと全然平気じゃない。
残る理性を総動員して了見は遊作を引っ剥がそうとその肩に手を置いたが──あろうことか、その手をすり抜け遊作が抱き着いてきた。
背中に腕を回してくる。
端から及び了見からすると完全に抱きついた形の遊作だったが、その目的は「いたずら」以外の何でもなかった。
(わき腹も腹もダメなら背中だ……!)
そんな単純な発想で背筋を攻めてやろうというつもりだった。なんとか了見に一泡吹かせてやろうというそれだけで、片頬を了見の胸に押しつけ、両手を背中へ回したため結果的に抱きつく格好になった。遊作の方は懸命だったのでどういう状況か全く気にしていなかった。
そうして背筋を指先が撫でた時だった。
いきなり強い力で抱きすくめられて、遊作は息を詰めた。
「──っ?!」
何が起きたのか分からず、ただ目を見張る。
肩に、腰に回された腕の力は痛くはないが身動ぎ出来ないほどに強い。首元に顔を埋めた了見の吐息を感じて、ようやく自分が了見に抱きしめられているのだと理解した。
もっとも、状況は理解したがどうしてこうなったかは分からない。
「何……了見?」
呼ぶが答えは返らない。
了見の回された腕が、密着する身体が熱い。その熱が触れる場所から伝播する。肩に、腰に、胸に、頬に──その熱に、くらりと目眩を覚える。
見えない壁でもできたかのように周囲の喧噪が遠ざかる。触れる胸の鼓動まで聞こえそうだ。
「遊作」
首元で囁かれる。
その熱っぽい声音にはそれだけでぞわりと背筋を撫でるような色があって、遊作はぎゅっと目を閉じた。
どれくらいそうしていただろう。
広場の方で何かあったらしい、わあっという大きな歓声が聞こえて遊作は我に返った。
「……了見」
小さく呼ぶと、了見は大きく嘆息してからようやく離れた。
「いきなりすまなかった」
目線を反らしたまま言う。その頬は赤くなっているが、自分も同じだろう、と遊作は思った。伝播した熱が残っていて頬が熱い。
「別に……俺も、ふざけすぎた」
「──そうか」
了見はもう一度小さく息を吐くと、ようやく遊作を見た。
「ともかく、これをやるから『いたずら』は金輪際誰にもやるな」
言いながらどこからともなく小さな包みを出す。Aiにあげていた菓子の包みと同じ物だ。差し出されたそれを受け取ると、分かったな、と念を押される。こくこく頷けば了見はそれで良しとしたようだった。
「今日は忙しいところ、邪魔をした」
では、と了見は踵を返して表へ行ってしまう。
遊作はその後ろ姿をぼんやりと見送った。
「……やっぱり菓子、持ってたんじゃないか」
呟く。
頬の熱は簡単に収まりそうになく、もうしばらくはみんなのところへ戻れなさそうだった。