@fu_re_re_ra
※WDC後、クラゲ戦前でバリアン来襲前の平和な時間。一期と二期の間。
※璃緒凌牙Ⅳは和解済み
実のところ。
凌牙はずっと、違和感があった。
「はい、璃緒さん。」
「ありがとう。」
Ⅳに促されて先に座った璃緒に、Ⅳからソフトクリームが手渡される。
そうして自分の分にかぶりついてから、Ⅳはぞんざいに凌牙にもう一個をこちらに向けた。
「あ?何やってんだよ凌牙」
腕を伸ばしたままのⅣから、凌牙は溜息をついて近付いて受け取る。
「俺もう疲れたんだけど」
「サレンダーには早いわよ凌牙。ショーまでに全アトラクション制覇するんだから!」
ハートランド遊園地。
夏の目玉イベントとして開催される、海遊族モンスターの巨大バルーンのショーを見たがった璃緒に、
凌牙は最初、二人で行くことを気恥ずかしさから拒んだのだが、その時たまたまデュエルの約束で一緒に居たⅣから思わぬ提案があったのだ。
「オレ、チケット持ってるけど。」
目を丸くした凌牙と、喜んでパチンと手を叩いた璃緒と。
最初チケットだけ譲ろうとしたⅣは、そのまま璃緒に押し切られて、あっという間に休日の日程を確保されて。
凌牙と璃緒とⅣの三人の、遊園地行きがあっという間に決まった。
Ⅳが自分達兄妹と和解してから、時折デュエルの名目で顔を合わせるようになってからもう結構経つのだけど、
こうしてデュエル抜きで遊びに出るのは初めてだった。
気まずくなるかと思えばそうでもなく、
凌牙の前で至って和やかに璃緒とⅣは談笑し、緩やかな時間は過ぎていった。
「そういや、何でお前都合良く三枚フリーパス持ってたんだよ」
「あーこないだここ仕事でデュエルの撮影あった時、恋人と行って下さいって二枚チケット渡されそうになってよ。
それ自体はまぁ普通に好意だったんだかよ、要するにあれだ、そんで受け取っちまったらプロデュエリストに恋人疑惑!って記事のいっちょ上がりになっちまうだろ。近くに人もいたし。
けどスポンサーからの申し出断りづらいだろ。しゃーねえから3人兄弟で二枚じゃ喧嘩になるからって辞退したんだよ。」
「なるほど、そしたら今度は3枚渡されたってか?」
「そーいうこった。ミハエルならともかく研究室篭りの兄貴が遊園地と聞いて出てくるわけねえだろ」
まーいっぺんぐらいはスポンサーの顔を立てておかねえとな。
そう言って自撮りで何枚かオフショットを取ると、Ⅳはさっさと変装の帽子と眼鏡を掛け直した。
「プロデュエリストも大変ですわね。」
「それも仕事ですから。」
さらりとⅣは璃緒に返して、手元のパンフレットを読み返している。
「お、次はギミックパペットホラーハウスじゃねえか。
マシュマロンバルーンの整理券、先に取って来るから、待ち時間の内に行ってこようぜ」
そう言ってⅣは璃緒を日陰のイスに座らせ、凌牙の事は炎天下に放置したまま、足早に人混みに紛れた。
凌牙は再び溜息をついて、襟首をパタパタと仰いだ。
「この暑い中、仕事だオフだとよくもまあくるくる働く奴だな」
「ちょっと意外でしたわ。Ⅳさんって結構人に尽くすタイプだったんですのね。」
さりげなく二人分奢られたアイスを二人して食べながら、率先して整理券を取りに向かったⅣの帰りを待って雑談する。
飲み物やクレープも先ほどこれでも社会人だとうまいこと奢られたし、下調べして来たのかルートや混雑具合もバッチリ把握していてⅣの案内は非常に楽しかった。
しかもそれを負い目に思わせない程度にはどうにもⅣ本人も楽しそうで、どうやら気遣いというより好きでやっている性分らしい。絶叫系やホラー系に率先して向かう姿は演技でなく楽しそうであった。
「凌牙の話だと、オフはもう少し奔放で人を振り回すイメージがあったけど。」
その言葉を聞いて、凌牙はちょっとばかし苦虫をかみつぶしたような顔をした。
こないだ何かのおりに、凌牙が同じようなことをもらした所、ⅣのサポートにくっついていたⅢに、「ちょっと猫かぶっただけで信用得られるほど仕事は甘くないんだよ、調子に乗るなよ凌牙」と笑顔でがっちり釘を刺されたのは凌牙の記憶に新しかった。
「テレビの外でも結構紳士的ね。」
「俺には結構ぞんざいだぞ…さっきから荷物だの順番待ちだの率先して押し付けられてんの俺だからな…」
「レディファーストでしょ?」
茶目っ気を含ませてクスクスと笑う我らがワガママお姫様は、けれどもずいぶんと楽しそうだった。
退院からこっち、兄の凌牙から見ればどうにも他人の前で背伸びするような緊張が取れない妹は、けれども今日は気軽に笑っている。
そこばかりはⅣに感謝せざるを得なくて、凌牙はどうにも微妙な顔をせざるをえない。
「ねえ凌牙。Ⅳさんっていつになったら敬語やめてくれると思う?」
ふいに問われた言葉は、凌牙も気にならないわけではなかった事だった。
「Ⅳさんが私にだけずっと敬語なのって、やっぱり責任感じてるからだと思う?」
「…さあな。」
凌牙は、実のところずっと違和感があった。
それは璃緒の言う所と同じではあったが、正確には凌牙が感じているのは、Ⅳが璃緒に敬語を使うこと自体ではない。
Ⅳは和解してからずっと、璃緒に敬語と紳士的な態度を貫いている。
けれども、それが単純に罪悪感から来るものだとするには、Ⅳの態度は影がなく切り替えがあまりに自然だった。それが当然で当たり前であるように。
演技のようには思えなかった。
今3人の間に禍根はない。そうでなければ楽しく3人で遊園地に遊びになどこない。それは凌牙も、璃緒も、そしてⅣも。もう知っていることだ。
わかりあってからの日々は。それぞれにとって大切なものであったから。
「さあな、本人に聞けよ」
けれども、逆に単純にそれがレディファーストだとかファンサービスだとかとするには、Ⅳは少し璃緒を大切に扱い過ぎている気がする。
「それが出来ないから凌牙に聞いてるのに!」
頬を膨らませた璃緒は、話に熱中し過ぎてぽたりと垂れたアイスに、慌ててアイスの傾きを直した。
「やだ、裾に跳ねちゃった、これお気に入りなのに。
洗って来るわね、凌牙はここで待ってて。」
アイスをかじるように食べ切ってしまうと、璃緒は凌牙にそう告げて近くの化粧室にさっさと入ってしまった。
璃緒を見送った凌牙は、やれやれと息をついて空いた椅子に座ろうとした。
そこへ後ろから影がぬっと伸びて、首元にヒヤリとしたものを押し付けるものだから凌牙は生理的に飛び上がった。
「ぶは、ひっかかりやがった」
「おっま!」
「ほれ、熱中症になるぞ」
ぽいっと投げられたスポーツドリンクの缶を反射的に受け取って。
そういや璃緒はどうした?とさりげなく凌牙の代わりに日陰に座ってしまったⅣに文句を言う気力も出ず、凌牙はいい加減突っ込むべきかと溜息をついた。
「璃緒はトイレだけどよ…お前そろそろいい加減止めとけよ…」
いい加減尽くしすぎである。
こともなげな様子で缶を開けて中身を煽るⅣは、怪訝そうに凌牙を見上げた。
「何がだ?」
「マジかよ!お前自覚ねえの。さっきから世話焼き過ぎだぞ。」
「…まじで?」
「マジで。」
ひくりと頬を引き攣らせたⅣはうっかりしたと言わんばかりに額に手を当てて、快晴で憎たらしいほど雲一つない空を仰いだ。
「あー…ミハエルはオレのマネージャやっててもっと良く働くし、兄貴は元々助手だったし、なんつーかオレもこれが普通っつーか…うわオレも何だかんだすっかり毒されてんな、くっそ」
ガッデム!と嘆いたⅣに、凌牙は呆れて尋ねる。
正直、Ⅳを含めたこいつら兄弟の、家族や他人への尽くしっぷりはいささか過剰だと前々から思っていた。
「今まで言われなかったのかよ、普通の同級生とかにここまでやったら、
女なら勘違いして男ならドン引くぞ」
「言われねーよ悪かったな!だいたいオレ家庭教師だったから学校行ってねーし!
ガキの頃は社交界とかダンスパーティーとかなら行ったけどよ、プロ入りしてからその流れでそのまま働いたし今までそれで問題なかったんだよ!」
あー、と凌牙は気のない返事をして缶を開ける。なるほど、こいつの背景がちょっと見えた。
いささか粗雑なきらいはあるが、Ⅳの食事や立ち振る舞いはどうにもモノホンの貴族っぽさというかイイトコの人間っぽさが抜け切らない。
それが嫌味にならない程度には仕事での距離感はずいぶん上手いのに、その割りにどうにも凌牙や璃緒との距離を図り兼ねている様子だったのは、たぶんこいつが少し人生経験に偏りがあるからだ。
そういえば、この前Ⅲも遊馬の前で僕の最初の友達とか言っていたし、
Ⅳも凌牙と璃緒以外のプライベートの付き合いをまるで聞かない。自分と妹もいささかそのきらいがあるから解るが、こいつら兄弟はどうにも家族の中で完結する関係でばかり生きてきたらしい。他人への距離の取り方がやや過剰なのはそのせいか。
こいつ普通の友達とかいないんだろうか、などと思ったりもするが、凌牙もそこらへんを切り返されるとうっかり諸刃の剣なので黙っている。
(中略)
Ⅳには、凌牙と同じものが見えていたのだ。
凌牙と璃緒は双子であるが、けれどもその実精神年齢は一つ違いの兄妹だと言っていい。
璃緒が眠っていた一年間は、璃緒の時間の針を一周遅らせている。
凌牙に置いていかれるのを心の底で怖がる璃緒は、いつもその針を自分で無理に進めて人前では大人びた態度を貫いているが、凌牙の前ではすぐに素の少女に戻ってしまう。それは璃緒の中に一年分の空白があるからだ。
思えば、Ⅳは凌牙の前で、凌牙に比べていつも璃緒を年齢より少し下に扱っていた気がする。それは男女差から来るものかと凌牙も璃緒も思っていたが、どうも本質はそこではなかったらしい。
Ⅳはずっと、埋めていたのだろう。璃緒の中の本当の意味での年相応の空白を。Ⅳにとっては璃緒はずっと4つ年下の少女だったのだ。
だから璃緒は、素で笑っていた。Ⅳが兄と同じように年相応に自分を扱うから。璃緒はきっと、自分の精神年齢と身体年齢の乖離を自覚していないのだ。
Ⅳは静かに目を伏せる。
「許される事だとは思っていない。」
「おいⅣ、俺たちは、」
「解ってる。いつまでもお前らの前で引き摺るのも間違いだと今は思ってる。
オレはお前らがオレを許した事実も、お前らがオレの与えた傷をもう乗り越えて生きてると言ったセリフも。
もう、疑っちゃいねえよ。」
それを疑うことはお前ら自身を侮ることだって、お前らに散々叩き込まれたからな。
そう言ってⅣは、今はただ和解した少年少女の友としてだけ在る。
復讐者でもなく、被害者でも加害者でもない友人として在る事を選んだ凌牙と璃緒の選択を、Ⅳは様々な葛藤の末に受け入れた。
ーーやり直しましょう。ここから。
初めましてトーマス・アークライトさん、神代璃緒です。
デュエルの後で、そうして差し出された右手を。
Ⅳは。あの日、確かに受け取ったから。
「……初め、まして。
トーマス・アークライトです、神代…璃緒さん」
あの日確かに握り返した手のひらと、
それを最後まで手を出さず見届けた凌牙の立ち姿に。
あの日確かにⅣは。
この兄妹に幸あれと願ったから。
「…オレはもう、お前らに償いはしない。
代わりに、オレはお前らが幸せになるのを最後まで見届ける。」
そうして、あの日確かに変わった関係を。
凌牙は、確かに見届けたのだ。
「償わねえが、忘れもしねえよ。
璃緒の一年を奪ったのはオレだ。
オレは待ってる。あいつの一年が心に追いつくのを。」
「早く、あいつが背伸びしねえで笑えるようになるといい。
オレは祈ってる。それまで、
少しぐらい、甘やかされたままで、いいだろう」
目を伏せて静かに祈るように指を組んだⅣに。
凌牙は、ちらりとⅣの後ろに目をやって。
「心配しねえでも、そう時間はかからねえと思うぜ。」
先ほどから木陰からはみ出している白い裾に、
凌牙はそっと目をやってから、そう答えたのだった。
→to be continued