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カツミレの咲く庭で

全体公開 神無三十一受け 32 75 5819文字
2022-11-18 08:08:11

ディノみと シナリオバレあり
怪我を負う神無君のはなし

 発砲音と共に、目の前で赤色が散った。

 「っ、く……

 呻き声を上げた神無が、片手で腹を強く押さえる。その背に血が滲み、ぱたぱたと音を立てて地面に赤色が吸い込まれていく。
 それでも意地で刀を手放さない彼は、執念のままにどうにか相手の拳銃を弾き、二発目の発砲を阻止した。

 「かみ、な。」

 揺らいだ身体を両手で受け止めたディーノは、震える声で彼の名を呼ぶ。
 その声に、彼の応えはない。呆然と膝をつくディーノの背後で、青木がレミを呼ぶ声が聞こえた。
 ぱちち、と目の前で火花が散るような音がする。神無の身体をそっと横にした彼が立ち上がった。

 「ディーノ!神無さんはレミに……!!」

 駆け寄って声を掛けた青木は、彼の表情にぎくりと身を強ばらせる。
 そこに立っていたのは、青木の声すら届いていない、赤い瞳を鈍く光らせる殺意の塊だった。

 「……よくも、神無を。」
 「!!ディーノ!待って!!!」

 ぽつりと呟いた彼の声に、我に返った青木は声を上げる。このまま彼を戦わせてはいけない、そんな確証を持った不安が渦巻いて止まなかったのだ。
 しかし、青木が手を伸ばすよりも早く、獣脚から爆発的な速度を生み出した彼の体は敵の男たちへと向かっていく。
 咄嗟にディーノを追おうとした青木だったが、神無の命を優先しなければと思い直して膝をついた。そばに駆け寄ったレミが、すぐに応急処置を始める。

 「銃弾が腹部を貫通しています。出血が酷いです。はやく運ばないと、このままでは!」
 「神無さんを戦線から離脱させよう。僕が隙を作るから、その間にレミは

 今回のチームの指導者としてしっかりしなければ、そう自分に言い聞かせた青木がレミに指示を飛ばそうとした時だった。

 「げほッ、げほっ!」

 レミに抱えられていた神無が、数後咳き込んで薄く瞳を開く。焦点の定まらない彼の瞳は、うろうろと青木とレミの間を彷徨いながら、刀を落とした腕で何かを探す。

 「でぃ、の……でぃー……
 「神無さん!喋っちゃだめです!!」
 「たのむ、でぃーのを……

 神無の震える指先が、青木の袖を弱々しく掴んだ。その震えの正体に気付いた青木は、僅かに目を見開く。

 「でぃーのを、とめて、くれ……
 「あいつに……ひとを、ころさせる、な

 彼は怯えているのだ。
 撃たれたことへの苦痛でもなく、迫る死への恐怖でもなく、ただ、相棒の手が血に汚れる未来を。

 「………ッ、ディーノ!!!!止まるんだ!!!ディーノ!!!!」

 顔を上げた青木は、必死で声を張り上げる。
 男たちの元に一瞬で辿り着いたディーノは、ショットガンを構えると彼らの足を狙って撃ち抜いていく。悲鳴を上げて倒れる彼らの身体を蹴り飛ばし、一機だけの進軍が続いた。

 「ディーノ!!!BR800!!!直ちに停止しろ!!!!!」

 個体名にすら、彼は反応を示さなかった。感情を抱く彼にとって、命令はもはや身体を縛るものにはならないのだ。
 レミに頼んで止めてもらう。いいや、無理だ。レミとディーノでは個体差がありすぎる。彼女まで破壊されかねない。
 ディーノを射撃して機能を停止させる。それも難しい。動き回る彼のスタックを傷つけることなく攻撃するなど、青木の射撃だけでは叶わない。

 「どう、すれば……っ」

 無力感に苛まれ、青木は唇を強く噛む。
 それでも現場は止まらない。指示がなければ状況は悪化するばかりだ。
 まずは人命を優先しなければならない。あの状態のディーノは、恐らく負けることはないだろう。神無の願いは叶えてやれないかもしれないが、それでも現状を打破するには確実な道だった。
 青木が拳を握り、口を開く。レミに頼んで神無の撤退、敵を掃討次第ディーノの停止、そう
指示を飛ばそうとした時、神無が動いた。

 「でぃーの……まって、くれ
 「っ神無さん!?!」

 ふらりと、身を起こした彼が戦場に視線を向ける。朧げな視界でも、確かに彼はディーノの居場所を探し当てていた。
 青木の手を振り解いて、神無はその場を駆け抜ける。一歩を踏み出すたびに痛む腹に歯を食いしばり、彼は必死で敵に囲まれる相棒へと手を伸ばすのだった。


 ※

 目の前が真っ赤に染まった。
 それは比喩でもなく、紛れもない事実で。
 ディーノの意志を占めた全ての感情は、神無を傷付けた者に対する殺意だけだったのだ。
 ショットガンを駆使して、逃げ惑う敵たちの足を撃ち抜き動きを封じる。殺すのは最後でいい、痛みに動けないまま、死への恐怖を味わえばいいのだ。
 降り注ぐ銃撃を最低限の動きだけで躱して、長い尾で弾く。そのまま横に凪いだ尾によって、数人が壁に叩きつけられて悲鳴を上げた。
 
 「ゆるさない。」

 彼を傷つけた者たちを、絶対に。
 倒れ伏した男たちを赤の瞳で見下ろしたディーノは、無表情のままショットガンを構える。
 
 「ゆるさない。」

 あの日決めたのだ、彼をもう二度と悲しませないと。彼の泣いた顔を二度と見たくないと。
 そのためならば、例え自分の体が破壊されたとしても構わないと。機械に変わった自分の手が血に汚れるだけで、彼のことを守れるのならば、安い努力だとすら思えるほどに。

 「ゆるさない、ゆるさない。」

 だから、彼らを全員この手で。

 「ディーノ!!!!」

 彼の声が、真っ赤な世界で唯一の光をもたらす。背中に触れた僅かな体温に、ディーノの意識は浮上した。
 ぎゅうと、きつく自分を神無が抱き締めている。地面に落ちる血は止めどなく、彼が命を削っていることなど明白で。

 「……かみな?」

 だからこそ、彼の声はディーノに届いた。
 震える神無の手のひらが、構えたショットガンを押さえる。その指を解くように、ゆっくりと彼は手のひらを重ねた。
 いつもより冷たい彼の手のひらから、残酷にもディーノが熱を奪っていく。

 「……だめだ、ディーノ
 「神無、」
 「ころしちゃ……だめだ、お前が人を殺すところなんて……もう、みたくないんだ」

 服越しに滲む赤を見下ろして、ディーノの頭が少しずつ冷めていく。
 彼の手がディーノの服を強く掴んだ。涙に濡れた悲痛な声が、懇願するように叫ぶ。

 「たのむから!!俺を、もう絶望させないでくれ……!!!」

 彼がずるりと力を失う。振り返り、彼を抱き上げたディーノは、青の澄んだ瞳で彼を見下ろした。
 脈が浅い。はやく処置を受けなければ、助からない。それが分かっていながら、彼は自分を止めるために命を賭けたのだ。

 「ディーノ!!!!」

 青木とレミが二人の元に辿り着く。
 ディーノは、神無の身体をレミに預けると、倒れ伏した男たちに視線を戻した。

 「……神無を頼みます。」

 彼の想いに応えずして、相棒などと名乗れない。


 ※


 ゆっくりと瞳を開く。
 真っ白な天井をぼんやりと見上げていれば、そんな神無の顔を長い黒髪の男が覗き込んだ。

 「おはよう、神無ちゃん。」
 「…………なんであんたがいんの。」

 ここはきっと病院だ。任務の後に運ばれたのならば、警察病院に違いない。
 そんな場所にも関わらず、目の前の男縞斑はいつもの笑みを浮かべて立っていた。

 「いやー、そりゃあ可愛い後輩ちゃんが大怪我をしたと聞いて、居ても立っても居られずねぇ?」
 「仕事をサボる口実が出来た、と言ってここに来たんですよ。」
 「はーいアサギリちゃん余計なこと言わなーい。」

 呆れ顔で口を挟む相棒をいなして、彼は相変わらず底の見えない笑みを神無へと向ける。
 酸素マスクに遮られる呼吸を煩わしく思いながらも、まだ彼に言い返す力までは回復しておらず、大人しくベッドに身を任せることにした。

 「ディーノは?会った?」
 「さっきね。処理を手伝った時に会ったよ。」

 処理、という言葉に神無はぎくりと表情を固くする。そんな彼の心の内を読んだかのように、縞斑は穏やかに言葉を続けた。

 「君の望み通り、彼は誰も殺してないよ。」
 「………そ、っか
 「とはいえ、相当ご立腹だったみたいで、全員病院送りになったけどね。」

 ディーノの仕留めた男たちは、全員膝を撃ち抜かれていた。あの怪我ではおそらく、治療を受けても自由に駆け回ることは二度とできないことだろう。
 たった一人のアンドロイドに壊滅させられた敵組織は、恐怖から完全に戦意を喪失したようだった。この先の処置は上が決めることだ。
 安堵の溜息を吐いて神無は目を閉じる。ディーノは人を殺さなかった、それだけで今は十分だ。

 「絶望させないで、か。」
 「……なに。」

 呟く縞斑は、一体何処まで聞かされているのだろうか。じろりと神無が睨むも、特に気にした様子のない彼が喉で笑うだけだ。
 きっと、処理を任された時点で一部始終を聞かされているに違いない。何となく覚えた恥ずかしさに、神無は目元を腕で隠す。

 「君の進む道は、絶望と常に隣り合わせだよ。」
 「知ってる。」
 「そして彼はきっと、君を傷つける者を許さない。彼を守るためにも、君を守るためにも、もっと強くならないと、ね?」
 「それも知ってるよ。」

 相変わらず、彼はいつだって痛い所を突いてくる。もしあの時銃弾を避けれていれば、ディーノは暴走しなかった。それは紛れもない、神無の不注意が招いた結果だ。
 ディーノを守るためには、もっと強くならなければいけない。天才という肩書きに胡座をかいてなど居られないのだ。
 彼らのやり取りを窓辺で黙って見守っていたアサギリが顔を上げる。指先に小さなスズメのロボットを止めた彼は、縞斑を振り返り口を開いた。

 「マスター、そろそろ戻りますよ。」
 「はいはーい。それじゃあね、お大事に。」
 「どーも。」

 一応心配はしてくれていたのであろう先輩に軽く礼を言うと、彼は満足気に笑ってアサギリと共に病室を出て行く。
 彼らが病室を出た時、扉の前でディーノと鉢合わせた。

 「お。」
 「お疲れ様です。」

 頭を下げる彼の体には傷ひとつ見当たらない。事後処理に駆けつけた時から、彼は怪我を負うことなく敵を制圧していたのだ。
 神無の願いを守り、自分の傷も避けた彼の姿は、以前の彼を知る縞斑にとって、とても喜ばしい成長だった。
 すれ違いざまに彼の肩を軽く叩く。不思議そうに首を傾げるディーノに、アサギリも小さく会釈をすると縞斑の後へと続いた。

 「?」

 再び反対方向に首を傾げたディーノだったが、彼らの行動の意図を推察するよりも先に、確認するべきことがあると思考を切り替える。
 病室のベッドに向かえば、そこには横たわる神無の姿があった。

 「神無。」
 「……ディーノ。」
 「怪我は、大丈夫ですか。」
 「もう大丈夫だ、たぶん跡も残らないよ。」

 朦朧とする意識の中で、幸いにも弾が貫通しているというレミの声を聞いたことを思い出す。
 まだ少し傷口は痛むが、しばらく安静に過ごせばやがて塞がることだろう。人間の体は案外丈夫なのだ。
 安心させるためにそう口にした神無だったが、ディーノの顔は相変わらず浮かない。
 あの一件以来、随分彼は人間らしい表情を見せるようになったからこそ、神無でも分かることだった。

 「……どうした?」

 小さく唇を噛んだディーノが、神無に促されてぽつりと呟く。

 「僕は、神無を傷付けてしまいました。」
 「………、」
 「ごめんなさい。」

 自分を抱き締めて殺すなと彼が声を上げたとき、その顔を見た瞬間冷水を頭から浴びたような気持ちになった。
 彼を苦しめたくなかったのに、自分の行動が今は彼を苦しめているのだと、認めざるを得なかったのだ。
 俯くディーノの頭に、神無は手を伸ばす。そっと触れて柔らかい髪をかき混ぜれば、ようやく伏せていた白い顔が上げられた。

 「お前はちゃんと、俺を守ってくれたよ。」

 ディーノは誰も殺さなかった。
 それは命令だったからではなく、神無の願いを聞いたからだ。その上で、合理的ではないその願いを叶えるために立ち回ると、自ら判断したのだ。
 ディーノにとってそれは大きな進歩であり、神無にとって何より喜ばしいことだった。

 「よく頑張ったな。ありがとう。」

 腕を引いて、胸の中にディーノを抱き込む。
 大人しく身を屈めて収まる彼の姿に、恐怖や嫌悪を抱かなくなったのはいつからだっただろうか。
 まだアンドロイドは怖い。時折手が震えて、足が竦んで動かなくなる。
 けれど、ディーノだけは別だった。彼だけは、恐怖を抱くことなく共に過ごすことができたのだ。
 それはきっと、彼がアンドロイドである以上に大切な存在であると認めているから。

 「もっと、つよくなるから」
 「神無?」
 「だから……でぃーの、これからも……

 麻酔の眠気に襲われた神無は、ディーノを抱き締めたまま意識を溶かしていく。
 無理な体勢に呻き声ひとつ上げることのないディーノは、彼の言葉を全て聞き取りながら腕の中にいた。
 やがて神無は穏やかな寝息を漏らす。そんな彼を見上げれば、目尻には涙の粒が滲んでいた。

 「僕が、必ず守ります。」

 そっと指先でそれを掬う。もう二度と、涙に濡れた彼の顔など見ないように。
 神無がディーノを守るのならば、ディーノはそんな神無を守るだけだ。きっとそれを聞けば、神無は怒ってしまうだろうけれど。

 「おやすみ、三十一。」

 呟いたディーノは、身を伸ばすと彼の額に小さく口付ける。
 眠りの世界での祝福を祈る彼は、次に神無が目覚めるときまで、休止モードに切り替えて同じベッドで目を閉じるのだった。


 この後、目覚めた神無は赤い顔をしてディーノをベッドから蹴落とした。
 特にボディに損傷はなかったが、一方の神無の心拍数と血圧の上昇は異常値で、それを心配したら怒られてしまったのだ。
 その理由を、彼はきっとまだ知らない。




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