ディノみと それに振り回されるシナリオNPC
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
「生殖器が欲しいです。」
ある日の夜、警視庁の一室にて。
滞りなくメンテナンスを終えた青木が、何か困ったことはないか、と尋ねた時に、ディーノは思い出したようにそう口にした。
バインダーに挟んだ書類に目を落としていた青木は、思わず口をぱくぱくさせながら目の前のディーノを見つめる。
「それは……一応聞くけど、どっちの…」
「男性器を。」
「そっか…ええと、ディーノも男の子だもんね…?」
自分でも何を言っているのか分からず、青木は同意しながらも内心大混乱していた。
あの一件以来、神無と共に行動する機会の増えたディーノは、何かと新しい機能を要求することが多い。
それは大抵人間に元々備わっている機能が多く、神無に歩み寄りたいという彼なりの努力に、できる限り力になろうと青木も協力を惜しまなかった。
「何でか……聞いてもいい?」
しかし、今日の注文はいつもに増して突拍子のないものだ。思わず探るような口調になる青木だが、ディーノは気を悪くした様子もなく、いつも通り淡々と応える。
「神無だけ、ずるいと思いました。」
「ずるい。」
彼の主張を反芻して、状況を整理する。
確かにアンドロイドのディーノには搭載されていない機能だ。必要がないため仕方ないが、神無だけ持っているものを羨ましく思う子供のような感情だろうかと青木は解釈した。
「僕も、神無と一緒にいきたいのに。」
しかし、次に呟かれたその言葉と同時に、青木は手に持っていた整備用の部品類を取り落とした。
どがしゃん。派手な音を立てて転がるそれらを、不思議そうな表情を浮かべたディーノが拾い集める。
「い、いきたい、って、まさか」
「落としましたよ。」
「ありが、とう………えっと、ディーノはつまり……それを、神無さんと一緒に使いたい…っていうことかな…?」
それは青木の知識が持てる限りの、最大限の遠回しな確認の言葉だった。
人間ならば、そこまで遠回しに質問すれば恥じらいや躊躇いが生まれるものだ。その反応だけで察することも可能である。
ところが、目の前で向き合っているのは感情を身につけている最中とはいえ、アンドロイドの青年だ。彼はきょとりと目を瞬いて、迷うことなく口を開く。
「その通りです。」
ずがしゃん。
再び音を立てて部品類が転がる。赤い顔でぱくぱくと口を動かすことしか出来ない青木の姿を見て、ディーノは律儀にもう一度部品を拾い直した。
「落としましたよ。」
「あ、ご、ごめん…」
「いえ、無理な希望であることは重々承知ですので。」
恥じらいはないが、一応無理な話をしているという自覚はあるらしい。青木は必死でディーノの表情から感情を読み取ろうと試みるが、残念ながら無表情にしか見えなかった。
最初の方はディーノの表情の変化に気付くのは青木だったが、今ではすっかり神無にその席を譲っている。
とても喜ばしいことだと思っていたが、まさかここにきて強く後悔するなんて。自分の無力さを痛感する青木の傍らで、ディーノはぽつぽつと理由を口にした。
「神無ひとりでは、寂しそうだったのです。」
「…そ、か」
「口にはしていないけれど、目が言っていました。」
聞いてはいけない話を、聞いてしまっているような気がする。
真っ赤な顔をどうにかバインダーで隠しながら、青木は返事をするだけで精一杯だった。
しかしふと、彼は疑問を覚える。果たしてこの注文内容を、マスターである神無は把握しているのだろうか。
彼が人一倍恥ずかしがり屋であることは、先日スキンシップとして頬にキスすることを知ったらしいディーノの一悶着で青木も把握していた。
赤い顔で必死に、大切な人に行うことなのだと説く神無と、神無は大切な人だと主張するディーノのやり取りは、微笑ましいものだった。
しかし、今となってはそれすら布石にしか思えない。まさかあの頃から既に二人は、そういう関係だったのでは。衝撃に固まる青木の肩を、ディーノがそっと揺らす。
「…あの、青木。」
「はい!?あっ、ごめん、ごめんねディーノ、ちょっとぼーっとしてて」
「大丈夫…ですか?」
「大丈夫、大丈夫だよ、それで…えっと……神無さんは…なんて言ってたの…?」
神無さえ止めているのであれば、そう理由をつけて断ることができる案件だ。そう期待して尋ねる青木だったが、ディーノは気にした様子もなくさらりと口を開く。
「付けてもらえるならいいんじゃないか?とのことでした。」
「軽っ!!!」
そんな、セットメニューのおまけ感覚で搭載されていい機能なのだろうか。それとも自分の考え過ぎか。いや、考え過ぎでは無いと思う。
思わず頭を抱える青木の隣で、ディーノは付ける前提の話を進めていく。
「ちゃんと出るようにしてほしいです。」
「で…っ」
「出来ますか?」
「そ…う、だね……その、人体に影響のないものが、出るように…しようか……」
潤滑油とか。そんな言葉をどうにか飲み込んだ青木は、引き攣った笑みを浮かべる。
ディーノが僅かに表情を緩めた。嬉しそうに揺れる彼の姿を前に、出来ないなどと青木が今更言えるわけもなく。
マスターの同意もあり、本人が希望するのならば、付けない理由がない。仕事に支障をきたす様な二人でもないのだから、止める理由も見当たらなかった。
「じゃ、じゃあ…とりあえず、今日は休もうか。眠ってる間に作業しておくから…」
「分かりました。」
頷いたディーノが大人しく椅子に腰掛ける。
システムに異常がないことを確認し、スリープモードに向けて操作を進める青木に、彼はぽつりと呟いた。
「…そもそも、僕は出すことができるのでしょうか。」
「それは………ディーノのタイミングで、その…出せるように、しておく…よ…?」
「なるほど、それはとても都合が良いです。」
椅子に座ったディーノはすうと目を閉じる。
からん、青木の手からついにバインダーが取り落とされた。
「何の…?」
震える青木の声が部屋に響く。
「何の都合!?!」
もはや怯えすら含むその声を聞き届けることなく、ディーノは眠りに落ちていったのだ。
からりとグラスの中で揺れる氷を転がして、伏せていた瞳を薄く開いた縞斑は頬を掻く。
「…え、それが相談内容?」
頷く青木は本気の表情で、彼がそもそも冗談を言えるような人間でもないため、縞斑は思わず眉間を揉んだ。
深夜に突然、相談したいことがあるから今すぐ会いたいと言われた時には何事かと慌てたが、まさか。
「なーにが悲しくて、後輩ちゃんたちの性事情把握しなきゃならないわけ…?」
「マスター、私帰ってもよろしいですか。」
「はいアサギリちゃん逃げなーい。頼むからひとりにしないで。」
立ち上がってさっさと店を出て行こうとするアサギリの首根っこを掴んだ縞斑は、椅子の背もたれに身を預けて思案する。
「そもそもの話なんだけど、それってほんとに付けられるの?」
興味本位の質問に、隣の席のアサギリは冷めた視線を寄越し、向かいの席の青木は酒を呷りながら頷いた。
「セクサロイドとかも流通していますし、そこについては一応可能で…」
「へぇ、そうなんだ。」
「さっきここに来る前に取り付けてきたので、明日までには…」
「おぉ…思ったより行動早いなぁ。」
彼らの言葉を真摯に受け止めて取り付けた後に、自分を見失ってここまでやってきた、と言ったところだろうか。ウイスキーを舐めながら縞斑は苦笑いを零す。
未だに自分を頼ってくれることは嬉しいが、ぶっちゃけ後輩がネコだという情報は要らなかった。隣のアサギリも同様なのか、何となく居場所なさげに机の下で手遊びを始めている。
「…まぁでもさ、彼らなりに歩み寄ってるってことなんじゃない?」
「歩み寄り……」
「そう。アンドロイドが人間と同じものを求めるのも、今はそう珍しい話じゃないでしょ?」
この数ヶ月で、世間は大きく変わった。
アンドロイドが感情を持つという現象は今や珍しくなく、それがきっかけで事件が起こることも多々ある。
仕事に追われる縞斑であったが、その進化そのものはむしろ喜ばしく興味深いものだと言えた。隣に座る暇そうなアサギリを横目に、彼は言葉を続ける。
「幸せは自分の物差しで測るものだからさ。神無ちゃんが嫌がってないなら、それもまた彼らの幸せの形なのかもね。」
酒を傾けていた青木が、その言葉に深く考え込む。
ディーノが神無に歩み寄り、神無もまたそれを受け入れようとしている。それは出会った当初に比べれば、素晴らしい進歩だった。
ディーノの記憶には残っていないが、神無に嫌われているかもしれないと悩んでいた彼の姿を見たときには、不安で仕方がなかった。適正率を疑い、神無を疑い、不安に胃を痛めてレミに心配されたほどだ。
その時に比べれば、今の悩みなど大したことではないのかもしれない。
しかし、と青木は手の中の酒を一気に呷る。向かいの縞斑がおぉと楽しげな声を上げる様子に構わず、だんと机の上に空のグラスを叩き置いた。
「娘に彼氏がいたことを知らされた父親みたいな気分です…!!!!」
「あれ?ひょっとして君結構酔ってる??」
気付けば青木の周りには複数のグラスが置かれていた。小さくため息を吐いたアサギリが店員に水を頼む様子を見送って、彼は笑みを浮かべ青木を宥める。
「まぁまぁ、よかったじゃない。女性器が欲しいって言われなかっただけむぐ……」
「マスター。」
縞斑の口を咄嗟にアサギリが塞ぐ。流石に言葉が悪い、と視線で咎める彼に肩を竦めるが、青木はその言葉に返事を返す余裕もないようだった。
「なんか…すごく寂しいというか……寂しい?違うな…もっとこう……ええと…ええと……」
「うーん、迷走中だねぇ。」
「…マスター。」
潰れる青木に同情を覚えたのか、アサギリが物申したげに口を挟む。そんな彼を口元に指を当てて黙らせた縞斑は、さっさと運ばれてきた酒と水のグラスを入れ替えた。
「さぁさぁ、今日は俺が奢ってあげるから、気にせず飲みなさい。」
「…うー……ありがとうございます…」
水を呷る青木の姿に、アサギリは今度こそ呆れた様子でため息を吐く。
それから青木が潰れて眠りに落ちるまでに、さほど時間は掛からなかった。
※
「どう思う?」
眠る青木を眺めながら縞斑がそう問えば、タクシーの手配を行なっていたアサギリが顔を上げる。
「どう、とは?」
「彼の悩みだよ。それについてアサギリちゃんはどう思った?」
試すような口振りでそう問う主に対して、アサギリは青木を介抱する手を止めないまま口を開いた。
「日本語は難しいものだな、と思います。」
「あっはっはっは。そうだねぇ、日本語は美しくて複雑な言語だよ。」
笑顔で酒を飲む彼は、おそらく全てを悟った上で青木になにも伝えなかった。相変わらず腹が黒いとアサギリは浅くため息を漏らす。
「訂正、しなくて良かったんですか?」
「やだなぁ、お楽しみはここからじゃない。」
離れていても、後輩たちは彼の面白い観察対象なのかもしれない。楽しげに酒を傾けるその姿に、アサギリは青木や神無たちへの同情を覚える。
とはいえ、どんな理由であれど、アンドロイドを貫こうとしていた彼が人と同じ形を求めることは、非常に興味深いことだった。
以前の神無であれば、その行動に嫌悪を抱いたかもしれないが、今はそんな彼の変化をすすんで受け入れているのだから、人は変わるものだ。
目の前の男も、あの一件を経て少し変わったかもしれない。相変わらず全てを読めないその笑みを眺め、アサギリは考える。
「明日、見れなくて残念だなぁ。ロボット飛ばそうか。」
「…まったく、貴方という人は。」
人を揶揄うことに関しては努力を惜しまない彼の様子に、アサギリは呆れながら会計の手続きを行う。
そんなアサギリの隣で、縞斑はグラスを揺らしながらしみじみと呟いた。
「でもね、歩み寄りの形であることは確かだと俺は思うよ。」
「………。」
「きっと近い未来、人とアンドロイドの違いなんてこの世から無くなっちゃうのかもしれないね。」
それは、喜ばしいことなのだろうか。尋ねようとして、アサギリはそれをやめた。
亡き彼の意志を継いで、アンドロイドの期待を背負う縞斑にそれを問うのは、酷だと感じたのだ。
感傷に浸る縞斑の姿は、目を離せば空気のように掻き消えてしまいそうなほど危うかった。アサギリはそばを離れることを躊躇い、黙って隣に座り直す。
多くのものに置いていかれてしまった彼は、出会った時よりも不安定で、ずっと人間らしくなったように思えた。そんな彼を支えるために自分はあるのだと、アサギリは思い直す。
「…ところでさ、アサギリちゃんもつけてみる?」
「…………顔、ぶん殴りますよ。」
前言撤回、相変わらず彼は掴めない男だ。
深いため息と共に今度こそ席を立ったアサギリは、青木を背負うとタクシーの待つ外へ向かうのだった。
翌朝、警視庁にて。
がんがんと痛む頭を支えて、込み上げる吐き気を飲み込みながら青木は廊下をよろよろと歩いていた。
「う、の、のみすぎた…」
「大丈夫ですか。」
「だいじょぶ…ありがとう……」
不安げにディーノがそんな彼を支えるが、自業自得の自覚がある青木はそんなディーノにすら罪悪感を覚えて自力で歩く。
昨晩は呑み潰れ、アサギリに見送られてどうにか帰路に着いたらしい。目を覚ましたら痛む頭を携えてベッドの上にいたのだ。
縞斑に慌てて無礼を詫びたが、面白いものを見せてもらうからそれで構わない、というメッセージが返された。現在進行形である彼の言葉が僅かに引っ掛かったが、仕事の時間が迫る今は確認している余裕もない。
廊下を歩いていたディーノがふと、小さく声を上げて嬉しそうに歩いていく。そちらに視線を上げると、そこには彼のマスターである神無の姿があった。
「神無、おはようございます。」
「おはよ、ディーノ。」
ディーノの頭をくしゃりと撫でて穏やかに笑う神無の姿を、青木はバインダーの影越しに眩しく思いながら眺める。
美しい友情だと思っていたものが、まさか薔薇の花園だったとは。誰も予想していなかったし、彼のことを思うとあまり知りたくなかった。
そんな青木を置いて、ディーノは僅かに笑みを浮かべて胸を張る。
「例の機能、付けてもらいました。」
「まじか、なんでも出来るなあんた。」
「いえ、その…お幸せに…」
「うん?うん、ありがと。」
感心した様子で目を丸くする神無に精一杯の祝福の言葉を贈れば、彼は小首を傾げながらもその言葉を受け取った。
ディーノが神無の手を取る。ぐいぐいと引いた彼は、子供のように目を輝かせて神無に顔を寄せた。
「早速、試してみましょう。」
「たっ」
「もう?まぁ別にいいけどさ。」
「えっ、ちょ」
いいの?なんで?ここ職場だよ?そんな言葉を口にすることすらできず、手を伸ばしたまま立ち尽くす青木を置いて、ディーノは神無を近くの手洗い場に連れて行く。
このままでは良くない。非常に良くない。ディーノに常識を教えるためにも、神無の教育のためにも、自分が心を鬼にしなければ。
彼らが中に入る直前、意を決した青木が声を上げた。
「あのっ!!職場内で、ハレンチなのはちょっと……!!!!」
「え?」
「ん?」
青木の声に、ディーノの神無が振り返る。
心底不思議そうに首を傾げる彼らの姿に、青木はようやく違和感を覚えて首を傾げた。
「え…?」
「青木?」
「どうしたんだ?」
3人が首を傾げる異様な空間を、周囲の刑事たちが遠巻きに見守りながら通り過ぎていく。
またドロ課の奴らが何かやってるぞ、とでも言いたげな呆れた瞳は、普段ならば言葉の一つでも言い返すところだが、今はそれどころではない。
「えっと………何しに行くんですか…?」
青木はついに、そう尋ねた。
答え次第では全力で止めなければならない。そうごくりと生唾を飲む青木に対して、神無は未だ怪訝な表情を浮かべている。
「何って…」
「連れションです。」
「へ?」
そんな神無に代わって、ディーノがそう答えた。思わず言葉を失う青木の様子に気がつくことなく、彼らは楽しげな応酬を始める。
「こいつがどうしてもって聞かなかったんだよ。」
「神無は寂しいと言ってました。」
「別に言ってねぇよ。」
「いいえ、目が寂しそうでした。」
瞳をじっと覗き込むディーノを宥め、困ったように笑う神無の姿は満更でもなさそうだ。
けれど、そんな彼らのやり取りを穏やかに見守る余裕など、青木には残されていなかった。
ごがしゃん。
音を立てて青木が手に持っていたバインダーと警察装備一式を取り落とす。
昨日に引き続き、律儀なディーノはそんな青木に歩み寄ると丁寧に落とした装備を拾って顔を上げた。
「落としましたよ。」
見上げる青の澄んだ瞳に、青木の姿が映る。
それはつまり、盛大な勘違いにして早とちり。一晩中悩み、その挙句縞斑に助けを求めた自分は一体。
楽しいものを見せてもらう、とはつまり、縞斑はおそらくこの結末すら予想していたわけで。
「お、おれは……」
「青木?」
「おれは……俺はーっ!!!!」
これ以上無いほどに赤く顔を染めた青木は、居ても立っても居られずにその場を逃げ出す。
すれ違ったレミが焦った声を上げるが、今は彼女にすら合わせる顔がなかった。
その場に取り残された神無は、何が起こったのか分からずぽかんと口を開いてディーノと顔を見合わせる。
「なんだあれ。」
「分かりません。それより神無、はやく連れションに行きましょう。」
「分かったから。あんま他所で言うなって言っただろそれ。」
そんな彼らの姿を、窓の外の枝葉の上で、一羽のスズメが楽しげに笑っているのだった。
終
青木はその後三日三晩寝込んだ。