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ようこそギミックパペットホラーハウス

全体公開 遊戯王ZEXAL(Pixiv未UP) 11 6 16885文字
2015-08-06 14:51:27

「これは、ありえたかもしれない、バッドエンドの話」
長めのシリアス話。挿絵版(https://privatter.net/p/953235)はフォロワー限定


【ジ・エンド】

「ゼイ……ゼイ……
「無駄だ、Ⅳ。デステニーレオは破壊した。もう打つ手はねえ、諦めろ」

言い放った凌牙に、Ⅳはヒューヒューと喉を鳴らして答えなかった。

狂ったようにマグマフィールドで凌牙に向かって来たⅣは、決して平静だったとは言い難かった。

周到な囲い込みも、嫌らしいほどの先読みも、凌牙が追って来たⅣという強者の面影は無く、ただただ、獣のようにデュエルするだけで。
血に狂ったようなそのデュエルは、本能のまま力を振るう乱暴なもので、一度は限界まで押されかけたが、機を読み場を読み、流れを転じさせるのは容易かった。
単調な暴力的な力は、それゆえに読みやすくて。
ひたすらに仇を追い、他が目に入らぬほど見つめて憎んだ相手との決着としては、あっけなかった。

「ハッ、こんな男を……こんな男のせいで、俺は、璃緒は」

そこにあったのは歓喜ではなく
ただ失望と、抑えられない虚しさだった。

何があったか知らないが、WDC本戦前のパーティ辺りから、Ⅳの様子はおかしかった。
今までの気に触る演技も、余裕も、何もかもかなぐり捨てて凌牙に向かって来るⅣは、どちらが復讐者か分かったものではない勢いで。
余裕の無い執着じみたグチャグチャなデュエルは、逆に凌牙を平静にさせた。
そこにいたのは、凌牙が全てを賭けて越えなければならない強者などではなく、己の心に呑まれた惨めな自滅者だった。

「これ以上無様な姿をさらすなⅣ。てめえはもうただの負け犬だ。復讐する価値もねえ」

失せろ、と
吐き捨てたのは、自分の為だったかもしれない。
自滅していく復讐相手に、たとえようも無い失望が広がっていく。同時に、自分の全てで憎んだ心の虚ろをハッキリ自覚した。
復讐などしても、何も残らないと、何度も遊馬に言われた言葉も振り切ってここに来た。
自分の全てを燃やし尽くしても、何も残らなくても構わないとさえ思った。復讐さえ遂げられれば、奴さえ倒せば、いったい何が変わると思ったのか。

今、自分の心にあるのは
たとえようもない失意だけだった。

奴は俯いて座り込んで、立ち上がりもしない。
奴のターンのまま経過したARビジョンが、ターンの時間切れを指してシャットダウンのカウントダウンを始める。

デュエルを放棄したように膝をついたままこちらに反応しないⅣを尻目に、凌牙はとうとう見切りをつけて、背を向けた。

デュエルディスクに触れて、強制シャットダウンを受け入れようとする、宿敵だった・・・男に完全に背を向けた、その刹那。

凌牙は、ゾワリ、と
背筋が寒くなった。


異質な気配だった。
灼熱のマグマフィールドが一気に冷えて粘つくような
濃い闇の気配が。足に絡み付くのを感じた。

それは、まるで
泥ついた深海の奥から噴き上がる
底無し沼の血泥のような

……ッ⁉︎」

全身の血の気が引くのを感じながら
凌牙は振り返ったが、遅すぎた。



油断があった。それが
命取りになるとも、知らずに



Ⅳのデュエルフィールドで、魔法カードが発動していた。
凌牙のデュエルディスクに来たtime-out寸前の通知はリセットされ、デュエル続行の無機質な機械音が表示されて消える。
そこに今呼び出されんとするエクシーズモンスターが、薄っすらと闇の中から侵蝕するように現れようとしていた。
………トライアングル、ギミックボックス………

ゆらり、恐ろしいほど冷え冷えとした空気を纏うⅣは立ち上がり、まるで独り言のような声音で、そのカードの名前を告げた。
「この、カードは……墓地のモンスターエクシーズ三枚を除外し……4枚目、、、を、呼び出す」

「何だと!?」

闇の気配はどんどん濃くなる。視界が黒い霧に覆われる。
逃れようと思ったが、もう、遅かった。

「馬鹿な、お前のデッキには、4枚目のナンバーズなんて……








浮かび上がり、発光するアストラル文字
狂ったように嗤い声を上げ出したⅣの高笑いが、
狂気を孕んで

「ク、ハハハハハハハ!」

Ⅳを呑み込んで、闇から顕現するモンスター
ゆらり、不自然に胸から糸で吊り上げられるように起き上がったⅣが
片手を天に伸ばして叫ぶ。


ドクン。
闇が冥動して

「現れろ、ナンバーズ32!!」

ありえないはずの邂逅が、動き出す。







凌牙は信じられないものを見る目で、そのモンスターを目に焼き付けた。

「なん、だ、このモンスター……ッ!」

知らない。こんなモンスターは。
凌牙のデュエルディスクが、カード名を表示して、Dゲイザーに映し出す。
凌牙が慌てて目を走らせる。

「海咬龍……シャークドレイク、だと……!?」



膝をついたまま、伏せた顔に狂った笑みが浮かんで。
次第に喉を反らして壊れたように嗤い出したⅣの声は、ゾッとするほど壊れた様相を呈し始めていた。

「クッ、あは、アハはは!クハハハハ、ヒッ、ひははは!アハハハハハハハハハハハハハハ」




────"コレ"は。ほんの少しのズレが産んだ
狂気の、BAD END





暗い舞台。浮かび上がるスポットライト。
壇上に一人きりで立ち、Ⅳが優雅に両手を広げる。
「ようこそ、」
口元が弓のように不気味につり上がった。

──────ギミックパペットホラーハウスへ



Welcome,gimmick puppet horror house



◇ ◇ ◇

はた、と夢から醒めるように
目覚めは唐突だった。

まぶしさに瞼をこじ開ける。目に飛び込んだのは、清々しい青空。
コンクリートで舗装された平穏な一本道。見慣れた電柱と電柱の間に、凌牙は立っていた。
違和感を覚えるほどの、あまりに『日常通り』の光景に、凌牙はくらりと目が回るような感覚を覚えた。
「俺?」
何を、と呟いたとき。
腕にふわりと絡んだ柔らかい二の腕に、凌牙は硬直して目を見開いた。
「どうしたの凌牙? 遅刻になっちゃうわよ」
耳朶をくすぐる声は、あまりに聴き馴染んだ家族の声で。
ガバッと振り返った凌牙は、信じられない思いで声を上げた。
「璃緒ッ!?」
「きゃっ」
肩をガシッと掴まれて、驚いたように目をつぶった少女は、見間違えようもない、自分の半身だった。
「お前、どうして!? 目が覚めたのかっ!?」
「痛っ、凌牙、痛いわ」

ハッとして、凌牙は慌てて「す、すまねえ」と肩を手放した。
璃緒はちょっとだけ涙目で潤んだ紅い目を向けてくる。見違えようもなかった。どうして。
戸惑っているうちに、状況が見えてくる。
通学路。自分も璃緒も制服だ。
「どうしたの凌牙ったら」
「だって、お前、お前は、」
言いかけて、はた、と凌牙は言葉が続かなくなった。

璃緒は、どうして。
どうして、眠っていたのだった……

「もう! 歩いてたと思ったら急に立ち止まって。変な白昼夢でも見たの?」
……夢?」
呆然と呟いて、手のひらを見つめる。
夢、ゆめ?
いや、でも、

リ、リィン。自転車のベル音に、凌牙は思考を途絶された。学生が乗った自転車が二人を追い抜いていく。
不思議そうに首を傾げた璃緒に、心配げな視線を向けられて我に返る。
「凌牙、大丈夫? 調子悪いの?」
掴み損ねた違和感は、砂のように手のひらを滑り落ちて、手繰り寄せようとしてももう何処に行ったのかも分からなかった。
「いや、……いや、そう、だった、な。何でもない」

俺は、今いったい、何を考えていたのだろう。
頭に靄が掛かる。

「いやねぇ凌牙ったら。寝ぼけてパジャマで出ようとしたと思ったら、今度は立ったまま寝てたの?」
璃緒はコロコロと鈴のように笑った。
「やっぱり私がいなきゃダメねえ」
楽しげに心から笑う璃緒に、凌牙は双眸を緩ませた。
(ああ、そうだ)
お前がいないと、落ち着かないんだ。


違和感はあった。だが、それは。
とても穏やかな学校生活で。あまりに望み通りで。

身を任せてしまいたくなるような誘惑に駆られた刹那。
自分の胸を、しゅるりと
糸、が
絡め取ったような気が、した。

……?」
「凌牙ってばー」
「ああ、今行く」


笑った璃緒に「早く行きましょう?」と促されて、凌牙は穏やかな朝の通学路を腕を引かれていった。
後ろ髪引かれるように、わずかな不穏の影だけを残して。




遊馬はアストラルを見上げて、必死に言い募った。

「シャークのやつ、まだ見つからねえのか!?」
「落ち着け遊馬」
「ッでも!」
「早くここから脱出せねば、我々の身も危ない」

崩れ落ちるハートの塔で
遊馬は祈るように見上げた。

「シャーク……



昼休みの鐘が鳴り響く。
璃緒に腕を引かれて向かった屋上で、購買のパンをかじっていると「たまには野菜パンも食べたら?」なんてタマネギ入りの惣菜を勧めてきた。小突くと頬を膨らませて、次いで甘えたように璃緒が破顔する。

花咲くような幸福な笑顔。
優しく、幸福なだけの、退屈な日常。
違和感を感じた気がしたが、あっという間に拭い去られて消えていった。
「なあ、璃緒」
「なぁに?」
……いや、なんでもねえ」

こんなに自分の周りは静かだっただろうか。
なんだか、もっと。
デュエルデュエルとうるさい奴が、いたような気がするのに。

凌牙は寄りかかったフェンスの先で、穏やかな風を受けながら、ふと見下ろした。
……ん?」
下が妙に騒がしかった。

……ッ‼︎ なっ」

凌牙は、フェンスの金網をガッと握って、目を限界まで見開いた。

「あれは……!」
「凌牙? え、ちょっと、どうしたの、ねえ!」

血相を変えて階段を駆け降りていく凌牙を、引き止めるように璃緒の声が長く尾を引いた。





三つ編みを結った銀髪の男性が、小さな弁当の包みをぶら下げながら校門の前に立っていた。
「ミハエル、忘れ物だ」
窓から見つめる女子生徒が、整った顔に小さく黄色い悲鳴を上げて囁き合っている。
気付いたピンク頭の少年が「クリス兄さま!」と駆け出して、てらいなく笑顔を向けた。
「びっくりしました! 兄さま、お仕事はよろしいんですか?」
「今日の実験は昼からなんだ。ラボに寄る前に、慌て者の弟の忘れ物ひとつ届けるくらいは訳無い」
柔和に微笑んだ青年に、遠くから見つめる女子達が一層色めき立った。
見目の良い兄弟二人が笑い合う。兄が頭を撫でて、弟が甘えたようにくすぐったがるのを遠巻きに見つめて、


凌牙は立ち尽くし
くわん、と視界が回った。

「なん、で」
「凌牙ったら、ミハエルさんがどうかしたの?」
「『ミハエル』?」

不思議そうに小首を傾げた璃緒に、また。
甘い毒のような、違和感。


「違う、あいつ……あいつら、は」





「兄さま、お仕事が終わったら一緒に紅茶を買いに行きませんか? やっぱりお忙しいですか?」
「構わないよ。なにせ、」


たったふたりの、兄弟なのだから




穏やかな声に
ゾクッと言いようのない怖気を感じた。




「璃緒、今、何月だ」
「どうしたの凌牙ったら。また寝ぼけてるの?」
「WDCは、試合はどうなったんだ」
「試合?」

凌牙は蒼白になって、喉を這い上がる怖気に口を押さえた。
ぐらぐらする。めまいで吐きそうだ。
「凌牙、ちょっと、大丈夫?」
心配けに凌牙を見つめる、その目。

そう、その眼だ。
あいつの眼は、こんなに無機質だったろうか。

まるで赤いガラス玉みたいな、空っぽの瞳。

「ねえ凌牙、具合悪いなら帰りましょう?」

璃緒が凌牙の腕を取る。
途端にくらんと世界が回った。

「あ……?」
「ねえ、眠ればきっと」

ぜんぶよくなるわ

立っていられないほどの強烈な眠気に
ゾッと背中が寒くなった。

「ッ離せ!」
「きゃあっ!」

反射的に突き飛ばす。
しゃがみ込んだ妹の、困惑した表情に。
さっきから、理由の分からない吐き気が止まらない。
「凌牙、どうして?」
愛らしく手を伸ばす妹の、そう、妹であるはずの・・・・・・・少女の、腕を振り払って、少女の襟元を、震えながら掴んだ。

さらされたうなじに
火傷の跡がない。

「なんで、火傷が無い……? 火事で、お前は」
「火事? 火傷? なんのこと?」
「だって、お前は、Ⅳに」

「ふぉー? 凌牙、誰のことを言ってるの?」




凌牙は愕然とした。
「おま、え……

璃緒は美しく微笑んだ。
反して凌牙は、泣きそうな顔で、目を覆った。
「ちがう……お前は璃緒じゃない……
璃緒が、にこりと穏やかに小首を傾げた。
「凌牙? なに言ってるの? 早く帰りましょうよ」
「違う、お前は、もうずっと前から眠ってる。ここに、居るはずがないんだ」

泣き出しそうに首を振る。

「なんで気付かなかったんだ、お前は、」
ころころと、鈴のように愛らしく、 璃緒は笑った。
「俺の弱さが見せてた、 ……まぼろし、だ」







周囲にいた学生たちが
ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。





少女の首は
カクン、と
糸で吊り下げられるように
ブラン、ブラン、と
揺れた。


宙に浮いた足が
ぶらん、と揺れる


その膝には、 球体関節


肘も 指も
ガラスのハマった瞳も
何もかも、 作り物、だ


ガラガラと音を立てて人形が崩れ落ちる。
バラバラになった手足が地に転がって、それなのに、這いずるように、笑った。

『リョウガ、アソビマショウ?』


コロコロ笑う声も、 もう耳触りな雑音にしか聞こえない。

さっきまで"璃緒だったモノ"は
今やもう、ただの、カタカタ言うだけの傀儡だった。
『リョウガ』


「やめろ、やめてくれッ」
凌牙は耐えがたいと言わんばかりに耳を塞いだ。
カタカタカタカタ、音が迫って、凌牙を追い詰める。
「なんだ、何なんだ! 俺はいったい、いつから夢を見ていた? いつから狂ってたんだ!」

『リョウガ』

璃緒のカタチをしただけの傀儡が、凌牙の腕に足に絡みつく。
凌牙は悲鳴を上げながら乱暴に振り払って、がむしゃらに駆け出した。


音が追う。
カタカタ、カタカタ


カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ


「ここは、どこなんだ! なんなんだ、悪夢ゆめなら覚めてくれッ、俺は、ただッ!」

道路を走り続けた凌牙の目の前を

望んだはずの、
終わりが、迫る。


「そうだ、俺はさっきまで」
デュエルを


ペタ、と

いきついた、行き止まりは。


道を途絶するように、真白の、壁が、塞ぐ。

────まるで、巨大な箱の壁のような



ヒッ、と
凌牙は、壁の上を見上げて
悲鳴を呑み込んだ。




そこにあったのは、目玉



大きな歯車の、口

機械仕掛けの、青空を裂く

巨大な、ネジ巻きの、顔



機械仕掛けの、箱庭
──────ギミック・ボックス


足を、ひたりと
追いついた人形が触れて、嗤った。

アソビマショウ?

「う、わぁあああああアアア」





巨大な箱庭の中で
小さな小さな凌牙は悲鳴を上げた。
悲鳴を聞き届ける者は、無い。

高笑いが響き渡って

小さな箱庭を見下ろして
あやつり糸を繰る金糸の男が

その十字傷を愉悦に歪ませて
腕を、広げた。


”ようこそ ギミックパペットホラーハウスへ”



The End : GAME OVER




「ん~、フフ、夢から覚めれば地獄、覚めなくても、地獄~」

調子っ外れの、低音の美しい声を奏でて
Ⅳはそこで、指先で哀れな人形を飼っていた。

美しく繊細な指づかいは、その中で上がる悲鳴と絶望を心地よさそうに聞きながら
透明な細い糸を繰りながら、気のふれた道化のように、歌い、奏で続ける。


「my fair ledy(人柱)は~、哀れ、虜の、悪夢 ゆめの中~」


笑んだ眼が、ナンバーズに憑かれた者特有の赤い赤い光で薄っすら発光する。

ゆらゆら、ゆらゆら
闇の中で、点いたり消えたり、
笑って、笑って、ゆらゆら、揺れた。

「負ければ~ そこで~おしまい」

プツン
指先の糸を
断頭台に乗せるみたいに、無情に切り落として
くすくす、くすくすと
気のふれたように、誰もいない所で笑った。

「アハ、あははは!」

廃墟に響き渡った高笑いに、答える者はいなかった。


いない、はずだった。
そこに、ざり、と
積もった砂埃を踏む、足音がするまでは。



「やっと見つけた、トーマス……


パキン、と
床を覆う割れガラスを踏みながら
小さな子供は、仮面の下から、苦痛と後悔を滲ませた声音で、そこへ、足を踏み入れた。

調子っぱずれの鼻歌が
不快なものを見つけたように、止まる。

「こんなところに、居たんだね……いや、こんな簡単な場所すら、思いつかなかった僕が、どれほど家族を顧みていなかったかという証か……

トロンは、ゆるりと廃墟を見渡した。
崩れたシャンデリア、割れた窓ガラス、放置された暖炉。
Ⅳが腰かけてぶらぶら足をぶらつかせる、埃の被ったソファだけが残った────

「かつての我が家の亡骸で……壊れた息子を見つける羽目になるなんて」



埃だらけのソファの背の頂きに腰を置いて
組んだ足を宙に浮かせたⅣは
招かれざる客に目を顰めた。



「トーマス。僕が解放したクリスとミハエルの魂をかすめ取ったのは、君だね」



Ⅳはその言葉を聞いて
気狂いのような目をしてニタァと笑った。








ナンバーズ32──海咬龍シャーク・ドレイクは。
Ⅲの手から、神代凌牙に渡るはずだった。

「Ⅳ兄さま、待ってくださいッ、それは……!」
……なんだよ、これ」

それは、偶然の悪戯だったと言っていい。
凌牙に渡るはずだった仕込み。Ⅲのデッキの中から、Ⅳが。

自分が、いや、自分だけが。
知らされていない、ナンバーズの存在を目に留めたのは。

……トロンもVも知ってんのか」
「ッ
「トロンの命令か。お前も、知ってて、オレだけが、」
「にいさま、待って! 聞いてください、僕は」
「ッお前も!! お前すら!! オレを信用しねえのか!!」
「Ⅳ兄さまッ、僕は!」
「黙れッ!! なんで、なんでだよ、オレだけ、一人だけ! てめえも陰で笑ってたのかよ、てめえも、てめえすら!!」
「違いますッ! 僕は!」
「どけっ!」

突き飛ばされたⅢの追いすがる手も振り払って、ⅣはⅢからそのカードを奪い取った。

「やめッ、止めて下さい、兄さま! だめ、だめです!」
「離せ!! オレが使う! ”オレ”はまだ使える! 使い捨てられてたまるか!」
「ダメです! 4枚目なんて、3枚でも無茶なのに、何が起こるかッ!」
「どけえ!」

家族からただ独り爪弾きに合っていた証拠を目の前に。半狂乱になったⅣに、Ⅲの声が届くことは無かった。
必死で追いすがったⅢから奪い取ったカードはそのままⅣに渡り、そうして、Ⅲに、
トロンから、残酷な一声が掛かるのだ。

「へぇ」

兄からカードを取り返せなかったⅢは、トロンの椅子の前で傅きながら、絶望的な心地でそれを聞いた。

「壊れちゃっても、それも一興かなあ」

トロンはまるで、虫でも見下ろすみたいに冷笑した。
Ⅲは膝から崩れ落ちながら、振り返らない父の残酷な笑い声を聞いていた。

「だって本人がやるって言ってるんだもの。ねぇ?幸い4枚目のナンバーズはⅣの身体に馴染んだようだ。あっさり壊れちゃうかと思ったけど、案外もってるねぇ」

ケラケラと笑うその言葉を、信じられない思いで愕然と聞いた。

「次は順当にいけば神代凌牙との対戦だ。別に勝たなくてもいいんだけど、勝っちゃったら思わぬ収穫だよね。耐え切れなくて壊れちゃえば予定通り神代凌牙にカードは渡るんだしね」

アハハ、とトゥーンアニメを前に笑う父を見て
Ⅲは、いつか取り戻したかったはずの家族が
もう、とうの昔に決定的に壊れていたことをようやく知った。

いつか戻れる。そう信じて縋った自分の願いが、かろうじてまだ保っていた兄を壊したのだ。

幼い頃、泣いた自分の手を引いてくれた兄の力強い手のひらが、脳裏に蘇る。
壊れかけた家族の中でも、兄はちゃんと自分を見てくれていた。自分を、振り返ってくれていた。

けれど、あれから。
どんなに呼んでも振り返ってくれない。兄から向けられる決定的な疑心は、Ⅲを打ちのめした。

今はもう、兄はⅢに気付いてもくれない。
4枚目のナンバーズを持った時から、兄は決定的におかしくなった。
もがき苦しむように膝をついては、狂ったようにデュエルに挑んだ。まるで鮫が血を求めるような凶暴なデュエルだ。
デュエルの後の濁った眼は、もはやⅢを全く映してはくれなかった。

(どうして? 何を間違ってしまったんだろう)

それとも、最初から。
取り返したいと思ったことが、間違いだったのか。

絶望的な思いでトロンの笑い声を聞いていたⅢが、ゆらり、不吉な決意を滲ませて、トロンの前に、立った。
血を吐くのを抑えつけるような、苦痛の滲んだ声が出た。

「トロン、僕に。僕にも、もう一枚、ナンバーズを」

壊れていく兄を見ているだけなんて、できない。
馬鹿なことだと判ってる、トロンがもう自分に情を向けることは無いのだと知った。
願った所で、兄と一緒に使い捨てられるだけだ、でも、それでも。
(それでも僕は、取り戻したいんだ

せめて、一緒に、
壊れるまで、戦うから、トーマスにいさま




WDC本戦。ジェットコースターの対戦にて。
無茶なデュエルで強行突破するⅣを庇い、誘導し、
ひたすらサポートに徹したⅢが、遊馬とぶつかり
3枚目のナンバーズの暴走に呑まれる、二日前の事だった。







「シャーク!!」

Ⅲに託された遊馬が、マグマフィールドに行き着いた時には、もう遅かった。




崩壊するマグマフィールド。
地に伏せて気を失う凌牙と、
膝で地面に立って、両手をだらんと横に垂らしたまま、顎を上げて狂ったように高笑いするⅣが
崩れていくフィールドに呑まれて消えていく。
「シャークッ!」
「遊馬、無理よ!」

崩壊するレールに引きはがされて、
遊馬の乗ったコースターは、伸ばした手も空しくその場を離れていく。

凌牙にトドメを刺した海咬龍シャーク・ドレイクは、Ⅳを呑み込み
狂ったような笑い声だけを残して、Ⅳと凌牙はそのまま行方不明となった。





「遊馬に……気付かされたよ。復讐が、どれほど無意味だったのか。自分がしてきたことの代償も」

パキン、トロンは壊れたガラスを踏んで、一歩、Ⅳに近づいた。
Ⅳは、顔を伏せ、前髪で表情が見えないまま。
トロンはまた一歩、息子に近づいた。

トロンの仮面の向こう、人ならざる左目には、見えていた・・・・・
息子がる見えない糸と、繋がれた人形ヒトガタと魂が。

奪われた魂は、息子の抱える見えない箱庭に容れられている。箱庭の人形は、この壊れた家に居た頃をそのまま再現したように、ピンクの髪と、青の長い髪をしていることまで見て取れた。

Ⅳの指先で揺れたそれは、トロンの目には、人形劇のように踊っているように見えた。
中の魂の様子までは判らない。人形と箱庭の中で、見えない糸に操られる魂の様子は、おそらく、息子にだけ、『視』えている。

「すまなかった……もういい、もういいんだ。帰ってきておくれ、トーマス────」

呼びかけに、Ⅳはゆっくりと振り返る。
Ⅳの右頬の十字傷が、ゆっくりと、トロンの方を振り返って、
視線が、ゆったりと、
ようやく、トロンを捉える。

トロンは、両腕を広げて、息子に歩み寄って、ゆっくりと、包み込むように
息子を、精一杯に抱き締めた。

「赦してくれ、トーマス
……『トーマス』?」

されるままのⅣからようやく返答が返った。
わずかに安堵して、トロンは再度息子に呼び掛け、かけて。
「トーマ、」
「なに言ってるんだ、トロン?」
歪んだ笑みが、トロンの耳のすぐそばを擽って


ガリッ



首筋を、気の飛ぶ痛みが襲った。

「グ、あああ!」

トロンは絶叫して、首に食い込んだ牙を無我夢中で突き飛ばした。

かは、と血の滲む首筋を抑えながら、膝を付いたトロンの前で、Ⅳは口元を笑ませて、血の滴る唇を拭いもせずに笑って立っている。

「トーマスッ、何を!」
「誰だ、それ?」

トロンは言葉を失った。
ゆらり、ゆらりと正気を失った瞳を揺蕩わせて、Ⅳは両手を広げて、笑う。

「オレの名はⅣ……悪魔のデュエリスト、復讐の悪鬼……
夢見るようにうっそりとⅣが告げる。
「お前がそう言ったんじゃないか」

笑うⅣの頬に、ナンバーズの刻印が浮かび上がる。
紫色の燐光が、頬に文字を浮かび上がらせて発光するのを唖然と見つめながら、歪んだ笑みの向こうに、じわじわと宙空に浮かび上がる、巨大なモンスターの影を認めて、トロンはくしゃりと顔を歪めた。
「遅かったか……!」

息子を取り囲むように出現した巨大なモンスターは、宿主の瞳が赤く発光するのと同じタイミングで、血を求めて全身を燐光に揺らめかせた。

Ⅳの魂を完全に呑み込んだシャークドレイクが、Ⅳの形をして、血を欲してトロンの前に立っていた。

「トー、マスッ!」
トロンは喘ぐように絶望を呑み込んだ。

「もう僕には君しか!!」

揃いの三つ編みを照れくさそうに笑んだ、長い髪の息子の魂はここには亡い。
甘えたで抱っこをねだった、幼いピンクの髪の息子の魂はここには亡い。
どちらも己の手で眠りに堕とした。

どちらの魂も、今は金の髪の息子のドールハウスの中。
覚めない夢を悪夢と知らずに笑っている。

「帰って来てくれ、トーマス!」

どうして、どうして
この子がここまで堕ちる前に、思い出せなかったのだ

ぬくもりを、家族を
あの子たちが産まれた瞬間の、小さな手のひらを

小指を握るのがやっとの手のひらの力強さに、
この身も惜しくはないと愛を持った あの日を────

「お願いだ、戻ろう、もう一度、家族に!」
「なに言ってるんだ? トロン」

心底不思議そうに、怪訝に。
まるで不可思議な世迷い言を聞いたように、Ⅳは告げた。
後ろには、巨大なモンスターが、当たり前のような顔をしてⅣの肢体を包みこんでいる。
「父さんならここにいる」

息子の指先で、トロンの左目にだけ見える人形が踊った。
そこで揺れる、金の三つ編みを結った、

"バイロン・アークライト"のひとがたに

ぐらりと目の前が歪んで
真っ暗な視界に頭を殴りつけられたように、トロンは絶望に押し潰されたのを感じた。

「トー、マスッ」

「待っててくれよ、父さん?」
Ⅳはにこりと甘えるように、指先で踊る人形に微笑んだ。

「今、魂を刈ってきて、中に入れてあげるから」






『バイロン・アークライト』のひとがたは、トロンの心を折るには十分過ぎた。
膝をついて動けないトロンを前に、うっとり甘えるように失ったヒトガタに頬を寄せるⅣの表情は、あどけない幼子のようでいて、決定的に壊れていた。

ぷつんと頭の糸が切れたような焦点のズレた目で、中空に視線を浮かせたままの息子。取り返しの付かない絶望。這い寄る悪寒を抑え切れずにトロンはぶるりと震えた。

海咬龍。血肉を求める鮫の本能。
トロンは噛み付かれた首筋の痛みに意識を持って行かれそうになりながら、よろよろとうなじの出血を抑えて立ち上がる。
それに、Ⅳは首を傾げるように瞳孔を開きながらニィィと笑って歯を見せた。ちろりと覗く舌。視線だけで寒気を感じる、捕食願望が見え隠れしていた。
笑った息子の犬歯にこびりついたままの血。

(僕も、あんな目をしていたのか)
いくつもの魂を、感情を『喰らって』来たトロンは、その在り方のおぞましさに背筋を震わせた。

だが、そこにいるのは、紛れも無く息子なのだ。どんなに破綻していても、壊れていても、それでも、自分に残されたただ一人の。

(こんな思いだったのか。クリス、ミハエル、トーマス、変わり果て、復讐に狂った僕は、こんな)

それでも。僕を愛していると叫んで、倒れていったのか。
帰って来て、と。あどけない願いを踏みにじられながら。
たとえ、欠片も省みられなくても。
(僕は、なんてことを)

「父さん、また四人で暮らそう?」
トロンは絶望的な心地で顔を上げた。
息子はクスクスと笑っている。壊れたように笑っている。
向ける言葉は、毒だ。呼ぶ名前は手元の人形に向けられて、自分を見つめることは決してない。知っている、だが、それでも。
「そうしたいって、思ってくれるよな、父さん」
壊れた目で、トロンの顔に腕を伸ばす哀れな息子を、どうして振りはらえようか。

トロンは膝立ちで目を見開き動けないまま、Ⅳがトロンの魂を抉りとらんと指を伸ばすのを、ただ。
呆然と見ていた。

「トー、マス」
「身体はいらない、父さん、今、」
歪み切った笑みでトロンに伸ばしたⅣの指が
虚の左眼に、ゆっくり、喰い込んで────



「下らん茶番はそこまでだ」
紅い一筋の光線が、鋭く腕に絡み付いた。
ひたりと腕の動きを止められたⅣは、動けないトロンの前で、腕に纏わり付いてギリギリと締め付けるそのロープの先に、ゆるり、見渡すように、苛立たしげに顔を向けた。

「誰だぁ?」

闇の先。
荒れた剥き出しのコンクリートの床を叩いて足音がする。

コツ、コツと
「人の心に淀む闇を照らす光」
黒のブーツが闇に浮かび上がって



「人は俺を、」

差し込んだ夜更けの月明りを受けて
夜の中から黒のロングコートに包まれた肢体と金の髪が。

「ナンバーズハンターと呼ぶ」


その眼に狩人の鋭さを宿して
天城カイトが、そこにいた。


「無様だな。ナンバーズに吞まれた哀れな傀儡」


ブルーグレイの瞳が、一片の慈悲もなく宣告を下した。

「Ⅳ、貴様の腐った魂は俺が狩る」






廃墟に荒い息の音だけが響く。
トロンは声を絞り出した。

「カイト、頼む……お願いだ、やめてくれ」
「なぜキサマの願いを聞き届けてやる義務がある」
トロンの懇願を、カイトは冷酷に切り捨てた。

デュエルフィールドの向こう側。
力で手酷く押し切られて、ぐ、と呻いて膝をつくⅣに、カイトは侮蔑のような視線を向けた。
「見るに堪えん。俺にも充分あり得た末路だからな」
コツ、と廃墟のむき出しのコンクリを一歩踏みしめたカイトに、Ⅳはずり、と下がる。
「俺とキサマは似ている……反吐が出る限りだが。家族のためと言いながら、結局は己の欲望のために罪無き魂を狩り続けた罪人に過ぎん。いつの日が、俺も裁かれる日が来るだろう。懺悔の用意は出来ている。だがな、罪人を裁くなら同じ罪人がお似合いだろう」
片膝を付いて、ゼイゼイと力に吞まれて獣の様に蹲るⅣに、カイトは冷えた目で淡々とこぼした。
「キサマが飼っている箱庭同様、俺も狩ってきた魂の行方など知らん。そんなことは俺の管轄外だ」

わななくモンスターの呻きを聞きながら、カイトは腕を上げてピタリとⅣに向ける。

「あの人がキサマと俺を重ねたのも……業の深さが同じだったからかもしれん」

カイトに従うドラゴンが、ギャアと咆哮を上げた。
「さあ、懺悔の用意は出来ているか」
「やめろ、やめてくれ」
成すすべなく打ち砕かれる息子を前に、トロンは縋るようにカイトを制止した。
しかしカイトは目もくれず、トロンを無視してⅣにトドメの一撃を迫る。

「破滅のフォトン・ストリーム!」
「やめろぉぉぉぉ!」


ギャラクシーアイズの咆哮がⅣに迫って
瞳孔が開いた瞬間に

ギャラクシーアイズは、牙を剥いて
ピタリと動きを止めた

フォトンストリームは直前でかき消えて

シュワシュワと溶けるように、消えていくギャラクシーアイズに

Ⅳは目を見開いて動けないまま
トロンが呆然と膝を付くのを尻目に
カイトは、デュエルディスクを、閉じた。

「カイ、ト! 貴様、何のつもりで!」
「俺の役目はここまでだ。充分時間稼ぎにはなっただろう」

カイトはもうⅣに目もくれず
窓ガラスから差す朝日を受けて

「貴様を救うのは、『希望』の役目だ」




「かっとビングだ、オレーー!」


ガッシャーンッ


カイトが見上げた窓ガラスを突き破って
それは廃墟に飛び込んだ。
割れたガラスが朝日を受けてキラキラ散って
吹き抜けた穴から太陽が射し込む

それにカイトは目を細めて
遅いぞ、と声だけ突き放したように笑った。

落下した塊は「うきゃあ!」と間抜けな声を上げてゴロゴロ転がって壁に激突して
「イテテテ」
と頭をさすって、その部屋に闖入者として招かれた。

「カイトぉ! ひでえよ置いてくなんて!」
「フン、ちんたらしている貴様らが悪い」

先程までの柔らかな笑みは一瞬で掻き消えて、
そっけなく背を向けるカイトに、けれど遊馬は気にしたふうもなく立ち上がる。
前に出る遊馬と入れ替わりに、カイトはフンと鼻を鳴らした。


「アストラルならこいつからナンバーズを引き剥がせる。そうだな?」


息を飲んだトロンを前に、遊馬はヘヘッと鼻の下を擦って「おう!」と答えた。
「Ⅲと約束したんだ。お前のにいちゃんは必ず助けるって!」
「この場所を探知するのに、俺を顎で使った貸しは高いぞ遊馬」
「わかってるって! カイトとも約束したもんな。ハルトを狙ってるバリアンはオレたちがゼッテー倒す!」
遊馬の瞳が、光を反射して煌めく。
「シャークも、Ⅲも、Vも! デュエルしたらみんな仲間だ! オレは約束を破らねえ、みんな助ける! だからオレとデュエルだ、Ⅳ‼︎」



ギミックパペットホラーハウス

人形劇の終わりが、今








ガラガラガラッ
けたたましい音が、壊れた街中に響いた。

凌牙は、身体中にまとわりついた人形が一斉に崩れ落ちていくのを見て、何が起こったのか、あぜんと立ち尽くした。
力を失ってガラガラと地に落ちていく傀儡人形に、纏わり付かれた腕を凌牙はハッと振り払った。
壁に激突した人形は、耳障りな音と共に地に落ちて動かなくなった。
「何だ、何が起きたんだ?」

ピクリとも動かない人形に、使役者の糸が切られたことを知る。
『外』で何かがあったのだ。凌牙は目を見開いて、好機と知って走り出した。踏み潰されたビスクドールが音を立てて割れた。
「出口は、どっちだッ!?」

精巧に作られたハートランドシティ。
見ればどいつもこいつも、顔のない人形だ。

行き交う人も、商店の店員も、すべて不気味な人形劇。えづきそうなほど吐き気を催す景色がそこにあった。
こんなの物の中で笑っていたのか、俺は。

背筋が寒くなって、歪みそうになる正気を手繰り寄せて、叫んだ。
「ここに居るのは俺だけなのか!? おい、誰か!」

小さな箱庭に悲鳴じみた声が木霊する。
叫び声に返事は無い。

背後でカラン、と乾いた人形が鳴る音がして、心臓が跳ねた。凌牙はガバッと振り返った。

だが、そこに在ったのは
もっと異質な光景だった。

「ふふ、あはは」

おもちゃの信号機の向こう側。並んだ偽物の店先で。
仇と憎んだ男の、弟が。
ピンク色の髪を笑いながら指先で弄って、翡翠の眼で微笑んで楽しげに笑っていた。

「あいつは確か!」

凌牙に気付く様子はまるでない。
それどころか、崩れ落ちた店先の人形に向けて、独りでブツブツと話し掛けている。
「ああ、素敵なフレーバーティですね。クリス兄さま、喜んでくださると良いなぁ」

うっとり微笑む幸せそうな笑み。
だが、それは決定的に異常だ。凌牙はゾッとした。
「ッオイ!」
凌牙は道に飛び出して、Ⅲの肩を掴んだ。
Ⅲはびっくりしたように顔を跳ね上げたが、すぐに柔和に礼儀正しく微笑んだ。
「僕に何か御用ですか?」
と微笑むⅢは、悪夢 ゆめと知らずに赤い靴で踊り続けている。

「ッふざけんな!」
凌牙はⅢの胸倉に掴みかかって、叫んだ。
「オイ、ここはどこだ! ヤツは! てめえの兄貴はどこだ!?」
「クリス兄さまのお知り合いですか?」
「何とぼけてやがる! Ⅳはどこだって聞いてんだ!」
「フォー?」

ぱちり、とヒスイ色の美しい瞳が、洗脳の赤を失って揺れる。

「目ぇ覚ませよ!」
凌牙がⅢに掴みかかる。
「Ⅲッ!」


幸せで幸せで幸せな歪で幸せな
シンデレラの魔法は、零時まで。
いつか、お終い。


「すりー……?」

翡翠の瞳を大きく見開いて。
思い出したくないことを、突きつけられたみたいに。
見開いた瞳孔で「あ」と膝を付いた少年は、頭を押さえてカタカタと細かく震えた。

「僕は……や、嫌ちが、クリスにいさ……トー、マス、にいさま」
ひ、と息を吸い込んで、

「ちがう、ちがう、僕がとりもどしたかったのは、ほんとうに、とりもどしたかった、のは」

ヒュ
喉が、鳴って

「すっかり歪んでた壊れてた、でもっ、ちがう、壊れても僕には、たったひとつの」

ドンッと凌牙を突き飛ばして、ふらふらと車道に歩き出す。

「ッ、オイ!」
「どうして、こうなっちゃったんだろう……壊れてたって、よかったんだ。歪んでたって、よかったんだ」

膝から崩れ落ちた。

「歪んでたって、よかった。また幸せそうに、笑ってくれれば、こっちを見てくれさえすれば……!」

横断歩道の真ん中で崩れ落ちて動かないⅢに
パパーッと車のクラクションが接近する。

「Ⅲッ!?」
「こんな、壊れるまでッ! 笑って欲しかったわけじゃ!!」


手の紋章が、閃光を放つ。


「────ッ!?」

凌牙が腕で目を庇った刹那
ニセモノの世界で
閃光が、爆発した。



「っ!? なんだ!?」
迸った閃光は、Ⅳを覆うように部屋中を焼いた。

視界を焼き切られて、遊馬が目を瞑ってよろける。
閃光の中で、狂ったⅣの目が、ギラリと光った。

……お前は、いらない」
「え、」

バシンッ、と鋭く手を払いのけられて、遊馬がよろめいた。
Ⅳは差し出された遊馬の手を取らなかった。遊馬の耳に、つんざくようなアストラルの悲鳴が刺さった。

『遊馬ッ! 危ないッ!』

え、 と
尻餅を付いた遊馬の白く焼かれた目には、見えていなかった。
狂乱したⅣの素手に握り締められた、床に落ちた鋭利なガラス片の切っ先が。

「────ッ!!」

心臓めがけて振り上げられた、鋭利な切っ先に
ひゅ、と遊馬が息を呑んで

「遊馬ァ!!」


血が飛び散った。







ぽた、ぽたた。
鮮血が、落ちる。

噴き出した血を浴びながら
遊馬は、大きく目を見開いて、凍りついた。

遊馬を抱きしめたトロンの腕が、ずる、と落ちた。
「トロン!!?」

「一馬の息子、死なせ、わけには」

ゴポッ、と鮮血が口からあふれる。

「あ……

トロンの背に突き刺さったガラスに
Ⅳが、あぜんとしたように、凍り付いて、立ち尽くしていた。
「あ、あ……!」


絶叫。
壊れた家の残骸に、壊れた悲鳴が響き渡って、

Ⅳは絶叫し、ナンバーズの影響から離れて、ふらり、と両膝をついた。

To be continued



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