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【宗守ワンドロワンライ】背伸びの先の【お題:コーヒー】

全体公開 7 3236文字
2022-11-22 16:01:29

宗守ワンドロワンライ開催おめでとうございます! 遅刻&時間超過で大変恐縮ですが、上げさせていただきます
大人びて見える守人に、背伸びしてでも近づきたかった昔を振り返る宗司の話です。

「ただいまーって、コーヒー淹れてんのか」
「あ、お帰り、ソウ」

 がちゃり、管理人さんの手入れが行き届いているおかげでいままで一度も音を錆びさせたことがない扉を開ければ、キッチンから鼻腔をくすぐる香ばしい香りが漂ってくる。あたかも共有ルームの主のような顔をした守人は、俺を視界に入れるとふわりと嬉しそうに微笑んだ。この笑顔は俺にだけ向けられるもの――というのは、たぶん、自惚れではないだろう。

「珍しいな」
「たまにはいいかと思ってさ」

 手を洗ってからキッチンに入り守人の手元を覗き込めば、今日は三人とも遅いみたいだし、と言葉が続けられる。自分と二人で過ごす時間を楽しみにして淹れてくれていたのかと考えると、なんだか胸が温かくなる心地がした。

「じゃあ、何かお茶うけでも出すか」
「あ、そっちに今日買ってきたカヌレが入ってると思う」
「りょーかい」

 言われた通りに冷蔵庫を開ければ、賞味期限が今日までのカヌレが出番を今か今かと待ち構えていた。電子レンジに入れて温めていれば、守人が冷蔵庫から牛乳を取り出す。

「何か入れる?」
「いや、ブラックで」
……ソウって、昔からブラックコーヒー飲むよね」

 懐かしむように瞳を細めた守人に、ふと、幼かった自分を思い出す。昔から。守人はそういうけれど――守人の前ではそうしていたけれど。

「あー、それな。……本当は、苦手だったんだよ」
「ええっ!?」

 ほんの少しだけ苦いものをかみつぶしてそう言えば守人が目を剥く。牛乳を落とすのではと一瞬ひやりとしたけれど、守人は牛乳を持ったまま、慌てたように淹れたてのコーヒーに目をやった。

「え、ミルク入れる? どれくらい!?」
「いや昔な、昔の話。今はブラックも好きだよ」

 思わず笑いながら言葉を返せば守人が律儀に胸を撫でおろすものだから、ああ、好きだななんて、ぼんやりと考えてしまう。あの頃格好つけていたことが、いまのこの関係に繋がっているかなんてのは自信がないけれど、それでもあの頃のガキだった自分が報われたみたいでなんだか嬉しかった。
 守人のころころ変わる表情を眺めていれば、不意に電子レンジが仕事を終えたことを主張して音を鳴らす。

「ちょうどこれも温まったし。……良かったらちょっと昔話させてくれよ」

 昔の自分が見たら、ちょっと待てやめろと全力で掴みかかってそうな言葉がするりと口から零れ落ちる。守人はぱちりとひとつ瞳を瞬かせると、もちろん、と口の端を緩めた。



 在原守人と言う男を好きになってから、どうしても自分がガキっぽいと、ため息をつくことが増えた。
 例えば、守人の読む本に小説ではないビジネス書を見つけたとき。生徒会の、頭が痛くなるような数字が並ぶ書類を覗き込んでいるとき。休日の待ち合わせに10分前に訪れたのをみたとき。その中のひとつが、ブラックの缶コーヒーを飲んでいるのを目にした時だった。
 別に、ブラックのコーヒーが飲めれば大人なんてことはない。20代も半ばになった今なら、それくらいのことはわかるのだけれど、悲しいかな高校生の俺は、それが小さいことだと無視できないくらいには、在原守人と言う男に焦がれていたし、自分との間にある差を埋めようと必死だった。

 ある日の放課後、空が『コーヒー持って歩いてると、なんかかっこよくない?』なんて思いついたことがきっかけで、俺たちは三人で駅前の有名なコーヒーチェーン店に足を運んでいた。ちなみに空の言葉には『モテそう!』なんて根拠のない言葉が続くのだけれど。閑話休題。
 チェーン店の中は放課後と言うこともあり学生や仕事をする社会人でごった返しており、何とか席を取った俺がメニューを覗き込む空と守人のもとに戻った時には、二人は既に注文するものを決めていた。

「ソウはなににすんの?」
「あ? あー、とりあえず、一番上にあるやつ……?」

 横文字が並ぶメニューを眺めても正直に言って何がどんな飲み物なのかわからなくて、けれど知っていそうな守人に聞くことはちっぽけなプライドが許さなくて。存外すぐに着てしまった注文の際に、店員に「トールサイズでよろしいですか?」と聞かれて頷いてしまったときにはマグカップに入った真っ黒な飲み物が手の中にあった。

「え、ソウ、ブラック飲めたっけ」

 何か手のかかるものを注文したらしい守人が列に並んで待っている間、席で泡ののった飲み物を啜っていた空が、戻ってきた俺に目を剥く。

……うるせ。飲むことにしたんだよ」
「ふーん……?」

 一瞬驚いた顔を作った空が、俺の返事ににやりと口の端を上げた。付き合いの長いこいつには、恐らく俺の考えていることなどお見通しなのだろう。苦々しく思いながら真っ黒い液体に口を付ければ、物理的な苦みに襲われて思わず顔を顰めてしまった。

「へぇ、そっかぁ。宗司くんも大人になったもんですねぇ~」
……あとでしばくからな」
「いでっ、やってる! もうやってんじゃん!」

 にやけ面の空の頭をぐりぐりと拳で挟んでやれば、空が大げさに悲鳴を上げる。ほとんど力は入れていないから痛くはないはずだ、たぶん。

「えーと、楽しそうだね?」

 ホイップクリームの乗った飲み物を手に持った守人が、席に戻ってきて目を丸くする。空が「ソウがいじめる~」なんて守人に泣きつくものだから、本当に力を入れてしまえばよかったと少しだけ後悔した。

「あはは……ソウ、ブラック飲むんだね。知らなかった」
「あー、ん、まぁな」

 ウソ泣きを続ける空を宥めながら守人は俺のカップを覗き込んだ。守人に見えない角度で俺をジト目で見つめる空の表情は、その後しばらく忘れられなかった。



「っていう感じだな」
「いつから大丈夫になったの?」
「あー、割と早かった気がする。大学受験のときか、大学のときか……
「勉強とかレポートに追われると、自然と飲むようにはなるよね」

 守人がマグカップに口を付けて一つ頷く。言われた通り、バンドが中心だった時はスポーツドリンクや炭酸飲料ばかり飲んでいたけれど、受験生になり大学生になって、机に向き合う機会が増えた後はカフェインを摂取することが大分増えた。きっとそれは、誰もが通る道なんだろう。

「ソウが、こんなこと考えてるなんて思わなかった――って、俺が言うのは他人事すぎるかな。ほんと、ごめんね、ソウ」

 ミルクの入ったコーヒーを飲み終えた守人が、へにゃりと眉を下げる。そこで謝られるといたたまれない。ガキの意地を笑い話として語っただけなのだから。

「いや、これは笑っていいやつだぞ。ガキだっただけって話」
「あ、えーと、そうじゃなくて……

 幼い自分に報いるために、そういって肩を竦めれば守人が居心地悪そうに小さく視線を揺らす。不思議に思って覗き込めば、耳の端が赤く染まっていた。

「モリ?」
「ソウが、俺のことそんなに好きでいてくれたなんて嬉しいなぁって、思っちゃって……

 すいと澄んだ緑が逸らされる。隠してるつもりなのだろうけれど、言葉を零した守人は、耳から頬までを真っ赤に染めていて、なにひとつ隠せていなかった。

――モリ、」
……なぁに? んっ」

 若干涙目のままこちらを向いた守人の唇を奪う。心なしかコーヒーの苦みを感じた気がして、心臓の音が早まるような錯覚に陥った。

「ちょ、ここ共有ルーム、」
「じゃあ部屋行くぞ」
「引っ張らないでってば」

 座ったままだった守人の手を引けば、守人が慌てて立ち上がる。なんて言葉で止められたって、あんなに可愛い顔をされてしまっては我慢できるわけがないだろう。良かったな、ガキの頃の俺。なんて過去の自分を労わりながら、部屋に入ったらすぐに守人からコーヒーの味がしなくなるまで貪ってやろうと、そんな馬鹿なことを考えた。


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