縞三十 カルみと 表記が分からない
美しく悲しい呪いの話
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
そぼ降る雨の中、今日も滞りなく任務を終えた縞斑狩魔とアサギリは早足に路地裏を歩いていた。
「降り出してきちゃったねぇ。」
「出発前に降水確率は60%だとお知らせしたのに、傘を忘れたのはマスターですよ。」
「いやぁ、忘れたんじゃないよ。俺は残り40%の晴れる確率に賭けたのさ。」
「…物は言いよう、ですね。」
慣れた様子で会話を交わしながら、回収したスタックや装置が濡れないように細心の注意を払って二人は道を歩く。
しかし、アジトへ向かう通路に差し掛かった直後、アサギリがぴたりと歩みを止める。一歩前を歩いていた縞斑が足を止めて振り返れば、彼は通路の影をじっと見つめていた。
「…何がいる?」
彼の目にはおそらく、遮蔽物に身を潜める何かが見えている。
犯罪集団に等しい縞斑たちの組織は、当然警察やそれ以上に過激な組織に睨まれることも多いのだ。アジト特定にまで至る者は両手で足りる程度だったが、慣れた様子で縞斑はそう尋ねた。
「………人間です。一人。」
「そ。ならいいや、とっとと伸して追い出しちゃおう。」
人より頑丈なアンドロイドを仕向ける組織の方がよほどたちが悪い。生身の人間一人であれば、アサギリと縞斑の二人だけで制圧が可能だろう。
縞斑は愛用のサブマシンガンを構えると、そのまま路地の奥へ進んでいく。その背を見送ったアサギリは、拳銃を構えないままで口を開いた。
「しかしマスター、あれは」
「大丈夫だよ。一人相手でも注意は怠らないさ。」
念のために応援を呼ぶべきだとアサギリは思っているのだろう。そんな彼を宥めて、縞斑は人の隠れているらしい場所へと足を進めた。
普段ならばアサギリの忠告を最後まで聞く縞斑だったが、彼は降り注ぐ雨に濡れて冷えた体を一刻も早く休めたかったのだ。加えて今日はスタックの回収に目まぐるしく駆け回る一日であったため、彼の虫の居所もあまりよろしく無かった。
そうして彼は、細く息を吐くと通路の影に一歩を踏み出す。同時に物陰にサブマシンガンを構えた彼は、迷わずその引き金を引いた。
ところが、その銃弾が撃ち込まれる直前に相手の得物がその銃先を弾く。予想外の方向に飛んでいった銃弾が人に当たっていないことを確認して、縞斑はより一層目の前の相手に警戒心を強めた。
普通の人間ならば、今の一撃で確実に動きを封じられたはずだ。相手はこちらの気配を正確に読み取って、尚且つ自分に銃弾が当たらないように立ち回る程度の実力があるということになる。
物陰に立つ相手の顔は見えない。縞斑は思わぬ強者に口笛を吹きながら、一歩後退するともう片方の手に握られていた装填済みのサブマシンガンを向けた。
相手もそれに気付いた様子で地面を踏み込み、獲物を構えて影から飛び出す。その足元目掛けて引き金を引こうとした、その時だった。
「マスター、止まってください。」
二人の間にアサギリが割って入る。
右手で縞斑のサブマシンガンの銃口を下ろし、左手で相手の得物を受け止めた彼から、破損した部品が僅かに零れ落ちた。
「アサギリちゃん?」
「よく見てください。アンドロイドの話も、最後まで聞くべきですよ。」
鋭く咎める彼の声を聞いて、縞斑は顔を上げる。暗がりから姿を現した攻撃者の正体に、縞斑は小さく目を見開いた。
「…神無ちゃん」
肩で荒く呼吸を繰り返す彼は、縞斑も良く知る人物、神無三十一だった。縞斑の声に顔を上げた神無は、ぽつりと口を開く。
「…な、んだ……せんぱい、かよ……」
「っと…何でここに?」
呟いた彼は手の中の刀を取り落とすと、膝からその場に崩れ落ちた。地面に倒れる直前にその小さな体を支えた縞斑は、その顔を覗き込む。
青白い顔のまま目を閉じる彼の頬や、支給の制服には、べったりと青い液体が付着していた。
「これは…」
「ブルーブラッドですね。乾いているので、個体までは識別できませんが、おおよそ一体分の量です。」
隣のアサギリがそう分析を行う。事情を聞こうにも、神無はぐったりと気を失っており、加えてその体は燃えるように熱かった。
「…仕方ないね、連れて行くよ。」
「了解しました。すぐにリトを呼びます。」
「よろしく。」
神無を抱え上げると、縞斑はアサギリの先導でアジトへと続く階段を降る。
雨とアンドロイドの体液に濡れた神無の顔を見下ろした彼は、また面倒ごとが転がってきたようだと一人溜め息を漏らしたのだった。
※
「外傷は無いみたい。ただ…雨で体が冷えたせいで、酷い熱だわ。」
濡れたコートを脱いでアジトの医務室へと顔を出せば、先に部屋に運んでおいた神無を診察したらしいリトがそう口を開く。
横たわる彼も濡れた衣服をあり合わせのものに着替えさせたらしく、額に濡れたタオルを当てられたまま荒い呼吸を繰り返していた。
彼のベッドの側に歩み寄った縞斑は、リトの頭を軽く撫でながら口を開く。
「病院に運んだ方がいい?」
「…いいえ、しばらく休めば熱も引くはずよ。」
「そう。ありがとう。」
このアジトは、アンドロイドの修理設備は整っているが、人間の治療設備は最低限しかない。外部の医療機関に運ぶことも思案した縞斑だったが、リトの言葉を信じてアサギリを振り返った。
「取り敢えずディーノちゃんに迎えに来てもらおう。アサギリちゃん、通信よろしく。」
「…それが、先程から通信を行なっているのですが、応答がありません。」
「……なるほどね。」
ちらりと縞斑は部屋の隅にまとめられた神無の衣服に視線を向ける。おおよそアンドロイド一体分の体液に濡れた神無と、通信の途絶えたディーノを見て、縞斑は大体の状況を把握した。
「確認がいるな。アサギリちゃん、そのままレミちゃん越しに青木ちゃんに繋いで。」
「了解しました。」
「リト、ありがとう。後は俺たちが見るから、休んでいいよ。」
共に戦った仲間である神無の様子を気にかけながらも、リトは小さく頷いて医務室を後にする。
その背に手を振って縞斑が見送って間も無く、部屋の隅で通信を行なっていたアサギリが口を開いた。
「マスター、青木さんと連絡が取れました。」
「彼、何て?」
「ディーノさんが先程、破損したそうです。今はその修理に追われていると。」
「修理ってことは、スタックは無事なんだね。」
アンドロイドは、スタックさえ無事ならば替えがきく。修理を行なっているということは、まだ治せる余地があるということだ。
縞斑の言葉に頷いたアサギリは、次いで聞こえたらしい通信の内容に僅かに身を強ばらせる。
「その、ディーノさんの破損理由ですが、」
「彼を庇った?」
「………その通りです。」
ディーノは神無を庇い、銃弾の雨を駆け抜けたらしい。神無に怪我はなかったが、その場で機能停止して青木の元に運び込まれたのだ。幸いスタックに破損は無く、丸一日修復に費やせば再び動けるようになる、とのことだった。
バディが修理されている間、神無には待機の命令が出ていたのだが、青木たちが少し目を離した隙に姿を消してしまったらしい。アジトで保護している旨を聞いた青木は、心底ほっとした様子だった。
「わかった。熱が引いたらそっちに帰すって伝えて。アサギリちゃんも休んでいいよ。」
「了解しました。それと、」
「なに?」
「青木さんが、彼をよろしくお願いします、と。」
それだけ言い残したアサギリは、今日の報告をまとめるために部屋を出て行った。その背を見送り、縞斑は苦笑いを零す。
「よろしく、ねぇ?」
眠る神無を見下ろして、縞斑はひとり考える。
ディーノに庇われたことで命を救われた彼は、ディーノが自分を庇うことに一種のトラウマを抱いていた。
加えてあの事件の日、兄のように慕っていたアンドロイドの体液に染まった、虚な彼の瞳を縞斑は思い出す。
「色々重なって、爆発したってところかな。」
すぐにでも彼を起こしてレミに預けてしまいたかった縞斑だが、青木には破損したアサギリを治してもらった恩があった。
頼まれた以上、最低限の期待には応えなければならないだろう。考えた縞斑は、椅子の背に体を預けてその場で体を休めるべく目を閉じた。
「……ぅ、…ぁ…ッ」
荒い呼吸に混ざる呻き声に、縞斑の意識は浮上した。薄暗い室内で視線を上げれば、ベッドの上には変わらず神無が横たわっている。
熱が上がってきたのだろう。温くなったタオルを濡らして固く絞り、滲んだ汗を拭って額に当ててやれば、眉を寄せた神無が薄く瞳を開ける。
「…神無ちゃん?俺がわかる?」
「…い、やだ………っ、いやだ…」
焦点の定まらない瞳は、涙の膜を張ったままうろうろと彷徨っていた。触れた頬は出会った時よりも熱く、溶けてしまうのではないかと心配になるほどである。
震える神無の両手が、頬に触れていた縞斑の手を捕まえた。ぎゅうと幼い子供のように縋りついて、彼はうわ言のように繰り返す。
「いやだ……いかな…いで、」
「……。」
「とうさん、かあさん…ぱぱ…とうや………っ、でぃーの…」
何度も頭を振る彼の瞳から、ついに涙が溢れ出した。目尻を滑り、シーツにいくつものシミを作るその様を、縞斑は黙って見つめる。
「ひとりは、いやだ……」
縞斑の手のひらに頬を寄せて、彼はぽつりと呟いた。再び寝息を漏らすその呼吸は浅かったが、今すぐ病院に運び込むほどではない。
神無に手を貸したまま、縞斑はもう片方の手で彼に滲んだままの涙を掬う。赤く腫れた目尻を撫でながら、彼は重い口を開いた。
「…君はまだ、独りじゃないだろ。」
それは、かつての後輩を慰める言葉でありながら、彼への恨みを含んでいた。彼にはまだ、帰る場所も待っている人も、日常も生きているのだから。
神無が羨ましいなんて、そんなことを言ったら目の前の彼はきっと怒るだろうけれど。
しかし、縞斑はどういうわけか、神無の手を解くことが出来なかった。身を屈めたままの不安定な姿勢で、彼は小さくため息を零し目を閉じる。
「俺も本当に、大人気ないな。」
呟いた声を聞き届ける人は、誰もいなかった。
※
翌日の早朝、縞斑が目を覚ますとベッドは既にもぬけの殻だった。
綺麗に畳まれた着替えと、縞斑の肩に掛けられたシーツを眺め、彼はベッドへと手を伸ばす。
「……。」
温もりを失ってしばらく経っているそれを確かめると、彼は医務室を出てアジトから地上へ続く階段を上がった。
雨の上がった町はまだ湿った匂いを纏っている。路地の影を見回しても、そこに人の気配はない。
ぼんやりと周囲を見回す縞斑のポケットで、スマートフォンが震えた。通話相手を確かめることなく着信に応じれば、スピーカー越しに彼の息を吸う音が届く。
「…神無ちゃん?」
「昨日のことは忘れてくれ。」
相手は名前を名乗ることなく、ただそう言った。
黙って続きを促せば、彼の息遣いに混ざって遠くに車のすれ違う音が聞こえる。おそらくもう、この場所から離れた場所を歩いているのだろう。
「約束破って、逃げ出そうとした。」
「……。」
「だから、忘れてくれ。」
彼の呼吸はいくらか安定していた。熱は下がっているのだろうと内心安堵しながら、縞斑は口を開く。
「…忘れないよ。」
「なんで、」
「逃げないために、ここに来たんだろ?」
ディーノが自分を庇って動かなくなり、彼の血に塗れた神無は再び大切なものを失う恐怖に怯えた。
また選択を誤った。ディーノを再び失ってしまうかもしれない。あの日自分を庇った兄や父のように。
そんな恐怖に押し潰されて、感情を殺しそうになった神無は、咄嗟に縞斑の顔を思い出したのだ。
全てを背負い、這いつくばって生きるという約束。縞斑があの戦場に残ることの条件。神無を神無に縛り付ける呪い。
それらに導かれるままに、神無はスパロウのアジトへと辿り着いた。何処かに逃げることを選ばず、縞斑という約束に、自身の思いを確かめるために会いにいったのだ。
「……買い被りすぎだよ。」
スピーカーの向こうで神無が小さく笑う。
笑う余裕が生まれたのならば、きっと彼はもう大丈夫だろう。あの日を乗り越えた彼は、とっくに自分の足で歩く術を知っているのだから。
「ディーノが待ってるから、俺戻るよ。」
「はいはい。」
じゃあ、と言って通話を切ろうとした神無を、咄嗟に縞斑は引き留めた。相手も想定外だった様子で、きょとりと言葉の続きを待つ。
どうして彼を引き止めたのか分からないまま、縞斑はぽつりと呟いた。
「またね。」
「ーーーーーあぁ、ありがとう。」
通話を終了して、僅かに差し込む太陽の光に体を伸ばす。そんな縞斑の背後に、彼を探して出てきたらしいアサギリが声を掛けた。
「お人好しですね、貴方は。」
「…やだなぁ、そんな良いもんじゃないよ。」
振り返った縞斑は笑う。目を細めて、アンドロイドの彼にすら本心が読み取れないように。
「約束したのさ。俺と、この地獄で苦しむってね。」
遺された者同士が結ばれる奇妙な絆。きっとそれは、気遣いでも愛情でも友情でも何でもない。ただの、呪いだ。
けれどそれでいいのかもしれない。人間は、這いつくばって生きるくらいが丁度いいのだ。
何も背負わないまま生きている者など、この世界には誰一人として存在しないのだから。
「さて…と、今日も頑張ろうか。サポートよろしくね、アサギリちゃん。」
「…了解しました、マスター。」
二人は路地の先へと歩き出す。
今日も彼らは、美しい地獄の底で踊るのだ。
終