ルシウスとカイルが黒猫と戯れる一場面。ルシウスはドラゴンの言葉がわかる、らしい。カイルがルシウスの側近になってから少し経ったころのお話。
@torino_y

「お、黒猫だ」
自分の斜め前を歩くルシウスの声につられて、カイルは竜王城の中庭に目をやった。ルシウスの言った通り、中庭には真っ黒な猫がいた。猫は中庭の植木のそばで立ち止まって、回廊にいる二人のことをじっと見つめている。
「本当ですね。珍しい」
「珍しいのか」
「城内で人とドラゴン以外の生き物を見かけることはあまりございませんね。鳥くらいならおりますが、猫はほとんどおりません」
「へえ」
「……陛下」
「そんな目で見ないでよ! 国王なのに城にいないことが多くて悪いとは思ってるから」
「はあ……」
「にしてもあの猫、全然逃げる気配ないな。どれどれ」
ルシウスは静かにこちらを伺う黒猫に近づいていくと、おもむろにその体を抱き上げた。黒猫は嫌がる素振りもなく大人しくルシウスの腕の中に抱かれて、ルシウスの目を見つめながら小さくにゃあと鳴いた。
「お、なんだ? 何か言ってるみたいだ」
「お腹が空いているのでしょうか」
「どうかな。猫の言葉はさすがに分からないし」
「……そういえば、陛下はドラゴンの言いたいことはなんとなく分かると、以前おっしゃっていましたね」
「お、覚えてたのか」
「ええ。にわかには信じがたい話でございましたので」
「あれ? その言いっぷり、もしかして信じてくれてない?」
「いえ、今は信じております」
「それって最初は信じてなかったって意味じゃん。俺、ちょっとショックだなー」
ふて腐れたように文句を言いながら腕の中の猫を構うルシウス。その様子を見つめながら、カイルは以前ルシウスを見かけたときの光景を思い出していた。
あのとき、ルシウスは竜王城に住まう一頭のドラゴンに声をかけているようだった。それ自体は、竜の国の民であれば誰にだってよくある光景だ。人はドラゴンの言葉が分からないが、ドラゴンはおそらく人の言葉を理解している。だから人がドラゴンに話しかけるというのは珍しいことではない。ただ、それは人からドラゴンに話しかける、その一方通行しかありえない。
そのはずなのに、あのときのルシウスは明らかにドラゴンと双方向の会話をしているように見えた。ルシウスが声をかけ、それにドラゴンが鳴き声で返事をする。ルシウスはドラゴンが何を言ったのか理解した上で、それに対する明確な返答をしているようだった。まるで人とドラゴンが言葉の垣根を超えて話をしているような、いや、あれは間違いなくそうだったのだ。
だから今のカイルは、ルシウスがドラゴンの言っていることを理解できるという話を信じている。
「おおっと」
ルシウスの腕の中でくつろいでいた黒猫は、唐突に彼の腕から抜け出して中庭の向こうへ走って行ってしまった。
「いっちゃったな」
「食べ物をくれないと分かったからでしょうか」
「可愛かったからちょっと残念」
「そうですね。さ、そろそろ次の会議の時間です」
「そうだった。行こうか、カイル」
「はい、ルシウス様」
二人は中庭から離れ、竜王城の中へ消えていった。人も猫もいなくなった中庭では、木や草が風に揺られるかすかな音だけがそっと聞こえていた。