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無題(考え中)

全体公開 3 29 16522文字
2022-12-09 00:23:43

百々人が秀にヌードモデルを頼む話。

反省;初めて小説を書く人が1万字越えのものを書いてはいけない(完成させられないから

Posted by @Kisakibear

「アマミネくんのヌードが描きたい」

 ダンスレッスン後の更衣室。やや年季の感じられる室内には、当然空調設備などという気の利いたものは無い。申し訳程度に置かれた、これまた年季の入った扇風機が、まだ五月だというのに蒸した部屋の空気をかき回す音が響いている。
 百々人先輩が何を考えているのかわからない。そう思うことはこれまで何回かあったが、今日のこれはその最たるものかもしれない……と、秀は途方に暮れながらそう思った。

 最近、百々人によく見られているように思う。
 例えば、事務所の中が暑くてシャツの袖を捲ったとき。涼みたくて襟元を引っ張ったとき。レッスン前後の着替えの最中。いつでもスマートに天才らしくを信条とする秀にとって人に見られることは日常茶飯事ではあるが、百々人の視線はそういったものとは違う気がする。何か言いたいことがあるのなら早めに話し合わないとユニット間の連携に問題が出るかもしれないしと、秀は百々人と二人きりで話せる機会を窺っていた。
 休日の午前に組まれていたダンスレッスンでその機会は訪れた。鋭心が用事で少し早めにレッスンを切り上げ、二人が更衣室にやってくる頃にはもう誰もいなかった。百々人のことを意識していないフリをしながら、ファスナーを下ろしジャージに上を脱ぐが、その間にもやはり視線を感じた。やっぱり、と内心で呟く。
「百々人先輩、最近なんか俺のことずっと見てますよね」
 ぼかした聞き方をしたら、先輩相手ではきっと埒が開かない。そう思って敢えて断言してみたが、百々人はみるみる顔を真っ青にして、持っていたタオルを床にぽとりと落とした。てっきり飄々と誤魔化されるだろうと考えて身構えていた秀は、そのあんまりにもわかりやすい動揺にびっくりした。
「いやあの、怒ってるとかじゃなくて!何か俺に言いづらいことでもあるのかと思って、丁度今二人だけだから多少言いやすいかなって思っただけなんで」
「ごめんね、あの、もうあんまり見ないようにするから」
「それはそれで色々支障でるでしょ。……そんなに言いづらいことですか?俺がなんか先輩の嫌なことしたとか」
 思ったより根が深い問題なのかもしれない、二人きりではなく鋭心先輩かプロデューサーに間に入ってもらうべきだっただろうか。
「アマミネくんは悪くないよ、ただ僕が……」百々人はそこで少し言葉を詰まらせたが、
「アマミネくんのこと、描いてみたいなって思ってて。でも描かせてって言ったら嫌な気持ちになるかなって」
「先輩が俺を?」
 こくこくと百々人が頷く。その姿を見て、知らず強張っていた秀の肩の力が抜けた。
「なんだ、絵に描くくらい別に良いのに……。早く言ってくださいよ」
「本当?嫌じゃない?」
 全然嫌じゃない。むしろちょっと嬉しいくらいだ。
 百々人の多才さ、特に芸術方面での才覚は秀もよく知るところである。彼がコンクールで入賞した絵は静物画か何かだったと聞いたが、秀がよく知るのはプロデューサーやおもちゃ屋の仕事で子ども相手に描いていた似顔絵たち。どれも本人たちにそっくりで、尚且つ愛嬌の感じられる魅力的な絵だった。今まで秀自身を描いてもらう機会もなく、しかし自分から頼むのもなんだか気恥ずかしかったので、百々人の要望は願ってもないことだった。
とはいえ秀を描くなら何も本人をこっそり見なくても、3人で出た雑誌や映像のサンプルは百々人も貰っている筈。わざわざ密かに観察している理由にしては少し弱い、ような。
「雑誌やテレビのキミは、仕事中の姿でしょ。描きたいのはそこじゃないから……
「自然な、素の姿的なのがいいってこと?」
「うん……自然というか……
どうにもはっきりしない物言いに、ますます不可解さを感じる。しばらくまごついた後、顔を上げた百々人の表情は、何かを決意したような緊張感があった。
「描いてもらえるなら嬉しいって言ったよね。……それって、ヌードでも?」
……は?」
 今なんつった?
 動揺する秀に構わず、百々人は何か重大な決意をしたような顔で、もう一度言った。それが冒頭の発言である
 

 ヌード。裸婦画。いや秀は男なので裸夫画というのが正しいのか?秀は頭の隅でそんなことを考える。有り体に言えば、だいぶ混乱していた。レッスン後に拭った額から、またじんわりと汗が滲んできている気がする。
百々人も顔が真っ赤だが、室温が高いことだけが理由ではないだろう。「ああもう、だから黙ってたのに……」と呟いている。いや、人のヌードを黙って描くのも問題だろ。
 一般教養だけでなく、秀には芸術関連にもそれなりに知識がある。西洋絵画などでは裸婦画が比較的ポピュラーな題材であることや、後世に残る名作の存在も知ってはいる。なので「ヌードが描きたい」という発言自体にはそこまで忌避感を覚えることはなかった。
 何より秀自身も音楽を制作する身、芸術家肌な人間だ。思わぬところや、ややアングラなところから創作意欲を掻き立てられる事自体は否定しない。まさかユニットメンバーが自分の裸体にインスピレーションを得る事があるとは、さすがの天才にも予測などできなかったが。
……色々と言いたいことはあるんですけど、まず一つ。脱がないとダメなんですか?」
「うん」
 即答だった。
「服の上からでも観察して、想像で描こうかとも思ったんだけど、……うん、やっぱりできれば、ちゃんと見て描きたい」
 そうして、百々人は秀のことを真顔でじっと見る。しかし秀がその行為になんだか妙な迫力を感じて一歩後ずさったのに気がつくと、我に返った様子で「えっとごめん、やっぱり迷惑だよね?」と言った。そういった気遣いはいたっていつも通りの百々人で。それが余計に秀を混乱させ、更衣室のこもった空気も相まって冷静な思考を奪っていく。
「ごめん、急にこんな変なこと言って……。でも、もし嫌じゃないなら、一枚だけでいいから協力してくれない?絶対変なことはしないから。代わりになるかわからないけど、アマミネくんが望むことで僕ができることならなんだってする」
 気がつくと秀は百々人にそう懇願されていた。
 ぶっ飛んだことを言っているのは百々人の方なのに、こうして申し訳なさそうに眉根を下げた瞳で見つめられると、なんだかこちらの方が我儘を言っているような気すらする。無意識にも発揮される百々人の世渡りのセンスに秀は内心で舌を巻いた。
 秀は「絵のモデルは別にいいですけど、いやそれにしたって、うーん……」と、そのまま暫くブツブツ何か呟いたり、口元に手をやって考え込んでいた。
「まあ、俺たちにも北斗さん達みたいな露出の高いグラビアに出ることも、将来的にはあるかもしれないし……。その予行練習だと思えば……?」
「アマミネくんにはあんまり向かないんじゃない?マユミくんならともかく」
「人がどうにか気持ちに整理をつけて前向きに検討しようとしてるのに茶々入れないでもらえますかね」
 真剣なのか適当なのかどっちなんだ。秀は軽い頭痛を覚えた。暫くすると、秀は百々人の要望に応える為の具体的な条件を一つずつ提示してきた。
「まず、俺は未成年なので、疚しい意図がなくてもそういった絵を描いてることがバレたら色々とまずいです」
「僕も未成年だよ?」
「子供同士だからいい、とはならないでしょ……。とにかく、誰にも内緒で作業できて、かつ描いた絵も誰にも知られないように厳重に保管しないと」
「それは大丈夫。僕の家って偶に父さんが帰ってくるくらいで基本誰も居ないし、僕の部屋鍵付いてるから。前はお母さんが鍵の管理してたけど、今はマスターキー含めて僕が持ってるし」
 もののついでに何かとんでもない花園家の事情を垣間見た気がするが、今それにツッコめる程の余裕は秀にはなかった。
 作業は全て百々人の部屋で行うこと。描いた絵も絶対に百々人の部屋からは出さないこと。描き終わった際に一つだけ秀の言うことをなんでも聞く事。この事は2人だけの秘密で、鋭心やプロデューサー含めて誰にも言わない事。
 それらを条件に、秀は百々人の絵のモデルを務める事になったのだった。


事務的にお互い予定が空いている日を確認して、その日は解散になった。
まっすぐ帰宅した秀は祖父母へのただいまの挨拶もほどほどに、自分の部屋に直行しベッドに突っ伏した。ついでに道中握りしめていただけのスマホも放り出す。
 さっきまで百々人に裸を描かせろと迫られていたのは夢だったんじゃないか、そう思おうとしたが、百々人から先ほど決めた日程のリマインドメッセージが来ているのを視界の端に捉えて、秀はまたがっくりとベッドに頭を沈める。
 今日はまだSNSのチェックやゲームのデイリーミッションもろくに触れていないのに、そんな気分にもならない。こんなに呆然とするのは、秀の中では異常事態だった。
 しかし元々天才を自負する秀は、くよくよと落ち込むことに向いていない。5分もすれば持ち直して「まあ引き受けちゃったからにはやり切るしかないか」と開き直っていた。
……そういえば百々人先輩、なんで俺のこと描こうと思ったんだろ」
 ヌードの衝撃が強くて大事なことを色々聞き忘れていると今更気がついた。
 最初に百々人に見られていることに気づいてそれなりに経っている。ということはヌードを描きたいと思っていたのも昨日や今日の話ではないということで、秀の彼にとって自分のヌードモデルはそこまでの価値があるのだろうか?
 秀とて自分の容姿自体はそれなりに整っていると思う。でもそれが絵の題材にしたい程美しかったり魅力的であるかと言われると微妙だし、第一百々人自身や鋭心だって相当の美形だ。
 百々人が最もよく描く人物といえばプロデューサーだ。しかし深く慕うあまりに似顔絵を量産する日頃の様子と、先程の様子とは全く違っていた。同じ動機ではないだろう。
 だいたいプロデューサーのことを抜きにしても、秀は百々人に慕われているようにはあまり思えなかった。
 百々人は秀をユニットのリーダーとして尊重し、信頼してくれているとは思う。今は出会った当初より気安く話すし、冗談を言ったり言われたりもする。けれどそうして過ごすうち、根っこのところでは何かを強く遠慮していることも感じ取れるようになっていた。      
 そこに踏み込むべきなのか、それが許されるのか。そもそも意識的にやっているのかどうかすら掴みかねて、秀はもどかしさを感じていたのだ。
 そんな百々人が、秀になにかを見出した。隠していた気持ちを少しだけ話してくれた。もしモデルを了承すれば、百々人にもっと歩み寄れるのかもしれない。
 ヌードモデルなんて断るべきだったし、今も不安な気持ちはあるのに、不思議とあまり後悔していないのはそのせいなのだろうか。
(描いてる間じゅうは二人きりになるんだし、もっと百々人先輩のこと知れるいい機会なのかも)
  雑に揶揄ってくる割に、こちらが突っ込むとひらりと躱してしまうところ。ふとした時に見せる寂しそうな表情。得体の知れなさ。本音を中々見せない百々人のそういう断片的な情報は、秀に少しの恐怖を与え、同時に抗い難い好奇心を掻き立てた。
 百々人先輩はゲームの隠しルートや宝箱じゃない、相手のことを不躾に暴くなんて間違ってる。そう思うのに、同時にそれがとても魅力的なように思える。
 でもこれなら。自分だって無防備な姿を晒すのだから、百々人も何か隙を見せる瞬間があるかもしれない。長時間2人きりでいるだけでも、いつもと違う面が見られるだろう。
 そう思うと楽しみな気持ちも湧いてきてしまって、結局その日はふわふわと落ち着かない気持ちで過ごす羽目になった。


 それから約束の日はすぐに来てしまった。
 事前に聞かされていた高層マンション、そのエントランスで秀を出迎えた百々人は「来てくれてありがとう」とははにかんだ。
 エレベーターで百々人が押した階は最上階付近だった。高層マンションでは上階の方が家賃が高いらしい。ネットのどこかでそう見た気がする。日頃は百々人も秀と同じく、芸能人一家の鋭心の華やかな私生活に驚いたりツッコミを入れる側の人間だが、先輩んちも結構お金持ちなんじゃん、と秀は思った。
 秀は玄関からまっすぐに、百々人の部屋に通される。事前に聞いた通り、部屋のドアには後付けの鍵がついているのが見えた。
「ごめんね、散らかってて。これでも多少は片付けたんだけど」
 そう言う百々人の部屋は確かに散らかっているというか、ちぐはぐな雰囲気をしていた。
 床には無造作に置かれた段ボールに、これまた無造作に賞状やらトロフィーやらが突っ込まれている。床に直置きされているものがないあたりが「多少は片付けた」ということなのだろうか。
 壁に直接付けられた棚も雑然としていた。色々なジャンルの教科書や教本が巻数やサイズもバラバラに放り込まれているか、あるいは全くの空かのどちらか。雑貨が飾られているようなこともない。
 唯一机の上だけは綺麗で、プロデューサーの名刺やC.FASTで出たライブの円盤、雑誌などが飾られている。
 机の上以外は廃墟か何かの間違いじゃないかと。秀は何かを言いたかったが、百々人があんまりにも平然としていて、余計に何を言えばいいかわからなくなってしまった。
 部屋の真ん中には美術室で見るような木製のイーゼルが置かれ、スケッチブックが立てかけてあった。
 イーゼルの奥、おそらく百々人が普段寝起きしているであろうベッドは掛け布団や枕が一度床にどけられ、真新しい真っ白なシーツだけが敷いてある。
 部屋のロールカーテンがぴったりと締め切られているのはこれからここで服を脱ぐ秀への配慮だろうが、部屋の様子も相まって少し息苦しさを感じる。
「いきなり全部脱ぐのはハードル高いかなと思って、今日は脱ぐのは上だけでスケッチをしようと思うんだ。……大丈夫そう?」
「まあ、やるって言ったんで……
 百々人の声は気遣わしげで、それだけならいつもの優しい先輩のように思えるが、そもそも脱ぐ事を強要しているのも百々人である。とはいえ、天才・天峰秀に二言はない。
 変に躊躇うと余計に脱ぎづらくなるし、それだけ制作時間も短くなる。秀は覚悟を決めて、百々人の方をなるべく見ないよう、素早くシャツの釦を外した。インナーも勢いのまま脱ぐ。
着ていたものは軽く畳んで、とりあえず床に置く。今度百々人先輩に籠でも用意してもらおう。
 ベッドの上に浅く腰掛けてみる。何かポーズとか取った方がいいのかな、と百々人の方を見ると、百々人もまたスケッチブック越しにこちらを見ていた。
「(うっ…………)」
 体育やレッスンでの着替えと対して変わらないから大丈夫。そう思いたかったが、実際こうして上半身だけとはいえ人に裸をまじまじと見られることなどそう無い。気まずくて目を逸らす。
「アマミネくん、背中、丸まってる」
 恥ずかしさから自然と自分の身体を隠すようにしていたのだと、秀は言われて初めて気がついた。
「それだと途中で背中痛くなるよ?いつもみたく背筋伸ばして、手は楽にして。」
 そう指示する百々人の声は淡々としていて、命令というほど強くもなく、お願いというには全く遜ったところがない。
 けれど不思議と、その声で自然と丸まっていた背筋が伸びた。腕から余分な力が抜けて、多少は気持ちも落ち着きを取り戻している事に気がつく。百々人先輩って催眠術とか使えたのか、などと馬鹿な発想が秀の頭をよぎった。
「じゃあ、始めるよ。30分でタイマーかけてあるから鳴ったら休憩。それまでじっとしててね」
 百々人はそう言ってスケッチブックの奥に引っ込んだ。
 動くな、と言われるとかえって何だかそわそわしてしまう。汗をかいていないかとか、インナーを脱いだ時に前髪が崩れたんじゃないかとか、些細なことが気になりだす。けれどそれは表に出さずに、あくまで澄ました顔でじっと動かずにいるよう努める。
 思えばスマホ依存症気味の秀にとって、30分とはいえこうしてなにもせずにいるのは結構新鮮だ。手持ち無沙汰になった秀は、目の前の百々人の様子を眺めることになった。百々人と黙って向かい合う機会なんて、そうそう無い。
 長いまつ毛の陰が頬に落ちる様子や、額にうっすら滲む汗。上を着ていない秀に配慮してか空調をつけていないので、百々人からしたらこの部屋は少し暑いのだろう。
 百々人はスケッチブックに鉛筆を走らせながら、時折こちらを見る。すぐに目を離すこともあれば数十秒じっと眺めていることもある。状況だけなら半裸をじろじろと見られているというのに、不快感は無い。秀を見ているというよりかは、「天峰秀という物体」を観察している、そういう風だからだ。
 アイドルとして楽しそうにしている時とも、プロデューサーや鋭心と居て安心しきったような時とも違っていて。強いて言えば、仕事が終わって帰る時、レッスンの休憩中、時折一瞬だけ見せる虚無感のあるあの表情に近い。
 だけど今は確かに強い意志のようなものも感じられて。それが自分に向けられるのは、悪い気はしなかった。
 そうして過ごす30分は、意外と短かった。アラームが鳴って休憩を挟み、また30分じっとする。それを何回か繰り返す。
 何回めかで百々人が手を止め、ふぅっと息を吐いた。
 「完成しました?」「まあ、一応」動いても良さそうなので、百々人の方に近寄ってスケッチブックを覗き込む。
「なんかこう……弱そう?」
「弱そうって」
 ファンの人たちがファンレターやSNS上で描いてくれる天峰秀とは全く違う。
 上半身だけ無防備な姿で、こちらをじっと見つめる少年がそこにいた。
絵自体は、普通に上手い。写実的で寸分狂わず秀の姿を写し取ったのだろうという出来だ。
 細やかな筆致で表現された、少年らしい瑞々しくなめらかな肌。全体的に成長期特有の肉付きの悪さがあって、すらりと伸びた腕はなんだかひょろひょろと頼りない。余計な脂肪が無い代わりに筋肉もあまりついていない腹はひどく薄っぺらい。前髪の隙間から見える瞳は少し翳っていて、こちらをじっと見ているようにも、どこでもない遠くを見ているようにも見えた。
 たかだか上を着ていないだけ。それだけなのに、そこに居るのは秀自身が全く知らない「天峰秀」だった。
 秀がしばし絵に見入っていると、百々人が遠慮がちに声をかけてきた。
「えっと、せっかく手伝ってくれてるのにあんまり上手じゃないんだけど」
「え、めちゃくちゃ上手いじゃないですか」
 少なくともその辺の学生のレベルではない。美大の予備校などにあっても遜色はないだろう。いやこの絵を持ってくのはやめて欲しいけど。
「そんなことないよ。こんなの、全然……
 そう言っててっきりいつもの謙遜かと思ったが、本当に出来に納得がいっていないらしい。スケッチブックを不満げに睨んですらいる。
「まあ気に入ってないなら、納得できるまで描いたらいいんじゃないですか」
「また付き合ってくれるの?」
 百々人が目を丸くする。確かにこれも「一枚描く」かもしれないが、見たところこれはあくまでスケッチのようだし、後日ちゃんとした作品を描くのだと秀は思っていたのだが。
「実際やってみて嫌じゃなかった?次は全部脱いでもらうけど」
「まあ、最初は思ったより恥ずかしかったですけど。」
……やっぱりやめた、でもいいよ?」
 百々人としてはあくまでこちらを気遣ってくれての言葉だろう。だけど秀だって色々葛藤を経て引き受けたのに、すぐ投げ出すと思われているなら不服でしかない。
「俺、一度引き受けたことはそう簡単に投げ出したりしませんよ。せっかく百々人先輩が頼ってくれてるんだし」
……アマミネくん、それはすごいけど、あんまりなんでもやろうとするのはよくないんじゃないかな……
 何故だかものすごく残念なものを見る目をされている気がする。というかそれは百々人にこそ言われたくない気がするのだが。アンタだってプロデューサーに言われれば大抵なんでもやろうとするだろ。
「それに、スケッチでこれだけ上手いならちゃんと描いたのがどんな感じか興味あるし」
 それだけ百々人の絵に惹きつけられた。自分が描かれている絵を気にいるなんてナルシストみたいだけど、今や秀は百々人に頼まれたからではなく、自発的に百々人のモデルをやってみたいと思っていた。
 あんまり期待しないでよ、と百々人は困ったように、少し笑った。


 しかしその後大きめの仕事があったり中間テストがあったり、二回目は思ったより日が空いた。
 その間百々人とは表面上、びっくりするほどいつも通りだった。鋭心といる時は穏やかに過ごせるのも、二人きりの時はぎこちなさが残るのも。先日の件で百々人の新しい一面を沢山見たので、多少は距離が近くなれるかと思ったが、そう簡単にはいかないらしい。
 ただそろそろお互いのオフが合いそうな日があるな、と思ったタイミングで、案の定その日の日付と空いてる?というだけの簡単なメッセージが入った。こちらも余計なことは書かず空いてます、とだけ返した。
 日は空いていても一度行った場所は覚えている。なので今回は最初から百々人には部屋で準備をしてもらうことにして、秀は一人でマンションに向かった。
 花園、と書かれた凝った表札を無事見つけて、インターホンを押す。しかしドアが開くわけでもなく、インターホンから「開いてるからそのまま入ってきていいよー」という音声が聞こえた。
「不用心すぎでしょ、俺じゃなかったらどうすんですか」
 まあ俺だから問題はないけどさ。百々人以外は無人だろうが一応お邪魔します、と声をかけ、家に入る。家主の代わりにしっかり内鍵をかけるのも忘れない。
 廊下は人がいるとは思えないくらいしん、としている。高層階は地上の騒音が聞こえない分静からしいとはいえ、こうも音がしないものだろうか。少しだけリビングの様子が気になった。百々人の部屋があんなんだ、他の部屋はせめてもう少し、先輩にとって過ごしやすい環境だといいんだけど。けれど勝手に部屋を覗くわけにもいかないので、大人しく素通りする。
 部屋の様子は前回とさほど変わらない、イーゼルにかけてあるものが少し大きめのキャンバスになり、ベッドの下に秀の希望通り脱衣所から持ってきたのだろう籠と、その中に真新しいバスローブが入っているくらいか。
 イーゼルの前で手持ち無沙汰にしている百々人に声をかける。
「おはようございます、百々人先輩」
「おはよう、アマミネくん。……どうしたのその包み」
「ばあちゃんが持ってけって。俺今日一日百々人先輩に勉強教わることになってるので」
 祖父母は心配性なので出かける時は大抵行き先を聞いてくる。今までは特に困ったことはなかったので、今日は初めて嘘をつくことになってしまった。
 中身は祖母が張り切って作ったおにぎりや卵焼き。おにぎりの具は選べるように焼き鮭のほぐし身や祖母自家製の佃煮、梅干しなどなど。秀が日頃お世話になってるからお礼も兼ねて、お昼に一緒に食べなさいと持たせてくれた。あんまり手土産って感じのチョイスじゃないのでそこが不安だったが。
「どうせ昼買いに行く手間省けるしと思って、食べないなら持って帰りますけど。とりあえず常温でも大丈夫そうなんでここ置いといていいですか?」
「いや、食べるよ。ありがとう。おばあさんにもお礼言っといてね」
 好意的に受け取ってもらえてほっとしたものの、百々人は鎮痛そうな顔をしていた。
「今更だけど、なんかすっごく罪悪感が湧いてきたかも、」
「ほんとに今更じゃないですか?」


「えっと、脱ぐとき部屋から出てった方がいい?」
「別にどのみち見るんでしょ。いいですよ。……変に意識されると恥ずかしくなってくるので」
 とはいえ流石に百々人の方は見られない。シャツの釦を外し、インナーの裾を掴んで捲り、頭から抜く。ここまでは前回と変わらない。
 一呼吸入れて、ズボンを下ろし片足を抜く。もう片方からも足を抜いて、そのまま両足の靴下も足から引っこ抜いた。一旦それらを用意された籠に放り込んで──残っているのは下着だけ。
 流石に下着に指をかけるのは少し躊躇してしまう。ステージに上がる直前とも違う緊張感があって、指先が少し震えた。
 それでもなんとか端を掴み、そのまま手を下ろす。両足を抜いてしまえば、秀の身体を隠すものは何もなくなった。知らず知らず詰めていた息を吐く。心もとないような、かえって身軽になったような、とにかく良くも悪くもふわふわと落ち着かない心地がした。
 ベッドの上に体育座りをするとシーツのさらりとした感触が尻に触れて、それがなんだか新鮮だった。
 百々人の方を見るが、キャンバスの向こう側に居て顔は見えない。部屋を出なくていいとは言ったが、気遣いとして脱ぐところはあまり直視しないようにしてくれていたらしい。動く気配がなくなったからか、そろそろとキャンバスの向こうから顔を出す。その様子は、なんというか。
「(……怯えてる?)」
 寧ろ文字通り丸腰の秀こそ、本来は危機感を抱かなくてはいけない気がするのだが。
「先輩、どうですか?俺の裸。見たかったんでしょ」
 わざといつも通り挑発的な言い方をすると、「言い方、」と顔を顰められた。
 常に天才らしく完璧でいたい秀からしてみれば、こんな風に他人に無防備な姿を晒すだなんて考えられない。それを敢えて百々人だけに許すというのは妙な甘やかさがあって、知らず秀の気分を高揚させていた。百々人がそれをどう受け取るのかはわからなかったが。
「百々人先輩、ポーズとかって指定ありますか?」
「えっと、アマミネくんの自由にしてくれていいよ」
 自由に、と言われると案外困る。絵画で見るようなポーズは秀には合わないだろうし、百々人が望む方向性でもない気がする。とりあえずモデルに求められることは動かないことで、それが一番効率的にできる体勢。そこまで考えると、ころりとシーツの上に横になった。
 手足が痺れないように少し位置を調整してから百々人の方を見る。百々人は少しして、無言でキャンバスの向きを変えた。確かに横になっている人間を描くなら、横長の構図の方が描きやすいだろう。一応百々人のお眼鏡には叶ったらしい。
 百々人はスマホを操作して、おそらくタイマーをかけると、無言でキャンバスに向かって鉛筆を走らせ始めた。

 「そろそろお昼にしよっか」と声を掛けられて、籠の中にあった真新しいバスローブを引っ張り出して渡される。休憩中に着るために用意してくれていたらしい。一々脱ぎ着するのは手間だから助かるけど、わざわざ買ったなら申し訳ない気もする。なんだか本当にモデルみたいだな、と思った。
 ついでに絵の様子が見たかったけれど、キャンバスの方に近寄るより先に、サッと布がかけられて絵は見えなくなってしまう。
「見せてくれないんですか?」
「完成するまでのお楽しみね」
 口元に人差し指を当てて笑顔で言われると食い下がれない。こういう細かい所作がいちいち絵になる人だと秀は思った。
「どれくらいで出来そうですか?」
「うーん、結構通ってもらうことになっちゃうかも。難しいなら一人でも描けるけど」
「予定合わせるくらい余裕です。今更遠慮とかしないでくださいよ」
 百々人はキャンバスの前に置いた椅子に座っているので、秀は机に備え付けられている方の椅子に座り、おにぎりを物色する。自分の好物の味のものがちゃんと入っていたので、それを手に取った。
……アマミネくん、暇なの?」
「暇じゃないのはお互い様でしょ」
 それでも最後まで付き合うと決めたのだ。天才に二言はない。
 百々人は暫く呆れたような目をこちらに向けていたが、やがて卵焼きを一切れ摘むと、ぱくりと口に放り込んだ。

 それから何回かレッスンや仕事の合間を縫って、百々人の家に通った。
 絵の制作も順調なようで、最近は百々人が持つ鉛筆が絵筆に変わり、絵の具の匂いが部屋にうっすらと満ちている。
 回数をこなしたところで、脱ぐ時は毎回緊張する。しかしこの無重力に放り出されるような浮遊感と緊張感が段々クセになっていることを、秀はうっすら自覚し始めていた。
 とはいえ、慣れてしまった所もある。
……眠い」
 寝っ転がるポーズを取っているから、余計に耐え難い眠気が襲ってくる。しかしうとうととゆっくり瞬きをするとすかさず「寝ないでよ?」と冷たい声が飛んでくるのだ。
……別に寝ててもあんま変わらなくないですか?」
「変わるよー。それに寝返り打たれたら台無しだから」
 取り付く島もない、といった態度で、こういう風になる百々人はなんだか珍しい。
「寝ちゃうくらいなら何か話してなよ。……あんまりちゃんと聞いてあげられないかもしれないけど」
 後半は少し声のボリュームが落ちた。また申し訳ないとか色々思ったのかもしれない。
 しかし、事前に「あまりちゃんと聞かない」と言われるのはかえって秀の気を楽にさせた。学校の話、仕事の話、果ては最近のソシャゲのイベントの感想まで。百々人の興味を気にせず、色々なことをぽつぽつと話した。百々人はその度適当な相槌だけを返す時もあれば「待ってその話どういうこと?」「それでアマミネくんはどうしたの?」と、筆を置いて興味深げに聞き返してくれることもある。とはいえ話の大半は聞き流されている筈なのに、不思議といつも以上に百々人とちゃんと会話をしているような手応えがあった。
「そういえば、前に賞取った絵ってどうしたんですか?」
 入賞した絵だ、てっきり飾ってあるか、大事に仕舞ってあるのだと思っていたが、今日までそれらしいものは見ていない。秀はまだこの家の廊下と百々人の部屋、あとはトイレくらいしか入らないので、他の部屋にあるのだろうか。
「あれ?どうしたかなあ。多分捨てちゃったんじゃない?」
 百々人が手も止めず、あっさりとそう言うものだから、秀は絶句した。
  日頃プロデューサーを描いていることもそうだし、こうして秀にモデルを頼むくらいだ、百々人はてっきり絵を描くことが好きなんだと思っていた。描き終えたらあとはどうでもいいとか、そういうタイプなんだろうか。
 なのにそれが百々人の時折自分自身や自分の才能を酷く軽んじるところと重なって、それが秀にはとても悲しく思えた。
……今俺を描いてる絵も、完成したら捨てちゃうんですか?」
 しかしそんな秀とは対照的に、百々人はきょとんとした風でいる。この時初めて筆が止まった。
「アマミネくん、僕がキミの裸を描いた絵を後生大事に持っててもいいの?」
 ……冷静にそう聞き返されると、確かにそれもそれでどうなんだとも思う。
 いや、でも、描いてすぐ処分は流石にちょっと。自分が描かれたものが無惨に捨てられる姿は想像するだけでちょっと嫌な感じがする。
 なんとなく食い下がる様子が面白かったのか、くすくすと笑われてしまった。
「大丈夫、すぐには捨てないよ。……あの絵はね、あんまり気に入ってなかったんだ」
 少し目を伏せてそう言って、しかしその言葉にはなんとなく何かを惜しむような響きがあった。
 惜しむくらいなら、捨てなければよかったのに。そう思ったが、それを口にするのはなんだか憚られて、結局秀は口を閉ざした。
 百々人が再び筆を動かし始める。その日はそれ以降、お互いほとんど喋らなかった。


相変わらず絵の様子は見せてもらえていないが、だんだんと佳境に近づきつつある気配を秀は感じていた。
 黙々と、百々人先輩は筆を動かしている。その姿に鬼気迫るものを感じ、集中を乱すまいと少し前から秀は話しかけることをやめた。
 裸で大半の時間を過ごす秀に考慮して、部屋の冷房はごく弱めに設定してある。百々人のシャツの開いた首筋から何本も汗が伝っていくのを、秀はだだじっと眺めていた。秀がそうして百々人を眺めていて、百々人もまた描くために秀を観察しているはずなのだが、不思議と目が合っているという感覚にはあまりならなかった。
……先輩、煮詰まってるなあ)
 百々人が日頃絵を描くときは、もっと楽しそうだった。題材が慕っているプロデューサーやお客さんだからというのもあるのだろうが、百々人が「絵を描くこと」そのものを楽しんでいるように、秀には見えていた。
 しかし目の前の百々人はもっと必死な、それでいて自分一人きりの世界に没入しているようで。その集中力の凄まじさは秀もよく知るところではあるけれど、少し心配にもなる。
 けれど同時に、こういう時に過剰なほどにストイックな百々人の姿を見るのは割と好きだ。百々人のそれはより良い表現へ手を伸ばそうとする貪欲さが感じられて、単純に尊敬できると同時に親近感を覚える。
 ピピピピピ、という電子音が唐突に鳴る。百々人は体をびくりと震わせて、少しして休憩時間が来たことに気がつくと、のろのろとした動作で絵筆を置いた。
 絵に布をかけたのを見て、秀は起き上がってバスローブを引っ掛ける。そのままぺたぺたと足音を立てて百々人に歩み寄ると、額に浮いた汗をバスローブの袖で拭ってあげた。百々人はぼんやりと、少しの間されるがままになっていたが、やがて恥ずかしくなったのか頭をゆるく振って秀の手を避けると「ごめん、顔洗ってくる」と席を立った。
 ベッドに腰掛けてスマホをチェックしていると、暫くして部屋に戻ってきた百々人は、秀がバスローブをほぼ羽織っただけにしているのを見て顔を顰めた。いつもは昼ご飯休憩を除き、ベッドからなるべく距離を取って休んでいる百々人が、すたすたとこちらに近づいて来るので、秀は思わず固まった。何かと思えば秀の前の床に座り込み、バスローブのボタンを手に取り、いちばん上までしっかりと留めた。なんだかお母さんが小さい子にするようで内心口を尖らせていると、詠まれていたのか「嫌ならちゃんと自分で全部留めなよ」とだけ言って、またドアのほうまで戻っていった。
 
「百々人先輩、なんで俺のヌード描こうと思ったんですか?」
 最近百々人と雑談のようなものができるようになったせいか、ずっと考えていた問いかけは、案外するりと口から出た。
「アマミネくんはなんでだと思ってるの?」
「協力してるんだからそれくらいは真面目に答えてくださいよ」
 しっかり釘を刺すと、百々人は少しの逡巡の後、ぽつりと言った。
……アマミネくんじゃないアマミネくんって、どういう風なのかなって思って」
 不可思議な物言いにまだ誤魔化そうとしているのかと秀は一瞬警戒したが、どうもそうではないらしい。
「制服を着てるときは、天才生徒会長のアマミネくん。ユニットの衣装の時なら、C.FIRSTのリーダーの、アイドルのアマミネくん。私服だったら、おじいちゃんっ子なアマミネくん、とかかな?
 服って、いろんな個性や属性があるでしょ。そういうものに守られてない、ほんとのアマミネくんが描きたいんだ、きっと」
 そう言ってこちらを見つめる百々人の目線はなんだか意味深で、ぞくぞくと何かが背中を這い上がってくる。
 百々人に裸を、無防備な姿を見せたことが、初めて少し怖くなった。
……描けそうですか?」
「描けたらいいなと思って描いてはいるんだけどね」
 それを聞いて少し安心した。自分だけ何もかも見透かされるのは性に合わない。
「今日はもう終わりでいいよ。後は細かいところの仕上げだけだから……。また今度、連絡するね」


百々人からようやく「完成したよ」という連絡が来たのはそれからひと月も後、八月も終わるかという頃だった。
 事務所での打ち合わせの後、ふたり一緒に百々人の家へ向かう。並んで吊り革に掴まって、見た目だけなら遊びに行く友達同士にでも見えるのだろうか。
 道中、百々人はずっと黙っている。それは少し前なら珍しいことでもなかったけれど、最近の秀からすればすこし寂しく思った。
 
 すっかり見慣れてしまった、静かな家。静かな百々人の部屋。初めて来た時よりももっと整頓されてものが少なくなったので、いよいよモデルルームのような見栄えになってる。乱雑にされていたトロフィーや賞状は、通ううちに秀が適当にサイズごとにまとめた結果、いくつかの箱に詰め込むことに成功した。最初は触るのさえ躊躇したが、流石に散らかりすぎて気になっていたので、ある日恐る恐る聞いたところ、あっさり片づけの許可を得た。「別にもう要らないやつだし」という百々人の言葉には深く立ち入り難いものがあったが、結果広くなったスペースに自分達が表紙を飾った雑誌が丁寧に飾られるようになったのを見て、片付けを申し出てよかったと思った。

 百々人が絵にかけられた布を取り去る。
 幾重にも青が塗り重ねられた深い深い濃紺の闇。深海のようにも宇宙のようにも見えるそこに横たわる少年。青白い肌は闇の中で浮かび上がり、全身が薄く光っているようにさえ感じられる。不思議と暗いとか冷たい雰囲気の絵だと感じないのは、絵の中の少年が柔らかい表情をしていること、その瞳がきらきらと輝いているせいだろうか。
 神聖さすら感じる絵を前にして、秀は完全に、圧倒されていた。
……どう?アマミネくん」
 百々人にそう呼びかけられても、すぐに返事ができなかった。部屋は少し暑いくらいなのに肌が粟立って、無意識に腕をさする。
「この絵、が、俺なんですか?」
「うん、僕が知ってる……眩しい、アマミネくんだよ」
絵を無事見せられてホッとしたのだろうか、先ほどよりか幾分百々人の肩の力は抜けてた。
「どこまでいってもアマミネくんはアマミネくんだね。ほんとはもっと、キミも知らないような姿を描きたかったんだけど。……でも、そのことにちょっとほっとしてるんだ。」
 百々人はそう言うが、秀は自分のこんな姿は知らない。知らないのに、確かに既視感もあった。自分が目指す、天才でなんだってできて、理想の姿を抜き出して形にしたような絵が、そこにあった。
この絵が百々人がいつも見ている秀なのだと思うと、嬉しくもあったし、自分の中ですら明確でなかったイメージを形にされて悔しいような気もした。
……百々人先輩って、なんかすごく俺のこと見てくれてるんですね」
 照れ臭い、嬉しい、悔しい。いろんな気持ちがないまぜになって、どきどきと心拍数が上がるのを感じた。
「アマミネくんだって、絵描いてる間じゅうずっと僕のこと見てたじゃない」
「気づいてたんですか?」
 一応そう言ったが、百々人にバレているのは意外でもなんでもなかった。
「俺は百々人先輩見たく」
 2人はそこで初めて絵ではなくお互いの顔を見合わせ、どちらからともなく笑い合った。

 いつもどこかぎこちない自分と百々人が、そこでひとつ、ようやく噛み合ったような気がした。
 

 「お礼、何がいい?」
 そう聞かれて、そういえば最初にそんな約束をしたな、と思い出した。
「かなり長い時間付き合わせたし、なんでもするよ。」
 言われた時は、特に何も考えていなかった。別にお金にも物にも秀は困ってないし、せいぜいジュースでも奢ってもらうくらいしか、あるいは逆に自分の作曲に付き合ってもらってもいいかも、というくらいで。
 けれど今は違う。あの絵を見せてもらった時点で、どうしたいかは決まっていた。
「先輩、また俺のこと描いてくれませんか」
百々人は少し目を瞬かせた後はっと口を抑えた。
「どうしよう、僕のせいでアマミネくんにおかしな趣味が」
「いやほんと違うんで。……もしも先輩が俺も知らないような俺を描けるなら、それはそれで興味があるし」
 多分きっと、世間的には誉められた行為じゃない、歪なやり取りなのかもしれないけれど。
「こういう形でお互いのことを知っていくのも、悪くないのかなって。」
 百々人との間でしか味わえない緊張感を、秀はいつの間にか楽しんでいた。百々人もきっとそうなのだろう。
「それに、俺はたった一枚で描き切れるような人間じゃないですよ」
いつものように自信満々に微笑んで、そう言う。生意気、と返す百々人先輩は、自惚れでなければ少し嬉しそうに見えた。
「いつか描いてあげるよ。アマミネくんが知らないキミのこと、全部」


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