了遊(付き合ってない)。コメディ寄り。
@d9_bond
「藤木遊作。お前はそういう──いわゆる巨乳が好みなのか?」
「違う……その、うまく説明できないが違うんだ……」
鴻上了見の終ぞ見た事もないような温度のない目線に晒されながら遊作は、端末を握りしめて呻いた。
その日、カフェナギでバイト中の遊作のところへ了見が顔を出した。これは一連のごたごたが落ち着いてからそれなりにあることだ。
了見はいつも客の切れ目を狙って現れる。おかげで遊作は仕事をしながらではあるが、多少なりとも言葉を交わすことができる。この時も了見がテイクアウトを注文した品を草薙が作っている間、遊作はテーブルを片付けながら了見と雑談をしていた。
問題はその時起きた。入れ方が浅かったのか、テーブルを拭くため身をかがめた遊作のエプロンのポケットから携帯端末が落ちてしまった。
乾いた音を立てて落ちた端末は広場の石畳を滑るようにして、了見の足元へ行ってしまった。了見はすぐに端末を拾い上げてくれたのだが、
「割れてはいないようだが──」
と、画面を確認したところで動きを止めた。
「どうかしたか?」
「……」
落ちた時に端末の画面が点灯したようで、了見はその画面を凝視していた。見てはいけないものを見てしまったという顔だ。それに気づいた瞬間遊作は飛びつくようにしてその手から携帯端末をひったくった。
取り返した端末の画面を改める。傷はついていない。そしてばっちりはっきり待ち受けに設定した画像も表示されている。
画像で真っ先に目に入るのは画面の左側に大きく写った少女だ。
年のころは遊作と同じほどのいわゆるコスプレイヤーで、トリックスター・ホーリーエンジェルの格好をしている。カリスマデュエリストであるブルーエンジェルのエースモンスターであり、人気のキャラクターのためそれ自体は珍しいことではない。
少女はかがんでおり、やや上目づかいでこちらを見ている。顔は整っていて綺麗な系統だがそれより何より目を引くのはその衣装──胸元が大きく開いておりかつ体の形がよく分かるあの絶妙なデザインだ。しかも元々大きな胸をポーズで更に強調しておりタイツ越しでもなんというか大きいのがとてもとても印象に残る状態である。
無論遊作とて、人様に見られて良いものではないと分かっている。そのため覗き見防止フィルターを設定してあったのだが正面から見られては意味がなかった。
少女が画面に近いのでわかりづらいが、画面の右側後方の風景からこの広場で撮影されたと分かる。
実際この写真自体は広場でイベントがあった際の撮影タイムに乗じて撮ったものだ。遊作は彼女を知らなかったし興味もなかったのだが、たまたま現場を通りかかり、タイミングが良かったので撮影して後生大事に待ち受けにしていた。遊作としては非常に切実な理由があったのだが──
「……見たか?」
「……ああ」
遊作の事情など了見が知るわけもない。
ということで事態は冒頭へ至る。
「藤木遊作。お前はそういう──いわゆる巨乳が好みなのか?」
「違う……その、うまく説明できないが違うんだ……」
了見の氷点下の眼差しに耐え遊作はなんとか弁明を試みようとするのだが状況は苦しかった。
「では顔が?」
「そういうわけでもない」
「ならばなぜ待ち受けなどという、毎日目にするようなものに設定している。お前がこのモンスターに対して思い入れがあるという話を聞いたことはないが?」
「……」
答えに詰まって遊作は端末に目線を落とした。そこへ了見が詰め寄るようにして距離をつめてくる。
「消せ」
「っ!」
遊作は慌てて携帯を後ろ手に、三歩下がって距離を取った。
「なんでそうなる」
「如何わしい写真を待ち受けにしている自覚はあるのだろう? 巨乳趣味でないというなら消したほうがいい。今回は私だから良いようなものの、他の人間に見られたら誤解をうける」
「しかしこれは……」
「それともやはりお前は、胸が大きい人間が好みなのか」
好みというか好意を抱いているのは目の前の人間である。胸がどうこうで好きになったわけでは当然ない。
「どうなんだ? 巨乳か、貧乳か」
「なんでそうなるんだ」
「好みくらい答えられるだろう」
「と、言われても」
改めてまじまじと了見を見る。当然ながら男性のため胸はないが、ジャケットの下はそれなりに胸板がありそうにも思う。というかおそらく遊作自身よりは確実にあるだろう。
「胸、というか胸囲はそこそこあるかもしれない」
「胸囲」
了見はいぶかしげに眉を寄せた。
「顔は」
「顔?」
「好みの顔なのか」
じっと見つめられて、遊作はちょっと引きつつ見つめ返す。昔から人の美醜はあまりよく分からないのだが、了見は整っていると感じる。ということは好みと言っても良いのかもしれない。
「好みというか、きれいな顔は好きなのかもしれない」
「そうか……」
了見は考え込みながら呟いた。
「巨乳趣味の上、面食いだったとはな」
「──っ、違う!」
「いや、人の趣味はそれぞれだ。責めているわけではない」
責めてはいないが評価は下がっていそうな顔で言われては、それなら良かったと思えるはずもない。遊作はなんとか誤解を解こうとしたが結局それはかなわなかった。
了見を見送って後、遊作はキッチンカーの中へ引っ込んだ。なんならこのまま帰ってベッドに入り、一眠りしてスッキリ目覚めて「何だ夢か」と言って済ませたい気分だ。
すっかりしょげかえった遊作は、草薙の好意でそのまま奥のイスで少し休憩させてもらうことにした。
作ってもらったホットミルクをちびちびやりながらため息をつく。
「ひどい誤解をされた」
「別に遊作が巨乳好きだろうが貧乳好きだろうがアイツには関係ないんだからほっとけばいーじゃん」
デュエルディスクのAiが言う。
「良くない。了見の中で俺は今『巨乳好きの面食い』だぞ。しかもあの顔。呆れられたとかのレベルじゃない」
「……なあ遊作。その写真、俺にも見せてくれないか?」
「ああ」
本当に巨乳は関係ないんだとぶつぶつ言いながら差し出された端末を受け取った草薙は、件の画像をじっと見た。Aiが横から覗き込む。
「これは──まあ、なんというかあからさまだな」
「うーん、でかい」
「冷やかしならやめてくれ」
「悪い悪い、そういうつもりじゃなくてただの感想だよ」
恨めし気な遊作へとりなすように努めて明るく草薙は言った。
「しかし何でまたこの写真だったんだ? 彼にも言っていたが、別に好みだとかそういうわけでもないんだろ」
「あっ──オレ分かっちゃった」
遊作が答える前にAiがあっさり言う。
「この女の子のことカモフラージュで撮っただろ、遊作」
「……そうだ」
「カモフラージュ?」
それを聞いて草薙は、画像全体をあらためて見た。
イベント中なので少女以外にも写真にはそこそこ人が行き来している。そうやってよく見てみれば、コスプレイヤーの右奥に見覚えのある姿があっさり見つかった。
「実は、ちょうどその写真の撮影会のそばを通りかかった時に店に行く途中のあいつを見つけて」
遊作が力ない声で言う。
「悪いと思ったが、チャンスだと撮影に混じって写真を撮ってしまった。あいつの写真なんて持っていなかったし、あれなら万が一誰かに見られても了見が本命なんてバレないと思って」
「それを、よりによって当人に見られたってわけか……」
「そんで誤解、か……遊作ちゃん、もう正直に言っちゃったほうが良かったんじゃないの?」
「それはそれで写真を消せと言われてしまう」
ホットミルクを飲み干して遊作は悲壮な顔で言った。
「こうなった以上、俺は巨乳好きとして生きるしかないんだ……!」
「それは……」
「誤解を解くにしても理由が言えないとだな……」
さすがにこれのフォローは計算できないと唸るAiの隣で、草薙もまた、ホットドッグを作ってやるくらいしかしてやれることを思いつかなかった。
なおこの一件の翌日より、鴻上了見は急に筋トレに取り組みだし胸筋を中心に鍛え始めたのだが──遊作がそれを知るのはそれなりに後の事であり、互いの誤解が解けるのはそれよりさらに後の事になるのだった。